第五十五話―潜入作戦


 早朝の大統領府大統領執務室。

 朝日が差し込む室内には部屋の主である柏木大統領と訪問者である真澄と隼人が向かい合っていた。


「こちらが作戦の計画書です」


 柏木の座る机の上、一冊の冊子が置かれる。

 隼人の手から離れた冊子を柏木は徐に持ち上げ、静かにページを捲った。そこに記されているのはこの数日で練られたある作戦の計画書。

 人員やその配置、結構当日の動きや潜入ルートなど様々な項目が記されている。

 静かに文面に目を通し、一通り読み終えた柏木は静かに冊子を閉じた。


「承知した。特夷隊に潜入作戦の許可を出す。必ず成功させろ。もし危険だと思ったら直ちに中止し、私に連絡を入れる事。いいな?」


「御意」


 真っ直ぐにこの作戦の立案者兼指揮官である隼人は柏木を見つめて背筋を伸ばして敬礼した。


「作戦決行まで万全の体制を整えるように。下がっていいぞ。九頭竜君は少し残ってくれ」


 隼人が柏木に作戦決行の許可を取りに行くのへついて来た真澄は、柏木の指名に頷いた。

 柏木に一礼をして隼人は一人先に大統領執務室を出て行く。


 室内に真澄と二人きりになった途端、柏木は腰掛けていたソファ椅子に更に深く沈みこんだ。


「まったく、警視庁の案件がまさかこんな大ごとになるとはな。陸軍へ喧嘩を売っているようなもんだ」


 隼人が仕上げて来た計画書を再びぺらぺらと捲り、柏木は肩を竦めた。


「九頭竜君、お目付け役は任せたぞ。別に彼等を信用していない訳じゃないが、下手をすると陸軍との間に亀裂を産みかねんからな」


 脱力しながら告げて来る柏木に真澄もまた肩を竦めて頷いた。


「そこは心配するな、俺も作戦には参加するし、何より赤煉瓦倉庫と周辺の地図は六条大佐に無理を言って開示してもらったものだからな。その点は信用していい」


「そうだな。まあ、くれぐれも海軍に迷惑を掛けないようにな。それより…」


 不敵な笑みを浮かべていた柏木の表情から、一瞬笑みが消える。労わるような、憐れむような視線を真澄に向け、柏木は声音を低く落として問いかけた。


「君は大丈夫か?先日の佃島での一件から何か掴めか?」


 唐突な問いかけに一瞬驚いた真澄だったが、柏木の気遣う目線に気付いて緩慢に首を振った。


「そうか…オルデンとは一体何者なのだろうな。何故、南天を攫ったのか目的も分からないのだろう?」


「鬼灯が言うには、ドイツ軍と関りのある秘密結社らしい。怪夷の研究をしている一団だとか。ただ、それ以上の事は鬼灯にも分からないんだと」


 数日前。佃島で遭遇した三体の旧Aランクの怪夷達。

 彼等との戦闘の後、突如現れた仮面を被った銀髪の少年。

 その彼が身に着けていた腕章を見た鬼灯が語ったのは、真澄が柏木に話した内容が全てだった。

 ここにきて陸軍と繋がっているとされるドイツ軍とそれに関わる組織の登場は、偶然とは思えなかった。

 ただし、何故南天が連れ去られたのだけは脈絡がなさ過ぎて今も謎のままである。


「せめて、何処へ連れ去られたかくらい分かればな。救出の手立てもあるんだが…」


 胸の前で腕を組んで柏木は眉を顰めた。


「しかし、あれだけ南天の失踪で落ち込んでいたのに、今回は平気そうだな、君」


 ちらりと腕を組んだまま柏木は親友の顔を見上げる。

 先日、無理矢理突き合せた夜のお茶会の一件の後、真澄は驚く程に立ち直った。

 色々抱えていた物を吐き出したのが功を奏したのか、すっきりとした顔で職務に従事していた。

 だが、その矢先に再会できたと思った相手が何者かによって攫われた。その衝撃は相当なものであっただろうに、当の本人は最初に南天が失踪した時より平静を保っていた。


「心配は心配だ、何か良からぬ事をされているんじゃないかと思うと、今すぐ助けに行きたい。けど、居場所も分からない、手掛かりもないなら下手に動けないしな。それよりは、この陸軍の一件で何か掴めるんじゃないかと、期待はしているんだ」


