第26話 7歳7月 不当裁判と逃亡計画

◆レベッカ視点


上級職『アサシン』レベッカ。

圧倒的な速さと器用を誇り、音もなく忍び寄る。

気に入らなければ、貴族ですら血祭りにあげてきた。


王国内ではそこそこ恐れられる存在だと自負している。



お嬢様の従者になって、焼きが回ったのかしら?


そんな私が年端もいかない7歳の子供、自分の従者に舐められるとは思ってもみなかった。


ふふふ、さぁ、どう料理してあげようかしら?


元相棒のダンが情報屋を兼ねて、バーを営んでいる。

今では私の行き付けの酒場。


「レベッカさん、どうしました?

今日はやけに楽しそうですね。」


ダンの息子のリヒト。かなりの才能の持ち主だ。

無理言って2年生からユウキと同じクラスで情報を集めてもらっている。

私の後継者として育て上げようと思ったのに、ダンが必死で断ってきた。


大事な息子をおまえにだけは預けられないとか言っていた。

あはは、私に預けると潰されてしまうらしい。


「私が楽しそう?」

「えぇ、久しぶりに見ましたよ、その顔。

獲物になる人が気の毒でなりません。」

「あはははは、うちの従者が私との約束を破ろうとしててね。

どうやって懲らしめてあげようか考えてたの。」

「え…ユウキ君が…?なんて命知らずな…。」


そう、これが普通の反応のはず。


あはは、それなのにうちの従者君ときたら。

あわよくば約束を守らず、逃げ切るつもりでいるのだ。

他でもない、この私から。


「おいおい。リヒトと同じ7歳の子供だろう?

手加減してやれよ。また潰す気か?」

「あら、失礼ね。私の大切な従者だもの。

ほんの少しお灸を据えるだけよ。」

「お前のは少しで済まないんだよ。

心をへし折るまで、止まらないだろうが。」


「ふふふふふ、それがね。

へし折ってもへし折っても、歯向かってくるのよ。

この前は私に向かって、殺気まで飛ばしてきたのよ?」

「7歳の子供が殺気って凄いな。

つーか、おまえ、その子に何をしたんだよ?」

「あはは、ちょっと躾をしただけよ。」

「しかし、うちのリヒトもかなり優秀だと思ってたけど、その子はリヒトどころじゃないな。」


「そうなのよ。最近はソロで初級ダンジョンの38階層にこもってるせいか、調子にのってるみたいで。」

「38階層をソロ!?

ユウキ君はそんな所でレベルを上げてるんですか…。

そりゃ、レベッカさんが気に入る訳だ。可哀想に…。」


私が気に入っている?

あはは、言われてみれば、確かにそうかもしれない。


あの子が従者になってから、笑う回数が増えた。

ふふふふふ、そうか、私はユウキを気に入っていたのか。



「ところで、リヒト。

あの子を追い込む良いネタは無いかしら?

