第五十七話―夜半進行



 日が沈む頃、赤煉瓦倉庫から一台の車を先頭に数台の幌を施されたトラックが出発していく。


 トラックとトラックに挟まれて三台の車が動き出す。その二台目の車に南天は乗せられていた。

 両手には手枷と鎖が繋がれ、目元には目隠しがされていて、周囲の様子を伺う事は出来ない。

 南天が座る座席の左にはソルが護衛兼お目付け役にと付けた大男のユピテル。右には女が座っていた。


「ふ~ん、貴方がソルが入れ込んでいた我の対かあ」


 先に車に乗り込んでいたアプロディーテはユピテルに抱えられて乗車してきた南天と対面するなり嫣然と微笑んだ。


「…貴方は?」


 目隠しをされている為、先に車に乗っていた人がどんな人物か南天には分からなかった。

 疑問を投げかけられアプロディーテは、破顔しながら南天の唇を長い指でなぞって耳元へ口を寄せた。


「初めまして。私はアプロディーテ。金星を司る者。同乗させてもらうわね。道中よろしく」


 正面にある容貌から仄かに香水の匂いを嗅ぎ取って南天は、眉を顰めた。

 唇や頬をなぞる指の感触や声、前方から漂う香りから目の前にいるアプロディーテという人物が女だという事は分かった。

 だが、それ以外の情報は目隠しをされていて掴むことは出来なかった。


(…同じ車内にいるのは運転手を含めて三人か)


 車内や周囲の音に耳を澄ませて南天は自身が置かれている状況を把握するべく努めた。この車へ乗車する前に目隠しをされて赤煉瓦倉庫から連れ出された為、トラックが何台あって、自分以外が乗る車が何台あるのかまで把握する事は出来なかった。


(もう少し鬼灯達に情報を流したかったけど…仕方ない…)


 アプロディーテとユピテルに挟まれる形で南天が座席に座ると、程なくして車のエンジンが掛けられた。

 小刻みに振動し、やがて車体は車輪が動き出すのに合わせてゆっくりと揺れ始める。


「定刻だ、出発する。第一班進行開始」


 車外からソルの声が聞こえてきて南天は反射的に窓の方へ視線を向けた。目隠しをされていて姿を捉える事は出来ないが、エンジン音の中にソルの声が響いている。


「ソルの事心配?」


 不意に問いかけられ南天は右隣に座るアプロディーテの方へ顔を向ける。

 それが肯定と思ったのかアプロディーテは世間話をするようにお喋りを始めた。


「ソルは今日は指揮官として全体の指揮を任されているの。十台あるトラックと私達幹部や陸軍の将校が乗る車三台を先導する車に乗っているわ」


「アプロディーテ、あまりべらべら情報を話すな」


「あら、いいじゃない?どうせこの子には見えてないでしょう?ソルの事を心配しているみたいだから安心させただけじゃないの。これもシスターのお勤めよ」


 南天の細い肩にアプロディーテは腕を回し、自らに寄りかからせるようにして引き寄せた。服越しの柔らかな感触と女性特有の香りに南天は困惑する。頭上に容姿の分からない女の顔がある事に南天は少しだけ身体を強張らせた。