「なるほど。一皮剥けたといった所か。大人になったじゃないか」


「お前に言われたかないよ。全く…」


 肩を揺らして楽しげに笑う柏木に真澄はげんなりと肩を落とす。


「ただ、あの南天を攫った仮面の少年。なんだか南天に対して酷い事をするようには思えないんだ。彼の元ならもし敵だとしても、無事でいる気がする」


「蘭陵王の仮面を身に着けた少年か。報告書にあった黒い刀身の太刀というところは少し引っかかるな」


 執務机の引き出しから、先日真澄が佃島での一件を挙げた報告書を取り出し、柏木は気になった項目に目を落とす。


「怪夷と関りがある以上、油断はするな。もし南天が無事であっても、出来るだけ早く救出してやれ。彼等は、怪夷討伐には重要な存在だからな」


「ああ、必ず南天は取り戻す」


 ぐっと拳を握り締め唇を引き結んだ真澄の決意に満ちた表情を見つめ、柏木はニヤリとほくそ笑んだ。


「…九頭竜君…君、ちょっとの間に随分男の顔をするようになったな」


「は?どういう意味だよ?」


「いやなに、護りたいと思うものがある事はいい事だぞ」


 ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべる柏木に真澄は、疑問符を浮かべて首を傾げた。


「まあいい。赤煉瓦倉庫への潜入作戦と南天の救出、どちらも上手く行くことを願っているよ」


 背筋を伸ばし、親友の顔から大統領という公人の顔に戻った柏木は、真っ直ぐに真澄を見据えて告げた。

 それに一抹の疑問を抱きながらも真澄は背筋を伸ばして敬礼をすると、大統領執務室を後にした。



 斜陽が水平線の彼方へゆっくりと沈んでいく。

 東の空には上弦の月が昇り、淡い光が海面を照らしていた。

 港町である横浜の街は、貨物船の行き来も落ち着き、静かに寝静まる時間を迎えている。


 汽笛の音が遠く海の向こうに聴こえる中、赤煉瓦倉庫の中では寝る間も惜しんでの白衣を身に纏った研究者達が動き回っていた。

 ぼこぼこと空気が浮き上がる音を立てて、円柱のガラス容器の中ではヒトの形に近い黒い異形が蠢いていた。


 研究室として使用されている区画から、防火扉を経て住居区画へと通じる階段があるその先、本来の役割である倉庫として使用された場所に南天は囚われていた。


「はあ…はあ…」


 筵を敷いた上で薄い毛布に包まりながら、肩で呼吸を繰り返す。

 ここに連れ去られて既に一週間が過ぎた。

 自分をここへ攫ってきたソルと名乗る仮面をつけた少年が甲斐甲斐しく怪夷との戦闘で負った傷の手当てをしてくれているが、傷口からか、それとも疲労からか南天の身体は倦怠感に苛まれていた。


 痛み止めと化膿止めの薬の副作用なのか、身体の回復の為か異様に眠い。

 熱に浮かされて目を覚ます事も日に何度もあった。


 ソルは日に数度、食事を運ぶのと治療の為にこの場所を訪れる。

 それ以外に人が来る事はなく、広い空間で南天は一人冷たい床に横たわっていた。


(どうにかして…マスターや鬼灯達と連絡を取らないと…)


 意識が朦朧とする中、南天はゆっくりと壁に背中を預けて起き上がる。

 背中の傷は薬のお陰で痛みはないが、全身を取り巻く熱感と倦怠感のせいで思うように動けなかった。


 手と足に枷がついているが、普段ならこれくらいの拘束は簡単に外す事が出来た。

 それが出来ずにここに留まってしまっているのは、体力が思うように回復していない為だった。


 高い天井を見上げ、深い溜息を吐いていると、倉庫へと続く引き戸が開いた。

 薄暗い中に目を凝らしてみると、入って来たのはいつも通り仮面を身に着けた少年とだけではなく、異教の僧服を身に着けた右目にモノクルを身に着けた男と、白衣に身を包んだ痩身の線目の男の三人だった。


