第三十七話ー星は巡りて、風来たる
三好と天童の処置の甲斐あって、七海は一命を取り留めた。
しかし、左腕の肘から先が怪夷に食いちぎられた事により、その欠損までは二人にはどうする事も出来なかった。
七海が一命を取り留めたのは海静が取り憑いた事による迅速な止血が要因ったが、そのことはあまりに現実離れしていたため、柏木には伏せられることにした。
三好の提案で七海は天童が勤めている東雲総合病院できちんとした治療を受ける事になった。怪夷による負傷をしている以上、黒結病の疑いが晴れないのと、欠損した腕をどうにかする必要があったからだ。
夜中にも関わらず、連絡を受けた東雲総合病院の救急隊員が七海を迎えに来ると、天童は石として詳しい事を本院に報告する為、車両に乗り込んだ。
柏木も保護者であるのでそれに付き添う。
車両を見送り、静寂を取り戻した医務室で三好はマグカップに紅茶を注いだ。
「ふう…」
紅茶を一口飲み、思わず一息つく。
天童から七海の負傷の連絡を聞いた時はどうなる事かと思ったが、彼女の状態は腕の欠損以外問題はなかった。
(あの止血…まるで一度何かがくっついていたようでしたね…)
紅茶を飲みながら三好はカルテを纏めながら七海の腕の状態を思い出していた。本来、腕を牙などで切り裂かれていれば、血管や筋にもっと複雑な損傷が生じ、たとえ腕があってもくっつけるのは至難の業だったろう。
それなのに、怪夷に食いちぎられたにしては、彼女の傷口は鋭利な刃物で切ったかのように綺麗な断面をしており、骨や組織、神経すら綺麗だった。
(詳しく話しを聞く前に天童君は行ってしまったし…今回の討伐、一体何があったのか…)
紅茶のカップをデスクに置いた三好は、不意に背中に走った悪寒にがたりと反射的に席から立ち上がった。
「…?」
ゾクゾクと背中を這い上がる異様な悪寒に、思わず両腕を摩る。
(なんだ…これ、まさか…)
冬でもないのに急に全身に走り出した寒気に、三好は入口の方を見る。
ガチャリと、ドアノブが回されて扉が開いた瞬間、三好は部屋の隅、丁度資料やカルテのファイルが収納された本棚に身を隠すように後退った。
「よう、やっぱりここにいた。捜したぜ」
ノックもせずに入ってきた赤毛のガタイのいい男に三好は警戒心向きだしで声を荒らげた。
「それ以上近づくな!」
天敵に追い詰められた猫の如く息を荒くして威嚇する三好に、紅紫檀は眉尻を下げた。
「なんだよ…せっかく会えたのに…」
肩を落として少し寂しそうにする紅紫檀に、三好は普段の冷静で穏やかな彼からは想像もつかない虚勢を張り、棚の陰に隠れながら紅紫檀を見据えた。
「何故君がここにいる?」
「お前と一緒だよ。俺も落とされたんだ。さっきまで人型も取れなくて大変だったぜ」
やれやれと肩を竦めがら紅紫檀は我が物顔で医務室に入って来ると、診察用に患者が腰かける椅子に腰を下ろした。
「……」
「まだ警戒してんのかよ。別に何もしねえから。それより、お前こそよくここに辿り着けたな」
棚の傍で様子を伺う三好に紅紫檀は質問を投げかける。
それに三好は深呼吸をしてから淡々と答えを紡いだ。
「落ちた時はどうなるかと思いました。私も自我を保つのはギリギリでしたから…ただ、落ちた先で死んだばかりのこの身体の持ち主に取り憑けたので。そこからは、この部隊にどうにか潜り込みましたよ」
「そっか、お前も大変だったんだな、
「今の私は三好と名乗っています。その名前で呼ばないでください」
ズレた眼鏡を直し、三好は深い溜息を零した。
「所で、例の件はどこまで調査が進んでんだ?鬼灯達がいたからもう何か突き止めたんだろ?」
