第六十九話―再会の盃


 雪之丞が無事に現代の軍都・東京へ戻った翌日。

 日曜日ということもあり、真澄は雪之丞と共に柏木邸へ招かれた。

 真澄と雪之丞は連れ立って柏木邸を訪れた。


「変わってないなあ。相変わらず、奥方様の趣味がいい」


 玄関先で靴を脱ぎながら雪之丞は自分がいなかった五年の歳月をしみじみと噛み締めた。


 変わっていないと言いつつも、玄関先に飾られた写真類には自分が知らない時の流れが映し出されていた。

 海静の特夷隊入隊や七海の女学校入学。柏木家の時の移ろいだけでもこの五年の間に様々な事があった事と示していた。


「ほら、さっさと上がれ」


 出迎えてくれた柏木が玄関先でしみじみとしている雪之丞に発破をかけた。それを苦笑しながら見つめて真澄は家の中に上がる。

 柏木直々に真澄と雪之丞は奥の間に通された。西洋様式の邸宅はガラス張りの扉を抜けて廊下を進むと、縁側を望む畳敷きの部屋に出た。ここは、柏木のプライベート空間だ。

 部屋にはテーブルの上に既に酒宴の用意がされており、昼間から飲む気満々という柏木の意向が感じられた。

 真澄も雪之丞も今日は飲む気で来たからこれには有難みしか感じなかったが。


「さて、再会と秋津川君の無事の帰還を祝して」


 音頭を取った柏木に合わせる形で真澄と雪之丞は酒の注がれた杯を持ち上げ、乾杯の声を上げた。

 ほぼ同時に杯に口を付け、酒を喉の奥へ流し込んだ途端、男達のタガが一気に外れる結果となった。


「しかし、やはり未だに信じられんな」


 三人で一升瓶を空け、テーブルに並べられた肴をそこそこ摘まんだ所で、改めて柏木は雪之丞のこれまでの経緯を思い出した。

 あの震災の日、旧江戸城に異変を感じた真澄と雪之丞が現場に駆け付け、そこに恐らく火災の影響で起こったであろう旋風に巻き込まれ、雪之丞が旧江戸城に空いた穴の中に落ちた。その後に雪之丞が体験した出来事は、真澄でも俄かには信じられなかった。


「まあ、僕もどうしてそうなったかは分からないけど、実際に僕は未来の日ノ本にいた。そして、君達の暗殺を知った」


「俺達が暗殺された事で日ノ本がどうこうなったのは大分事が大きい気もするけどな…」


「そこだ、これまで権力者が反逆者の凶弾に倒れるなど珍しい事じゃない。私だって、常に暗殺や陰謀には気を遣っている。九頭竜君だって、これまでのあれこれを考えたら暗殺されても不思議じゃないだろう」


 ぐいっと杯を煽り柏木は眉を顰めた。


「でも、僕は確かにこの目で見て来たんだ」


「別に雪の話を疑っている訳じゃない。現に鬼灯や南天の話を聞いてたらそれが真実なんだろうし、清白の技術を見たらアレがかなり発達した技術なのも理解できる。そうじゃなくて、俺達だけが暗殺されたくらいで、どうして日ノ本がそんな米国や英国とやり合う未来になるかってことだ」


 肴を箸でつまんで口に放り込み真澄はこれまでの話を再び整理した。


「お前が見て来た未来と今俺達が知っている現状を比べてみるのはどうだろう?そこに相違があるなら、それが雪の見て来た未来に繋がる事で、もしそこと違っている事があるなら、それはまだその最悪の未来に至る前って解釈でいいんじゃないかと思う」


