第七十話―手がかりを求めて




 真澄が現代の東京に戻って来た雪之丞と共に柏木の家に行っている間、南天は大翔と晴美の家にやって来ていた。

 真澄がいない間一人でいるのは寂しいだろうという大翔なりの気遣いで、南天も素直にその誘いに乗り、真澄が出かけるのに合わせて宮陣家を訪ねることにしたのだ。


 晴美は喫茶アンダルシアの給仕がある為、朝から出掛け家には大翔の他は桔梗と竜胆が残っている。


「真澄さんも嬉しいだろうね。雪之丞様が戻って来て。久々の再会で今日は色々話をするんだって」


 居間で南天にお茶を出しながら大翔は朝から出掛けた雪之丞が話していた事を南天に聞かせた。


「マスターをドクターに会わせることが出来てよかったです…」


 お茶の注がれた湯飲みを受け取りながら南天はこくりと頷いた。


「ホント、ホント。僕等の役目も一つ終わって何よりだったよね」


「そうだな…まあ、まだまだやらなければならない事は残っているが」


 南天の横に並び、桔梗と竜胆もお茶を啜る。そんな三人を大翔はにこにこしながら見つめた。


「そう言えば、大翔が特夷隊に入隊したのって、お兄さんの代わりだったってホント?」


 唐突に桔梗から話題を振られ、大翔は自分の湯飲みにお茶を注ぐ手を止め、困ったように眉を垂らした。


「…うん…まあ、そうだね…一年前、春樹兄さんが突然行方知れずになって、特夷隊は大変な事になってたから…丁度、海静さんが殉職した後だったし…」


 一年前の事を思い出し大翔は苦笑いを浮かべて湯飲みの中のお茶で渇いた口を潤した。


「少し気になっていたので、聞いてもいいですか?特夷隊として怪夷討伐の部隊に所属していたお兄様が、どうして行方知れずになったのか。怪夷との戦闘中という訳でもないと記録を読みましたが」


 卓上に湯飲みを置き、竜胆は真顔で大翔に質問を投げかけた。


「…それは…」


 竜胆からの問いかけに大翔はますます困惑して顔を俯けた。

 困惑している大翔を前に竜胆はハッとして大翔の肩をそっと叩いた。


「すみません、余計な事を聞いてしまったようですね…不快な思いをさせたのなら…」


「ううん、ごめんね。実は僕も姉さんも兄さんがどうしていなくなったのか、未だに分からないんだ…それを突き止めるのと雪之丞様の行方を捜す為に、僕は半ば強引に東京に出てきて特夷隊に入ったけど…結局まだ真相は分からないままで…」


 俯き、膝の上に置いた手を握り締めて大翔は唇を噛みしめた。

 そもそも大翔が実母に宮陣家を継ぐ代わりに特夷隊に入隊させてくれと懇願した理由は、雪之丞の行方を捜す他に実の兄である春樹の行方を探る事も含まれていた。


 一年経つが未だにどちらも中途半端のまま、運よく雪之丞は戻ってきたが、春樹の行方はようとして知れない状態が続いている。


「真澄さんに聞いたら、祭事部の依頼で何かを調べていたって聞いたんだけど…それが何かまでは分からなくて。隼人さんや拓さんも調べてくれたんだけど、祭事部は秘匿な部分が多くて関係者じゃないと踏み込めないって言われて…」


 俯いたまま、大翔は特夷隊に入隊する前に聞いていた事柄を思い出す。あの頃は今ほど怪夷は強力ではなかったが、それでも人員不足を補うのに、真澄を始め隼人達が休みを返上して対応に当たっていた。