世間話をするように切り出された内容に、三好は顔を僅かに伏せた。
「それは…」
言葉を三好が濁した時、トントンと医務室の扉がノックされた。
「失礼します。東雲と鬼灯です。三好先生、怪夷の残骸と核を回収してきたんで入ってもいいですか?」
「どうぞ」
来客が来たことに内心ほっとしつつ三好は棚の傍から離れた入口の方へ向かう。扉を開けると麻袋を担いだ朝月と鬼灯が廊下で待っていた。怪夷討伐の後のお約束の光景に三好の緊張が解された。
「ご苦労様です。いつものように奥に運んでください」
扉を大きく開けて三好は二人を室内へ誘う。
慣れた様子で朝月と鬼灯が医務室に入ると、そこにいた見慣れない人物に思わず歩みを止めた。
「アンタは」
「よう、さっきはお疲れさん」
気さくな様子で挨拶をしてくる紅紫檀に朝月は「どうも」と会釈をする。一方の鬼灯は紅紫檀を懐かしむように目を細めた。
「これはこれは、懐かしい気配がするかと思ったら紅紫檀さんでしたか」
麻袋を医務室の奥に運んだ鬼灯は、椅子に腰かけた赤毛の男を見るなり、微笑んだ。
「鬼灯、知り合いなのか?」
やけに親しげに話しかけている鬼灯を不思議に思い、朝月は問いかけた。
「ええ、わたくし達の先輩です」
朝月の疑問に答えてから鬼灯は三好をチラリと見遣ってから、紅紫檀の傍に歩み寄った。
「よう、お前等がこっちに来たって事は、例の実験は成功したんだな。おめでとう」
「ありがとうございます。まさか、貴方までこちらに落ちていたとは思いませんでした。三好先生はご存じだったんですか?」
「いや、私は今知りましたよ」
紅紫檀から僅かに身体を逸らしつつ三好は鬼灯の問いに答えた。
「そういえば紅紫檀さん、貴方、吉原の頃からわたくし達に加勢していたのは、柏木大統領のご子息を取り込んでいたからですか?」
腕を組み鬼灯は口元に艶っぽい笑みを浮かべながら自身を見上げてくる紅紫檀へ、質問を始めた。
「いいのか?そこの兄ちゃんに聞かせて?」
チラリと、紅紫檀の視線が鬼灯の後ろにいる朝月に向く。
「構いません、どうせ彼は知らなければならないのですから」
肩越しに朝月を振り返り、鬼灯はニコリと微笑んだ。
一体何の話が進んでいるのか朝月は分からずにいると、三好が傍に寄ってきてその肩を叩いた。
「大丈夫、君にも関係の深い事だから聞いていなさい」
「分かりました」
三好に促され朝月は鬼灯と紅紫檀の会話に耳を傾けた。
「俺が吉原の時に姿を見せたのは、お前達が追っていた怪夷を食う為だ」
さらりと告げられた言葉に鬼灯は眉一つ動かさなかった。
「え、怪夷を食う…?」
一人理解の追いつかない朝月は驚愕に目を円くする。その反応に紅紫檀はニヤリと笑った。
「あの怪夷は、陸軍が秘密裏に研究している人工怪夷の被検体だった。だから、俺も海静も自我を保つのに好都合だった」
「これで辻褄が合いました。やはり、陸軍は例の実験を既に実施しているのですね」
「鬼灯、まさか俺達が追っている陸軍の不穏な動きって…」
2人の会話の断片から、朝月はハッとこれまでの日々の調査内容を思い出した。
真澄から貰ったばかりの情報からも陸軍が何かの実験を行っている事が示唆されていた。
その内容が、判明した事に鳥肌が立つのを感じた。
「主様。陸軍が行っている実験、それは人工的に怪夷をいえ、正確には怪夷に近い性能を持った強化歩兵を造り出す事。わたくし達がここ何度の怪夷討伐で遭遇した数体は、その被検体だったようです」
「人工的に怪夷を造り出すとか可能なのか…?」
朝月の疑問に、彼以外の三人が視線を交わし小さく首を振る。
「怪夷の細胞を体内に植え込むんです。黒結病のリスクが圧倒的に上がりますが、それを調節した技術は確かに存在します」