「なるほど…そう言われてみれば、五年も向こうにいた僕がこっちの状況を知る事は出来なかった訳だし…よし」


 こくりと頷きながら雪之丞は懐から手帳を取り出し、一本の線を書いた。その右側に自分がこれまで見聞きしてきた過去の出来事を書き記す。

 線を引いた場所には年号を書き入れ、その左側に真澄と柏木から聞いた五年間の出来事を書き連ねた。


「…まず妙なのが、雪が新聞や記録で知ったという過去では、俺達の生きてる時代に怪夷がいない事だな」


「そうだな。あの地震の二カ月後くらいには怪夷は旧江戸城から旧Dランク相当が蔓延り出していたからな」


「それいったら、真澄は特夷隊なんて怪夷討伐の私設部隊の隊長にはならず、暗殺されるまで陸軍にいたよ。階級も大佐に昇格してたし」


「確かに、丁度あの震災や大統領の要請がなかったら中佐に昇格する事がほぼ決まってたからな。それを反故にして退役した訳だし…」


 五年前、欧羅巴勤務から戻り、本格的に陸軍参謀本部務めになる事が決まっていた真澄はその当時人事の合間に少しだけ憲兵部隊に所属し、軍都・東京に慣れる日々を送っていた。もし柏木の半ば強引な要請に答えていなければ、恐らく今も陸軍に所属していた。


「そこだよ。そこがそもそも違うんだよ。僕が向こうで聞いた歴史では、怪夷が軍都・東京に現れたのは二人の暗殺の直後。この時には既に陸軍は怪夷化歩兵をきちんと部隊として組織、指揮しているんだ」


「つまり、怪夷の制御が出来ていたという事か?」


 柏木の疑問に雪之丞は強く頷いた。


「怪夷の封印が解かれたのが分かっていなかったら、特夷隊も組織されていないな…」


「なるほど、相違の一つは特夷隊がそもそも存在していないという事か」


「じゃあ、陸軍はあの地震の前から怪夷をどうにかしようって動いていたってのか」


「そこまでは資料が焼けていて分からなかった。でも、オルデンが五年後に渡ってきていたのは間違いないし、その前。丁度五年前から陸軍がドイツ帝国と裏で繋がっていたのは、この時代でも向こうでも同じだった」


「怪夷化歩兵がきちんと組織化できる状態に持ってこれたのが今の次期と同じなら、そこに相違はないな。やはり怪夷の制御云々の部分が一番の取っ掛かりか?」


「それだけじゃ弱いだろ。そもそも、雪の見て来た未来では、陸軍の連中は怪夷を完璧に制御出来て、かつ兵器として造り出せるようになったんだろ?俺達が普段相手にしている旧ランクの奴等は自然発生した野良だっていうし」


「ふむ。では、その怪夷の封印を解く時点で何かあったと仮説を立てた方がいいんじゃないか?」


 別の視点から見る事を決めた柏木は手帳の横に旧江戸城で当時何が行われていたのかという疑問を書きだした。


「私は今まであの地震のせいで旧江戸城の封印が解けたと思っていた。まあ、実際封印がどのように行われたのか話にしか聞いた事がなかったし、その封印の場所には行ったことがなかったからな。確か、45年前の封印の儀式は、聖剣を怪夷を生み出した魔術炉とやらの場所に突き刺す事で霊脈の流れを断ち切ったんだったな?」


 真澄と雪之丞、英雄を両親に持つ二人の顔を見遣り柏木は確認するように問いかけた。


「そうだ。霊脈の流れが途切れた事で、他の怪夷を生み出すに至った実験に参加した国が所有していた魔術炉の流れも途切れた。だから、世界を蹂躙していた怪夷を討伐する突破口が出来たんだ」


「魔術炉が怪夷を生み出している事が分かった時点で、目的と目標は明確になっていたし。だから母さん達が世界を巡って怪夷討伐と魔術炉の破壊に尽力した訳だし」


「そうなると、御方様達が怪夷の封印をそんな地震くらいで解けるやわなモノにしている筈はないと思わないか?」


 柏木の疑問に、真澄と雪之丞は目を見張り思わず顔を見合わせた。

 怪夷の封印は多くの犠牲を払って成り立ったものである。確かに五年前に東京を襲った地震は大きなものだったが、それだけで封印が解けるのは妙な話でもあった。


「それに、秋津川君が見て来た未来では、旧江戸城に大きな穴が開いたなどの報告はなかったようだし、怪夷の封印は誰かが意図的に解いた可能性の方が考えられなか?」


「言われてみれば…それが陸軍とは断定できないが、その方がしっくりくる」


「地震が起こったのはたまたま、もしくはその地震を引き起こした要因がその時あった…そう考えたら未来での出来事にも繋がっていくんじゃないか?その点はどうだったんだ?」


