第六十話―五人目の鞘人

 中天に耀いていた月が、ゆっくりと傾き、西の空へ進路を取った頃。

 厚い雲が風に流れ漂う空を窓越しに見上げ、天童和磨てんどうかずまは不安げに眉を垂らした。


「九頭竜隊長達大丈夫ですかね…」


 医務室にて作戦を終えた真澄達の帰還を待っている天童は、同じくその時を待っている三好を肩越しに振り返った。


「問題ないでしょう。今回は特夷隊総出での任務です。それに、もし何かあれば連絡が入る手筈になっていますし」


 医務室の横に設置された小型の通信機器を横目に三好は天童に言葉を返した。


「でも、今回前半戦は鬼灯さん達は参加しないんですよね…あの、先生、鞘人は昔この国や世界を怪夷から救った英雄が持っていた聖剣を宿してるって話ですけど、実際はどうなんですか?レントゲンにも特に刀剣っぽい物は映らなかったし…」


「聖剣が宿っているというのは、医学とは別の呪術的分野の話ですよ。現在は科学と呪術では六対四の割合で科学の方が優遇されていますが、怪夷が出現して暫くは呪術の方が重宝されていましたからね」


 己の中にある知識の引き出しを開き、三好は天童に説明を始めた。


「聖剣は、確かに実物のある刀剣ではあります。しかし、あれには我々が用いる科学や医学では解明できない神秘の部分が多いんです。だからこそ、物理攻撃の効かなかった怪夷を唯一滅する事の出来る切り札だった。あれがなければこの世界は当にあの黒い革袋の異形に壊滅させられていたでしょうからね」


「それはなんとなく理解できます。でも、それを宿しているという所がやはり私には見当が尽きません。もしかして、鬼灯さん達を腑分けしたら出てきたりしますか?」


 眉間に皺を寄せて己の考えや疑問を天童は三好に投げかけた。最後の腑分けの部分には三好は思わず吹き出した。


「ふふふ、鬼灯君達を腑分け…やってもいいですが、寝台に括り付けるのは苦労すると思いますよ」


「じょ、冗談ですよ」


「さて、治療道具の用意を済ませておきましょう。予定ではもう直ぐ戻ってくる頃合いですからね」


 壁に掛けられた時計をチラリと三好が仰ぎ見た時、詰め所の外が騒がしくなった。


「ほら、帰って来ましたよ。天童君、担架の用意を」


「はい」


 椅子から立ち上がり二人は、車輪の付いた担架と応急処置ようの治療道具を手に医務室の前の廊下へと出た。




 エントランスへ向かうと、そこには戦闘で薄汚れ、少なかれ手傷を負った特夷隊の面々が戻ってきていた。


「皆さんお帰りなさい。重傷者は先に医務室へ運びますよ」


 三好が声を掛けると、早速とばかりに南天を背負っていた鬼灯が前に出てきた。


「三好先生すみませんが、南天を先に」


 逃げる途中で手足を拘束していた枷を外した南天を鬼灯は自身の背中から担架の上に下ろす。

 シーツに横たえられた南天の手首を取り、三好は脈を触診すると、更に全身を素早く観察した。


「捕虜になる前に負ったという背中の傷は、少し化膿していますが問題ないでしょう。ただ、大分衰弱していますから、集中的に治療します。どうせ、東雲病院へは搬送出来ないでしょう?」


 後半部分は鬼灯にしか聞こえない小声で三好は問いかけた。

 鬼灯達の事情を知っている三好の気遣いに鬼灯は肩を竦めて頷いた。


「すみませんが、よろしくお願いします」


「分かりました。九頭竜隊長、南天君の治療を優先させて頂いて構いませんか?」


 鬼灯との密談を済ませた三好は、全体の指揮官であり決定権を持っている真澄へ確認を取った。


「よろしく頼む」


「了解しました。他の皆さんは天童君がしっかり手当をしてくれますので、そちらで。見た所普段の負傷と変わらないようですから」


 激しい戦闘があった事は隊員達の服の汚れや彼等が纏う疲労感から直ぐに判断出来た。だが、誰もが自力でここまで戻ってきている時点で軽傷か重くても中傷くらいの負傷だろうという事を三好は視診だけで判断した。


