第七十五話―堕とされた者達




 千葉から東京へ戻り、詰め所がある大統領府に真澄達が戻ってきたのは、夜半を過ぎようとする頃だった。


 トラックを大統領府の敷地内へ入れ、詰め所の入り口に横づけすると、まるで真澄達が帰って来るのを待ち構えていたと言わんばかりに、詰め所の入り口には担架を用意して待つ三好と天童の姿があった。


「あれ、三好君に天童君、どうして?」


 助手席に座っていた雪之丞が玄関前にいる二人の姿を見つけるなり声を掛ける。

 それに三好は眼鏡を少し直しながら淡々と応じた。


「一時間程前に清白すずしろ君から怪我人を連れて戻ると連絡がありました。例の彼、見つかったのですね?」


 三好の問いかけに雪之丞はこくりと頷くと、真澄と共にトラックを降りた。


「僕もまだ状態を見ていないんだけど、意識もあるし会話もできるし普通に歩けるよ」


「分かりました。天童君、念のため担架はそのままで」


 背後に控えた天童に指示を出して三好は雪之丞と共にトラックの荷台へ回ると、隼人と南天が下りて来ていた。


「あれ、三好先生。お疲れ様です」


「こんばんは。怪我人の様子を確認したいのですが、彼は?」


 突然現れた三好の言動から、彼が自分達の到着を待ち構えていたのを察した隼人は、親指で荷台の中を示した。


「まだ中だ。別に外傷があるようには見えないが、一年近く監禁状態だったみたいだから。拓、春樹さん下ろすの手伝ってくれ」


 まだ荷台に乗っている拓に隼人は声を掛ける。それに応えるように、拓は春樹に肩を貸してトラックの荷台から顔を出した。


「春樹さん、隼人の手を」


 拓からの指示に春樹はこくりと頷くと、荷台の方へ腕を伸ばしている隼人の肩に掴まり、春樹はゆっくりと疲労で重くなった身体を地面へと下ろした。

 僅かに灯された灯篭の灯りの下で三好は初めて会う宮陣春樹という人物の前に立った。


「初めまして、特夷隊の医療を任されている三好です。宮陣春樹さんですね?」


「そうです…医療という事は医者…?」


「ええ、貴方が失踪した後に採用されたもので。一年近く監禁されていたと聞いています。身体検査をさせて頂いても?」


 淡々と医者としての責務を果たすべく三好はこちらを見て訝しんでいる春樹に自身の素性を簡単に説明した。


「春樹君、三好先生は優秀な医師だから心配いらないよ」


 春樹の不信感を払拭するように雪之丞が横から補足をする。それを聞き雪之丞と三好を交互に見詰めてから春樹はようやくホッと安堵の表情を見せた。


「三好君、春樹君を宜しく頼むね」


「お任せください。見たところ少し衰弱はしているようですが、これと言って大きな損傷もないようですし…一応検査はしますけど」


「よろしくお願いいたします」


 先程までの警戒心が完全に解けたのか、春樹は穏やかな声音で三好にそう告げた。見慣れた場所へ帰ってきて、かつ見知った仲間が傍にいる事も重なったのか、それまで春樹の中に張り詰めていた緊張の糸はすっかり緩み、その顔色に疲労が濃く滲みだしていた。