 話を振られて雪之丞は手帳を捲る。


「うん、五年前の9月1日、確かに地震は起こっている。でも、旧江戸城は石垣が崩れたくらいで特に被害はなかったらしい。むしろ、避難所として開放されていたくらいだし」


「ほら、私達の知っている五年前のあの日は、旧江戸城は危険だから近づくなと私が振れを出したくらいだ。その時点で相違がある」


 五年前の記録の違いを書き足して柏木はニヤリとほくそ笑んだ。


「…何者かが怪夷の復活を目論見、あの日。封印を解いた。けど、俺達が知る五年前はどういう訳か封印が制御出来ず、怪夷が溢れる事になってしまった…」


「そして、本来なら組織される筈のなかった特夷隊が発足。怪夷の討伐が始まったと」


「現に、真澄達は怪夷化歩兵と思われる案件を突き止めたばかりか…なるほど、未来では怪夷の存在は暗殺後だけど、こっちでは既に知った事実か」


 違いを書き込み、更に雪之丞は眉を顰めて紙面を見下ろした。


「あ、後もう一つあった。どうやら上野に保管していた聖剣の写しは、僕が持ち出してないらしいんだ」


「持ち出してない?あれは、神戸の御方様に言われて雪が持ち出したんじゃないのか?」


「そこ、そこなんだけどさ。未来の僕の日記によると、僕は母さんからその連絡を受けていないらしんだよね。真澄や静郎と会っていたのは変わらないんだけど、その時写しは持っていなかったんだ。震災の後写しは行方不明になっているし」


「なるほど、そこは最早神秘の領域だな。神戸の御方様が何かを察して秋津川君に事前に写しを博物館から回収するように仕向けた。虫の報せか、何か意図があったのかは分からないが…それがもし、この件に関係があるなら、鞘人の事も偶然とは言えないな」


「雪、そこは御方様に確認した方がいいんじゃないか?無事な事の報告も兼ねて」


「そうだね…あの時何を思ったのか、知る必要はあるか。分かった。ちょっと気まずいけど連絡してみるよ」


 頬を引き攣らせつつ必要だと判断した雪之丞は渋る事もなく頷いた。五年も音信不通且つ行方不明だった都合上、心配をかけたであろう両親へ連絡を取るのを雪之丞は躊躇っていた。

 だが、そうしている暇もない事が今回の事で明らかになり、迷いを打ち消した。


「ああ、それから、鞘人の事なんだけど。実は僕がきちんと術式をして儀式を行って定着させたのは、鬼灯を含めて竜胆と桔梗の四組までなんだ。最後の二人に関しては少しイレギュラーだけど」


 歴史の相違の話から鞘人の話題に移った所で、雪之丞は真澄と柏木にある事実を打ち明けた。


「僕が聖剣をヒトの体内に宿して鞘人にする術式を完成させることが出来たのは、南天が既に聖剣を宿していたからなんだ」


「南天が?」


 真澄と柏木の疑問にこくりと頷きながら雪之丞は南天と出逢った時の事を語った。


「南天は何故か既に聖剣を宿していた。五年前未来に飛ばされた直後に僕は三日月だけ失くしていたから、その失くした間に南天が何かの弾みで聖剣を宿したのかもしれないけど…聖剣を宿した南天に出逢えなかったら、多分僕は今ここにいない」