「それにしても、目隠しをされて顔が見られないのは残念だわ。ねえ、この布取っちゃダメ?」


「駄目に決まっているだろう…バレたらガイア辺りに怒られるぞ」


 南天の目を覆うように巻かれた黒い布を指先でなぞるアプロディーテにユピテルは呆れた様子でアプロディーテに釘を刺した。


「あのツンツン坊やがどうして怒るのよ…ソルが怒るならまだしも…ま、余計な争いはしたくないからやらないわ。でも、陸軍本部に着いたらそのお顔、見せて頂戴ね」


 両手で包み込むようにアプロディーテは南天の頬に手を添え、その顔を覗き込み、小首を傾げて微笑んだ。


 アプロディーテが南天にトラックの台数や自分達の話をしている間に、トラックと車は日の沈んだ横浜港を出発する。

 日が沈んだとはいえ、まだ宵の口。仰々しく隊列を成して進んでいくトラックの列は、横浜に住む人々から奇異な目を向けられた。

 だが、そのトラックの側面に陸軍の紋章が施されていたため、誰も大手を振って見物する事はなかった。

 連なって横浜の街を出て行くトラックの列を、人知れず観察する者があった。


「こちら横浜港検問。目標は東京に向けて出発しました」


 トレンチコートを見に纏い、ハンチングハットを目深に被った人物は無線機を手に、無線の向こうにいる人物へ情報を告げる。


『こちら特夷隊隊長・九頭竜。了解した。もう下がってくれ。後は各所の連絡を待つ。助かったよ』


「なに、こちらは大した事はしていないよ、それより武運を祈っているよ、義兄さん」


 無線機の向こうで真澄は、自分の呼びかけに応じてくれた義理の弟に感謝を告げ、通信を切った。





「よし、動き出したぞ」


「ええ、今南天側からも新しい情報が入りました。どうやら南天はオルデンの幹部2人とトラックとの間に走行する車に乗せられているようです」


 特夷隊の詰め所。

 執務室の壁際に設置された通信機器の前で無線機で協力者と連絡を取っていた真澄は、同じく南天に取り付けた発信機から得た情報を鬼灯から聞いた。


「トラックは十台。先頭に先導車が一台。他に三台車が存在する…南天は、ユピテルって大男とアフロディーテっていう女と一緒に車に乗っているみたいだね」


 発信機に仕込んだ盗聴器の音声を拾っていた清白は鬼灯と真澄に更に情報を伝えた。


「それにしても、あの時に随分便利な代物を付けてきたな…一体どういう仕組みなんだ?」


 作戦の話し合いの中で真澄は先日の潜入作戦の折り、鬼灯が南天に発信機を仕込んで来たと聞かされていた。

 最初は意味が不明だったが、清白が南天の位置を割り出しつつ、周囲の音声も拾える代物だと説明するとその便利さに驚いた。


「仕組みについて説明すると夜が明けちゃうよ…それにこの技術は、まだ極秘機密だから」


「まあ、いずれは身近な物になるでしょう、とだけ」


「お前達の持ち物は時々俺達が知っている物より遥かに凄い技術の結晶だよな…雪…俺の親友がいたら絶対驚いて飛びつくぞ」


 顎先を指で擦りながら真澄は改めて清白が改造した通信機器を見上げた。動力は蒸気機関で発電した電気、というのは分かるが、怪夷の数を点滅で知らせるレーダーや八卦盤に仕込まれた無線機のような通信機。その技術はどれも真澄達が知らないものばかりだ。

