第28話 7歳8月 買われた理由と離れないセリナ
今日、リーシャのお母さんリリス様が俺とリーシャに会いに来て下さる。
先生との約束により
リーシャの婚約者として俺はリリス様を出迎える。
もうすぐこちらに到着されるはずだ。
俺は緊張して、落ち着かない。
その辺りをウロウロ、行ったり来たりしていた。
「ふふ、お兄ちゃん。落ち着いて下さい。」
「い、いや、だって、リリス様、勝手に婚約とかして…怒ってないよね?」
「もうお手紙では、お許し頂いてますから大丈夫ですよ。」
「そ、それなら、いいんだけど…。」
「うふふ、お兄ちゃんもこんなに緊張されるんですね。」
そりゃ、緊張するだろ。
ご両親に挨拶も無しに、6歳の娘が婚約とか普通に考えられない。
しかもリーシャは子爵家の娘だぞ。
1~2度会った子供と婚約なんて、なおさらおかしいだろ。
「お兄ちゃん!きっとあの馬車ですよ。
ちゃんとご挨拶してくださいね。」
「ヒィッ…」
もう嫌だ。逃げ出したい…。
なんで、こんな目に合わなきゃいけないんだよ。。。
「お、お久しぶりです。リリス様…。
こ、この度はご挨拶もせず、勝手に婚約者だなんて…」
「ふふふ、リーシャから話は聞いているわ。
いつもありがとう。ユウキ君。」
「お母様、お久しぶりです。」
「ふふふ、リーシャったら、もう婚約者だなんて。
幸せそうで何よりだわ。」
「はい、お母様。
お兄ちゃんがとっても優しくて。
この指輪がお手紙に書いた…」
あれ?た、耐えたのか…?
俺はリリス様に受け入れてもらったと思っていいのか?
緊張して手汗と脇汗が凄いことになっている。。。
「大事な娘によくも手を出してくれたわね!」とか、
「死んでお詫びしなさい!」とか、
そう罵られることまで覚悟していた俺は、安堵の気持ちでいっぱいだった。
はぁぁぁ、助かったぁぁ。
ここ数日間、悩んでいた重大案件が無事に片付きそうだ。
今日は気持ちよく眠れそう。
そう、思った矢先だった。
「ふふ、ねぇ、ユウキ君。
この後、リーシャのことで2人でお話したいことがあるの。ちょっと大丈夫かな?」
ヒィッ…。
ですよねぇ。。。
無事に終われる訳がないですよねぇ。。。
娘とすぐに別れろとか言われるんですよねぇ。。。
娘を汚されたとか言ってお金を請求されるんですよねぇ。。。
いや、もう手を出さないようにアレをちょん切れとか言われるんですよねぇ。。。
「ユウキ君。どうして呼び出されたか分かるよね?」
リリス様の顔が先ほどの笑顔とは一転。
真剣な顔付きに変わっている…。
ぁ…ぁぁ…もうダメだ。
「は、はい…。
申し訳ございません。
その…まだ手を繋いだだけです。
いや、少し抱きしめましたが、あれは先生にやれと言われて…。
その賠償が必要でしたら、何年後かに必ず…。」
「ユウキ君は何を言ってるの?