 大翔が入隊したのも、春樹の失踪から半年程立ってからで、手続きなどにも時間を要した。


「何を調べていたか分かればもう少し手がかりもあるんだけどな…」


 ぼんやりと、湯飲みの中の水面を見つめ大翔は唇を噛みしめた。

 雪之丞が戻ってきた事で舞い上がっていた分、実兄の行方がいまだ知れない現実に大翔はまた胸を締め付けた。


 すっかり落ち込んでしまった大翔を見つめ、桔梗、竜胆、南天は互いに顔を見合わせた。


「私達も、お兄さんの行方を一緒に探しますよ」


「そうだよ、春樹さんは僕等にとっても大事な人だし、大翔の大事な人の行方、探そう」


 俯き畳を見詰めていた大翔の顔を覗き込み、桔梗と竜胆はそれぞれ肩を叩いて大翔を励ました。


「二人ともありがとう…」


 顔を上げ、左右で自分を囲むように覗き込んでいる桔梗と竜胆を交互に見やり、大翔は口端を吊り上げて力の抜けた笑みを刻んだ。


「ちょっと気分転換にお茶菓子でも買ってくるね」


「あ、僕も行く!」


 腰を上げた大翔について行くと宣言した桔梗が勢いよく立ち上がる。


「竜胆さんと南天君はお留守番をお願いね」


 元気な姿に微笑みながら大翔は桔梗を連れて買い物へ出かけて行った。


「南天はどう思いますか、春樹さんの行方について」


 二人が出て行き、少し静かになった居間の中で、竜胆は不意に南天へと話題を振った。

 竜胆から話を振られ、湯飲みの中のお茶を一口飲んで南天はしばし思案してから口を開いた。


「祭事部はこの時代において帝を中心とした勢力の事だよね。政治部とも司法部とも軍部とも異なるこの日ノ本独特の組織。なら、大翔さんのお兄さんに仕事の依頼をしてきた人物を調べるのが一番じゃない?」


「なるほど。南天も意外とよく見ていますね」


 南天から返って来た意見に竜胆は感嘆の吐息を零す。感心した様子で南天を見詰めてから朗らかに微笑んだ。


「仕事の依頼主ですか…それが分かればどんな案件の仕事だったのかも分かる筈。大翔さんが戻ってきたらお兄さん宛の手紙なんかが残っていないか聞いてみましょう」


 解決の糸口を見つけたと感じた竜胆は湯飲みの中の茶を口に含んだ。

 そんな竜胆を見詰めながら南天は、今度は自ら問い掛けた。


「ねえ竜胆、聞いてもいい?どうして、二人は大翔さんに自分達の正体を明かさないの?鬼灯や清白もそうだけど、別に言ったって今更じゃ…」


「それは……」


 南天からの思わぬ問いに竜胆は口を濁し、僅かに視線を外す。


 先日、自分と桔梗が召喚された際にうっかり桔梗が口を滑らした単語。それは、勘のいい者なら恐らく自分達の正体に気付いたに違いない。


 あの場は、たまたま大翔の隠していた秘密が露呈する事で追及を免れたが、もし何かの弾みに話題にされた時、どう言い逃れをしようかというのはつい昨日鬼灯と話したばかりだ。


「…私達の正体を明かす事で、関係のある方達にどんな影響がでるか分からないからです。大翔さんならもしかしたら大丈夫かもしれませんが、朝月さんや拓さんなどに話すのは少しリスクがあると思っています。桔梗もそれを分かっている筈ですが、あの子は物心つく前に母親を亡くしていますからね。感情が一気に溢れてしまったのでしょう」


 召喚された直後、大翔と視線を合わせた桔梗の心境を想えば、分からなくもなかったが、それでもきちんと明かしていい真実とそうでない真実は分けなくてはならない。


「それに…私達自身がこのまま未来で生を受けるかはまだ分からないんです。だから、私達と過ごした日々を未来の姿に重ねて欲しくない。そう言ったら、分かってもらえますか?」


