第四十話―深淵の向こうを覗く者ー後編

 それは、桜が咲き乱れる春の事。

 卒業を控えた僕の胸には、自分が持つ異能への恐怖が渦巻いていた。

 人の感情を感じ取り、共感し、読み取る異能は、忌避の対象だった。


 高等学校を卒業したら士官学校ではなく警察学校へ進学する事が決まっていた。

 きっと、この能力を生かせると思っていた。だが、もし何かよからぬ事に利用されてしまったら。

 それよりも、同僚達に恐れられるのが僕は怖かったんだ。


『馬鹿、そんなの気にすんなよ』


 いつも隣で、僕のこの力を肯定してくれた君。


『拓が感情に飲み込まれて自分を見失ったら、俺が救ってやるよ』


 力強くそう言ってくれた未来の相棒と決めた自分を取り戻す為の合言葉トリガー

 それは、この異能を使う事への戒めであり、お守りとして、僕にとっての支えになったんだ。








「ッ!?」


 暗闇の中、黒い飛沫が飛び散り、パタパタと地面に花を散らす。

 二度、三度、振り下ろされる白銀の閃光を茫然と見詰めた直後、隼人の身体は咄嗟に目の前の光景に飛びついていた。

 振り上げられた腕を掴んだ隼人の瞳に映ったのは、地面に横たわる年端もいかない少女。その腹部からは鮮血が溢れ出し、灰桜色の内臓が覗いている。


「…拓…」


 無意識に掴んだ腕の主の名を、震える声で隼人は呼ぶ。


「……」


 隼人に呼ばれたその人物は、虚ろな瞳で自分の腕を掴んで行動を制限している隼人を見つめた。

 虚空を見つめるような、何かに恋焦がれるような恍惚とした双眸。それはまるで、先の東京の切り裂きジャック事件の容疑者である藤川を最初に事情聴取した時と酷似していた。


「お前、何やってんだよ!」


 絞り出すような隼人の怒号に拓は、無言のまま掴まれた腕を振り解こうと腕を横に振り払う。その強い力に押されて隼人は思わず手を放してしまう。

 隼人と距離を取った拓は、手にしたナイフを逆手に持ち、隼人に向かって駆けだす。

 振り上げられたナイフの切っ先を隼人は僅かに後ろに下がりながら躱す。


「落ち着け拓!お前、一体何が…」


 必死に相方に呼びかけながら隼人は、ハッとこれまでの事を思い出した。


(まさかコイツ…湯崎とのリンク切れてなかったのか…!?)


 自身の異能を駆使して犯人の動機に迫っていた拓。だが、湯崎や藤川の事情聴取ではアメリカ留学で学んできた心理学の知識も交えて真相に迫ろうとしていた。最初は不慣れな事をしているせいでいつものように直ぐに動機が掴めないのかと隼人は思っていた。

 だが、もしかしたら違っていたのかもしれない。


(もし、湯崎が拓と同じ精神操作に関わる異能者だったら…?)