「天童君、患者を運ぶのを手伝ってください。それから皆さんの手当てを」


「分かりました」


 天童に声を掛け三好は応急処置用の治療道具を一先ずその場に置くと、南天の乗せられた担架を天童と共に引き、医務室の方へと戻って行く。


「先生、俺も一緒に」


 医務室へ続く廊下を担架を引いて歩き出した三好に、真澄は咄嗟に声を掛ける。

 だが、それを横から鬼灯と見知らぬ青年に引き留められた。


 突然両脇を囲まれ真澄は困惑しながら左右を見渡す。すると、鬼灯がニコリと笑いながら静かに告げた。


「南天の治療が終るまで面会謝絶です。こうなった原因をお忘れですか?」


 顔に笑みを湛えているが、その紅梅色の双眸は普段のように笑ってはいなかった。

 鬼灯の冷ややかな視線と重い言葉を受け、真澄は唇を引き結んだ。一瞬不満が顔に現れたが、憤りの感情は直ぐに内側へと消え、鬼灯の制止を受け入れるように静かに数歩後退った。


「負傷者の手当てを優先する。全員まずは執務室へ」


 葛藤を振り切るような真澄の指示に、隼人を初め特夷隊の面々は執務室へと戻っていく。


 移動を開始した所で南天の移動を終えた天童が治療の為に戻ってきたので、執務室はそのまま臨時の治療室となった。

 ソファや各々の椅子、床に座り込むなりする特夷隊の隊員達の手当てがてきぱきと勧められていく。主な負傷者は海静や桜哉、隼人等の陸軍が所持していた怪夷や用心棒と思しき連中と戦闘を行った実行班。


 真澄も負傷はしていたが、拓や朝月などの怪夷と対峙した班の方の傷が深いからと自分の手当ては自ら行う事にした。

 擦りむいた膝や肘などに消毒液を浸したガーゼを当てながらふと真澄は鬼灯と話をしている長身痩躯の青年を見遣った。


 長身といっても、鬼灯より少し背が低い。自分とは頭一つ分くらいの違いはあるだろうか。

 すらりとした細身に藍色交じりの黒い髪。その精悍な横顔に真澄は何故か既視感を覚えた。

 恐らく、その青年が鬼灯の言っていた最後の鞘人なのだろう。


 しばらくそんな憶測を立てていると、鬼灯が話を終えたのか、チラリと自分の方へ顔を向けて来た。

 あれだけしっかり眺めていれば気づくかと内心思いながら、真澄も鬼灯と静かに向かい合う。

 彼が何を言わんとしているかを察して、真澄はゆっくりと腰を上げた。


 鬼灯も真澄の意図を察したのか、いつもと変わらない艶っぽい笑みを浮かべ、一歩前に出た所で二人は、視界の隅に映り込んだ鮮やかな色彩に同時に同じ方向を見た。


 その先にいたのは、桜哉と鈴蘭の傍にいる大翔。


 戦闘で傷ついた桜哉の手当てをしていた大翔は、不意に傍に来た見知らぬ人物に目を止めた。


「えっと…」


 自分を見下ろすように立っていたのは、春に鮮やかに咲き誇る花と同じ色をした髪の少女。年齢は自分や桜哉、南天と同じくらいだろうか。小柄で襟足だけを伸ばした桜色の一房が尻尾のようにさらりと揺れた。


 驚きと何かを確かめるような紫水晶の双眸が大翔を見つめてくる。

 その食い入るような視線に耐えかねて言葉を掛けようとした矢先、少女の口から思わぬ単語が飛び出した。


「……お母さん……」


「…え?違うっ」


 ぽつりと、少女の口から出た単語の後、暫く流れた沈黙の後、大翔は思わず声を上げて飛びあがった。


 突然の少女の呼びかけと大翔の反応に、執務室に集まっていた全員の視線が二人に注がれた。


「お母さん…?」


 誰もの頭に疑問符が浮かぶ中、鬼灯と話をしていた藍色の髪の青年が桜色の髪の少女の傍へ静かに近づき、その肩をポンと叩いた。


桔梗ききょう、今はまだ」


 じっと大翔を見つめていた少女は、名前を呼ばれてハッと意識を戻すと、いつの間にか横に立っていた青年を振り仰いだ。

 青年が無言で横に首を振るのを見て、少女は悲しげに眉を垂らしてから、深く頷いた。


「そうだね、ごめんごめん」


 口を開き青年に謝罪の言葉を伝えると、それまでの静かな空気は何処かへと消え失せ、少女は小柄な身体を軽やかに揺らして一度くるりとターンし、真澄の傍まで行くと、その目の前で綺麗な敬礼を披露した。