 思いもよらなかった話に真澄と柏木は顔を見合わせた。


「南天に関しては色々謎が出て来たな…そういえば、彼はオルデンの一員とも関りがあるんだろう?」


「え?そうなの?」


 唐突な柏木の話に驚いた雪之丞は目を円くして二人を凝視した。

 渋い顔をしながら真澄は、雪之丞が戻ってくる前、竜胆と桔梗を召喚する間際に起こっていた内容を話して聞かせた。


 南天が何故かオルデンのソルという人物に拉致された事。その際に彼が異様に南天に執着していた事。

 そして、無事に真澄の下に戻って来た南天もまた、ソルに対して懐かしさを覚えているという事。


「未来でもオルデンが関与しているなら、もしかして南天は、本来はオルデン側の人間なんじゃないか?」


「まさか、あり得ない!確かに南天は記憶を失くしているし、僕が出逢う前まで軍の暗殺部隊にいたけど…南天がそんな悪の組織の一員な訳ないっ」


「なら、その記憶の無い部分はどう説明する?少なくとも関連がないとは言い切れないだろう?」


 我が子のように南天の世話をしてきた雪之丞にとって、南天が事の起こりに関与した組織の一員だとは信じる事が出来なかった。


「記憶がないというのも、怪しい所かもしれないぞ」


「なんで静郎はそんな事言うのさっ南天がスパイだって言いたいの?」


「確信が持てないから仮説を言ったまでだ。現に、我々の未来での暗殺もオルデンが一枚噛んでいるらしいからな…」


「ぐ…それはそうだけど…でも年齢的に考えても可笑しいじゃないか」


「九頭竜君はどう思う?」


 反論する雪之丞を押し留め柏木は思案に目を細めている真澄へ視線を移した。

 柏木の問いを受け、二人が言い合いをしている間に考えていた事を真澄はゆっくりと口にした。


「…そうだな…少なくとも、南天がオルデンと関りがあるのは事実だろうな。ただ、本人が覚えていない以上、様子を見るしかない…」


「真澄まで南天が敵かも知れないって思ってるの?」


 淡々と話す真澄を愕然と雪之丞は見つめた。その悲壮感に満ちた顔に罪悪感を覚えながら、真澄は僅かに顔を逸らして話を続けた。


「…俺は、南天が敵だとは思っていない。ただ、関りはあるだろうな。ただし…本当にスパイならお前の事を恩人と慕って俺との契約に固執するとは思えないけどな」


「それは、記憶を本当に失っているというのを信じるという事でいいのかね?」


「記憶がないのは事実なんじゃないか?じゃなきゃ、俺とあんな喧嘩しないだろ?人形発言が一種の防衛本能だっていうのは、拓からの報告で確認済みだし。スパイならとっくに隼人と拓にばれてるよ」


 自分の部下の優秀さを誇りながら真澄はこれまでの南天との日々を思い出していた。

 初めて会った時、南天は真っ直ぐに自分を見た。

 それからも契約だなんだと迫って来た時も、視線だけは逸らさなかった。

 やましい事があるなら、恐らくもっと色々はぐらかしながら事を進めた筈である。

 真っ直ぐに自分を見つめる紅玉の瞳に偽りは見つからなかった。


「なるほど、確かに警視庁のあの二人ならスパイを見破るのは造作もないか」


「それに、拉致された状況がそもそも奇妙だ。最初から関りがあるならもっと違う方法で回収するだろ」


 真澄の見解にようやく柏木は納得したのか、なるほどと呟いて酒を煽った。


「だから俺は、南天はオルデンと関りはあるが、敵やスパイじゃないと思っている。それでいいか、雪?」


 真っ直ぐに視線を向けられ雪之丞はぎゅっと胸元を握り締めて口元を歪めた後、深く頭を垂れた。


「…良かった、真澄が南天を疑っていたらどうしようかと思った…」


「悪いが、俺はアイツを信用しているし、信頼している。大事な相棒だからな」


「ほほう、言うようになったな。最初の頃はあれだけマスターと呼ばれる事に戸惑っていた奴が」


「煩せえ。色々あったんだよ。俺達にも」


「その色々ってなに?さっき南天と喧嘩したとかチラッと言ってたけど、真澄、南天と何があったの?詳しく教えて」


「ば、別に信頼関係を築いただけだ。変な事は何もないぞ」


「え~ちょっと色々聞きたいんだけど。そもそも、鬼灯から南天は真澄と暮らしてたって聞いたよ。その間に何があったの?」


「何もないっ何を期待してんだよ、お前等は!」


「私も聞きたいな。南天が行方知れずになった時は秋津川君が行方不明になった時以上に落ち込んでいたからな」


「柏木!余計な事を」


「何それ、それって幼馴染の僕より南天の方が大切だってこと?南天の事大事に思ってくれてるのは嬉しいけど凄い複雑」


 ずいずいと迫ってくる幼馴染二人を真澄は両手で必死に押し返した。


「だから、何もないっての!はあ…お前等ほんと相変わらずだな」


「今更だろう」


 ニヤリと不敵に笑う柏木を一瞥し真澄は次に雪之丞を見遣って肩を落とした。

 五年も離れていたにも関わらず、雪之丞はあの頃と変わっていない。元々色素の薄い髪が苦労の末か真っ白になっているが、それでも柏木と自分の三人で揃った今は、まるで昔に戻ったみたいだった。