「歩けますか?もしよければ担架も用意していますが」


「大丈夫です。隼人君、このまま支えてもらってもいいかな?」


「勿論、三好先生、医務室までは俺が運びます」


「ええ、ではお願いします」


 隼人の申し出を快く受け入れ三好は着いてきてくれというように白衣の踵を返して歩き出す。

 それに続いて春樹が隼人に支えられて歩き出そうとした時、不意に背後から声が響いた。


「兄さん…?」


 微かに震える、確証の持てないと言うべき問いかけ。だが、春樹にはその声がはっきりと誰の物か理解できた。

 肩越しに大統領府に入り口、先程トラックが入って来た道を振り返ると、そこにはまだ幼さを残した顔立ちの見慣れた姿があった。


「大翔……」


 驚愕と困惑、安堵と不安の入り混じる複雑な表情を浮かべた自身の男装の妹の姿を瞳に移すなり、春樹は穏やかな笑みを浮かべてその名前を読んだ。


「っ……」


 唇を引き結び大翔は大股でトラックの止まった入り口傍、隼人に支えられて立つ兄の下へ駆け寄った。


「兄さん!本当に?本当に兄さんなの!?」


 駆け寄って来た大翔を春樹は両手を広げて抱き締めると、その肩に額を埋めて何度も大きく頷いた。

 普段、穏やかで冷静に物事に対処する大翔が珍しく声を張り上げている様子に、共に巡回に出ていて戻ってきたばかりの竜胆、桔梗、海静はキョトンと目を瞠った。


「まさか…春樹さん?」


 大翔が抱き着いている長身の青年を前に海静もまた驚き声を震わせる。

 それは、春樹自身も同様だった。


「海静君…?どうして君が…」


「ああ、春樹さんそれに関しては少し長い話があって…落ち着いたら話すから」


 海静は春樹の認識では彼が失踪する前に既に殉職した筈で、その本人があの頃と変わらない姿でいる事に春樹は心底驚いたが、隼人が横から補足をした事で一先ず何かあったのだという事だけは察してそれ以上はその場の追及は控えた。


「大翔、春樹君を医務室に連れてくから、少し離れて。一緒に来るかい?」


 春樹の胸に顔を埋めたままぐすぐすと鼻を啜っている大翔の肩を雪之丞はそっと叩いて声を掛けた。それに大翔はコクコクと頷いてゆっくりと一先ず兄から離れた。


「良かった…兄さんが無事で…」


「ああ…心配をかけ…」


 自分から離れた大翔に微笑みかけた直後、ふらりと春樹の意識が揺らぎ、彼はそのまま隼人に寄りかかるようにして意識を手放した。


「春樹さん!?」


「兄さんっ」


「天童君!急いで担架を」


 突然意識を失った春樹を隼人と大翔は支え、三好は入り口付近で真澄から千葉の状況を聞いていた天童を呼び寄せた。

 三好の指示に担架を引いて天童と真澄が駆けつける。隼人、拓、真澄の三人が春樹を抱えて担架へと乗せた。


「直ぐに医務室へ」


「はい」


「俺達も手伝おう」


 三好の指示で天童と隼人が担架を押して詰め所の中の医務室へと入って行く。


「兄さん」


「大翔、ここは三好先生に任せよう」


 不安げに運ばれていく兄の姿を見詰め、駆け出そうとした大翔を雪之丞はそっと腕を掴んで引き留めた。


「雪之丞さま…兄は大丈夫ですよね…」


「少し衰弱があるだけだから心配はいらないと思うよ。一晩休めばきっと目を覚ますさ。春樹君が起きる前に晴美ちゃんに連絡してあげてくれるかな?」


 不安げに自分を見上げてくる婚約者を少しでも安心させようと雪之丞は優しい言葉で大翔に言い聞かせた。

 雪之丞に頭を撫でられ大翔は未だ不安を拭いきれない中、姉である晴美にも兄が戻って来た事を伝えようと気持ちを切り替えて、静かに頷いた。


「分かりました。姉さんに知らせてきます。桔梗君、竜胆さん、一緒に来てくれる?」


 思いがけない再会劇をポカンと見守っていた桔梗と竜胆は、不意に呼ばれて意識を大翔へと戻した。


「オッケー、行こう」


 大翔に呼ばれた二人は僅かに顔を見合わせてから大翔の傍へと歩み寄った。

 三人は詰め所の中にある電話を使う為に中へと入っていく。

 それを見送りながら真澄は雪之丞の横に立って、肩を竦めた。


「これで無事、全員戻ってきたな」


「そうだねえ。後は、祭事部の同行が気になる所、かな?」


 ちらりと真澄を見上げ雪之丞は含みのある言い方で話題を振る。それに真澄は静かに頷くと、雲の流れていく空を見上げた。


「拓、隼人と共に祭事部の動きをしばらく見張ってくれ。恐らく何かしら動きがある筈だ、清白にも協力を頼みたい」


 その場に残っていた拓へ真澄は今後の対応の為の指示を告げる。予想していたのか拓は直ぐに頷いたが、傍にいた清白は驚いた様子で目を丸くした。


「僕も…?」


「そうだ。素早い行動と分析力は俺も評価している。拓達とならお前も気兼ねなく真価を発揮できるだろう?頼りにしてるぞ」


 思いがけない真澄からの言葉に清白は大きく目を見開いてから、戸惑った様子で視線を彷徨わせる。と、直ぐ近くにいた南天の傍へ駆け寄り、その背後に隠れるようにして南天の腕に抱き着いた。


