第二十四話-暗夜行路


「ふわあ~」


 大きな口を開けて欠伸をしながら、朝月は手の中にあるファイルに閉じられた資料に目を通していた。

 大統領府内の資料編纂室は、明り取り用とは言い難い小さな窓があるだけの薄暗い空間だった。


 当直明けの身には、今にも眠ってしまいそうな環境の中で朝月は鬼灯と共にある資料を漁っていた。

 それは、これまで大統領府に挙げられた陸軍からの報告書。

 会議の議事録から、軍事訓練の報告書、更に海外の駐在武官からの現地での活動の記録及び報告書など、ここ五年分のファイルが彼等の横には積みあがっていた。


「なあ鬼灯、なんで五年前から遡ってるんだ?」

 隣で熱心に資料を読みふけっている鬼灯に朝月は気だるげに問いかけた。


「九頭竜隊長が陸軍を抜けたのが五年前の震災の後でしょう?その辺りから陸軍に何らかの変化があったと、あくまで推測ですけどね」

「なるほど…」

 鬼灯から返って来た答えに頷きつつ、朝月はまた欠伸を一つする。


「主様、わたくし1人でも調べられますから、少し仮眠でも取ったらどうです?この後人と会うのですし」

「う~ん、いや、このまま起きてるわ。今から寝ると多分約束の時間に起きられるか分かんねえからさ」


 大きく腕を突き上げて伸びをして、肩を解してから朝月は深く息を吐く。

 そんな朝月を横目に鬼灯は肩を竦めた。


「起こして差し上げますから、少しお休みください。目の下にクマ作った顔で人と会うのはどうかと思いますよ」


「大丈夫だって。これでも一応軍人だぜ」

 目を通していたファイルを閉じて立ち上がった鬼灯は、朝月の腕を掴んでグイっと引っ張り上げた。


「うおっ」

「やせ我慢してないで少し寝なさい」


 強がる朝月を強引に立たせた鬼灯は、部屋の中にある長椅子に朝月を連れて行くと、そこに押し倒すようにして座らせた。


「おま、何しやがっばふ」

「はいはい、良い子は寝て下さいね」


 抗議を向けてくる朝月に鬼灯は何処からか持って来た毛布を放り投げて被せると、幼子にするようにポンポンと肩を叩いた。


「横になるだけでも違いますから、こういう時くらい頼ったらどうですか?」


 僅かに眉尻を垂らし、鬼灯は心配そうな顔で朝月を見据えた。思いもよらない鬼灯の表情に驚きつつ彼が本心から気にかけてくれているのを感じ取った朝月は、溜息を零して身体を長椅子に横たえた。


「一時間したら起こしてくれ」

「はい。仰せのままに。主様」


 鬼灯の背中を向け、朝月は目を閉じた。すると、予想外に直ぐに睡魔が襲ってきて、そのまま抗うことなく朝月は寝入ってしまった。

 規則正しい寝息を立て始めた朝月の背中を眺め、鬼灯は肩を竦める。


「やれやれ…そういえば、いつもこうでしたか」


 仮眠を取る朝月を何かを懐かしむような目で見つめ、鬼灯は独りごちた。朝月の傍から離れ再び資料の挟まったファイルを開く。

 真澄から重要機密への情報アクセスの権限を貸与された今、ようやく自身の得意なフィールドに鬼灯は立った。

 南天が戦闘や暗躍に特化しているなら、鬼灯は情報戦、尋問に特化していた。


(怪夷討伐の権限は大統領府及び特夷隊が持っているとはいえ、欧羅巴で怪夷と渡り合った事のある陸軍がそれを完全に容認して手を引くとは思えない…ならば、この辺りの時期に第三者あるいは第三国からの接触があった筈…)