リーシャの事情をリーシャとレベッカから聞いてないの?」
「いえ、特に何も…。」
「もう!あの2人は何をやってるのよ。
ユウキ君はリーシャの職業のことを何も聞いてないのね?」
「はい。何か事情がありそうなので、話してくれるまでは聞かない方がいいのかと…。」
「そう…じゃ、話しておいた方がいいわね。
実は…」
マジか…。
リーシャは『聖魔法使い』だったのか…。
リーシャの事情を聞いて俺はショックを受けていた。
『聖魔法使い』…あぁ、よく知っている。
『勇者』だった頃に散々見てきた。
『聖魔法使い』達の慣れの果てを。
魔族の弱点属性が使えるが故に、魔族討伐に強制的に駆り出される職業。
魔族から真っ先に狙われる為、命を落とす人間も多い。
仲が良かった『聖魔法使い』は生き残ったが、戦いに疲れ果て心を病んでいた。
魔族との戦いは生易しいものではない。
例え、自分が生き残っても、自分を守る為に仲間が次々と命を落としていくのだ。
心が磨り減り、おかしくなっていく…。
そんな所にリーシャは行くことになる。
そうか…その為の従者だったのか俺は…。
例え、借金だとしても、ただの従者でしかない俺にここまでお金を掛けてくれるのはおかしいと思っていた。
俺にリーシャを守れと言いたい訳だあの女は…。
セリナを落とせと言うのも、魔族との戦いに連れていく為か…。
そんな戦いにセリナを連れて行きたくない。
人を何だと思ってるんだ!
あの女は…。
セリナを女としては見ていないが、それなりに長い付き合いだ。
情だってある。
自分に好意を持ってくれてる女を、そんな所に付き合わせる為だけに、恋人になんかなれる訳がない。
絶対にお断りだ。
きっと俺は…リーシャを見捨てることはできないだろう。
また、あの魔族との戦いに戻ることになるのか。
今度は『勇者』ではなく、従者として…。
クソが!
結局はあの女の思い通りだった訳だ。
話を聞いてしまったら最後、リーシャと別れられるハズがない…。
あのリーシャの笑顔を守りたくなってしまう。
事情を話し終わり、最後にリリス様が涙ながらに俺に頼み込んできた。
「リーシャを…どうか、あの子をよろしくお願いします。」
まだ、娘に手を出すな!と罵られた方が良かった。
あんな所にリーシャだけ、行かせられる訳ないだろうが。
チッ、あの女が笑っていやがる。
「あはは、その顔だとお嬢様の職業を聞いたのね?
あはははは、もちろん、あなたはお嬢様の従者として来てくれるんでしょ?」
クソが!
俺が断れないのを分かってて笑ってやがる。
俺のことを「お兄ちゃん。お兄ちゃん。」と慕ってくれるあの少女を見捨てられないと知っているんだ。
「あぁ、あんたのお望み通り、リーシャを守る為に戦ってやる。
だから、もっと金も力も貸してくれ。
あとセリナはダメだ。絶対に認めない。」
「ふふふ、セリナちゃんが来てくれたら、とっても助かるのに。
国から派遣される魔法使いじゃ、セリナちゃんほどの逸材はいないのよ?」
「ふざけるな!セリナを何だと思ってやがる。
その分まで俺が強くなる。」
「そう、それは心強いわ。
ちゃんとお嬢様を守って貰うからね?」
「あぁ、分かってる。
それと明日からは借金の返済を減らして、マジックポーションを買わせてもらう。
魔法使いのレベルを上げて、来年には45階層で戦えるようにしたい。」
「ふふふふふ、ユウキ君が急にやる気を出してくれて、先生はとっても嬉しいわ。」
「チッ…。」
「あと『光魔法使い』に心当たりはあるか?」
「あら、中級職『聖魔法使い』のお嬢様じゃ、ダメなのかしら?
『光魔法使い』は下級職じゃない。」
「あぁ、こちらの事情で『光魔法使い』でないとダメだ。
すぐに探してくれ。」
「あはは、あなたの特殊スキルの事情かしら?
そう言えば、あなたの職業は下級職ばかりだったわね。
あはは、そういうことか。
えぇ、分かったわ。こちらで探しておくわね。」
「あとは仲間だけど、他に当てはあるのか?」
「あなたがセリナちゃんはダメだっていうから、あとはリヒトくらいかなぁ。」
「あぁ、アイツか…
アイツなら俺も心が痛まない。
ちゃんと育てといてくれよ?」
こうして、リーシャの事情を聞いたユウキは覚悟を決めた。
すでに同年代では敵無しだったユウキだが、なりふり構わず強くなる道を選ぶことになる。
そして…
「セリナ。今日からおまえとはパーティーを組まない。
はっきり言わせてもらう。
俺には付き合ってる女性がいる迷惑だ。」
心を鬼にしてセリナに告げる。
このまま俺の近くにいれば、セリナを巻き込みかねない。
「ねぇ、ユウキ。何よ、急に?
