狂弟事情(悪魔の逆位置)

「嗚呼主様、おはようございます。お目覚め率は昨日と比べ、約二十パーセント上昇しているようですね」

「おはよう、そんなことまでわかるんだね……」

「物事の詳細は常に知っておかなければいけませんからね。それよりも見てください、この兄さんの寝顔を。とてもレアなんですよ?」


 兄への想いが行き過ぎると、こうなってしまうのか。彼を見ていると、彼の兄が不憫に思えてくる。

 彼の名は『悪魔』の逆位置、正位置の弟にあたる。意味は『見返り・未練がましい・引きずる』など。

 兄貴そっくりな顔立ちだが、どことなくインテリ感漂うメガネをかけており、兄と比べるとかなり頭のいい悪魔である。

 だがこの通り、彼はブラコンであるがゆえに、『残念なイケメン』である。


「あ、あはは……上手く撮れてるんじゃない……ってプリントアウトしなくていいから! 見るだけで十分だから! 拡大コピーしてポスターにしなくていいから!」

「そうですか、それは残念です。主様には特別にと思ったのですが……まぁこれだけではありませんので、コレクションが見たくなったら仰ってください。主様にならお見せしても支障はありませんから、遠慮なく……」


 そう言いながら彼は、何処から出したかわからない巨大なポスターを、残念そうにしまい込んだ。

 時折ちらちらとこちらを見つめる彼は、余程私にポスターを受け取ってほしいのか、じっとりとしたまなざしを向けていた。正直言って、そんな顔をされても受け取る気はさらさらない。第一悪趣味過ぎる……


「はは、気持ちだけ受け取っておくよ……」

「兄さんの言う通り、主様は遠慮する傾向にあるようですね。少しばかりちょうきょ……いえ、指導が必要なようですね」


(ちょっと待て今調教って言おうとしてなかったか? というか少なくともあんたに指導はされたくないわ。嫌な予感しかしないし……あのバカ兄貴は弟に何を言ったんだ。後で聞きださなきゃね……)


 こんな狂愛者な彼だが、一緒にいるところを一度も見たことがない。

 聞く話によれば、自分のような身分の低いものが、兄と並んで歩いたり一緒に過ごしたりするなど、許されたことではないため距離を置いているのだとか。

 食事も兄が一人で食事をしている姿を録画し、自分が食べるときに再生して食事をする。はたから見たらただのストーカーだ。

 対する兄は、もっと弟と話をしたいと考えているが、近づくと一定の距離を取られるため苦戦している。その度に私に救いを求めてくるのだが、何度言っても話を聞かない。後にこの二人の関係が、大きく変わる出来事があるのだが、それはまた別のお話し。

 ただ一つ言えるのは、彼は本当に兄の事を慕っているということだ。どんな形であれ、兄の話をしている時の彼は、本当に幸せそうだ。これが一般的とされる兄弟としての関係を築けていたら、何と微笑ましいことなのだろうか。兄曰く、弟の行動は物心ついたときからだそうで、誰かに何かを言われたのか、自分からそうするようになったのかは、兄でもわからないらしい。



「どうしたものか……」

「おや、どうされましたか主様。まさか兄さん不足による禁断症状でも? これはいけません、直ぐに治療をしなければ……! だからこれをお渡ししようと思っていましたのに、主様が素直に受け取ってくださればこんなことには……」

「それどんな禁断症状だよ! いらないって言ってるでしょう! ちょっと、部屋に飾ろうとするな! 勘違いされるでしょう!」


 嗚呼、先が思いやられる。出来る事なら関わりたくない。だがあの兄からもお願いされているし、何よりも私は主なのだから。

 そう自分に言い聞かせながら、今日もこの狂弟を正常化しようと奮闘するのだった。

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