 最後は南天を諭すような言い方で竜胆は怪訝な顔をしている南天を見詰めた。


「理屈は分かる…でも、記憶がなくて親の顔も愛情も知らないボクにはやっぱり理解出来ない…家族に会えて嬉しいのは竜胆も同じじゃないの?」


 真っ直ぐに曇りのない眼差しを向けられ、竜胆はどきりと胸に鈍い痛みを感じた。この時代には自分達がいた未来では既に故人である者も多い。そんな彼等と言葉を交わせる事はきっと贅沢な事だ。


「それでも、言えない事もあるんですよ。南天も記憶が戻ったら、分かるかもしれませんよ」


 それ以上の問いに答える事は自分の中に抑え込んでいる感情が溢れそうで竜胆は精一杯の笑みを浮かべて南天の追求から逃げるように話に区切りをつけた。


 竜胆が話題を終わらせた事に南天は疑問も不満も抱く事なく、そのまま全てを受け入れてお茶を飲み干した。


 竜胆もまた、いつの間にか乾いた唇を潤すようにお茶を喉に流し込んだ。


 それから二人は特に会話を交わすこともなく、大翔と桔梗が帰って来るのを待った。




 日曜日の喫茶店の営業は夕方の五時までと決めてあり、街灯が街の中を照らす頃には晴美は自宅へと戻ってきた。

 真澄や雪之丞がいつ帰ってくるか分からなかった為、南天はそのまま宮陣家で夕食を一緒にすることになった。


 晴美と大翔、竜胆の三人が台所に立ち、夕食の支度をする。桔梗と南天は釜に火をくべて風呂の準備をする。

 明り取りと換気を兼ねた窓から湯気が立ち昇り、五人分の夕食が作られる。


 「ねえ晴美さん。春樹さんって、行方不明になる前、何を調べていたのか知らない?」


 五人で食卓を囲みながら、昼間の春樹の話を桔梗がそれとなしに持ち出すと、晴美は箸を止めて大翔達を見詰めた。


「どうして、そんなこと知りたいの?」


 僅かに眉を顰め、少し剣のある言い方で晴美は桔梗の問いに返した。

 いつものお調子者でお気楽な晴美とは違う鋭い視線に驚きながら、大翔は意を決して問い掛けた。


「雪之丞様が戻ってきたなら、今度は兄さんの行方を捜す番だよ。僕だって、ずっと心配している。兄さんと最後まで一緒にいたのは姉さんだし」


 正座をして晴美を真っ直ぐに見つめて大翔は一年前までの事を思い出した。


 春樹が特夷隊入隊の打診を受け、それを受諾して軍都東京へ向かった後、晴美は修行と題して東京へ出てきていた。


 兄の借りているこの家に間借りしながら、当時は特夷隊の職務もそこまで忙しくはなく、合間に真澄が経営していた喫茶店で給仕をする事になり、現在に至っている。


 本来なら春樹に何かあった時に家督を継ぐのが晴美だったが、東京に出て来た時点で本人にその気はなく、春樹が行方不明になった時も現当主である母親に対して当主にならない宣言を叩きつけていた。