それまで静かに話を聞いていた三好が口を挟む。まるで見て来たかのようなその説明に朝月は困惑した。
「なんで…そんな危ない実験を…陸軍の奴等は何を考えてんだ…」
「そりゃ兄ちゃん、やることは一つ、戦争の為だ。怪夷は元々は屍を取り込んだ異形。この世界が苦しめられたのは、兄ちゃんも知ってるだろ?物理攻撃が効かない、疲れる事もない制御できる兵隊を生み出せてみろ、生身の兵士を使うよりよっぽど効率がいい」
「生者に執着する怪夷の特性を利用すれば、敵に真っ直ぐに向かっていきます。それに、怪夷は恐れをしりません。制御さえできれば兵士としてはもってこいでしょう」
淡々と紅紫檀と三好が説明する話を朝月は信じられないという顔で聞く。
「ですが、まだ研究段階。今止められればその怪夷化強化歩兵が実践投入される未来は食い止められます。その為にわたくしは探っていたのです」
鬼灯の少し上擦った声に朝月は、頬を強張らせながら自身の相棒を見遣る。
「鬼灯…お前は、この件分かって調べていたのか?」
「いえ、幾つか探らなければならない事の内の一つでした。しかし、陸軍がいつからこの実験に着手していたのか、それがわたくしは知りたかったのです。全ては、最悪の未来を食い止める為に」
「なんにせよ。怪夷と同等の兵隊なんて、見過ごせないだろ?兄ちゃんなら分かる筈だ」
困惑する朝月に語りかけるように紅紫檀は言葉を掛ける。
英雄の息子として生まれた朝月にとって、怪夷との戦いがどれ程過酷だったかは理解できていた。
世界を蹂躙し、人類を脅かした不老不死に近い異形が人工的に造られる。それは、英雄の息子であり特夷隊の一員である身として、防がばならない。
「…なんでそんな事鬼灯もアンタ等も知っているのか分からないが、俺はこの怪夷化歩兵の実験を止める」
「その意気です。九頭竜隊長を護る事にも繋がりますから頑張りましょう。所で、紅紫檀さんも、今後はご協力頂けるんですよね?」
パンと、胸の前で楽しそうに手を叩いた鬼灯は、ニコニコと笑いながら紅紫檀の前で小首を傾げた。
「ああ、海静と一緒にな。まあ、そっちの調査はお前に任せるよ。俺達は今後は戦闘要員として協力するからさ」
「良かった。心強いですね。主様」
心底嬉しそうに笑う鬼灯に朝月はぎこちなく笑いながら頷いた。
(なんか俺、ますますよからぬ事に足踏み込んでる気がする…)
己が行っている事の底の深さに内心朝月は溜息を吐く。だが、それを楽しんでいる自分がいることも事実だった。
(まあ、これが真澄の旦那の為になるなら、いいか)
胸中で己を納得させ朝月は僅かに残る疑念や不安を胸の内に押し込めた。
海静と七海の一件から一週間が過ぎた。
その間、真澄は海静と紅紫檀、それから先日の件で負傷した七海のその後の事を解決するために奔走した。
なにせ、一度殉職したとされた者が戻ってきたのだ。公に復帰できずとも、それなりに根回しや準備は必要だった。
自身の休みを利用して真澄は、海静と退院したばかりの七海を自身が経営する喫茶アンダルシアに呼んだ。
喫茶アンダルシアの店内では、真澄と晴美、真澄の休みに合わせて休暇を与えられている南天がいる。
いつも真澄が休みの日は必ず営業日にしているのだが、今日は昼まで臨時休業とした。
その理由は。
「わーい。まさか本当に従業員が増えるなんて思いませんでした」
胸の前で手を握り、うきうきと晴美は目の前に立つ海静と七海を見つめた。
真新しいワイシャツと黒のスラックス、カフェエプロンを身に着けた海静と、晴美とお揃いの袴にフリルの付いたエプロンを身に着けた七海。兄妹仲良く並んだ二人を真澄は少し複雑な思いで見つめた。