 自身が既に掴んでいる情報とそれを確証づける資料が鬼灯が今最も欲しい情報だった。

 ぺらぺらと五年分の会議の議事録や活動報告書などに目を通していた鬼灯は、ふと三年前の海外の駐在武官の報告書に目を留めた。


「…ドイツ第三帝国施設視察日程報告書…」


 そこに書かれていたのは、ドイツでのとある施設を視察するという日程の報告だった。

 他国に駐在する武官が大使と共に滞在国の施設を視察するのは不思議な事ではない。

 だが、そこに記された日程は大雑把で、どんな施設の何を視察するのか詳しくは書かれていなかった。

 あくまで、視察に行ったという事実のみを報告する書類。


「……」


 着物の懐から手帳を取り出した鬼灯は、報告書に書かれた日付を手帳に書き込んでいく。

 更に似たような報告書がないかを重点的に探し始めた。



 一時間仮眠を取っただけで、思いのほかすっきりとした朝月は顔を洗って衣服を特夷隊の制服から珍しく三つ揃えのスーツへ着替えた。


「ほお、馬子にも衣裳」

「うっせえな。普段スーツなんか着ないから仕方ないだろ」


 ネクタイを締め、髪をワックスで固めて朝月は後ろで支度を見守っている鬼灯に悪態をついた。


「ああ、いえ、とてもお似合いですよ」

「さっきの言葉からだと説得力に欠ける…」


 袖口で口元を隠して笑う鬼灯に朝月はげんなりと肩を落とした。

 後ろに控えていた鬼灯は普段の着流しから、今は若旦那のような訪問着に羽織を羽織り、普段芸者のような様相からは想像できない男気溢れる格好をしていた。心なしか強そうである。


「ほら、行くぞ」


 上着のポケットに入れた懐中時計で時間を確認した朝月は鬼灯を伴って大統領府から出掛けた。

 トラムと地下鉄を乗り継ぎ、彼等がやって来たのは本と喫茶店に溢れた街、神保町。

 新聞社や出版社も多いその界隈は、軍都大や様々な大学の教本、珍しい書物から海外から輸入した洋書に近年の流行り小説など。多種多様な本を扱う書店が軒を連ねている。

 朝月も学生の時はよく通った場所だった。


 その本屋と出版社の犇めく通りの一角にある英国調の喫茶店の扉を朝月は迷う事なく開く。

 カランと、ドアベルが揺れる音を聞きながら店内に入ると、ブラウンで統一された店内にはクラッシックが流れ、午後のひと時を楽しむ紳士達が紫煙を燻らせながら、コーヒーのカップに口を付けていた。

 店の一角、奥のボックス席に目的の人物を見つけて、朝月は鬼灯を伴って奥の席へと歩み寄る。


「やあ、まさか君から声がかかるとは思ってもみなかったよ」

「久しぶりだな。相変わらず元気そうで何よりだ」


 先に来てコーヒーを注文していたのは、ブラウンのスーツに身を包んだ小綺麗な男だった。

 ワックスを掛けた焦げ茶色の髪を撫でつけて、垂目に眼鏡をかけたその男は親しげに朝月に笑い掛ける。


「ああ、その後ろの彼が君の部下?」

「部下っていうか…後輩だな、今は上司の指示で組んでる」


 組んでいた脚を解き、ゆったりと立ち上がった男は朝月の後ろに控えていた鬼灯に右手を差し出した。


「初めまして。東雲君の同期の純浦佑亮すみうらゆうすけと言います」

「鬼灯と申します。どうぞよしなに」


 純浦が差し出した手を鬼灯は握り返すと、相手に合わせて名前を告げた。

 挨拶を終えて朝月は純浦と向かい合う席に鬼灯と共に腰掛けた。

 ボーイにコーヒーを二つ頼む。コーヒーがテーブルに届くと朝月は改めて純浦と向かい合った。


「さて、さっそく本題と行こうか。あまり長いはお互い避けた方がいいだろうからね」

「悪いな。無理を承知なのはわかってるんだが」

「いいよ。同期のよしみだし。それに…僕も今は本部じゃないしね」


 スーツの胸ポケットから純浦はシガレットと取り出す。それを見た朝月はポケットからジッポを取り出して火を灯した。灯された火にシガレットの先端を近づけ火を移して純浦はニコチンを肺に吸い込んだ。


