失う恐怖(塔の逆位置)

「みぃーつけた、僕の大好きな主様」

「何で分かったのよ! ちょっ……来ないでってば!」


 『塔』の正位置の弟に当たる彼は、俗にいうヤンデレ思考にあるようで、いつも私の後を追いかけてきたりする。

 そんな彼の意味は『嵐が過ぎた後の静けさ・失って初めて気づく・茫然自失』などで、塔の正位置同様、意味だけではあまりいい印象を受けない。

 そういったこともあって、最善の注意を払いながら、彼に見つからないようにとしているはずなのにも関わらず、どこからか現れ見つかってしまう。


「アハハ、主様ったらどうしてそんなに怯えてるの?僕、ずぅーと主様のこと探してたんだよー? 誰に聞いても知らないって言うしさ……」

「た、たまたまじゃない? 御手洗いに行ってたから、きっとすれ違わなかったのよ! というか、どうして私を探していたの? 若しかして急用だった?」

「……あいつがまた、自分のせいにして嘆いてたんだよ。うるさくてなんないからさー、主様に来てもらおうと思って。そしたら僕とも一緒に遊んでくれるでしょー?」


 塔の正位置と逆位置は、決して仲がいいとはいえない。というより正位置が怖がっているのだ。どうやら逆位置は正位置のうじうじとした態度が気に入らないらしく、曰く「見ていると無性に腹が立つんだよねー」とのこと。

 こう言ってはなんだが、正位置と逆位置の性格を足して半分に割ると完璧になるのではないかといつも 思 ってしまう。


「タワーさん……」

「……主は、僕よりあいつの方が心配なの? どうして、僕からみんな離れていってしまうの……? 僕は……何も得られないの……?」


 この兄弟の持つ意味は、どちらもいいとはいえない。正位置は崩壊、逆位置は喪失。どちらを味わっても辛いものだ。

 特に逆位置は、数え切れない程に多くのものや人が、自身の周りから消えていく光景を目にしているのだろう。次は失いたくない、そう思った矢先に消えてしまう。彼が私に執着心を抱くのも、そう考えると無理はないのかもしれない。

 私はそっと逆位置の頭に手を置いて、微笑んで見せた。


「タワーさんのことは心配してる、でもそれ以上に貴方のことも心配しているんだよ? 勿論他のカードさん達のことも……私の大切な家族ですもの、心配するに決まってるでしょう?」

「どうして? どうして僕を心配するの? 僕と一緒にいたって、何も得られないのに……失っていくだけなのに……!」

「それは違うわ、タワーちゃんと一緒にいて失ったものなんて何もない。寧ろその逆。タワーちゃんは私と過ごす『時間』を与えてくれているじゃない。人間とカードさん達とでは、寿命とかの概念が異なるかもしれないけれど、貴方が私のために『時間』を与えてくれていることに、私は凄く嬉しいと思う。だからお願い……そんな悲しいこと言わないで」


 私がそう言うと、彼は大声を上げて泣き出した。普段は正位置のことを馬鹿にして、嘲笑っている彼が見せた、弱さ。カード全員が必ずしも、自身が授かりし『意味』を受け入れているわけではないのだろう。時には自身を誇り、時には自身を憎む。それは人間でも同じだ。

 泣きじゃくる彼が落ち着くまでの間、私はそんなことを考えながら、彼の背中に手を回してギュッと抱きしめ続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る