「清白?」


「…ご、ご期待に添えるように頑張ります…」


 南天の腕にしがみついたまま、消え入りそうな声で清白は真澄からの要請に精一杯答えた。


「よし、全員、業務のない者は解散だ。春樹の状況については明日の朝ここにいない奴等にも連絡する」


 隊長である真澄の号令にその場に残っていた海静、南天、拓、清白は大きく頷き、詰め所の玄関へ歩いていく。雪之丞もうんうんと相槌を打つと他の隊員達同様に詰め所の中へと入って行った。




 意識を失い、担架で医務室へ運ばれた春樹は明け方になって目を覚ました。

 なんだか、懐かしい面々と再会を果たす夢を見ていた気がする。と同時に、何故そこにいるのか分からない人物も混じっていたように思う。

 現実のような光景と懐かしい温かな温もりが今も手に残っている。

 男として育った妹の泣き顔を見たのはいつ以来だったろうか。


「……」


 ぼんやりとした視界の中、頭上にある天井を見上げていた春樹は、横から聞こえて来た話し声に気付いてゆっくりと顔を横に向けた。


「目が覚めましたか?」


 初めて見る年若い男に問われ、春樹は乾いた唇を動かして自身の居場所を尋ねた。

 まだ頭がぼんやりとしているのか、自分が今何処に寝かされているのかが判別出来なかった。


「ここは特夷隊の詰め所の医務室です。貴方は九頭竜隊長達と大統領府に戻って来て、それで疲労で倒れたんです。覚えていますか?」


 ゆっくりと、だが少々情報量の多い話の内容に春樹は未だ靄の掛かったような頭を振り、目の前の男が話す内容を思い出す。


「そうか…私は中原の邸から逃げて……」


 さっきまで夢だったと思っていた内容が、静かに現実味を帯びて来る。段々と自身が置かれた状況を思い出し、春樹は未だ疲労の残る身体をゆっくりと起こした。


「起き上がって大丈夫ですか?眩暈とかありますか?」


 詰襟タイプの白衣を纏っている所から、自分に話しかけているのが医師だと認識した春樹は気遣わしげな問いかけに小さく頷いた。


「大丈夫です…まだ頭がぼんやりしていて…ここは、特夷隊の詰め所なんですね…?」


「そうですよ。少しお待ちください。主治医を呼んできますから」


「貴方は違うんですか?」


「あ、俺は医者ですが三好先生の助手なので。天童と言います」


 春樹の問いに気さくに応じてから天童はそそくさと隣の部屋にいる三好を呼びに行く。


 隣の部屋から話声が聞こえ後、白衣を着た人物がもう一人現れた。こちらは意識を失う前に見たような気がする人物だった。


「気が付きましたか。良かった。丸一日は目覚めないかと思っていましたが、安心しました」


 上体を起こしている春樹の傍に寄り三好は、その顔を覗き込む。両手で春樹の両眼の眦を降ろし、首筋を触るなどして触診を行う。


「今のところ問題はなさそうですが、熱が出る可能性もあるので、丸一日はここで安静にして下さい。貴方が倒れてからまだ7時間ほどしか経っていないので」


 壁に掛けられた時計をちらりと見遣ってから三好は医者らしい指示を春樹に伝えた。


「分かりました…」


 三好から安静にするようにと言われ春樹は僅かに視線を彷徨わせる。その何か言いたげな表情を三好は見逃さなかった。


「…色々聞きたいとい顔ですね。私で良ければお答えしましょうか」


 思いもよらない申し出に春樹は一瞬目を瞠ってからさっと視線を逸らす。だが、直ぐにゆっくりと三好に視線を戻した。


「あくまで私が知り得る限りの事ですけど。その代わり、貴方が抱えている秘密を私に教えて頂けますか?」


 唐突に意味深な事を言われて春樹は一瞬不信感を顔に滲ませた。だが三好はそんな事は気にした様子もなく、ベッドサイドにパイプ椅子を引き寄せると、春樹の目線に合わせるように腰を落ち着けた。