「初めまして。僕は桔梗、こっちは竜胆。鬼灯達と同じ鞘人だよ」


 鬼灯が紹介するより早く、桔梗と名乗った少女は自身とその背後に立つ青年を示して優雅にお辞儀をした。


「ああ…九頭竜真澄だ。遠路遥々ようこそ。特夷隊の詰め所へ」


 突拍子もない桔梗の挨拶に気を取られ真澄は一瞬言葉を失ったが、咳払いをして桔梗へ右手を差し出した。


 その手を握り返して桔梗は人懐っこい笑みを滲ませる。

 その笑みに何故か懐かしさを感じた真澄は、さっきの大翔と同じように思わず桔梗を凝視した。


「すみません。私が紹介をするつもりでしたのに」


 二人の間に割って入るように駆け寄ってきた鬼灯は、改めて桔梗と竜胆という二人の人物を真澄と特夷隊の前で紹介を始めた。


「この桔梗は我々の小隊の隊長です。竜胆はその兄で参謀を担っています」


 桔梗と竜胆の肩を叩いて二人の立場を鬼灯が話すと、その場にどよめきが起こった。


「え、そっちの兄ちゃんの方が隊長じゃないのか?」


「てか、あのちっこいのいつ出て来た?」


「隼人、流石にちっこいのは失礼じゃない?仮にも立場は真澄さんと同じだよ」


 各自の驚きを含む声に鬼灯は溜息を吐く。だが、話題にされている当の本人達は対して気にしていなかった。


「まあ、この反応は確かに自然だよね」


 渦中の人物である桔梗は何処か楽しげに八重歯を覗かせてから、眉間に皺を寄せている鬼灯を仰いだ。

 隊長からの無言の指示に鬼灯は目配せで応じると、パンパンと柏手を打ってその場のどよめきを鎮めた。


「少し説明を。九頭竜隊長もよろしいですね」


 鬼灯の視線と言葉の裏にある同意の問いかけに真澄は腕を組んで頷いた。五回目ともなればもはや真澄の許可もあってないようなものだった。


「桔梗と竜胆は二人で一振りの刀剣を宿しています。今回鞘人の使い手として選ばれる方には、二人と契約を結んでもらう事になります。まあ、人数が増えてもやることはほぼ同じですが、今までより多少リスクが大きい事は伝えておきます」


 来て早々だが鬼灯は桔梗と竜胆という二人で一振りの鞘人とこの場の契約や候補達との契約を申し出た。

 鬼灯からの説明に反応したのはまだ使い手として選ばれていない隼人と大翔、海静だった。


 その反応に気づいているのか、桔梗と竜胆は顔を見合せて頷き合うと、契約を結ぶ者の前に歩み出た。

 その場の者達が静かに見守る中、二人が立ち止まったのは、大翔の前だった。


「さっきは驚かせてごめんなさい。ねえ、僕等と契約結んで欲しいんだ」


 先程の自身の行動を詫びた後、桔梗は驚いている大翔に右手を差し出した。


「どうして僕なのかな?君達は一体…」


 桔梗と竜胆を交互に見渡し大翔は訝しみながら問いかけた。この場において大翔は聖剣とはまったく関りのない家の出身であった。


 真澄の母の幼馴染であり、聖剣使いの英雄秋津川雪那は大翔にとっては確かに親戚にあたる。実母の従姉妹の家が秋津川家であるが、例の怪夷討伐戦線の時や逢坂時代に宮陣家は聖剣と関りを持っていなかった。