 好奇心が旺盛で研究熱心だった雪之丞ならきっと目を輝かせて飛びついたことだろうと真澄はこんな時にも関わらず苦笑いを浮かべた。


「話、続けるけど…オルデンの幹部が何人いるかは不明。南天を攫ったソルって奴は先頭車両に乗っているらしい」


「南天が連れ去られた日にソルの他に僧服を着た男と若い男がいました。彼等がオルデンなのは間違いないので、今分かっているオルデンの人数は五人といった所でしょうね」


「先導車の他に車が三台って言ってたし、南天が乗っているのを抜いてあと二台。運転手を抜いて三人ずつとしても、ざっと見積もって十人弱くらいかな…」


「車には将校も乗っているって言っていましたね。そうなると、オルデンの数はもう少し少ないかもしれません」


「敵の全容は見えないが、陸軍将校が乗っているのは少し気になるな」


 真澄の懸念に鬼灯と清白は顔を見合わせる。


「まだ横浜を出たばかりだし、作戦決行のぎりぎりまで情報収集は続けるから。隊長は無線でのやり取りお願いします…」


 再び通信機器の正面を向いて清白はヘッドフォンを付けてモニターを見上げた。


「わたくし達もそろそろ準備を…九頭竜隊長、よろしくお願い致します」


「ああ、こっちは任せろ。お前達はお前達にしか出来ない事をやってくれ」


 真澄からの激励に鬼灯は口端を釣り上げて微笑む。真澄にはこの作戦の決行が今日に決まった時、全てを話していた。

 本来なら、自分達を戦力として望んでいた筈である。そんな状況にあっても、真澄は鬼灯達に彼等しか出来ない事を優先するよう許可した。

 だからこそ、鬼灯としても失敗をするわけにはいかないのである。


「それで今の戦局を覆せる可能性があるんだろ?お前達が成そうとしている事が、結果的にこの国を救う事になるなら、俺はもう詮索はしないさ」


「お心遣い感謝します。この作戦が終わったら、全てを話せますので」


 深々と頭を垂れてから、鬼灯は背筋を伸ばして敬礼をする。普段の彼からは見られない真面目で精悍な顔つきに真澄はふと、見知った者の面影を見た気がした。


「なんだろな。お前も清白も時々俺の知り合いに顔が似てる時があるんだよな…」


 目を細めて鬼灯を見つめた真澄は、肩を竦めて思わずそんな事を口にした。

 それに鬼灯と清白は一瞬視線を揺らしたが、直ぐにいつもの彼等に戻った。


「なんにしても、南天の救出は任せろ。俺が必ず救い出す」


「ええ、頼りにしています。ご武運を」


 鬼灯に敬礼をして真澄は踵を返す。すると、丁度無線機に通信が入ったのでそれに出ながら真澄は執務室を出て行った。


「…ねえ鬼灯、僕等の事、バレてないよね…」


「恐らく、バレていないでしょう。ドクターも言っていましたが、九頭竜隊長の鈍感さは折り紙付きですよ」


「…だといいけど」


 横目で疑いの視線を向けてくる清白に鬼灯は咳払いをすると、自身もくるりと踵を返した。


「わたくしも召喚の準備をしてきます。清白も切りの良い所で合流するように」


 肩越しに言い残し鬼灯は真澄が出て行った扉から同じく執務室を後にした。





 月明かりと車体に取り付けられた僅かな明かりを頼りに列を成してトラックは東海道を進んで行く。

 その隊列は、これから戦地に赴くのかと思う程に仰々しかったが、街道沿いに住まう人々は家の影から覗くばかりで見てみぬ振りをしていた。

 と言いうのも、三日前、各宿場町や沿線の民家へ政府からのお触れがあったのだ。


『満月の晩、道を征く隊列を見てもけっして他言してはならないと』


 大統領の治世下となり、国家の情勢は安定してはいるものの、海外から届く大きな戦争の噂話は少なからず人々の心に不安の種を呼んでいる。

 そんなご時世にあって、国防を担う陸軍の積み荷を載せたトラックが街道を進むとなれば、その物々しさに民衆は恐れをなして息を潜めた。


 近頃は軍都・東京にて旧時代の異形の影を見たという噂まで立っている。英雄と聖なる剣の護る神の国が再び暗き闇に飲まれるのではという不安は、人々の心に暗い影を落とし始めていた。


 何キロおきかに設置された街灯と近年郊外から帝都に向けて伸ばされた電柱と電線が田園風景に重なる凸凹とした道を車体を揺らしながら進む車の内、一番真ん中に配置された車の中には、ヘルメスと今回の実験の首尾を任されている宗像、そして湯崎が乗り合わせていた。