 取り調べを行うごとに、まるで夢から覚めたように変化していった藤川の態度。それが、湯崎の仕組んだ人心掌握の一環だったとしたら。

 思わぬ所で容疑者の真実に辿り着いた隼人は、目の前に迫る鋭利な刃を咄嗟に掴んでいた。

 ぐっと、ナイフの刃が掌に食い込み、痛みと共に鮮血が滴っていく。

 だが、痛みを気にする事もなく隼人はナイフを掴んだまま、自分の胸元に拓を引き寄せ、額を擦り合わせる距離でその瞳を覗き込んだ。


「俺を見ろ、俺を感じろ、月代拓!」


 腹から絞り出す強い怒号。激しさを孕んだ感情が拓の中に一気に流れ込む。

 僅かに怯み、ナイフを引こうとした拓に、隼人はポケットから出したペンダントロケットを突き付けた。

 ロケットに納められているのは小さな写真。そこに映るのは、学生時代の自分と親友と恋人の姿。


「ッ!?」


 ロケットの写真が視界に映った瞬間、拓は声にならない悲鳴を迸らせ、掴んでいたナイフから手を放し、後退った。






『感情に飲まれた時は俺がお前を救ってやる』


 あの時の言葉と共に、自身が他者の感情に飲まれた時にそれを解除する為に決めた暗示トリガー

 それが、幼馴染三人で取った写真だった。




 かつての光景と、強く掛けた自分を取り戻す為のトリガーが発動した瞬間、拓は激しい隼人の怒りと悲しみの感情を受け取り、ゆっくりと自身の感情を取り戻した。


「はあ、はあ…隼人…」


「おう、戻ってきたか」


 額に汗を掻き、茫然と自分を見つめてくる拓を、隼人は苦笑いを浮かべながら見つめた。


「あ…僕は…」


 ゆらりと揺れながら拓は地面に横たわる少女の遺体に視線を向け、がくりとその場に崩れ落ちた。


「僕は…なんてことを…」


 ガタガタと震える拓の傍に駆け寄り、隼人はその肩に手を置く。


「拓…これ、お前のボタンだよな?」


 上着を拓にかけながら、隼人は上着の内ポケットに入れていた金色に耀く飾りボタンを差し出した。


 ひゅっと、息を吸う音と共に拓の口から悲鳴が零れる。大きく目を見開き驚愕の表情を浮かべた後、拓はぎゅっと唇を引き結んだ。


「お前、何があった?」


「…分からないんだ…昨日、仮眠を取る為に横になったのは覚えている…でも、目が覚めたら上着が血で汚れていて…護身用に持っているナイフにも血がついてて…昼間に隼人からボタンが取れている話をされた時に、胸元に引っ掻かれた痕があったのにも気づいて…」