 それなら、使い手ではなかったとはいえ、英雄達と同等の働きをし、真澄達とも交流のある隼人の方が適任ではと大翔は考えていた。


 大翔から投げかけられた疑問に、桔梗は悲しげに眉を垂らした。


「いずれ分かるよ。お願い。僕等と契約して」


 真剣な桔梗と竜胆の申し出に大翔は戸惑いながら隣にいる桜哉や離れた場所で見守っている真澄を見遣った。

 だが、誰かが助言や意見をくれることはなく、大翔は自身の中に答えを求めた。


(…こんな時、あの人ならなんていうかな…)


 胸元に手を添え、胸の奥にいる自身の心の支えの姿を思い浮かべる。

 自分よりずっと大人なその人は、こんな場面に出くわしたらどんな言葉を掛けてくれるか。

 何故か、反対はしないような気がした。優しく傍にいて背中を押してくれる姿が妙に現実味を帯びて浮かぶ。


(そうだよね…きっと、この二人が僕を選んでくれたのには、きっと何か縁がある気がする)


 神職の家柄であり、祭事部の上位の役職を得ている家の出である大翔は目の前の二人が結ぼうとしている縁を受け入れる決意をした。

 再び二人を見上げた大翔は、兄妹に真澄同様の懐かしさとある人の面影を見つけ、大きく目を見開いた。


(まさか……)


