第3話
「ごめんよ、本当にこれが最後だ。君の勇気と、僕の勇気を交換しておくれ」
退院前日の話。祈ることがもうすっかり日課になってしまっていたその夜、神様は姿を表した。自分の容姿は客観的に見て、こんなにも惨めなのだと、初めて知った。もうこれ以上交換をしないという約束だけれど、そもそも勇気を交換するとはいったいなんなんだろう。
「……君は、どうして元の姿で笑えてたんだい?」
突然、疑問を投げかけられた。僕の元の姿は目の前にある神様と同じだ。醜い顔で、鼓膜がなくて、足がなくて、指が足りない。そんな姿だ。お母さんに言われていた、お前はいい子だ、今にきっといいことが起こる。夢があった、学校に行くという夢が。それがあったからかな、僕は絶望することはなかった。
「……愛されなかった」
「え?」
何を言っているのか分からなかった。
「君の姿になっても君のように愛されなかった。他の神様に言われてしまったよ。君には神通力があるのだから、これぐらいのハンデなんてことは無いだろうと。どうやら指がない、足がないと言った身体的特徴は、愛される条件ではなかったようだ」
悔しそうだった、そんな顔をしていたと思う。でもそれは神様は一人でも大丈夫という信頼にも聞こえなくはない。でもどうやら、神様が求めたのは信頼ではなく、愛されることだったみたい。
「私は怖いんだ。何をどうやっても愛されないこの命は、あと何千年続くのだろう。神様の寿命は長いからね。この先に待ち構える終わりのわからない膨大な可能性に、立ち向かえる勇気が欲しい」
戦慄した。僕は人間だからそんな姿に生まれても、それも人生だと思える、もっというと思えるようになってきた。でも神様は愛されなくってこんな惨めな姿のまま、後何千年と生き続けなければならない。どんな気分なんだろう。少なくとも僕が生涯経験し得ることではないだろう。
病院の外なら知り得る人はいるだろうか。ここよりずっと広い、沢山の人が生活をするそこなら……否、いないだろう。世界中を穴が開くぐらい探し回ったとしても、何千年と孤独のまま生きている人はいないだろう。
「君の勇気があれば、私はこれから先も幸せになれる。交換しておくれ」
これから先も、僕との約束を守ってくれるというのか。……意識してみてわかった、僕は思ったよりも勇気があるみたいだ。絵本に塗れて、病院が人生の舞台だった僕にも、神様に勝るものがあったんだ。ならば一つ、その神様との約束、僕も協力させて欲しい。
「ごめんよ、交換はできないんだ。その代わり、これからは僕の友達になってくれないかい?」
「友達……?」
がっかりしていたけれど、友達という言葉を聞いて、再び顔を上にあげた。長い長い可能性の中で、僕という存在を友達の一人にしてくれないかい? いつか僕に出来る100人以上の友達の、そのなかの第一号になってくれないかい?
「……そうか、そういう事なのか」
神様は全てがわかったみたいな、小さなぼやきを言っていた。どういう意味なのかはわからなかったけど、考える暇もなく、神様は僕の肩を持った。こんなにも力強く触れられたことがなくて、ちょっとびっくりした。
「わかった。君は私の
素敵な笑みだった。ああ、僕の顔はこんなに見る人を幸せにする表情が出来るのか。そう思うと、僕の手も自然と手を握る形で応じていた。ずっと強い力で握られていた肩は少しヒリヒリするけれど、今となっては大した問題じゃあ無くなっていた。僕は16年間生きて初めて、神様は何千年と生きて初めて、友達を手に入れた。
「初めまして、僕の
「初めまして、私の
♢
それからというもの、僕には大切な友達ができた。顔が醜く鼓膜がない、そして指が足りなくて、脚もない。けれど魔法みたいなことができて、声が天然水みたいに透き通っているとても素敵な友達だ。学校に通う事になった彼は、僕と同じ支援級の生徒になった。先生は僕達の距離が近すぎるって言っているけれど、仲がいいと言う意味だろうな。
当然のように退院した僕は、目覚まし時計の音を聞いて目を覚まし、高校生の制服を両手で着て、皮革靴を履いて、学校に行きたい。鏡で綺麗な見た目をさらに整えて、今日も学校へ向かう。大好きな友達に会うために。
「お母さん、行ってくるよ!」
「いってらっしゃい!気をつけてね!」
ちょっと前まではお母さんとこんな会話ができるなんて思ってもみなかった。すごい事なんだ。一足先に高校生になったみんなは早口で喋る上に、絵本を読まないみたいで、友達になるのは一筋縄じゃいかないだろう。何度話を聞いてみてもあなたは君は、おっとりしているねと言われる毎日。
でも僕は大丈夫だ、
これは、まだ春が過ぎたばかりの、5月の話だ。
可能性論は神様にも揺るがせないのです 荒瀬竜巻 @momogon_939
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