「……」


 気怠い身体を緩慢に動かし、南天は入って来た三人を見据えた。


「ルーナ」


 二人の男より先にソルが小走りに近寄ってくる。その手には夕食を載せた盆を持っていた。

 ソルは何故か自分の事を“ルーナ”と呼称していた。意味を聞いたら、スペイン語で“月”という意味らしい。


「起きていたのか…」


 盆を床に置き、視線を合わせるようにしゃがみ込んだソルは、気遣わしげな視線を仮面越しに南天へと向けた。

 そっと、壊れ物に触れるようにソルの白く長い指が南天の火照った頬に触れる。


「熱が引かないな…顔色もあまりよくない」


 額に滲んだ汗を拭うようにソルは南天の額に触れ、体温を確かめる。


「ソル、彼が貴方の探していた対なのですね」


 南天の体調を確かめていたソルは、後ろから掛かった声に肩越しに一緒に入ってきた僧服の男を振り返り、深く頷いた。


「はい、司教様。ようやく見つけました。間違いありません」


「それは良かった。ずっと探していましたからね。私にも貴方の対の顔を見せてくれませんか?」


 穏やかに微笑みながらヘルメスはソルへと尋ねるように願い出る。

 それにソルは一瞬躊躇しながらも頷いて静かに南天の前から身を引いた。

 それまでソルがいた位置にヘルメスは膝をつき、南天の顔を覗き込んで来た。


「……」


 唐突に伸びて来た手に南天は身を硬くする。強張った頬に布製の白い手袋をしたヘルメスの体温の分からない指が触れて来る。

 輪郭を確かめるように触れられ、右目のモノクルが探るように南天の紅玉の瞳を覗き込む。


「あ……」


 蛇に睨まれたようなねっとりと舐めるような視線に南天は瞠目して頬を強張らせた。


「教授、貴方も確認してくれますか?確か、あの実験に貴方も携わっていたでしょう?」


 ひとしきり南天の全身を確かめるように見終えたヘルメスは、ゆっくりと立ち上がりながら後ろに控えていた湯崎へ声を掛けた。


 ヘルメスの要請に頷き、湯崎はヘルメスと代わるようにして南天の前にしゃがみ込む。

 ヘルメスの時とは違い、じっと南天の顔や全身を見つめた湯崎は小さく頷いて静かに立ち上がった。


「あの状況でどうやって生き延びたのか…間違いなく本人でしょう」


 意味深な事を口にしながら湯崎はヘルメスへと自身の見解を口にした。


「教授が間違いないというなら、やはりそうなのでしょうね」


「しかし、大分衰弱していますよ。そろそろきちんとした場所で治療をしないと、このままでは敗血症でも起こしかねない」


「傷の手当はソルがしていますが…そうですね、顔色は良くはありませんし、少し移動を早めましょうか」


「それがよろしいかと」


 ヘルメスの提案に湯崎は同意した。

 南天とヘルメス達の間に直立不動で立ち、大人達の会話を静かに聞いていたソルは、ちらりと南天を横目に見やった。

 その視線が自分を気遣うものだと気付いて南天は僅かに首を振って応えた。


「ソル、しばらく彼の事は貴方に任せますよ。必要なものがあるなら遠慮なくいいなさい」


「はい」


 敬礼をするソルとその足元で大きく息をしている南天を見遣った後、ヘルメスは湯崎を伴って倉庫から出て行った。


「ルーナ」


 ヘルメス達が去った後、ソルは再び南天の前に膝をつくと、床に落ちていた毛布を南天の肩に掛けた。


「すまない。こんな場所にいさせてしまって。だが、もうすぐ日ノ本の陸軍の基地へ移動するから、それまで辛抱だ」


「ボクも…連れて行くの…?」


 毛布を両手で握り締め南天は表情の見えない仮面越しの双眸を覗き込みながら、問いかけた。


「当たり前だ。ようやくこうして再会出来たんだ。今度はずっと一緒だ」


 再び優しく頬に触れて来たソルを見つめ、南天は震える唇で問いを重ねた。


「貴方は、一体誰なの…?」


 ずっと気になっていた事を南天は目の前の少年へ問いかけた。

 最初に目の前に現れた時、何故か懐かしさを覚えた。何処かで会った事がある。そう何故か確信があるのに、肝心のいつ会っていたのかが思い出せない。


 南天が逃げずにこの場に留まっていたのは、何も怪我のせいだけでなく、目の前の少年の正体を知りたいと思ったからでもあった。


「私は…」


 南天の問いに答えようとして、口を開いたソルだったが、不意に俯いて額を押さえた。