 何かを呟き掛けたが、大翔はそれを喉の奥に押し込み、膝をついて静かに立ち上がった。


「九頭竜隊長。彼等の申し出を受けたいと思います。よろしいですか?」


 公的な口調で大翔は状況を見守っている真澄に伺いを立てた。


「ああ、宮陣が決めたなら構わないよ」


 隊長からの正式な許可を経て、改めて大翔は桔梗と竜胆の二人と向き合った。


「その申しで、謹んでお受けします」


 桔梗の軽さとは対照的に神職らしい真面目な礼で大翔は二人の申し出を受け入れた。


「ありがとう」


 一先ず大翔からの了承を得られた事に桔梗はホッと胸を撫で下ろすと、力の抜けた笑みを竜胆へと向けた。


「あ、正式な契約を結ぶのは数日待って欲しいんだ」


「え?」


 これまでの流れを思い出し、この場で直ぐに契約に入るのかと思っていた大翔は唐突な発言に声を上げた。

 それは真澄も同じだった。

 聞こうとするより早く、桔梗は自らその理由を話し始めた。


「僕等と貴方との契約を結ぶのは、南天の契約が済んでからにしたい。それでいいかな、九頭竜隊長」


 不意に南天の話題を出された上、自分に話題を振られて真澄は心臓を跳ねさせた。

 自分に向けられる桔梗の視線に含みがあるのに真澄は、困惑して咳払いをする。


「南天の治療が終って、正式な契約者が決まったら、僕等もきちんと契約を結ぶつもりでいる。だから、少しだけ時間が欲しいんだ」


 言葉巧みな桔梗から逃れるように真澄は僅かに顔を逸らした。


「ほら、清白が結んだ時も結ぶ前に暫く一緒に生活してたでしょ?お互いを良く知りたいってのもあるしね」


 鬼灯からの報告でこれまでの鞘人と契約者との結びの流れを聞いていた桔梗は、一つ例として清白と拓の契約までの流れを引け会いに出した。


「僕は構わないけど…鬼灯さんはそれでいいの?」


 大翔の疑問は真澄ではなく鬼灯へと向けられる。これまでこの話題を推し進めてきたのは他でもない鬼灯なので、当然と言えば当然だった。

 大翔からの疑問に鬼灯は桔梗と竜胆を見遣ってから、肩を竦めた。


「隊長が決めた事となのでわたくしは何も言いません。一つ忠告を申していいなら、双方心変わりのなきように」


 桔梗をチラリと睨みつけてから鬼灯はそれ以上踏み込む事はしなかった。


「分かった。僕も、二人とは色々お話をしたいから。よろしくね」


「うん、お願いします」


「ありがとうございます。妹ともどもよろしくお願いします」


 三人の間で話が纏まると、緊迫していた空気は一気に和やかになった。





 点滴台に繋がれた薬剤が、規則正しく管の中を落ち、その先に繋がれた患者の体内へと注がれていく。

 清潔で真っ白なシーツの上に横たえられた仲間の寝顔を横目に、鬼灯を初めとした鞘人が集まっていた。


 桔梗と竜胆が大翔との契約を決め、話が纏まったてから半日。


 鬼灯達鞘人は三好に呼ばれて医務室の横にある静養室へ場所を移していた。

 そこで話し合われているのは、今意識を失っている仲間の今後と先程の契約についてだ。


「どうして直ぐに契約を結ばないんですか?」


 南天が横たわるベッドの横に、面会者用の椅子を並べて座った鬼灯は自身の目の前に座る桔梗に単刀直入で訊ねた。


「僕と竜胆が宿している聖剣はそもそも他のと違うのは皆知っているでしょう?だから、南天の契約が済んでからの方がいいかなって」


「打たれた順番で言ったら、貴方達の方が先に打たれているのだから問題ないのでは?」


 聖剣が打たれた順番を例に出し鬼灯は意見を述べる。

 だが、それに異を唱えたのは唯一座らずに桔梗の傍に立っている竜胆だった。


「確かにそうだが、歪な状態で聖剣を宿している以上、もし契約中に何かあった場合、止められるのはきっと南天だけだろう」


 胸の前で腕を組み淡々と理由を話す竜胆に、鬼灯を初め、鈴蘭と清白を見上げた。

 何かを言いたげな三人を竜胆は静かに見下ろした後、桔梗へ目配せをした。


「それは一理ありますが、それは無事に南天が契約を結べたらの話でしょう?事前に伝えてありますが、南天の契約は難航してますよ」


 桔梗と竜胆の契約に関する話題が終った所で、鬼灯はこれまでずっと燻っていたある話題を改めて持ち出した。

 それは、他でもない真澄と南天の契約についてだ。


「…僕はヤダ…これ以上南天が苦しい思いをするの、見たくない」


 鬼灯の出した話題に最初に難色を示したのは清白だった。

 椅子の上で膝を抱えて座り、パーカーに付いたフードを目深に被って目元まで顔を隠しながら、不愉快そうに自身の意見を口にした。


「清白のいう通り、九頭竜隊長が鞘人の契約者として機能するとは、少し考えにくいですかね」


 清白の意見を受け、頷いたのは鬼灯だった。南天と共に最初にここへ来て、ここにいる誰より長く、真澄や特夷隊と時を過ごしている。そんな彼からしても、真澄と南天との契約は困難に映っていた。

 このまま、契約をして本当に真澄が南天の宿した力を使いこなせるかは不透明だった。


 南天の精神状態を鑑みて、真澄の態度次第では一番の契約者候補を除外するのも止む負えないかと鬼灯はこの所考え始めていた。


「でも、他に適任者がいまして?私や清白なら血縁無視で契約が出来ましたけど、今更契約者を変えるのも嫌ですわ。私は桜哉ちゃん一筋ですもの」


 真澄が駄目なら次に聖剣の契約者に相応しいのは、九頭竜莉桜の血縁者である六条桜哉だ。だが、彼女の契約者である鈴蘭がそれに先手を打って異を唱えた。


 桜哉との鞘人の契約に関して、もっと慎重になればと鬼灯は少し頭を抱えた。自分でも自覚があるが、鬼灯は少し爪が甘い所がある。自分の親譲りと言ってしまえばそれまでだったが。


「鈴蘭は相変わらず女の子大好きだねえ。これは、誤算と言うべきかな、副隊長?」


「完全にわたくしの監督不行き届きでしょう…まあ、九頭竜の血筋はどの聖剣とも相性はいい筈ですから、今更ですけどね…」


 額を抑えて溜息をつく鬼灯を桔梗はニコニコしながら見つめた。鈴蘭が桜哉に契約を持ちかけた時、止める事も出来た。その時はまだ真澄が南天と契約をしてくれることを願っていたからだが、鬼灯なりの優しさもあったのだろう。その事を桔梗は理解していた。