 だからこそ、大翔は自分が家督を継ぐ代わりにそれまでの間東京へ行く事を赦してもらったのだが。


 真剣な大翔の眼差しに晴美は最初は知らん顔で箸を動かしていたが、いつの間にか桔梗と竜胆、南天までそれに加わった事でついに箸と茶碗をちゃぶ台の上に置いた。


「君達ねえ…はあ、しょうがないなあ…これは私一人で片づけようと思ってたのに」


 四人からの無言の圧力に根負けし、晴美はやれやれと肩を竦めながら静かに腰を上げた。


「姉さん?」


「いらっしゃい、渡したい物があるわ」


 突然立ち上がった晴美に驚き、目を白黒させた大翔は姉に促されて同じように腰を上げた。

 それに続くように南天達も晴美と大翔について行く。


 居間を抜け、家の一番奥にある襖戸のぴしゃりと閉ざされた部屋の前で止まった晴美は、印刀と立てて息を吹きかけた。


 バチリと何かが弾ける音がした後、晴美は襖戸を開いて中に入った。


 室内は雨戸が閉めきられ、真っ暗だった。ずっと付けられていなかった部屋の明かりを晴美は躊躇いもなく付ける。すると、六畳の室内が浮かび上がった。


 部屋の中には壁という壁に所狭しと何かの資料が張りつけられている。更には何かの術式の陣と思われる絵図や呪文が張られ、異様な光景が広がっていた。


 少し埃っぽい六畳の室内に入った晴美は、部屋異質さに臆する事なく、中央に置かれた机に近づくと、鍵の掛けられた引き出しに鍵を差し込んで引き出しを開けた。


「どうせ雪之丞さんが戻ってきたらお渡しする予定だったし。君達も関わる事になるなら、私がいつまでも抱えている必要はないわね」


 引き出しに仕舞われていた一通の手紙と一冊の日記帳を晴美は大翔達に差し出した。


「兄さんが行方不明になる直前に預かった物よ。大翔、アンタから雪之丞さんに渡して」


 部屋の光景に息を飲み、部屋の入り口で困惑していた大翔は晴美から手紙と日記帳を渡されて更に戸惑った。


「姉さん…この部屋は何?兄さんは何を調べていたの?」


「さあね。私にすらその話はしなかったからね。ただ…少なくともかなりヤバい案件だったのは見れば分かるわ。私でも見た事もない術式や呪文だし、かなり古い奴が混じってるのだけは読み取れたけど」


 室内に貼られたモノを見渡して晴美はいつもの明るい彼女からは想像も出来ないような固い表情で大翔達に話をする。


「真実を見つけるなら、店長達の力を借りた方がいいかもね。はあ、これで私の役目は取り合えず終わり、やっと肩の荷が下せるわ」


 肩を回して解しながら晴美は溜息を吐く。今日のこの瞬間まで彼女一人が抱えていた秘密だったのだろう。それを託すことができ、晴美は少しだけ表情を和らげた。


「ただいま~大翔~帰ったよ~」


「雪、お前自分で歩けっての」


 ガラガラと玄関の引き戸が開き、陽気な声と共に呆れ交じりの声が聞こえてくる。


「あれは…」


「マスター」


 玄関の方へ五人は一斉に顔を向けると、南天は弾かれたように廊下を駆けだしていく。

 そこで誰が訪ねて来たのかを察した大翔達も揃って玄関へと向かった。


「マスター」


「お、南天まだここにいたのか。良かった」


「南天、いらっしゃ~い。大翔は~?」


 一番乗りで玄関へ駆けつけた南天は、そこで僅かに眉を顰めた。

 玄関先にいたのは、真澄と彼の肩に腕を回している雪之丞。二人とも頬が朱色に染まっている所から、酒を呑んだ後なのが直ぐに分かった。相当の量を呑んだのか、異様に酒臭い。