「…すまない、それは答えられない」


「それは、誰かに、命令されているの…?」


 先程入ってきた僧服の人物がソルにとって何らかの上司であることは直ぐに理解できた。

 ソルが軍服に似た制服を纏っていることから彼が何らかの組織に属している事は判明していた。更に陸軍との繋がりを示唆している点でも軍に近い組織の一員であることも。

 南天の問いかけにソルは、僅かに唇を上下させてから、こくりと頷いた。


「…そっか…」


「すまない…いずれ明かそう」


 これ以上の追及は無意味だと判断して南天はソルの言葉を信じて口を閉じた。




 南天がソルと対話をしていた同時刻。


 横浜港から赤煉瓦倉庫付近の岸へ隼人を班長とした特夷隊の特別班は、小舟で近づいていた。

 全身黒づくめの特殊なスーツに身を包んだ隼人、朝月、鬼灯、そしてお目付け役である真澄は舟を降りて倉庫の裏側から侵入を計った。


「この地図だと…ここか」


 そこは、室内の喚起をするために設けられた通気口。五年前の震災で壊れたのか、大きな穴が開いたままになっていた。

 真澄がある情報筋から入手した倉庫の図面を手掛かりに隼人達は、幾つか辺りを付けていた。


 怪夷の実験が行われているなら、それなりに大きな空間が必要である。半壊した倉庫の中で大きな空間がありそうだったのは、丁度中央の辺りと踏んだのだ。


「よし、行くぞ」


 隼人を先頭に朝月、鬼灯、真澄の順番で四人は通気口の中を進んでいく。

 始めは入った場所と同じ一階だったが、やがて登りになり、這いつくばるようにして昇っていくと、再び平らな場所に出た。


「どうやら、一階と二階の間みたいだな」


 図面を見つめて隼人は更に奥へと進んでいく。

 暫く進むと、薬品の臭いがつんと鼻を突いた。


 床に開けられた通気口の格子戸から、隼人はゆっくりと階下を覗き込む。

 すると、そこには円柱の形をしたガラス容器らしきものがあり、中には黒い人型の異形が浮かんでいた。


「やっぱり、怪夷の実験は本当だったんだな」


「隼人、何か証拠になるものはないか?」


 真澄からの要望に隼人は慎重に室内を見渡す。夜も更けた事もあってか、室内に誰かいる様子はない。


「今なら降りられそうだな。ちょっと行ってみるか」


 通気口の格子戸を横にずらして外し、隼人は再度周囲を警戒してするりと階下に降り立つ。それに続いて朝月と鬼灯も階下へと降り立った。

 万が一の場合に備えて真澄は通気口の中で待機する。


 室内はまさしく研究室と呼ぶにふさわしく、円柱型のガラス容器の他、薬品瓶の並んだ棚や何かの処置をするための寝台や手術道具などが並んでいた。

 気配を探りながら慎重に隼人達は室内を歩き回り、引き出しや棚の中から証拠になりそうな物を一つずつ搔き集めた。


「研究資料とこの生態サンプル、日誌くらいがあれば十分でしょう」


 隼人と朝月が持ってきた物を見つめて鬼灯はほくそ笑む。


「よし、任務完了だな。戻るぞ」


 隼人の号令に朝月と鬼灯は静かに頷く。が、不意に鬼灯は何かを感じ取り周囲を見渡した。


「鬼灯?どうした?誰か来たのか?」


 突然周囲を見渡し出した鬼灯に朝月は不安げに訊ねた。だが、返ってきた意外な答えに朝月と隼人は思わず目を見張った。


「南天が、いるかもしれません…申し訳ありませんが、少しこの先に行っても良いでしょうか?」


 隼人が手にしていた図面の研究室の先にある空間を指さして鬼灯は隼人に進言した。

 そこは、図面通りなら本来の用途である倉庫として使用されている場所である。


「南天が?」


「勘ですけどね…なんとなく、わたくしの中に宿っている弦月が、南天の中に宿っている聖剣の核を感じ取ったようなので」


 胸元に手を添えて鬼灯は重い鉄の扉の向こう側を見つめる。


「分かった。ただし、南天の現状を把握するために留めろ」


「承知しました」


 隼人からの許可をとり、鬼灯はにこりと微笑む。

 再び通気口へと戻った隼人達は、真澄に事情を説明し当初の予定を変更して通気口を先へと進んだ。


 壁に開けられた通気口の格子戸の先には、先程の研究室とは違う広い空間が広がっていた。

 その奥、木箱などが積み上げられた中に仄かな明かりを見つけて鬼灯は目を凝らした。


「やっぱり…」


 呟いた鬼灯の視線の先には、筵の敷かれた床に横たわる小柄な人影があった。