「天童君。少し休憩してきていいですよ。私は少し彼とお話をしたいので。九頭竜隊長達に宮陣さんの事を報せてもらっても構いませんから」


「あ、分かりました。じゃあ、俺は席を外しますね」


 まるでこれから何を話すのか理解しているように天童は三好の厚意を素直に受け入れると、そのまま1人診察室の隣にある部屋へ移って行く。


 完全に二人だけになった所で三好は真っ直ぐに春樹と向かい合った。


「心配しなくとも私は貴方の味方ですし、貴方と同じような状態なので同類と思って頂いて結構ですよ」


 三好の意味深な言葉に思い当たる節があるのか三好は呻くように呟きを零した。


「貴方も…?」


「ええ、貴方がその身の内に抱えている存在は、私の仲間ですから。秋津川博士もよくご存じですし」


 肩を竦めて何処か安堵したような表情の三好と雪之丞の名前が出て来た事に春樹はゆっくりと警戒心を解いた。


「もしかして、貴方が蓮華さん?」


「既に聞いていますか?そうです。三好というのは私が入った人物の名前です」


 自身の胸元に手を添えて三好は春樹の問いに静かに頷く。


「私の中にいる存在は秋葵おくらと名乗っています。貴方やもう一人、紅紫檀べにしたん?さんの事はよく話してもらいました」


「紅紫檀もいますよ。彼は今海静君の中で私達同様共存しています。貴方の中に宿る存在は人と融合していないと自身を保てないので」


 三好が話す話は普通では信じられないが、春樹自身身をもってそれを体験している為不思議と彼の話を受け入れる事が出来た。恐らく今の話は己の中で共生する人物にも届いていることだろう。


「貴方の質問に出来る限り答えましょう。但し、疲れや眠気を感じたらすぐに中断します。まずは休息を取るのが最優先ですからね」


 医者らしい三好の言葉に春樹は素直に頷くと、最初の質問を始めた。


「何故、行方不明になっていた雪之丞さんがいるんですか?私は彼の消息を探すには五年前に祭事部が起こしたある出来事の調査が必要だと言われて探っていたのに」


 春樹が行方知れずになった発端も、特夷隊の召集の命に応じたのも元を正せば秋津川雪之丞という自身の妹の婚約者の行方を追うためだった。

 五年間、全く手がかりすら掴めなかった人物が戻ってきたら当然のようにその場にいる事が春樹にとっては一番の驚きだった。


「秋津川博士については話せば長くなりますが、ひと月前、ようやくこちらに戻って来る事が出来たのです。何処にいたのか、何故戻ってこられたのかは話せば長くなりますが…」


「教えてもらえませんか?私にとっては最も重要な事なので」


 身を乗り出すようにして強く希望する春樹に三好は再度「長くなりますよ」と前置きして、これまでの事を話して聞かせた。


 五年前、雪之丞が姿を消したのは27年後の未来である事。

 そこでかつて怪夷討伐の最終兵器として英雄達が所有していた聖剣。神刀シリーズに宿った核とそれを宿した鞘人の事。


 俄かには信じられないという顔をしていた春樹だったが、ふと自身が神戸の英雄から依頼を受けた内容を調査している際に知った内容を思い出した。


「…やはり、祭事部は陸軍と繋がっていたのは間違いないようですね…それが未来に影響していたなんて…雪之丞さんが未来に飛んでいて戻ってこられたというのも正直信じがたいですが…」


「真実は小説より奇なりですよ。私や貴方の中の秋葵も元々は未来からこちらに落とされた存在ですから。秋葵から何か聞いていますか?」


「いや彼は、なんというか色々知っているのかいないのか…不明な事が多くて…」


 三好の質問に春樹が困惑していると、それまで沈黙を守っていた自身の内側にいる存在が唐突に声を掛けて来た。


『ははは、そりゃボクも知らない事が多いからねえ。ねえ春樹、そろそろ一度変わってくれないか?ボクも蓮華とおしゃべりしたいな』


(まだ聞きたい事があるんですが…)


『大丈夫、意識はそのまま残していれば君も聞けるよ。ほら、ボクが代わりに聞いてあげてもいいしさ』


 ニヤニヤと笑いながらの催促に春樹は思わず額を押さえた。

 それに具合が悪くなったのかと思った三好は気遣うように声をかけてきた。


「大丈夫ですか?」


「あ、ええ…その…秋葵が話をしたいと…」


 内側での会話を春樹は少し戸惑いながら三好にする。すると三好は特に疑問も抱かずに頷いた。


「分かりました。少し秋葵に代わってもらえますか?もちろん、私達の会話を貴方が聞いても何も問題はありませんので。それに、意識を手放してしまっても、秋葵に貴方の身体で良からぬ事はさせませんと約束しますから」