最近、尻尾を見せなくなって。」

「うーん。でっち上げみたいになってもよければ、無いことも無いんですが。」

「ふふふ、聞かせてもらえるかしら?」

「実はセリナさんと…」



「あはは、リヒト、ありがとう。

良い話を聞けたわ。

これで追い込むネタができたもの。」

「あの…レベッカさん、でっち上げなんで、ほどほどにしてあげて下さいね…。」

「ふふふふふ、えぇ、もちろんよ。

壊さない程度に抑えるわ。」


レベッカが上機嫌で帰っていく。


「父さん…やっぱりユウキ君は…?」

「あぁ、そのネタで追い込まれるだろうな。

しかも、レベッカとの約束を守ろうとしなかったんだ。

完膚なきまでにへし折られるぞ。」

「やっぱり…。」

「リヒト、俺達の仕事は情報を売ることだ。

それがどう使われるか、いちいち気にしてたら身が持たん。気にするな。

どちらにしても、遅かれ早かれ、へし折られるんだ。」 

「そうだね…。」


ごめんね、ユウキ君。。。

せめて、君の無事を祈ってるよ。



◆ユウキ視点


「ギャァァァァァァ!」


酷い…酷すぎる…。

いくら何でも理不尽過ぎる。。。


「あはははは、ねぇ、ユウキ君。

ちゃんと罪を認めて判決に従うって誓えるかしら?」


「嫌だ!やってもない浮気で罪なんか認めない。」


この悪魔が俺に人権を与えてくれるとは思っていない。

それでも、もう少しやり方があるだろうが…。



いつもの朝の公園。

リーシャが泣き崩れていた。


心配して駆け寄った俺に、突然始まった裁判。

容疑はセリナとの浮気。


ありえない。

浮気とは浮わつく気持ちと書く。

俺がセリナに浮わつくなど、全くもってありえない。


しかし、あの悪魔は自分に都合のいい状況証拠を引っ張り出しては陥れてくる。


どれだけ否定しても聞いてもらえない。

身に覚えのない容疑まで掛けられた。


当然のように判決は有罪だ。

判決内容は


お嬢様を泣かせた。


もうこれだけで有罪にされた。

どれだけ勘違いだと訴えても関係無い。



次はお嬢様という存在がありながら、学校や街中でセリナと腕を組んで歩いていたというものだ。


俺は腕を組んでくるセリナに、何度も離すように伝えていた。

しかし、それも関係が無かった。


尊いお嬢様がその現場を目撃して悲しんだ。


もうそれだけで罪だというのだ。

俺が腕を離すように伝えたとかは、どうでもいいらしい。


そのまま、余罪探しが始まった。

マジックバックをひっくり返され、出てきたセリナの下着と飲み掛けのお茶に関しても、審議が繰り広げられる。


セリナの下着がどうして俺のバックに入っているか?

何に使用するつもりだったのか?だ…。


「俺は嫌がらせを受けていたセリナの荷物を預かってあげただけだ。

頼む、信じてくれ!

俺は荷物の中身なんて知りもしない。」

「ふふふ、犯罪者はみんなそう言うの。

正直に言いなさい。

少しは興味があったんでしょ?」

「あるわけないだろうが!」

「ふふふ、この水玉のパンツなんか、とっても可愛いと思うわ。

ちょっとくらい手に取ったんでしょ?」

「見てもないわ!」


最終的にこれも有罪にされた。

別の女の下着を持っていただけで、重罪に値するらしい。



次は飲み掛けのお茶だ。

セリナとの間接キスがあったかどうかが焦点になった。


「あはは、正直に言いなさい。

ほんの少しは飲んだんでしょ?」

「干からびて死にそうでも、これだけは飲まんわ!」

「ふふふ、セリナちゃん可愛いし、気にはなってたでしょ?」

「ならんわ!」

「あら、私なら飲みたくなるわ。

蓋を開けて、匂いくらいは嗅いだんでしょ?」

「嗅がんわ!」


これに関しては有罪は免れた。

友達の飲み物を持っていただけでは、間接キスの証拠にはならないと認めてもらえた。


最終判決は

・お嬢様を泣かせた

・お嬢様を悲しませた

・セリナとの浮気

・下着所持


上記の罪により有罪確定。


1つ、先生との約束を守り、リリス様の前で婚約者として行動し、リリス様に安心してもらう。


2つ、2度と浮気をしないように、監視強化の意味も含め、リーシャの屋敷で同棲する。


3つ、悲しませたお嬢様に誠心誠意償う。


そして…。

4つ、有望な魔法使いであるセリナとこれまで以上に仲良くする。


上記が盛り込まれた契約書にサインしろと迫ってきたのだ。


「ふざけるな!

俺は絶対に認めない。

そもそも、セリナとの浮気が罪に問われてるのに、何でこれまで以上に仲良くする必要があるんだよ。」


「あはは、セリナちゃんはあなたが思っている以上に優秀な魔法使いよ。

今のうちに確保しておきたいの。

2番目なら、彼女として認めてあげてもいいわ。」

「断固拒否する!