「それで、東雲君は僕に何をさせたいのかな?」

「ある期間における海外からの物資の納品数とそれらの納品先を教えて欲しい。俺も、海外との貿易に興味があってな」

 膝の上で脚を組み、背筋を伸ばして朝月は目の前の同期を真っ直ぐに見据える。


「…へえ、流石やり手は違うね。いいよ。うちの取引先を幾つか紹介してあげる。どんな品物がお好みかな?」

「そうだな…出来れば煙草とチョコレートなんかは販路が広そうだ」


「お目が高いね。それじゃ、こちらも幾つか選別させてもらうよ」

 ふうと、紫煙を吐き出し純浦は朝月の出した内容に頷く。


「有難い。これはお近づきの記という事で」

 上着の懐に手を入れ、朝月はそこから一通の茶封筒を取り出し純浦の前に差し出した。


「中を確認しても?」

「勿論」


 テーブルに置かれた茶封筒を取り上げ、純浦は中身を確認するべく少しだけ封を切った。

 そこには数枚のお札が入れられていた。


「オーケー。十分だ。では、僕はこれで。次の商談があるので失礼するよ」

「ああ、時間作ってもらって悪かったな」

「また近いうちに、飲みにでも行こう。昔話でもしながらね」


 座席から腰を上げ、純浦は茶封筒を懐に仕舞い、シルクハットを被りながら喫茶店を後にした。

 僅かな時間だったが、そこに流れた緊張感に朝月は深く息を吐き、運ばれていた少し温くなったコーヒーに口を付けた。


「中々様になってましたよ」

「はあ、こういうのは慣れてないからな…まあ、アイツに意図は伝わったし、大丈夫だろう」


 すっかり乾いていた喉を苦いコーヒーが潤していく。喉を撫でていく苦さに現実を感じながら朝月は自身もシガレットを取り出す。


「彼はもしかして」

「陸軍内の諜報機関員だ」


 シガレットの先端に火を点ける動作をしながら顔を近づけた鬼灯に朝月は囁くような声で答えを告げた。



 喫茶店を出る頃には、辺りはゆっくりと日が傾き始めていた。

 七月の終わり。日に日に暑さの増す近頃は寝苦しい日も増えてきている。

 だが、この夕暮れに近い時間は、昼間の厳しい日差しから逃れ、一時の涼を得るにはうってつけの時間帯だ。


 神保町の明かりの灯った通りを抜け、湯島方面に向かう坂道を上りながら、不意に鬼灯は歩みを止めた。


「どうした?」


 いつの間にか後方に突っ立っている鬼灯を振り返り朝月は眉を顰める。

 視線の先にいる鬼灯は大きな鳥居の前で立ち止まり、その奥に建物を見つめていた。


「鬼灯?」

「主様、この間わたくしが言ったお願いを覚えていますか?」

 唐突に聞かれ朝月は鬼灯とのやり取りを思い起こす。


「ああ…あの仲間を呼ぶ手助けの事か?」

「ええ、次の候補地が決まりました。今回はここにしましょう」


 口端を釣り上げ鬼灯は確信に満ちた笑みを浮かべる。その視線が見つめるのは、坂の上に堅牢な朱塗りの門の佇むとある神社だった。





 その晩の配置は、七海の護衛に真澄、南天、桜哉。巡回に隼人、拓、大翔。朝月と鬼灯は休暇兼待機組という編成だった。

 柏木邸ですっかり恒例となった七海による夜のお茶会で、桜哉は自身の母が横須賀から東京に出てきている事を話した。


「ええ!桜哉ちゃんお見合いするの?」

「まだいつかは決まってないんだけどね」

 ミルクティーの入ったマグカップを両手で持ち、桜哉は少し照れ顔で頷いた。


「いいなあ。うちのお父様はまだそんなの早いって絶対蹴っ飛ばしてきそうだもん」


 自身の父である柏木の事を思い浮かべて七海は大きく溜息を吐く。

 この年頃の娘達は自身がいつ嫁ぐのかに敏感だ。恋愛での結婚も珍しくない世の中になってきたが、やはり結婚には家同士の結びつきの要素がどうしても強い。特に、要人や地位のある家の者の婚姻には未だに古い因習が働いていた。


「素敵な人だといいね」

 前のめり気味に聞いてくる七海に桜哉ははにかんだ笑みを浮かべて頷いた。


(案外、乗り気なんだな)