 三好からの申し出に春樹は自身の内なる存在の催促と相まって、決断を下した。


「分かりました」


 内側から聞こえてくる声に応じて春樹は自身意識を内なる存在へと明け渡す。丁度眠りに落ちるように、自分の存在を俯瞰するような感覚と共に己の意識は体の内側へと沈み込み、それと入れ替わるようにしてそれまで内に潜んでいたもう一人の意識が浮上した。


 春樹の端正で真面目そうな顔立ちがニヤニヤと楽し気な顔に変わる。それは道化のような力のない笑みを浮かべて、目の前に座る三好と対面を果たした。


「お久しぶりですね、秋葵」


「ひっさしぶり~蓮華は相変わらず仏頂面だね。紅紫檀は元気?」


「アレの事は今はいいです。それより、貴方も春樹さん同様に震災の時の祭事部の同行を探っていたでしょう?情報は掴めたんですか?」


「単刀直入でそれかあ…せっかくの再会なのに…まあいいか。うん、ここに博士がいるなら報告もしないといけないと思ってたしね」


 ベッドの上に胡坐を掻き身体を丸めて座りなおした秋葵はニヤリと笑いながら三好に自身が掴んだ情報を話し始めた。


「まず、祭事部と陸軍がオルデンの力を借りてあの震災が起こる前に怪夷を復活させようとしていたのは間違いない。そして、彼等が未来で怪夷化歩兵を作る為に怪夷を制御していたって博士の推測もその通りだった」


「やはり、制御の為の何かがあったんですね。しかし、こちらの時代ではそれが上手く機能していないようです」


「あれ?そうなの?あ、だから連中、鍵がどうとか言ってたのか…」


「鍵?」


「そ、今の祭事部ももう一度怪夷を制御する方法を探しているって春樹は言ってたよ。それに必要なのが鍵なんだって。何のことまでかはボクも春樹も調べがついてないけどね」


 秋葵の口から語られた内容に三好は眉を顰めた。


「分かりました。直ぐにこのことを博士達に伝えます。それで、貴方はどうするんですか?」


「ボク?勿論博士達に協力するよ。蓮華も紅紫檀もいるし、竜胆達もこっちに来ているなら猶更かな」


 あっさりとした回答に三好は内心胸を撫で下ろした。


「今日はもうこのくらいでいいかい?春樹の身体にこれ以上負担をかけたら悪いからね」


「何故貴方達が共存関係を結んでいるのかは追々聞きます。貴方もゆっくり休息を取った方がいい。春樹さんを護るのに相当消耗したんだろう?」


「ふふ、その優しさ紅紫檀にも出してあげればいいのに」


「私が彼の事が苦手なの知っているくせに…余計ですよ」


 肩を竦める秋葵の様子に三好はふいっとそっぽを向いた。

 拗ねたような旧友の横顔を眺めてから、秋葵はゆっくりと目を閉じた。


「それじゃ、主治医の助言通りボクは休むよ…春樹にもこのまま眠ってもらうね」


 借りていた身体を静かに医務室のベッドに横たえ、秋葵は意識を手放した。

 暫くして春樹の規則正しい寝息が聞こえてくる。


 二つの意識を一つの身体に宿す負担を三好は知らないが、恐らく相当消耗するのだろう。

 そんな事を考えながら三好は春樹の身体に掛布をそっと被せた。


「…鍵…か」


 秋葵が話していたオルデンが探しているという“鍵”。それが何を意味するのか分からないが、怪夷復活に関わっているなら真澄達へ報告する必要があるだろう。

 思考を巡らせてから三好は隣の部屋にいる天童に声を掛けた。


「天童君、春樹さんをお願いします。私は九頭竜隊長の所に報告に行きます」


「はい。いってらっしゃい」


 さっきまで蚊帳の外にいたというのに天童は大して気にしていないのか、徹夜明けとは思えない爽やかな表情で頷いた。


「私が戻ってきたら少し休息を取りましょう」


 天童にその場を預け、三好は白衣の裾を翻して医務室を出た。









**********************



暁月:次回の『凍京怪夷事変』は


弦月:ようやく戻って来た春樹に安堵した真澄達。束の間の休息は何をもたらすのか


暁月:第七十六話「新たなる手がかり」次回も宜しくお願い申し上げます~




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