愛情深い審査員(審判の逆位置)

「ではまず、経緯を話してくれ。大丈夫、私が全て聞き入れよう」


 彼はどんな些細な事でも、時間をかけて全てを聞いてくれる。それが段々違う話になって言ったとしても、彼は決して止めず、こちらが話終わるまできちんと聞いてくれる。


「きっかけは本当に小さいんだけど……どうしても納得がいかなくて」

「小さくとも良い、貴殿に引っかかっているということは、それだけ強い想いがあるということだろう。全て話してみてくれ、私が全て聞こうではないか」


 彼の名は『審判』の逆位置、主な意味は『考え込む・深堀しすぎる・決断を先延ばしにする』など。正位置さんのように何でも審議をしたがるということはしないが、人の話を聞きたがる傾向があるらしく、出会い頭に何か悩みはないかと聞かれる。その度に、自己解決させたはずなのにまだモヤモヤが残っていた事柄を思い出す。


「私の中では、仕方の無いことだって思ってはいるし、今更どうしたいって訳でもないの。でも……」

「拭い切れぬ想いがある……と」


 目を閉じ、黙って話を聞き終えた彼の表情は、優しさと悲しみが入り交じっている。その様子に私は、話さない方が良かったのかもしれない、自分の中に留めておくべきだったんだと、自分に嫌悪感を抱いた。

 そんな私を、いつの間にか目を開けていた彼は優しく見つめ、口を開いた。


「貴殿は他人に、今の私のような表情をさせたくないから諦めたのでは無いか?」

「……」

「己の顔を見てみよ……他人にさせたくないと思っている表情を、貴殿自らが浮かべている。これが貴殿が望んだ事であるか?」


 彼に言われて気が付いた。人を困らせるくらいならと思っていたが、逆に困らせているのではないか。自分が何も言わないから、気を遣わせているのではないか……今までの自分の行いが間違っていたのだと気付いた時にはもう遅い。益々自分に嫌悪感を抱く私に、彼は言う。


「貴殿が自分なりに考えた末に、導き出した結論であるということは分かっている。私はそこを否定したいのではなく、全ての事柄が同じ結論で片付くのではないということを分かって欲しいのだ。今後同じような事が起こった時、貴殿は今回と同じように対処しようとするが、それでは何も変わらぬ。同じように拭い切れぬ想いが募るだけだ」


 その時々によって、結論は変わってしまうもの。今の私のように自分が耐えるという結論だけでは、いつか自分が壊れてしまう。必要なのは、その都度問題に寄り添うこと。時間がかかっても構わない、自分も相手も納得ができる状態になるまで寄り添えば、少しでも状況が変わる。彼はそう言って私を見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る