 七海と楽しげにお見合いの話に花を咲かせている桜哉を見て、真澄は内心呟いた。

 先日、菫がお見合い話を持って来た時は嫌がるかと思っていたが、よくよく話を聞いて見るとそうでもないらしい。

 軍人の娘で、英雄の孫という戦いの神の加護の下に生まれたような桜哉でも、結婚にはどうやら理想や憧れがあるらしい。

 普通の乙女らしい一面を見られた事にほっとしつつ、真澄は内心複雑だった。


「九頭竜の小父様は、桜哉ちゃんがお嫁に行っちゃったらどんな気持ちですか?」

 七海に突然振られて真澄は苦笑を滲ませる。


「そうだな…俺としては桜哉が納得した相手なら別に構わないよ。いまだに独身の俺があれこれ言えた立場じゃないしな。そりゃ、結婚するとなったら祝福はするさ」

 肩を竦めていう真澄に桜哉と七海はなるほどと相槌を打った。


「さて、七海ちゃんはそろそろ就寝の時間だぞ。あんまり遅いとお父様に怒られる」

「はーい」

 部屋の壁にかかった時計と真澄に促され七海は素直にベッドへと入る。


「桜哉、こっちは頼むぞ」

「はい」

 七海の傍を桜哉に任せ、真澄は廊下に出た。


「南天、外の様子はどうだ?」

 無線機で真澄は、柏木邸の屋根で外の監視をしている南天に報告を促す。


『今のところ問題ありません。先程隼人さん達からも通信がありましたが、怪夷の出現はまだないみたいです』


「方位盤の針もそれほど大きなブレはなかったからな…出たとしても小物か、もしくはもう少し大きいのか…分かった。七海嬢が就寝した為、警戒を強化する。何かあったら知らせてくれ」


『了解しました』


 短い応答の後、南天との通信を終えて真澄は薄暗い廊下で小さく息を吐いた。

 今夜も何事もなければと祈りながら、七海の夢遊病の原因が何かを探りあぐねている事にこのところ焦燥感のようなものを覚えていた。


(早く解決してやらないと…今は夏休みだからまだしも、学校が始まったらそれこそ健康面に響くな…)


 眉を細めて物思いに耽りながら真澄は静まり返った柏木邸の廊下に座り込んだ。




 真澄達が七海護衛の任に従事する頃。

 怪夷討伐を兼ねた巡回班は東京の夜の街を歩いていた。


 今回のエリアは神田川が流れる万世橋の付近。東京駅が出来るまで、西との交通の要所として発展した万世橋は、その赤煉瓦の建物を残したまま、現在は貨物駅としての役割を担っている。先の震災の際は、被災者を受け入れた拠点ともなった場所だ。