 声を震わせる拓の告白を、隼人は傍で静かに耳を傾けた。


「震災の後から自分が知らない汚れや傷が増えて…最初は手伝いの際の物かと思ってたけど…今朝の会話で気づいて…」


「そうか…」


 ガタガタ震える拓の背中を隼人は優しく撫でてから、静かに警視庁の建物がある方角を見つめた。


「お前、湯崎とのリンク切れてなかったんだな…悪い、俺も気づくべきだった」


「違う!隼人っどうして」


 何故早く話さなかったと叱責されるかと思った。だが、隼人は自分を責めることなく、己自身を責めている。それが、拓には納得できなかった。


「あ~くそ、胸糞悪りいな…」


 ガシガシと後頭部を掻き毟り、隼人はやり場のない怒りを夜の空へとぶつけた。








 瓦礫と焼け野原と化した軍都・東京で起こった連続猟奇殺人事件の最後の事件から二日後。

 湯崎とのリンクが切れている事を確認する為に隔離されていた拓は、確認が取れた事で外に出る事が許された。


「隼人…」

「行くぞ」


 監察室の外で待っていた隼人に迎えられ、拓はその背中を追いかけるようについていく。

 隼人に連れられて拓が向かったのは、東京の郊外にある隼人の実家。赤羽家の邸だった。


「隼人…ここって」

「いいから」


 相方に促されて拓は邸の玄関を潜る。邸の中はシンと静まり返り、誰もいなかった。


「皆炊き出しとかに出てていないんだ。一人を除いてな」


 意味深な隼人の話を聞きながら拓は馴染みのある邸の廊下を進む。南側に設けられた奥の洋室。

 観音開きの扉を隼人はノックをしてからゆっくりと開いた。


「連れて来たぜ、親父」

「おお、よく来たな」


 絨毯の敷かれた洋室。紫檀の執務机の前、木製の車椅子に腰を下ろしていたのは、赤い髪をすっかり白髪に変えたかつての英雄。

 隼人の父で警視庁長官を務めた赤羽志狼は、息子の友人を朗らかに出迎えた。


「小父さん…お久しぶりです」


 笑顔で自分を出迎えてくれた人物に拓は深く頭を下げる。


「堅いのはいい。隼人、2人でそこに座ってくれ。長くなるからな」


 応接用のソファを示され隼人と拓は顔を見合わせてから、言われた場所に腰を下ろした。


「隼人から話は聞いてるよ。湯崎とかいう術者の術によってお前が起こした件だけどな」


 車椅子を動かして拓の傍に近づいてきた志狼は、世間話をするかのように話を始めた。


「震災前の東京の切り裂きジャック事件に関しては被疑者死亡の為、捜査終了。で、お前が起こした猟奇殺人事件に関しては…」


 淡々と語る志狼の次の言葉を拓は心して待った。


「それに関しては、震災の混乱の中だ。野犬による遺体損壊で処理する事になった」


 かつて、防衛都市・逢坂の地で怪夷と死闘を繰り広げ、警視庁長官を務めた男の口から出た言葉に、拓は目を見開いた。


「小父さん…?今、なんて…」


「そのままの意味だ、あれはお前のせいじゃない」


 穏やかな表情のまま告げられた残酷な言葉に、拓は思わず腰を浮かせ、声を上擦らせた。


「そんな、それじゃただの隠ぺいじゃないですか!?僕は確かに女性達をこの手に掛けたのに!いくら誰かに精神を操られていたとしても、この手を汚したのは僕自身です!」


 いつも穏やかな彼からは想像も出来ない激しい感情をぶつける拓を、志狼は静かに見つめる。


「僕は罪に問われるべきだ、なのにこれじゃただ逃げるだけじゃないですかっ」

「お前が言いたい事は分かる。俺も正直本来なら罪を問うべきだと思っている。それが操られていたとしてもな。一般人を手に掛けたんだ」

「なら、どうしてっ」


 拓の疑問に志狼は、深く息を吐いてから再び唇を開いた。


「…今この軍都・東京は烈震によって荒廃し、多くの犯罪が発生している。移民に対する悪感情も日に日に悪化しているしな。軍も、俺達警察も、民もこの街と自分を護るのに必死なんだ。正直、警察内でも暴動に加担している連中もいるしな…そんな事情だ。収取がつかん。身内贔屓なのも分かっているが、この秘密は俺が墓まで持っていくさ。黒結病の後遺症でもう長くねえしな」


 怪夷との戦いで黒化し、既に動かなくなった自身の足を叩いて志狼は何処か寂しげに笑う。


「拓、お前の事は小さい時から知ってるし、何よりうちのバカ息子の唯一無二の親友だ。そんな子を俺は見捨てられねえよ」

「それは…隼人が助けてくれと言ったからですか?」


 ずっと黙ったまま座っている隼人を拓は横目で見据える。いつになく鋭い拓の視線から逃れるように隼人は顔を横に向けた。


「分かってやれよ。お前を救いたくてこの馬鹿は必死だったんだからな」

「隼人…」


 俯き黙ったままの相方を拓はじっと見つめる。

 その視線に気づいたのか、隼人はゆっくりと顔を上げ、この日初めて相方の顔を真正面から見た。


「…お前の変化に気づけなかった俺にも責任はある。親父」


 拓に力なく笑いかけてから、隼人は顔を上げると上着の内ポケットから一通の手紙を取り出した。


「例の大統領閣下からの私設部隊への推薦の件、ここで返事をさせてくれ」

「いきなりだな」


 突然の息子の申し出に志狼は驚きながらも頷いた。


「その件を俺は受ける。ただし、条件を付けたい。拓も一緒に推薦してくれ」


 隼人の口から出た言葉に、状況が理解できない拓は目を白黒させた。隼人宛に大統領から手紙が届いていた事など、今まで聞いていなかった。いや、この一連の事件の混乱の中で聞く機会がなかっただけかもしれないが。


「拓、俺も一緒にこの罪を償う。一緒に東京の街を護って贖罪をしないか?」

「隼人…一体何の話をしているの?」


 混乱する拓に説明を始めたのは志狼だった。


「実はな、先日の烈震が原因で、旧江戸城に施されていた怪夷の封印が解けちまったんだ。たく、俺達が命懸けて封じたってのによ…」

「怪夷の封印って、小父さん達が若い頃に江戸解放戦線で成し遂げた事ですよね?それがどうして」

「理由は分からねえ。けどな、その封印は解けるわ、秋津川のとこのバカ息子は聖剣の写しと一緒に行方不明になるわ、真澄君は欧羅巴戦線の功労者として駆り出されるわで、結構大変な事になってんのよ。こんな身体じゃなきゃ俺も協力出来るんだけどな…」

