這い上がれないもの(世界の逆位置)
一度絶望を覚えると、そこから這い上がるのは中々難しいもの。あれこれ別のことを考えたくても、ふとした時に思い浮かび、頭と心を支配してしまう。
その人もまた、その負の連鎖から逃れられずにいる。
「またそうやって私を否定して……! そうやってからかっているんでしょう? 私がおかしいからって決めつけて!」
「逆世界さんどうしたの……?」
彼女に会いに行くと開口一番、こう言われる。毎回何があったのかわからないまま会話が始まるので、困惑している。
彼女の名前は『世界』の逆位置、正位置さんとは相対する関係性である。主な意味は『破滅・絶望・未完成』などで、その意味も相まってかかなりのネガティブ思考の持ち主である。
また、彼女の持つ負のオーラならぬものが強いせいか、彼女にしか聞こえない声が聞こえるようで、曰く、いつも自分のことを否定してくるのだとか。
「また言われたわ……何もできないくせにって……! 私のことを知りもしないで好き勝手に……!」
「逆世界さん落ち着いて? 私が話を聞くから……」
何とか彼女を宥め、いつも彼女が過ごしている空間に足を踏み入れる。見ると、あちこちに作りかけの押し花が散らばっており、みなしおしおになっていた。
「逆世界さんこれ……」
「っ……!」
「作ろうと……してたんだね。一生懸命」
それは彼女が作ろうとして何度も失敗してできた押し花のようだ。その数は数えきれないほどあり、何度も挑戦していたのだと一目で分かった。
これだけ挑戦して作れなかったのだから、あきらめてしまうのも無理はないのだろうと同情しつつ、落ちているうちの一つを拾い上げる。
「逆世界さん、これ作るの大変だったよね。しかもたった一人で試行錯誤しながら作ってたんでしょう?」
「……」
私の問いかけには答えない彼女だが、目線は私の持っている押し花に向いている。見たところ一番最初に作ったものなのだろう。
「あれでもないこれでもないって、一生懸命考えながら作ってたんだよね。色んな方法を試しながら……」
「……」
「でも、うまくいかなかったんだよね。何度やっても出来なくて、諦めたんだよね」
「……」
「きっと、諦めたときに言われたんでしょう? 何度も挑戦していたことには目もくれず、諦めたという部分だけを指摘されて……」
「……そう」
私には手に取るように分かった。彼女はこれだけの数を挑戦し、それでもうまくいかなくて諦めたのに、何も知らない人が諦めた姿だけを見て決めつけたのだということを。今までの経緯を知ろうとせず、簡単に諦めるなんてといわれたのだろう。
「いやな気持ちになるよね、分かるよ。自分だって一生懸命やってたのにって思うよね」
「……」
「でもね、逆世界さん。まだ逆世界さんがやっていないことがあるよ?」
「……?」
「人に聞くこと。自分だけではできないって思った時は、人に聞いてもいいんだよ? 人に頼ってもいいんだよ?」
彼女は人に頼るということを知らない、自分で何とかしないとと思い込んでしまっているから。
でもそれと同時に心の何処かで助けを求めている、理解してほしいと求めている。その心に秘めている想いの出し方が分からなくて、苦しんでいるんだ。
だからその出し方を、教えてあげればいい。彼女のペースに合わせつつ、引き出してあげればいい。
「私ね、押し花の作り方教えてもらったんだ。だから今度は私が教えてあげる!」
「……」
「もう一度、作ってみようよ。今度は一緒に、そしたらうまくいくかもしれないじゃん?」
そういう私に、逆世界さんは静かに、そして小さくうなずいた。
絶望の底に住まうものにだって、感情はある。寂しくて苦しくて、それを誰かに分かってほしくて泣いているんだ。
自分も同じ気持ちになったからこそ、相手の痛みが分かるし、話も聞いてあげられる。
でも、ある程度泣いたら、話したら……その後どうするかを一緒に考えてあげよう。
ずっと泣いたままでは、ずっと悲しいままだから。一人で考えるよりも、一緒に考える方がずっといい。そうやって『心の中の自分』とも、彼女とも……向き合ってあげよう。
「よし、じゃあ一緒に作ろう! まずは材料を……」
「……ここに、ある」
「お、いいね! しかもセンスいい色の組み合わせじゃん! これと組み合わせて……」
その後、二人で作った一つの押し花はしおりにして彼女にあげた。自分にできるとは思っていなかったようで、久しぶりに笑ってくれた。
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