「雪之丞様、お帰りなさい。隊長もお疲れ様です。」


「よう大翔、この酔っ払いここで良かったか?」


 南天に続いて玄関へ駆けつけた大翔は真澄に肩を担がれた雪之丞を見つけて目を白黒させた。酔っぱらった雪之丞を見るのはこれが初めてだった。


「あ、はい…雪之丞様を送って頂いてありがとうございました」


「悪いな。コイツがどうしてもここに帰るって聞かなくてな。迷惑なら、その辺にほったらかしといていいからな」


 玄関に一先ず雪之丞を座らせて真澄は苦笑を滲ませて大翔に助言をした。


「酷いよ真澄!僕をなんだと思ってるの?親友で幼馴染でしょお~感動の再会したばかりなのにその扱いはなくない?」


「煩いぞ酔っ払い。まだ結婚前の乙女二人の家に上がり込んで、婚約者だからって少しは弁えろ。自宅があるだろ」


「ええ~やっと会えた婚約者と一緒にいたいだけじゃん。ケチ、真澄が心配するような事は起きないから安心してよ」


 玄関先でうだうだと言い合いをしている真澄と雪之丞の姿に、南天と大翔はどうしたものかと顔を見合わせた。


「雪之丞様も真澄さんも一先ず上がってください。夕食はもうお済ですか?」


 二人の言い合いの合間を見つけて大翔は真澄と雪之丞へ声を掛けた。

 大翔の声に真澄と雪之丞はほぼ同時に大翔の方へ顔を向けて、同時に大きく頷いた。


「柏木の所で済ませてきた。南天の事見ててくれてありがとうな」


「いえ、南天君も一人じゃつまらなかっただろうし。今丁度ご飯を食べていた所だったんですけど、お茶とか入れましょうか?」


 真澄の気遣いに笑みを返した大翔は雪之丞と共に真澄にも家に上がるように促した。

 それに真澄は南天をちらっと見てからこくりと頷いた。


「そうだな。この酔っ払いを抱えてここまで戻って来るのは結構疲れたからな。少し休ませてもらって構わないか?」


 玄関に座り込んだ雪之丞を再び抱えて真澄は大翔へ苦笑いを浮かべた。それに大翔は苦笑交じりに頷き、二人を家に招き入れた。

 真澄の手助けをしようと南天は反対側から雪之丞を抱えた。


「あはは、南天も支えてくれるの~?嬉しいな」


「ドクター…お酒臭いです」


「こいつ、向こうでは全然飲めなかったからって羽目を外し過ぎたんだよ。しまいにゃ七海ちゃんや海静にまで絡みだしたから柏木に追い出されたんだ」


 ここに来るまでの経緯を真澄は南天と大翔に簡単に話して聞かせた。

 それを聞いて南天と大翔は柏木の様子を想像して顔を見合わせた。


「静郎も冷たいよね、やっと三人で酒盛り出来たのにさ」


「ほぼ朝から入り浸ってた俺達も悪いだろ。まあ、呼んだのも追い出したのもあっちなんだがな」


 今日一日の事を思い返しながら真澄は肩を竦めた。

 不満を零してはいるが、何処か楽しげな真澄と雪之丞の表情に南天はほっと胸を撫で下ろした。


「ドクターもマスターも楽しそうです」


「ふふふ、南天も呑めるようになったら一緒に呑もうねえ」


「こらこら、絡むな」


 南天の方へ寄り掛かろうとする雪之丞を真澄は半ば強引に引きはがした。そんなやり取りをしていると、三人は居間へと辿り着いた。


「うわ、ドクターお酒臭つ」


 居間に入ると、食事を中断して待っていた桔梗と竜胆が座っていた。桔梗は雪之丞が入って来るなりあからさまに鼻を摘まんで不快感を露わにした。


「そんなに臭い?」


「少し呑み過ぎじゃないですか?」


 桔梗の渋い顔と竜胆の呆れた顔を前に雪之丞は少し酔いが醒めたのか、怪訝に眉を顰め自身の腕を嗅ぐ。だが、自分では臭いは分からないもので、首を傾げた。


「そうかな…」


 二人からの指摘に少しシュンとして雪之丞は取り敢えず畳の上に腰を下ろした。

 真澄と南天もそれに合わせて畳に座り込む。


「どうぞ」


 真澄達が居間に落ち着いたタイミングで大翔と台所に行っていた晴美が戻って来た。彼女達が抱えたお盆には二人分のコップと水差し、茶碗が載せられていた。


「食べて来たって聞きましたけど、お茶漬けとか食べます?」


「ああ、せっかくだし貰おうかな。悪いな、食事時間に押しかけて」


 晴美から水の入ったコップを受け取り真澄は肩を竦めた。それに晴美はいつもの調子で気にしてませんと首を横に振った。


 水を飲み、酔いを醒ましながら真澄と雪之丞は食事中の大翔達に混じってお茶漬けを啜った。

 食事が終わり、一息ついた所で大翔は南天や桔梗、竜胆と視線を交わして真澄と雪之丞に声を掛けた。


「あの、隊長と雪之丞様に渡したい物があります」


 突然真剣な表情で告げられ、真澄と雪之丞はさっきまで酔っていたのが嘘のように真剣な表情で大翔達を見遣った。


「これです」

 

