絶望の星(星の逆位置)

 絶望……それは誰しもが一度と言わず味わった事のあるものだろう。内容によっては直ぐに立ち直れたりもするが、最悪の場合は一生ものになることだってある。


「嗚呼……何でなの……」


 この日の私も、ある事で絶望を感じていた。今考えれば些細な事なのだが、この時の私からしてみればかなりの事だったのだ。


「何で……何で一列ズレて縫ってんのよー! 一から解いて縫い直しになっちゃったじゃない! 私のバカバカ!」


 その日私は趣味の手芸をしていた。小さい頃から母親に教わり、布やフェルトなどをはじめとする手芸に触れていた為、暇つぶしにもなりつつあった。

 当初は当然だが、初めてと言うこともあり、決して良い出来映えだとはいえないほどにひどいものだった。だが、練習を重ねるごとに上達していき、今ではすっかり慣れたものになっていた。

 だが人間、慣れてしまうと途端にミスが多くなるようにできているようだ。最初は上手く縫えていたのだが、途中から一列ずつずれて縫ってしまっていたようで、一から解いてやり直しになってしまったのだ。


「うぅ……今までの時間は何だったの……! もっと早くに気づいていればこんなことには……!」

「……ちゃんと見なかった貴女が悪い……」

「そうよね……元はといえば私がちゃんと見ていなかったせいよね……ってびっくりした!」

「……さっきからここにいた……」

「だったらもっと早くに話しかけてよね……はぁびっくりした……」


 そんな私に急に声をかけていたのは、『星』の逆位置。正位置であるスターちゃんの妹にあたる存在で、主な意味は『絶望・固定概念・誘惑に負ける』など。

 スターちゃんとは真反対の性格で、影が薄いというのも手伝ってか、時々いることに気づかないときがあるのだ。無論本人が意思表示をしてくれればすぐにわかることなのだろうが、彼女はそういったことをしないのは承知の上。


「……これ、解くの……?」

「そうよ……さっきも聞いてたと思うけど、一列ズレてるから、解くしかないの。はぁ……折角ここまで縫えたのに、また一からやり直し……」

「……やり直せるのなら、まだいい。やり直せないものは、受け入れるしかないんだから……」

「……確かにそうよね、人生だって一度きりだし過去にはどう足掻いても戻れないものね。何だかそう考えると馬鹿らしくなってきたわ、やり直しが出来るのにもやもやして馬鹿みたい! ありがとうね、スターさん!」


 彼女の言葉は妙に私の心に突き刺さった。確かに彼女の言うとおり、この作業はやり直しをすれば解決する話だ。何もそこまで深く絶望するような出来事ではない。

 恐らく彼女は、一生やり直しができない大きな問題を抱えているのだろう。全てにおいての『絶望』を知る彼女の瞳には、一切の光が入っていない。

 だからだろう、彼女にとって私が今経験した出来事など、たいしたことではない。彼女の言葉は、逆に私を元気づけてくれているようで、素直に嬉しかった。


「……どうして、お礼を言うの……?」

「言いたかったからよ、強いて言うならやる気をくれたからかしらね! スターさんも一緒にやってみない?」


 だけどたまに思うのだ、彼女の瞳にいつか光が入る日が来るのだろうかと。もしも私が彼女の抱えている問題をともに解決できたのなら、彼女はスターちゃんのように笑ってくれるのだろうかと。

 そんな日がいつか来たらいいなと思いながら、私は彼女との時間を満喫するのだった。

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