「それで、真澄兄さんや静郎さんから俺に怪夷を討伐するための部隊への推薦が来たんだよ」

「その部隊に僕も…?」


 俄かには信じられない話に困惑した拓は、先程の隼人の言葉を思い出して下唇を噛み締めた。


(怪夷から東京を護る事で、僕の罪の贖罪になるなら…)


 今東京を覆うとしている脅威の存在を、民は知らない。ならば、自分の罪を償うのには相応しいのではないか。

 そんな思いが拓の脳裏を過る。

 例え事件として公にされなくとも、誰かの命を奪った罪人であることに変わりはない。


「小父さん、僕からもお願いです。その怪夷討伐の部隊へ、推薦してください。それに僕と隼人は二人で一人ですから。離れて仕事をするなんて考えられません」

「相変わらず、仲がいいな…俺の昔を思い出すよ。分かった、俺から大統領閣下と九頭竜少佐には伝えておく。お前の事情も含めてな」

「はい。お願いします」


 深く頭を下げる拓の横で、隼人も同時に頭を垂れた。

 若い頃の自分を見るように懐かしみを含んだ瞳で、息子とその友人を見つめ、志狼は深く頷いた。






 それから怒涛の内に、時は過ぎ、隼人と拓の警視庁退職と大統領直属の私設部隊への配属の手続きが行われた。

 隼人に推薦状を送った柏木や真澄も拓の事情を分かった上で、彼を自身の部隊へと加えた。なにより、怪夷討伐の功労者の一人である赤羽志狼のお墨付きである2人に、真澄も柏木も異論はなかった。

 震災の混乱も続く中、秘密裏に行われた私設部隊の新設までの日々は目まぐるしく過ぎ、隼人と拓は二人揃ってその日を迎える事となった。








 庭に咲く百日紅の木で、ヒグラシが夕暮れを嘆くように鳴いている。

 縁側に腰掛け、浴衣姿で並んだ隼人と拓は、お猪口を手に酒を酌み交わしていた。

 久しぶりに2人揃っての休暇。隼人は拓の自宅へ足を運んでいた。

 西日が差し込む中、徳利から酒を注いで隼人は、お猪口を一気に煽った。


「丁度今頃か、あの事件の捜査をしていたのは」


 ふと思い出したように話し出した内容に、拓は膝の上で寝てしまった我が子の肩を撫でながら小さく頷いた。


「ねえ隼人…僕は、あの時の罪をちゃんと償えているかな…洗脳されたとは言え、僕は罪もない人の命をこの手で奪ってしまった…僕の贖罪はきちんと果たされているだろうか…」