「しかし、困ったねえ。僕等は必然的に大翔を選んじゃったし…ねえ、竜胆、どう思う?」


 唯一椅子に座らずに自分の後ろに立った桔梗は気さくに話しかけた。それまで静かに仲間達の話を聞いていた竜胆は、桔梗からの問いに口元に指を添えて思案した。


「そうだな…私が思うに、ここは南天次第じゃないかな?南天がどう思っているのかを尊重すべきだと思う」


「あ、やっぱりそうなる?」


 肩越しに自身の兄弟を振り返っていた桔梗は、自身と同じ意見の竜胆にぱっと顔を明るくした。


「で、でも、九頭竜隊長が拒否したら…」


 思わぬ意見の違いに声を上げた清白は、竜胆と桔梗を不安げに見つめた。


「それに関して、なんか大丈夫な気もするんだよね」


「また貴方は、どうしてそう楽観的な発想に…」


 自分達の小隊の隊長である桔梗のあっけらかんとした発言に、流石に鬼灯も困惑した。


「ごめんごめん、別に軽い気持ちでそう思ったんじゃないんだ。ずっと気になってたんだ、どうして九頭竜隊長が聖剣に対して慎重なのか。それで、思い切ってドクターに聞いちゃったんだよねえ」


 ここへ召喚される前に桔梗は、向こうに残してきたとクターから、九頭竜真澄についての事を聞いていた。彼が聖剣に対して距離を持とうとしているのか、その理由を。

 そして、思い当たる事を桔梗は、真澄を最もよく知るドクターから聞いていた。


 その内容を包み隠さず桔梗は鬼灯達へと話して聞かせる。

 それを聞いた途端、鬼灯は肩を落として溜息を吐き、鈴蘭と清白はなるほどと納得した。


「…まあ、分からなくもないですね、それ」


「でしょう。だって、仮にも英雄の息子だよ?いつかは自分が聖剣を受け継ぐかもって思ってても不思議じゃないでしょ?それが、どうしてか叶わなかったなら、慎重にもなるよね」


「しかし、あの欧羅巴戦線の後、まさか九頭竜隊長が母君から聖剣を譲り受ける予定があったなんて、知りませんでしたわ」


「三日月と刹那に関しては、それぞれが受け継ぐ予定で考えられていたらしい。欧羅巴戦線の後聖剣は本来、九頭竜家と秋津川家、東雲家で受け継いでいく筈だったんだけど、子供達は誰も契約を果たせなかった。だから、上野の博物館で補完という事になったようだね」


「そんな情報、向こうでは既に失われていたからね。しかも、九頭竜隊長は一度契約に失敗している。それなら、今回が都合よくいくとは限らないって考えがあったのかも」


「確かにあの人、別に南天の事を毛嫌いしているようには見えませんでしたわ。それより、異様に大事にしている感じでしたわよ」


 自分がこちらに呼ばれてからの南天と真澄の関りを思い出し、鈴蘭は肩を竦めた。


「じゃあ、なんで南天にあんなこと言ったのさ…あれがなかったら、南天がこんな怪我する事なかったのに」


「清白、それに関してはわたくしの読みの甘さです。南天と隊長の不破については本当にたまたまでしょうが、南天が怪我を負ったのは、オルデンの行動を予測出来なかった事にあります。貴方だって、南天が詰め所から消えてから九頭竜隊長が南天の事を探していたのを知っているでしょう?自分の突き放すような言動に、後悔していた事も。貴方なら感じ取っていた筈ですよ」


 自身の過失を認めながら、鬼灯は真澄を擁護した。契約云々を抜きにして、真澄が南天の事を大切に扱っていたのは事実だった。


「今回一件のお陰でオルデンの存在を知る事が出来た。結果オーライだよ。それに、彼等の目的ははっきりしている。問題は、それを成す為に次にどんな行動をしてくるかだ」


「それに関しては、これから情報集めたらいいよ。それより今は…」


 チラリと、桔梗は寝台に横たわる南天に視線を向けた。すると、南天が僅かに身じろいたのに気づき、思わず腰を上げた。


「南天」


 咄嗟に、清白が南天の傍に駆け寄る。床に膝をついて寝台の枕元に顔を覗かせる。

 睫毛を揺らし、僅かに顔を歪ませた南天の瞼が、ゆっくりと開かれた。







**********************


弦月:さあて、次回の『凍京怪夷事変』は…!


三日月:互いを思いながらすれ違う二人。真澄と南天の対話の先にもたらされるものとは…


弦月:第六十一話「結縁」乞うご期待!

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