「いよいよだな」


「ええ、この引っ越しが終れば我々も少しは安堵できます。横浜は海軍の力の方が強いですから、いつ見つかるのではとひやひやしておりました」


 僧服の胸元に揺れる十字架に手を添えてヘルメスは安堵の吐息を零した。


「実験施設も完成したからな。これも囚人を快く貸してくれた司法部のお陰だ。彼等には感謝せねばな」


 口元を歪め宗像は不敵に笑うと車窓の外に視線を向けた。田園風景の広がる街道は、月明かりに照らされてほのかに煌めいている。

 この隊列がこの安寧を打ち破るきっかけになるなど、民衆は知る由もない。


 土煙を巻き上げ、ガタガタと揺れる街道を進んで行くと、夜半を過ぎた頃、先導の車とトラックの一陣が高輪の辺りへ差し掛かった。


 かつて、江戸の街に入る前、品川宿との合間に置かれた処刑場は、江戸の街での振る舞いに対する警告の意味を持っていた。

 ここでさらし首になった者の怨念は今もこの辺りに漂っている。

 更に言えば、この場所はかつて怪夷から江戸の街を解放する為に英雄達が江戸の街へ入る為に通った通過点でもあった。


 その場所を通って、今度はかつて江戸と呼ばれた街に厄災が持ち込まれようとしている。


 品川宿を越え、方角を市ヶ谷に向けてトラックが方向を変えた時、先頭車両が動きを止めた。

 それに伴って後続車もゆっくりと動きを止めていく。


「どうした?」


「どうやら警視庁の検問のようです…」


 中央の車に乗っていた宗像は、突如として隊列が止まったことに違和感を覚え、運転手をしている部下へ訊ねた。

 それに部下は先頭車からの無線で受け取った状況を上司へと報告する。


「警視庁の検問だと…?そんな話、聞いていないが」


「調べて参りますので、閣下達はこちらでお待ちください」


 車を降り、運転手をしていた士官が先頭車両の方へと歩いていく。


「…警視庁…何か勘付かれましたかね」


「今宵港から荷物を運ぶ事は先方に連絡をしておいた筈だ」


 顎先に指を添えてヘルメスは顔を俯ける。僅かな明かりの中で光る左目のモノクルは慌ただしくなった外へと向けられた。

 数人の兵士達が何事かを話している。

 暫くして先程の運転手役の士官が車へ戻って来た。


「確認が取れました。なんでも、この先で大きな陥没があり、工事の為に別の道を通って欲しいとの事でした」


「なるほど、それでは致し方あるまい」


 工事と聞いて宗像は何処か安堵した様子で部下の報告に相槌を打った。


「先頭車両は提示された道へ進路を改めて動き出しました。我々も参りましょう」


 再び運転席に座り、士官はハンドルを握る。

 前方のトラックや車が動き出すのに合わせてヘルメス達が乗る車両も動き出した。





「上手く誘導出来たみたいですね」


 警視庁の検問として塞いだ道の脇に待機していた市村は隣に立つ隼人と朝月に目を向けた。


「後はこの先のもう一カ所のポイントへ差し掛かった時が勝負だな。市村、助かったよ」


「いえ、先輩達が無事に目的を果たせることを祈っています。俺の方こそ、今回の件はこれで陸軍へ畳みかけられますから」


 市村の熱意のある目線を隼人は誇らしげに見つめた。かつての後輩の成長ぶりと逞しさに胸が熱くなった。


「隼人兄さん、そろそろ俺達もポイント移動しないと」


 陸軍のトラックが全て通り過ぎたのを見届けた朝月は隼人へ移動を促した。

 次のポイントに先頭車両が差し掛かるのにそう時間は掛からない。


「そうだな。市村、ここは任せた」


「はい、ご武運を」


 市村と敬礼を交わし、隼人と朝月は合流地点へと向かって夜闇の道に消えていく。

 その背中を市村は見えなくなるまで見送った。





 第二の検問を通ったと隼人からの一報が入った時、真澄達は第三の検問へと集合していた。

 そこに集まったのは、特夷隊のほぼ全ての面々だった。

 ただし、鬼灯や鈴蘭、清白は別件の為に別の場所で待機している。

 その麓である場所が、陸軍のトラックの襲撃ポイントであり、今回の最終目的地だった。