 我が子を撫でていた掌を見下ろし、拓は唇を引き結ぶ。


 あれから五年。大震災の混乱の最中に拓が起こした事件の真相を知る者は、隼人を含め数人しかいない。

 権力で隠蔽されたそれは、拓の心に深い傷を残し、今尚その身を苦しめている。


「今でも思うんだ。人を殺めた僕が、所帯を持ち、子宝にも恵まれて…人並みの幸せを手に入れてよかったのかって…」


 斜陽の空を見上げる拓の瞳には葛藤と苦悩がない交ぜになり、東の空に迫った紫紺の色のように暗い色が宿っている。

 重い空気を纏い始めた拓の背中に、隼人は容赦なく勢いよく平手打ちを食らわした。

 バチンと、子気味いい音が縁側に響き渡る。


「いったッいきなりなんだよ…」


 突然の衝撃と痛みに前のめりになった拓は、ぎろりと隣に座る親友を見据えた。


「うじうじすんな、馬鹿。お前はちゃんと自分の罪を償ってるだろ!もっと自信を持て。もし不安なら俺が必ずお前を救ってやる」


 きっぱりと胸を張る隼人を前に、拓はきょとんと目を見張る。

 この相棒は、どんな時も自分の味方でいてくれる。それは、誇らしくもあり、何処か照れ臭さもあった。


「…よくそんな堂々と言えるよね…」


「俺はそれだけ自信があるからな。やっちまった事はもうどうしようもない。なら、今を胸張って生きるだけだろ。親父もよく言ってたぞ」


「まったく…隼人には敵わないなあ…」


 やれやれと溜息をついた拓の膝で、さっきの衝撃で目を覚ましたのか拓の息子が身じろいだ。

 目元を擦りながら身体を起こした我が子を、拓はゆっくりと抱き上げた。


「ごめん、起こしちゃったね」


 まだ寝ぼけ眼の息子をあやして拓は優しく微笑んだ。


 相棒の穏やかで優しい横顔を眺め、隼人は口端を釣り上げる。

 たとえ、犯した過ちの影が消えなくとも、拓はきちんと未来に向かって歩いている。

 その事実が彼の贖罪の一部だと隼人は思った。

 拓によく似た薄い茶色の髪の赤子は、父親に頭を撫でられて嬉しげに微笑んだ。






 小菅。小菅監獄。


 江戸の昔、将軍家の鷹狩場として御殿が立てられ、蒸気機関の発展によって煉瓦造りの技術が根付いたその地は、煉瓦造りを囚人の苦役の一つとして整備した事で、いつしか監獄が作られた。


 川沿いに立つ白亜の建造物は、先の震災で崩れた煉瓦造りの建物に代わり、立てられた新たな監獄だ。


 その監獄を三人の人物が訪れた。


 一人はキリスト教の牧師が着る僧服カソックを身に纏った初老の男。その後ろに従うのは、白銀の髪に雅楽で用いられる蘭陵王の仮面をつけた少年と、黒髪に灰色の瞳の二十代半ばの青年。


 陸軍の士官が運転する車で監獄内の敷地に入った三人は、入口で待ち構えていた看守へと一礼した。


「本日はよろしくお願いいたします」

「中将閣下から連絡は受けております。どうぞ中へ」


 恭しく頭を垂れた牧師を看守は敬礼で迎え、三人を監獄の中へと案内する。


 八角形に伸びた長い廊下を進み、管理棟から独房のある収監棟との境で、牧師はついてきた若い二人を振り返った。


「ソル、ガイア。ここで待っていてください。彼には私一人で面会をしてきます」


 柔らかく微笑み、牧師は二人を残して看守に付いていく。


 牧師が通されたのは、面会室だった。


 牧師が面会室に用意された椅子に腰を下ろし暫くすると、格子戸の嵌った壁で仕切られた向かいの部屋に、一人の囚人が現れた。


「初めまして、お会いできて光栄です。貴方の事は知人から伺っていましたから」


 格子戸を挟み向かいに座る囚人に、牧師は親しげに微笑みかける。


 すると、囚人もまた牧師に笑みを返して首を傾げた。


「牧師様が私に面会とは、どんな御用でしょうか?今は囚人ですが、私はしがない民俗学者ですよ」


「錬金術に詳しいと聞きました。…例の実験の下準備に協力していた事も」


 牧師の問いかけに囚人は、僅かに片眉を動かしてから、楽しげに口端を釣り上げた。


「もし、貴方が私に協力をしてくださるなら、ここから出して差し上げます。きっと、貴方に損はない。どうか、我々の計画に力を貸して頂けませんか?」


 それは、目の前の人物が牧師であるにも関わらず、まるで悪魔との取引のような、甘い誘い。


「いいでしょう。あの実験がどうなったのか気にもなりますし…こんな所で終わるのは退屈ですから」


 細い目を更に細めて笑みを刻み、囚人は牧師の前に友好を示すように右手を差し出した。


「それでこそ、私が新たに迎えると決めただけはある。よろしくお願いしますね、湯崎助教。いえ、これからは“教授”とお呼びしましょうか。新たな世の為に」


 格子戸越しに交わされる不敵な笑み。蝋燭の陰が映し出したのは、二人の悪魔の姿だった。



**********************


刹那:次回の『凍京怪夷事変』は…


朔月:七海、海静の一件が落ち着いた特夷隊の詰め所に、今度は警視庁から捜査協力の依頼が舞い込む。その依頼の内容は、かつて隼人と拓に関わるもので


刹那:第四十一話「古巣からのカタルシス」よろしくな

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