「晴美ちゃん、君にも責任があるんだからきちんと二人の面倒をみるように」
「大丈夫、ちゃんと分かってますよ」
にこにことしている晴美に釘を刺し、真澄は海静と七海と向かい合った。
「海静、事前に説明した通り、昼間はここで働いて、夜は必要に応じて特夷隊として勤務するように」
「はい。難しい私の処遇を考えてくださり、ありがとうございます」
真っ直ぐに真澄を見つめ、海静は背筋を伸ばす。
「七海ちゃんは、学校と部活の後に必ずこの店に寄るように。学校がない日はここで従業員として働いてもらえれば助かる。晴美ちゃんから色々聞くといい。腕の事もあるし、無理はしないようにね」
「はい。小父様ありがとうございます」
真っ白なフリルの付いたエプロンを揺らし、七海は深くお辞儀をする。
あの夜の一件の後、黒結病の専門である東雲総合病院に入院した七海は、検査の結果、今のところ黒結病の心配はないとの事だった。
だが、怪夷によって食いちぎられて欠損した腕は、義手になり、彼女の左腕は人工的なそれが嵌っている。
神経を繋ぎ、普通の生活も変わらず送れるようにはなったが、年頃の乙女には自身の腕を失くすというのはかなり衝撃的な出来事だっただろう。
心の傷も心配していたが、七海は意外にも気丈で逞しかった。
今回のこの店での給仕の打診も、彼女は快く受け入れてくれたくらいに。
「すまないな、もう少しいい処遇を考えられれば良かったんだが…」
「いえ、カフェでのお給仕憧れていたんです。社会勉強のつもりで頑張ります」
「七海ちゃん、二人で素敵なお店にしようね」
横から割り込んで七海の肩を抱いて晴美はうきうきと身体を左右に揺らした。
「はい、晴美さん、よろしくお願いします」
女性陣二人が意気投合するのを、遠巻きに見詰めて真澄と海静は互いに顔を見合わせた。
「私に給仕が出来るでしょうか…少し不安です」
「心配するなよ。コーヒーの淹れ方と軽食は作れるだろ?お前は裏方で頑張ればいいさ」
真澄に励まされ海静は控えめに頷いた。
「隊長、本当にありがとうございました。俺、本当はもう特夷隊に戻れないと思っていたから」
真新しい給仕用のメイド服に浮かれている妹を眺めながら、海静はぽつりと本音を零した。
「紅紫檀に命を救われて、でも怪夷になったようなもので、もう影からしか七海を護れないと思っていたから、またこうして兄妹揃っていられるのがまだ信じられなくて…」
カウンターに寄りかかり、俯きながら海静は胸の内を真澄に吐露する。
若い部下の告白を聞き、真澄は励ますように項垂れた背中を擦った。
「俺は、どんな形であれお前が戻ってくれてよかった。その紅紫檀との共有の件も、今後考えて行こう。元に戻す方法もどこかにある筈だしな」
励ますように、何度も真澄は海静の背中を擦る。その手の温もりに海静は目を閉じて頷いた。
「さて、暫く何かと不自由だが、頑張って行こうな」
「はい。よろしくお願いします。九頭竜隊長」
顔を上げ、晴れ晴れとした顔を見せる海静の背中を真澄は景気づけに強めに叩いた。
「そう言えば、隊長こそ、その左腕大丈夫なんですか?」
自分の事で手一杯だった海静は、ふとワイシャツの袖から覗いだ真澄の包帯の撒かれた左腕を指摘した。
「ああ、一応東雲の大先生にも検査してもらったが、問題ないらしい。特に黒結病が進行している訳じゃないしな…」
自身の黒く変色した左腕を擦り、真澄は苦笑する。
海静が戻って来た晩、何故しばらく収まっていた左腕が疼いたのか、真澄にもこの怪夷が齎す病の専門家達も理由は掴めていなかった。
(何かに反応したって三好先生は言っていたが…もしかして紅紫檀と関係があるのか?)