 こうやってからかわれるのも久しぶりで真澄は妙に温かいものを感じていた。


「さて、それなら五年より前の状況を調べる必要があるな」


「そうだな。震災の前から陸軍が動いていたのか、それに何かきっかけがあったのか…そういや、旧江戸城って今でこそ大統領府の管理下に置かれているが、あの頃は祭事部が管理していたよな?」


 当時の状況を思い出した真澄は、柏木と雪之丞を交互に見やった後、柏木に問いかけた。


「そうだ。今は特夷隊が怪夷の討伐をするからと、帝と協議の末大統領府管轄になった。その前は帝が派遣した祭事部の禰宜達が管理をしていた筈だ」


 真澄の問いに答える為柏木は当時の状況を思い出した。

 地震が起き、怪夷の封印が解けたかもしれないと報せて来たのは、他でもない帝都にいる帝だった。

 柏木が特夷隊を組織した経緯は帝からの予言じみた通達があってこそだった。


「神戸の御方様も秋津川君に虫の知らせのように聖剣の写しを持ち出すように伝えていたし、もしかしたら何か関連があるかもしれないな」


「祭事部が何かしていたって可能性は?」


 唐突に真澄は今まで話題に上っていなかった者達を上げて眉を顰めた。


「祭事部が?」


「この間の陸軍の怪夷化歩兵実験。その実験場を捜すのに隼人達が潜入した料亭には陸軍の将校の他に祭事部の幹部も同席していたって話だ。俺は報告を受けただけだから詳しくは実際に潜入した奴らに聞いてみたいとだが」


 南天がいなくなるきっかけとなった喧嘩をした日、警視庁からの依頼であった囚人失踪事件の真相を探る為に動いていた隼人や朝月達の報告を思い出して真澄は話題の根拠として持ち出した。


 陸軍が料亭で密談を行うのは今に始まった事ではない、各部署が馴染の料亭や楼閣を持ち、そこで大きな話をするのは珍しくない。それは政治家である柏木達政治部の面々にも言える事だ。


 だが、祭事部は禰宜や坊主、陰陽師など神社や仏閣などに関わる役職に就く者達の部署であり、そのトップが帝である。

 彼等が会議などを行うのは大体大きな宮等だ。


 政治、司法、軍事、祭事と四つの権力が分散された日ノ本に置いて、他の三権とは異なり祭事部は少し特殊な立ち位置にいる。彼等は基本帝に従い、国の安寧を祈るのが責務だ。国の防衛を武力を持って行う軍部とは本来相容れないのが一般的な見解だった。


 真澄達の認識も祭事部が他の省庁と関りを持たないという物だった。


「…祭事部…ねえ真澄、特夷隊の事について昨日大翔から色々聞いたけど、大翔が入隊する前はあの子の兄、春樹が就いていたんだよね?」


 真澄が祭事部の話題を出した所で雪之丞は不意にある話題を振った。いずれは話さなければと思っていた事柄に真澄は少し頬を強張らせて視線を外した。


「…雪…その事なんだが…俺も実は状況が良く分かってない」


「は?」


 思いもよらない答えが親友の口から飛び出した事に、雪之丞はポカンと目を丸くした。


「一年前、春樹は特夷隊としての仕事の他に、祭事部から依頼された仕事を兼任していた。その内容を俺は知らないんだ。だから、アイツが突然行方不明になった時、何があったのかすら分からなかった」


「なにそれ…真澄らしくない」


 いつも部下の事を気にかけている真澄の様子を知っている雪之丞は、分からないとう真澄の発言に不満を零した。


「まあ、いい機会か。俺も記憶を整理する意味も含めて、この五年の間に起きて事を順を追って話してやるよ」


 ちらりと先程二人から弄られていた時とは打って変る神妙な顔つきで真澄は雪之丞がいない五年間の事をおもむろに語りだした。







**************************


朔月:次回の『凍京怪夷事変』は…


暁月:真澄が不在の間、大翔と晴美の家に招かれた南天。そこで南天は桔梗、竜胆と共にある出来事についての真相を探る事になり…


朔月:第七十話「手掛かりを求めて」次回もよろしく頼むよ

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