「よし、隼人と朝月がいないが先に作戦の確認をするぞ」


 部下達を集めた真澄は、声の声量を落しながら作戦の概要を話し始めた。

 第三検問へやって来たトラックを警視庁の捜査官を装い、例の事件への関与が疑われているからと荷改めを要請する。

 恐らく陸軍はそれに対して何かしら手を打って来る。

 そこを付いて南天が乗る車を中心に襲撃を掛ける。というのが今回の作戦の流れだった。


「今回は怪夷相手ではなく、人間相手だ。なるべく殺さず、あくまで攪乱する事に留めるように」


 真澄の忠告に、その場の誰もが深く頷いた。

 特夷隊の発足以来、人間相手の作戦など当然のことながら行った事はない。

 闇夜に乗じての襲撃ではあるが、襲撃者が特夷隊だという事は遅かれ早かれバレるのは視野に入れていた。

 警視庁からの捜査協力である囚人失踪事件の効果が何所まで得られるかは未知数だった。


 それでも、真澄を含め特夷隊の面々はこの作戦を成功させる意気込みがあった。

 真澄と拓達が作戦の確認をしていると、第二検問から隼人と朝月が合流した。


「もう直ぐトラックの一陣が来ます」


「よし、行くぞ」


 革手袋を付け直し、真澄は部下達を伴なって物陰から行動を開始した。







 陸軍のトラックが日枝神社付近へ差し掛かった頃。

 鬱蒼と繁る鎮守の森の傍で幾つもの灯りが揺れるのが目に入り、ソルと鮫島陸軍少佐が乗る先導車がゆっくりと速度を落として停車した。


「また検問か?どうなっているんだ?」


「は、確認して参ります」


 後部座席に座っていた鮫島は、運転手役の士官へそう命じ、座席の背もたれに深く座り込んだ。

 苛立ちを露わにする鮫島を助手席に座っていたソルはバックミラー越しに覗き込んむ。

 腕を組み、人差し指を打ち付ける鮫島の様子を眺めた後、ソルは運転手役の士官が検問の前で立つ男と話している様子に視線を向けた。


「……」


 眉を顰め、ソルはチラリと再び様島を見る。

 暫しの思案の後ソルは助手席のドアを開けて車の外へと出る為に腰を上げた。


「おい」


「ご心配には及びません、少佐閣下。話を聞いて参ります」


 突然車を降りたソルに驚き腰を浮かせた鮫島に、ソルは淡々とした様子で応じた。

 それに納得しつつ鮫島はソルが車を降りて行くのを見送る。

 車を降りたソルが運転手役の士官の傍へ歩いて行く。


「失礼、この検問はなんの騒ぎろうか。先程、工事の為にルートを変更させられたばかりなのだが」


 士官と検問の前に立った黒い服の男の間に割って入ったソルは、男を問いただす。


「この隊列の責任者か?」


 男の問いかけにソルは「そうだ」と頷いた。


「陸軍の宗像中佐の命で荷物を市ヶ谷へ運んでいる。道路への通行申請と許可は取っている筈だが?どういうつもりだ?」


「ええ、こちらもそれは聞いています。しかし、貴方方がこの軍都・東京へ危険物を運び込むと通報がありましてね。東京の守護を任されている警視庁としては見過ごせないのですよ」


「警視庁だと…」


 相手が名乗った省庁の名に、ソルは仮面の中で眉を寄せた。それまで精錬されていた雰囲気に僅かにピリリとした空気が混じる。


「小菅監獄から労働力として貸し出された囚人が期限になっても返却されない事件の容疑もかかっています。大人しく荷改めを受けてもらいますよ」


 男が取り出したのは、警視庁から出された一通の令状。

 男の目的を聞いた途端、ソルは仮面越しに目を細めた。


「士官殿、この事を少佐へ伝えてくれ。我らが父と中佐殿にも」


 ソルと共に男の話を聞いていた士官は、敬礼をして慌てて先導車の方まで戻っていく。

 士官が戻って行くのを見つめてから、男は再びソルと向かい合った。


「捜査への協力を拒否した場合、業務妨害で逮捕者がでますよ。その方が貴方方には不都合では?」


「荷改めの件は私だけでは判断し兼ねる。今更に上の者へ確認に行かせている。もう少し待ってくれ」


 男と向き合ったまま、ソルは直立不動の姿勢でその場に留まった。


(…これが南天君を連れ去ったソルという人物か…)