海静の中で彼の生命の維持に一役買っているという存在の紅紫檀。
彼が怪夷と同等の存在で、南天達と関りがある事は現状分かっているが、自分のこの腕の黒結病と関係があるかまでは不明瞭だった。
「三好先生は今後の戦闘でデータを取るって言ってたし…今のところ生活や戦闘に支障がないから今のところ問題はないよ」
「それならいいですが…」
心配そうに自身の腕を見て来る海静の頭を、真澄はわしゃわしゃと撫でまわした。
「わっ」
「俺の事は大丈夫だ。お前はお前の事を考えろ」
ぐしゃぐしゃにされたて乱れた髪を慌てて直し、海静は少しだけ頬を膨らませて返事をした。
真澄と海静、晴美と七海。それぞれが喫茶店の業務について説明や指導をしているのを、カウンターの端の席に腰掛けて南天は眺めていた。
その脇には尻尾をゆらゆらと揺らす球体の猫・くろたまが寄り添っている。
くろたまの頭を撫でながら南天は、真澄達の様子を眺めてカフェオレを飲む。
(マスターが何もなくて良かった)
先日の夜、真澄の左腕が疼いたのを南天はずっと気にかけていた。
それこそ、片時も真澄の傍から離れずついて回っていたくらいに。
最初は海静といると腕が疼くのではと警戒していたが、現状変化がない事が分かりようやく南天自身もほっとしていた。
甘いカフェオレを飲み干し、ほっと一息ついた所で、不意に南天は胸の奥に違和感を感じた。
(…何…!?)
ハッと、顔を上げ、喫茶店の窓の向こうを凝視する。
「南天?どうした?」
海静にコーヒーの淹れ方を教える為にカウンターの中に入ろうとしていた真澄は、胸元を押さえて窓の外を向いて目を白黒させている南天の姿に眉を顰めた。
「…いえ…なんでもありません…」
心配そうに尋ねてくる真澄に南天は緩慢に首を振った。
空気を循環させるために開けた窓から、湿った風が吹き込んでくる。
その風の中に何故か懐かしい気配を感じて南天は、茫然と白昼の街を見つめた。
湿った風が海から港町に吹き抜けていく。
横浜の埠頭に、一隻の船が入港する。
甲板に掲げられた旗は、双頭の鷲。欧羅巴の軍事大国ドイツ帝国の国旗をはためかせたその船が接岸すると、一時間程で乗組員達の下船が始まった。
テロップを降りてきたのは、揃いの軍服に身を包んだ背格好も年齢もバラバラな六人の人物だった。
「日ノ本に降り立つのも久しぶりですね…震災で大分被害を受けたと聞いていましたが、昔より整備されていてなかなかいいじゃないですか」
地上に降りながら、戦闘を歩いていた初老の男は感慨深げに右目に掛けたモノクルを揺らして微笑んだ。
「お待ちしておりましたぞ。ヘルメス殿」
テロップを降りた先で待っていたのは、日ノ本共和国の陸軍将校と数人の部下達だった。
「これは、これは鮫島中将閣下。この度は出迎えありがとうございます」
自分達を出迎えてくれた将校に、ヘルメスと呼ばれた初老の男は人の良さそうな笑みを浮かべて恭しく礼を尽くした。
「いえいえ、貴殿等の到着、心待ちにしておりましたので。例の件の研究場所もご用意出来ておりますので、この後ご案内いたします」
親しげに両腕を広げて出迎えた将校の申し出に、ヘルメスは頭を下げてから、自分の後をついて降りて来た者達を振り返った。
「皆さん、今日からお世話になる鮫島中将とその部下の皆様です。準備が整うまでは彼等の指示に従うように」
テロップを下り切った五人は、ヘルメスの忠告に返事をした。
「よろしい。では、閣下。よろしくお願いします」
将校に促されヘルメス達は埠頭に用意された車の方へと歩いていく。
六人の中で、最後にテロップを降りて来た銀糸の髪に目元だけを覆い隠した仮面をつけた少年は、ヘルメス達の後を追いながら、何かを探すように横浜の街を見渡した。
日の下に晒された桜色の唇を微かに震わせ、彼は決意のように独り言ちた。
「…必ず見つける…我が対…」
********************
暁月:次回の『凍京怪夷事変』は…
朔月:物語は過去へ遡る。五年前の震災の少し前、隼人と拓はある事件を追っていた、その事件に隠された真実とは…?
暁月:第38話『深淵の向こうを覗く者』次回もよろしくね!
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