俺はこの判決を認めない。

この不当裁判のやり直しを要求する!」


「あはははは、自分の罪を認めずに、不当裁判だなんてふざけてるのかしら?

ふふふ、ユウキ君はまたボコボコにされないと分からないのかしら?」

「やってもない罪を認めるくらいなら、殴られた方がマシだ!」



1分後。


「ギャァァァァァァ!」


「あはははは、ねぇ、ユウキ君。

ちゃんと罪を認めて判決に従うって誓えるかしら?」

「嫌だ!やってもない浮気で罪なんか認めない。」


俺は【回復魔法(小)】を掛けて立ち上がる。


この裁判は完全に濡れ衣だ。

絶対に認めるわけにはいかない。


「ふふふ、まだ力の差が分からないのかしら?

何度やっても痛い思いをするだけなのに。」

「痛い、痛くないの話じゃない。

俺の生き方の話だ。」

「あはははは、あなたは私の言われた通りに生きればいいの。

何も考えなくてもいいのよ?」

「ぐっ…この悪魔め。

おまえの言う通りになんか、なってたまるか!」



『吟遊詩人』のスキルを使い、バフを掛ける。

全てのステータスに+10%の上昇補正。


この女を殺すつもりで戦ってやる。


いつもなら、殴り掛かる所だが盾を構えて魔法を連射する。

この女の精神値なら、俺の魔法でも十分ダメージが入る。


「あはは、小賢しい。

ちょっとは頭を使うようになったのね。」

「あんたの精神のステータスじゃ、俺の魔法を防ぎきれないからな。」

「ふふふ、私相手にこの程度のダメージで喜ぶなんて、頭は大丈夫かしら?」

「ちりも積もれば…だ。

もうあんたを人とは思わない。

魔物だと思えば気兼ねなく攻撃できる。」


俺の魔法は9割は避けられているが、1割は着実にダメージが入っている。


「あはは、誰が魔物かしら?

えらい言われようね。」


先生が俺の後ろに回って攻撃を仕掛ける気だ。

ぐっ、速い!

ふふ、掛かったな。

そう来るのは分かってるんだよ!


俺はバレないように、自分の後ろに【土魔法】で溝を作っていた。

溝に足が掛かり、先生がバランスを崩した。


今がチャンスだ。

もう躊躇しない!

ここで殺す気で武器を振れ!


「くらぇぇぇぇ!」


ユウキの攻撃が当たるかに見えた。

が、やっぱりダメ。

あっさりと避けられる。


「ククク、今日のユウキ君は気合いが入ってていいわぁ。

私を殺す気で攻撃できてたし。」

「くそっ…」

「あはは、せっかく小細工にも引っ掛かってあげたのに、もう終わりかしら?

クックックッ…諦めたら、契約書にサインだからね?」


それだけは嫌だ!

俺は浮気なんかしていない。


「うわぁぁぁぁぁぁ!」


もう策も無い。

全力でぶつかってやる!


もちろん、破れかぶれの攻撃が通用する相手ではない。


「ガハッ…。ギャァァァァァァ!」




「ほら、早く契約書にサインなさい。」

「嫌だ…俺は浮気していない…。」

「はぁぁ。本当に馬鹿なの。

ふふふ、あの裁判は茶番よ?

あなたが浮気してても、してなくても、結果はこうなってたの。」

「なっ…!」


「あなたが私との約束を破ろうとした時点で、こうなることは決まってたの?

理解できたかしら。」


ぁ…ぁぁ…


また、俺は追い込まれるのか…。


人並みの生活がしたいだけなのに…。


「グスッ…ぁぁぅ…グスッ…」

「ふふふ、泣いてもサインさせるからね。

はい、ここに名前を書いて、魔力を流しましょうね。」

「ハイ…グスッ…。」



こうして、今日もユウキは心をへし折られ、契約書にサインすることになる。。。


この女の元から逃げ出さないと平穏は訪れない…。

この頃からユウキは逃亡を計画するようになった。

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