 ソルへ令状を見せて隊列を止めさせたのは、拓だった。


 目の前に立つ人物の様相は銀色の髪に狂言や神楽で舞われる蘭陵王の仮面。纏う制服はドイツ帝国の開襟型の軍服に似ているが、少しデザインが異なっている。

 右腕に巻かれた腕章には十字架に巻き付いた蛇の紋章が施されていた。


(まだ少年…かな。南天君や大翔君達と年が変わらなそうだ)


 自分より頭半分背の低い人物は背丈や骨格から少年だという事が分かった。

 それでも流石は統率された組織に属しているだけあり、その姿勢や言動には洗練された空気を宿していた。

 だが、目の前の少年に拓は何故か親しみを感じた。何処かで会った事があるような、そんな気配だ。


(…なんだろう…誰かに似ているような…)


 仮面のせいで顔が分からない為、誰に似ているのかまでは分からなかった。それと同時に目の前の人物の心を読もうとしてみたが、どういう訳か靄がかかってそれは叶わなかった。




 再び隊列が止まった事に、中央の車に乗っていたヘルメスと宗像は伝令役の士官が伝えてきた内容に同時に眉を顰めた。


「…司法部の者どもめ…」


「いかがしますか中佐殿」


 忌々し気に唇を噛む宗像にヘルメスは穏やかな口調のまま意見を求めた。


「…仕方がない。荷改めを許可する。先方へそう伝えろ」


「は」


「それから、他の車両へ…」


 上官の命を受け、伝令役の士官が戻って行く。その背中を見つめながら宗像はニヤリとほくそ笑んだ。


「ヘルメス殿、確か、護身用に三体程、解き放てる個体がありましたな」


「ええ、しかし。よろしいんですか?まだあれは制御も出来ない未完成品ですが」


 宗像の問いかけにヘルメスは平然とした様子で問い返す。

 それに宗像は不敵な笑みを崩さぬまま頷いた。


「構わぬ。どうせ特夷隊の連中が駆けつけるだろう。警視庁の人間を数人道連れにするなど、今更だ」


 後部座席の背もたれに寄り掛かった宗像の言葉に、ヘルメスと湯崎もまた笑みを浮かべて頷いた。




 特夷隊によって陸軍のトラックの車列が止められた頃。

 検問の傍にある日枝神社の境内では鬼灯、鈴蘭、清白が陣を張っていた。


「どうやら車列の足止めに成功したようですね。鈴蘭、清白、始めますよ」


 描かれた陣のそれぞれ決められた方角に立った鬼灯達は、互いに視線を交わした。

 本来南天が立つ筈の場所には、一本の鞘が置かれている。玉虫色の光沢を放つその鞘には人型の依代が張られ、南天が袖を通した事のある衣服の上に置かれていた。


「ドクター、こちら鬼灯。これより儀式を始めます。ええ、南天は傍にはいますが陣にはいないので触媒を使用します。では、竜胆達にそう伝えてください」


 手の平サイズの黒い板状の通信機に短く告げた後、鬼灯は再び二人の仲間を見渡した。


「始めますよ」


 二人に語りかけるように、更に南天に届くようにそう鬼灯が言い放つ。

 三人は目を閉じ、ゆっくりと詠唱を始めた。

 直後、日枝神社の麓から爆発音と共に黒煙が立ち上った。








**********************



朔月:次回の『凍京怪夷事変』は…


刹那:ついに始まる南天救出作戦。一方、鬼灯達は最後の仲間を呼ぶため、召喚の儀式を開始するが…


朔月:第五十八話「一か八かの大博打」次回も、よろしく頼むよ



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