 近くには流通の中心である秋葉原の青果市場があり、昔から江戸の守護の要である神田明神に護られた地区だ。


 江戸の三大祭りの一つである神田祭りは既に終わっているが、神田川に沿って老舗の料亭もあることから、夜はそれなりに人の往来がある。

 旧江戸城から近い位置だが、関東を護った武将・平将門の守護があるのか、この辺りでの怪夷の出現は少ない方だった。

 だが、出発前のグリーフィングの段階で、方位盤がこの界隈を強く示した以上、外すことが出来ない状況だった。


 すれ違った洒落た三人組の若旦那達を横目に隼人は周囲の気配を探る。


「八卦盤は今の所反応がないね」

 隣を歩いていた拓が掌に載せた八卦盤を見遣り隼人に声を掛けた。


「そうだな…」


 こくりと頷いて隼人は肩を竦めた。怪夷討伐は、空振りする事も多い。それを承知の上で隼人達特夷隊は巡回を行い、怪夷が出現した場合のみ刃を振るうのである。


「もう少し遅くなってからという可能性もあります。ここは一度場を離れてはどうでしょうか?」


 隼人同様に周囲の陰の気を探っていた大翔はリーダーである隼人に進言する。

 それに隼人は首を縦に振って応じた。


「そうだな…少し巡回範囲を広げてみるか」


 東京の地図を広げ、隼人は行き先をお茶の水の方へと定め、万世橋を渡る為に爪先を向けた。



「わあああああ!」

「な、なんだ、コイツっ」

「た、助けてくれっ」


 万永橋の方へ視線を向けた直後、暗闇の中から人の悲鳴が聞こえて来た。

 それに合わせるように、拓の手にあった八卦盤が激しく針を揺らした。方角は悲鳴のした方角と一致する。


「急ぐぞ」


 有無を言わさず隼人は拓と大翔を連れて悲鳴の聞こえた方へ駆けだす。


 薄暗い大通り。万世橋のたもとにいたのは、黒い巨体の雄牛のような影。禍々しく光る赤い瞳と角が怪夷だという事を明確にしている。

 雄牛の目の前では先程隼人達が連れ違った三人組の若旦那達が、腰を抜かして座り込んでいた。そのうちの一人は完全に失神している。


「憲兵だ!何があった」


 倒れ込む若旦那達の前に飛び出しながら隼人は素早く名乗りを上げた。こうする事で少しでも一般人の注意を自分達に引き付ける。


「い…いきなり…化け物が…」


 辛うじて正気を保っていた一人が、目の前で唸り声を上げている3メートルはあろうかという巨大で真っ黒な雄牛を示して声を震わせる。


「ここは我々が処理します。貴君らは直ぐに立ち去りなさい」


 若旦那の一人に拓は真っ直ぐに彼の目を覗き込み、優しく、だがしっかりと告げると、彼の手に小さな包みを握らせた。


「貴君らは何も見なかった。これは酔い覚ましです」


 拓の優しく誘う声に若旦那は頷き、失神した一人をもう一人と共に担いでその場から逃げ出していく。


「一般人の退避、完了したよ」

「よしっ大翔、結界展開」


 隼人の指示を受け、六枚の札を取り出した大翔は呪文を唱えて札を飛ばす。

 隼人達と怪夷を中心に六角形の結界が形成され、薄い膜が暗闇を覆う。


「さあて、そんじゃ怪夷退治と行きますか」


 ニヤリと不敵に笑い、隼人はベルトに吊るしたホルスターから二挺のリヴォルバーを引き抜く。その先端には銃剣が取り付けられていた。

 それに合わせて拓も折り畳んで収納していた槍を取り出して構えた。


「大翔、援護頼む」

「了解です」


 背後で結界を張る隼人に指示を出し、ぺろりと下唇を舐めた隼人は隣に並ぶ相棒に目配せした。

 それに応じて拓も怪夷を見据えた。

 左右に別れ、隼人と拓は前脚を鳴らして今にも飛び掛かろうとする雄牛の怪夷目掛けて駆け出した。



 隼人達が怪夷と遭遇し、交戦に入った一報は警報となって真澄の通信機に届いた。音声での通話が困難な場合に相手の状態を瞬時に知らせてくれるその警報を受け、真澄は無線で南天と部屋の中にいる桜哉に巡回班の状況を伝えた。


「引き続き護衛任務を」


『隊長!七海ちゃんが起きました』


 通信の途中で無線機越しに桜哉の緊迫した声が響く。と同時に、部屋の中で桜哉が七海を引き留める声と物音が響いてきた。

「南天、外の様子は?」


『今の所、付近に怪夷の気配はありません…ただ、赤羽さん達が巡回に向かった方角から怪夷の強い気を感じます』


 柏木邸の屋根の上から南天は目を凝らして隼人達が怪夷との遭遇を告げて来た方角を見据えた。

 柏木邸から万世橋の付近は距離が離れているが、怪夷が放つ禍々しい気配を南天は感じっていた。

 と同時にそれとは別の気配を感じ取り、南天は眉を顰めた。


(この気配は…)

「マスター、」


『南天、今すぐ中に戻って来い!扉押さえるの手伝ってくれっ』


 報告を上げようとするより先に無線機から聞こえて来た真澄の声に、南天は再び万世橋の方角を見据えてから、仕方なく建物の中に入った。

 七海の部屋がある二階の廊下では真澄が扉をこじ開けようとする七海を押し留める為、扉を必死に押さえていた。

 それにすかさず南天も加勢する。


「マスター、赤羽さん達が交戦している場所に何か別の気配が向かっています」

「は?どういう事だ?」

 扉を押さえながらの南天の報告に真澄は眉を顰めた。


「怪夷の様ですが、近くに行かないとボクにも分かりません…」


 扉を全身で抑え込みながら南天は淡々と告げる。それを受けて、真澄は思考を巡らせると、ある事を桜哉に告げた。


「桜哉、七海ちゃんはどんな様子だ?」

 無線越しに入った真澄の問いに、七海の腰を後ろから抱き締めるようにして引き留めていた桜哉は苦し紛れの声で応答した。


「お、お兄ちゃんが来てる、と言ってます!」

 桜哉の報告を受け、真澄は更に桜哉に指示を出した。


『桜哉、七海ちゃんにお兄ちゃんは何処かと聞いてくれ』


 唐突な指令に桜哉は七海に抱き着いたまま、真澄からの問いかけを告げた。

 桜哉の問いに、七海は扉を開けようとしていた動作を辞め、直立すると、虚ろな瞳でその方角を見つめながら、ゆっくりと指を差した。

 彼女が指し示した方角を桜哉は真澄に伝える。


「やっぱりか…」


 彼女が示した方角、そこは今隼人達が怪夷と交戦している万世橋のある方角だった。










 *********************


 次回予告


 弦月:さあさあ次回の『凍京怪夷事変』は?

 暁月:怪夷と対峙する隼人、拓、大翔。一進一退の攻防戦の最中、三人の前に突如現れたのは…

 弦月:第二十五話「月無き夜の闖入者」乞うご期待!


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