 毛布を被っていてはっきりとはしないが、僅かに出ている銀色の頭には見覚えがあった。


 格子戸をずらし、鬼灯は隼人達を残して壁伝いに倉庫へと降りると、木箱の物陰を利用して身を隠しながら、床に横たわる人影へ近づいた。

 鬼灯が近づいて行くのを隼人や朝月、真澄は固唾を飲んで見守る。


「南天」


 木箱の影から鬼灯は小声で目的の人物へ声を掛けた。

 その声に気付いたのか、毛布に包まっていた人影がもそりと動き、声のした方へ顔を向けた。


「…鬼灯…?どうして…」


「良かった。無事だったんですね。乱暴もされていないようでなによりです」


 薄暗い中、南天の顔に殴られた痕などがない事を確かめて鬼灯はほっと息を吐いた。


「わたくし達が追っていた陸軍の案件があったでしょう?その実験場がここではと潜入をしてきたんです。まさか貴方の攫われた先がこことは思いませんでしたけど」


 簡単に現状を説明し鬼灯は肩を竦めた後、背後の通気口からこちらを伺っている隼人達に合図をした。


「南天、貴方を連れ去った人物の特徴を教えてもらえますか?」


「…仮面を被っていて素顔は分からない…軍服みたいな制服を着ていて、右腕に十字と輪を組み合わせたものに蛇が巻き付いた紋章の付いた腕章をつけていた…ボクを攫った人物は自らを太陽を司る者・ソルと呼称した」


 淡々とした南天の報告内容に鬼灯は内心驚きと確信を得ながら小さく頷いた。


「ありがとうございます…南天、貴方熱があるのですか?顔色が真っ青ですよ」


 汗の滲んだ額に鬼灯は優しく触れる。指先に熱感が伝わり鬼灯は眉根を寄せた。


「ボクは大丈夫…早く行った方がいい…ここには、多分厄介な敵がいる…」


 声を落として南天は警戒するように倉庫の入り口を見据えた。


「すみません…今は貴方を助けられない…ですが、必ず救い出しますから…」


「うん…マスターに、ボクは大丈夫って伝えて…」


 苦し気に告げる鬼灯に南天は全てを分かった上で頷いた。


「これを」


 ポケットから何かを取り出した鬼灯は南天が左耳に付けている房の耳飾りの装飾の部分にそれを取り付けた。

 くしゃりと南天の銀色の髪を撫でた鬼灯は来た時と同じように木箱の影に身を隠しながらその場を後にした。




 合図は、南天発見の旨を告げるモノだった。


「マジで南天だったのか」


「なら、さっさと連れて帰ってやろうぜ」


 鬼灯の合図を確認した朝月が通気口を降りようとするのを真澄は咄嗟に止めた。


「旦那?なんで止めるんだよ。敵地に囚われてる南天助けないと」


「朝月、俺達の目的は怪夷実験の証拠を掴む事。南天の救出はリスクが高すぎる。南天の様子を良く観てみろ。囚われているなら、拘束をされていないか?」


 真澄に指摘され、朝月は薄暗い中に目を凝らして南天の様子を観察した。

 足には鎖が伸びた足枷が嵌められている。手にも少し鎖の長さはあるが枷が嵌っていた。


「されてる…」


「救出を決行するには今の俺達では道具が足りない。もし無理に実行すれば恐らく敵に気付かれるだろう。ここは、一端引いて体制を立て直すべきだ」


「けど…」


 後ろ髪を引かれる思いで朝月は鬼灯と何かを話している南天と、救出を止めた真澄を交互に見やった。


「朝月、お前の気持ちは分かるけどな。今は真澄さんの忠告に従え」


 班長である隼人に念を押され朝月は唇を噛みしめ、納得がいかないながらも頷いた。


 そうこうしているうちに南天の傍から鬼灯が戻って来た。

 壁をよじ登り、再び通気口内へ身を潜ませる。


「行きましょう。南天が無事だという事が分かっただけでも御の字です。手は打ってきましたので」


 鬼灯の報告を聞いた隼人は、撤退の指示を出した。

 通気口を後ろへ戻りながら、真澄はちらりと遠くなっていく倉庫の明かりを見つめる。

 唇を引き結び、振り切るように再び前を向いて真澄は隼人達の後をついて行った。







**********************


三日月:次回の『凍京怪夷事変』は…


暁月:赤煉瓦倉庫での作戦を終えた真澄達。そこで知った事実を元に鬼灯は鞘人を集めて話し合いを始めて…


三日月:第五十六話「秘密の会議」次回もよろしくね

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る