 すっと、ちゃぶ台の上に大翔は晴美から預かった手紙と日記帳を二人の前へ差し出した。


「大翔、これは?」


「僕等の兄、宮陣春樹が行方不明になる前に姉に託した物です」


「あ、別に黙ってたわけじゃないですからね?雪之丞さんが戻ってきたら渡すようにって預かってだけかですからね?」


 自分の名前が出た事に晴美は慌てて弁解した。

 晴美の弁解を聞いてから真澄と雪之丞は卓上に置かれた手紙と日記帳を覗き込んだ。手紙の宛名は雪之丞宛てになっている。


「雪宛の手紙…これを春樹が渡そうとしていたのか…」


「今日は春樹君の話題が良く出るね。まあ、彼の行方不明になる前の代物なら何か手がかりがあるかもだけど」


 受け取った手紙と日記帳をまじまじと見つめ、真澄と雪之丞は顔を見合わせる。


「取り合えず、これはお前宛てなんだし、開けてみたらどうだ?」


「そうだね」


 手紙を拾い上げ、雪之丞はほどこされた封を切る。中から便箋を取り出し、そこに記された文面に視線を落とした。

 その間に、真澄は日記帳を開き、冒頭からぺらぺらと捲っていく。


 そして、雪之丞が手紙を読み終わるのと真澄が最後に近いページに近づいた頃。二人はほぼ同時に声を上げた。

 それは、残っていた酒を吹き飛ばすほどの衝撃だった。


「真澄…これは中々まずいかもしんないよ」


「ああ、春樹の奴、大分ヤバい物を調べていたみたいだな…」


 互いに手紙と日記帳を交換し、真澄と雪之丞は緊迫した表情で頷きあった。


「あの、雪之丞様、真澄さん、兄は一体何を調べていたんですか…?」


 二人の雰囲気が仕事の時の真剣な物に変化した事に気付いた大翔は、不安を滲ませながら兄の手紙と日記から読み取られた事実を問いかけた。


「…春樹が調べていたのは、五年前のあの日、旧江戸城で何が起こっていたかだ」


「それは…一体なんですか?僕にも教えてください」


 不安を露わにしたまま大翔は二人に詰め寄る。


「まだ、断定できたわけじゃないけど、震災のあの日、旧江戸城では何かが行われていたらしい」


「それには祭事部だけでなく陸軍も関わってたようだ。そこまで調べて春樹の日記は止まっている」


「ドクターそれって、ドクターが追い求めてた真実があるってことでしょ?」


 それまで黙って話を聞いていた桔梗が、何故か楽しげに問いかけてきた。


「うん、旧江戸城であの日何が行われていたのか、それが分かれば怪夷をもう一度封じる事が出来るかもしれない。これは、春樹を見つけ出さないといけないね、真澄」


「ああ、ようやく掴んだ春樹の手がかりだ。必ず行方を突き止める」


 強い意志を宿した目線を交わし真澄と雪之丞は握った拳を突き合わせた。

 新たな真実を掴んだ二人の闘志に燃える姿を、南天達は静かに見つめた後、自分達も協力すると名乗りを上げた。

 止まっていたもう一つの歯車が、静かに動き出そうとしていた。



***************************


暁月:次回の『凍京怪夷事変』は?


弦月:晴美の協力で失踪した春樹に関する情報を得た真澄は、ついに行動を起こし…


暁月:第七十一話「暗澹たる城の辺にて」次回もよろしくね!





次回は6月13日。二周年記念&南天生誕番外編をお届けします。





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