私は2番目でも都合の良い女でも良いって言ってるじゃない。
お願いだから、そんなこと言わないで…。」
セリナ…7歳の女の子が言う言葉じゃないだろ。。。
「ダメだ。前期が終わったら、ダンジョン攻略のパーティーからも抜けるつもりだ。
もうハヤテとジロウもいれば、俺がいなくてもやっていけるハズだ。」
「嫌よ!私はユウキに付いていくって決めたんだから!
死ぬ時以外は絶対離れないからね。」
おまえの為に言ってるのに、黙って言うことを聞けよ!
「ダメだ。もうおまえとは話もしない。他を探せ。」
「ねぇ、ユウキは私に死ねって言ってるの?
本当に死ぬからね。いいのね?」
死ぬとか重たすぎるわ!
ただ、好きな男に振られただけの話じゃねーか。
「セリナとはもう話さないから、俺は知らん。」
「そう。じゃ、屋上から飛び降りても、ユウキには関係無いわね。
ねぇ、せっかくだし、最後くらい見届けてよ?」
なっ…。
多分、口だけとは思うが…。
こいつ、本気で飛び降りるつもりじゃないだろうな。。。
「あぁ、分かった。短い付き合いだったな。」
「えぇ、ユウキが私も私の家族も救ってくれたんだもん。
最後にユウキに見届けてもらえて良かったわ。」
おい。まさか本気じゃないだろうな?
「ここでユウキとはお別れになるのかな。
ねぇ、ユウキ。本当に好きだったんだよ?」
「おい?本気で飛び降りるつもりじゃないだろ。
早くこっちに戻ってこい!」
「どうしたの?俺は知らないんじゃなかったっけ?」
「ぐっ…。」
「ユウキが謝るなら、考えなおすけど?」
「それは…。」
「ねぇ、何か事情があるんでしょ?
話してくれてもいいじゃない。」
「ダメだ…。」
言ったら、おまえは一緒に来るって言うだろうが。
「そう。私はその程度の女だったのね。
さようなら。」
そう言って
あっさりセリナは屋上から飛び降りた…。
えっ!そんな簡単に飛び降りるの!
いやいやいやいや、もうちょっと躊躇するだろ、普通。
「ちょっ!待て!早まるな!セリナ!
俺が悪かった…謝るから…。
なぁ、ごめんて。。。」
「あはは、私がユウキを残して死ぬわけないじゃない。」
「えっ…セリナ、確かに飛び降りて…」
「私ぐらいの『風魔法使い』になるとね、ちょっとくらいなら風を操って空も飛べるのよ。
良い勉強になったでしょ?」
「おまえ!どんだけ心配したと思ってるんだよ!」
「へぇぇぇ、ユウキ君は私を心配してくれたんだ。
知らないんじゃなかったっけ?」
「ぐっ…。」
「ほら、俺が悪かったんでしょ?謝るんでしょ?」
「ぐぐっ…。」
「ほら、早く謝ってよ。
オプションで抱きしめるのも付けてくれない?」
「オプションなんか付いてないわ!」
チッ、謝ろうと思ったけど、謝る気が失せた。
本当にこの女は…。
「ねぇ、私にも事情を話してよ。
どうせ私はユウキから離れないんだから。」
「嫌だ…。」
「本当にユウキは素直じゃないよね。
2番目の彼女には相談できないことなの?」
「おまえを2番目に選んだ記憶はないわ!」
こうして…ユウキはセリナを突き放すことに失敗する。
母親のエリナにリーシャとユウキの関係を聞き、自ら動くのは時間の問題だったと言えよう。
ユウキの意思に反して、セリナとは長い付き合いとなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます