第十九話ー真夜中に蔓延るモノ



 南天、桜哉、大翔と共に拓は柏木大統領の邸宅を訪れていた。

 初日だからと柏木と彼の奥方から食事に誘われ、四人は護衛対象であり七海と共に食卓を囲んだ。

 食事を終えた後は、護衛という名目ながら歳の近い桜哉や大翔、南天を七海は自室に招くと、いつの間にかお茶会が始まってしまった。

 その話の中心にいるのは、まだ特夷隊に入って日の浅い南天である。


「南天君って、凄い美形だけど、女の子に間違われたりしないの?」


「間違われたりはします。ですが、あまり気にしません」


 きちんと正座をして七海の質問に南天は淡々と答える。


「ねえねえ桜哉ちゃん、南天君って、絶対女装とかさせたら可愛いと思わない?」


「分かります。似合いそうですよね。今度やってみます?」


「ちょっと、二人とも、流石にそれは本人に断ってからにしたら?」


 乙女二人の変なスイッチが入ったのに気付いた大翔は、慌てて南天を擁護した。

 大翔の反対に乙女二人は、「えー」と大仰な不満を零す。

 話題の中心である南天はといえば、桜哉と七海の企みに気付いているのか気にしていないのか、真顔で様子を伺っていた。

 そんな若者四人の微笑ましい光景を部屋の隅から眺めていた拓の通信機に着信が入る。


「はい、こちら月代。お疲れ様です隊長」


『ああ、そっちはどうだ?何か変わりはあるか?』


 通信相手は真澄だった。


「いえ、こちらは今のところ問題なしです。なんだかお泊り会みたいになってて僕は引率の先生気分かな」


『なんだそれ…いくら親しいからって一応仕事だからな、あまり気は抜くなよ』


「心得てます。でも、七海嬢の緊張をほぐすにはいい具合かと。朝月や隼人じゃこうはいかないかな」


『人選は問題なしか』


 真澄に溜息を通信機越しに聞き、拓は思わず苦笑する。


「そちらはどうですか?」


 質問を返され真澄は通信機越しに声を落として現状を伝えた。


「分かりました。何かあれば応援はだします。こちらも異常があれば連絡しますので」


『ああ、頼んだ。南天はどうしてる?ちゃんとそこにいるか?』


「ええ、なんというか…乙女二人のおもちゃにされそうですよ」


『はあ…なんだそりゃ』


 呆れ交じりの真澄の声に拓は楽し気に笑うと、一つ咳払いをした。


「南天君なら大丈夫です。隊長からの命令にはしっかり従うようですから」


『そうか、ならいい。頼んだぞ』


「はい。そちらも気を付けてください」


 真澄と短い通信を交わし、拓は通信を終えると再び四人の方に視線を戻した。

 いつの間にか、トランプでババ抜きい大会が始まっている。

 それを微笑まし気に眺めていると、部屋の鐘が十時を知らせた。


「そろそろ寝ないと。明日の学校に響いちゃう」


 名残惜しむように七海はトランプを片づけ始めた。


「ねえ、本当に桜哉ちゃんや大翔君は私の護衛でついてくれるの?」


「うん、大統領閣下からの要請だからね」


「そっか、じゃあしばらくは一緒にいてくれるんだ」


 何処か甘えるような視線に大翔と桜哉は顔を見合わせてからこくりと頷いた。


「七海ちゃんの事は私達がしっかり護るから」


「心配しないでね」


「任務なんてなくても一緒にいれたらいいのにな…はあ、こんな事言ったら我儘いうなってお父様に怒られそう」


 抱きかかえたクッションに顔を押し付けて七海は肩を落とした。


「七海ちゃん、もうお休み。後は僕達に任せて。またゆっくり話は聞いてあげるから」


 七海の背中をそっと擦って拓は優しく彼女を促した。


「はーい」


 拓の促しに応じて七海はベッドに入る。

 挨拶をして拓達は一端、部屋の外へと出る。


「さて、それじゃ護衛開始。異変があったら直ぐに報せる事」

「了解」


 拓の号令に、三人はそれぞれ配置についた。






 真澄が拓との通信を終えて座敷に戻ってしばらくすると、障子戸の向こうから声がかかった。


「市村様、お呼びの芸者が参りましたよ」

「ありがとうございます。お通ししてください」


 市村の声掛けに、すっと障子戸が開く。廊下に三つ指を揃えて頭を下げていたのは、黒地に鮮やかな牡丹の染が施された着物を纏った年若い芸者だった。

 まだ少女の域を抜けきれらない、この遊郭で春を売る遊女達と変わらない少女は、市村に声を変えられてゆっくりと顔を上げた。

 淡い灰色の髪に強い意志を宿した青い瞳が印象的な少し気の強そうな少女。


「あ、君はこの間の」


「あら、東雲の旦那じゃありませんか」


 顔を上げるなり、朝月は驚いた様子で思わず声を上げた。それに少女も目を見開いて朝月を凝視する。


「朝月、知り合いか?」


「この子っすよ。この間俺が猿の怪夷から助けたの」


「お、その子か」


 突然の再会に驚きつつ朝月は少女に笑いかける。それに少女もニコリと微笑んだ。部屋に入って来た時は少し緊張していたようだが、朝月と鬼灯がいた事で少しだけ緩和された様だった。


「先日は助けて頂きありがとうございました。明里と申します。この吉原を中心に芸者をおります」


 頭を垂れて丁寧に名乗りを上げた明里に真澄は顔を上げるよう促すと、誠意を示すように頭を下げた。


「先日は朝月が世話になったようで。彼の上司の九頭竜と申します。この度は聴取に応じて下さった事感謝します」


「いえいえ、お世話になったのは私の方です。東雲の旦那は命の恩人ですから」


「いやあ、そう言って貰えると照れるなあ」


「朝月、お前調子に乗んなよ。それで、明里さん、単刀直入に聞くけど、その黒い猿の異形に遭遇した時の事を改めて聞かさて貰えますか?」


 朝月の頭をポカンと叩いてから、改めて隼人が質問を投げかけた。


「ええ、あれは夜も更けた頃...確か深夜二時頃だったでしょうか...呼ばれいたお座敷から下がって、置き屋に戻る道中、路地の奥から呻き声のようなモノが聞こえたのです。酔っ払いでも呻いているのかと一緒にお座敷に出ていた幇間さんが覗きに行くと、鋭い爪みたいなもので襲われまして...」


 当時の様子を思い出して明里の握った手が強張る。


「大丈夫?」


 気遣う朝月の声に頷きながら、彼女は話を続けた。


「幇間さんが吹き飛ばされて、路地から全身黒い身体に赤い目をした猿のような大きな生き物が現れて、腰を抜かしている所に東雲の旦那と鬼灯の旦那が駆けつけて下さったんです...私は事なきを得ましたが、幇間さんは連れていかれました...」


 先日、朝月が話した内容との一致を確認して真澄は、明里に礼を言う。

 命が助かったとはいえ、同じ置き屋の仲間である幇間を目の前で傷付けられて恐怖を回顧させた事に、真澄は申し訳なさを感じた。


「それで、今朝、神田川から幇間さんの切り裂かれた遺体が上がりまして...さっき、女将さんと一緒に確認に行って来たんです」


「検視の結果、死因は鋭利な物で頸動脈を切り裂かれた事による失血死。内臓を含めた中身が殆ど食い荒らされ、無残に切り裂かれた状態でした」


 検視に立ち会った市村は昼間の様子を真澄達に告げる。


「黒い身体に赤い目...」


 明里の証言の中にある異形の特徴を反芻し真澄は思案する。


「ありがとう。辛い事を思い出させて済まなかった」


「いえ、事件解決のお役に立てれば、殺された幇間さんも浮かばれます」


「明里さん、俺達が絶対仇を取るから、心配しないで」


 二の腕を見せて意気揚々と語る朝月。それを隼人は呆れた様子で見据えた。


「お前な、軽々しくそういう事言うもんじゃないぞ」


「だって、こんなに不安がってるのに、なんの為に俺達がいるんすか」


「女の子の前でかっこつけたいだけだろ、どうせ」


「ほら、朝月、隼人、仕事中だぞ」


 ついには真澄に注意を受け、朝月と隼人は大人しく口を閉じた。


「すみませんね」


 それまで人が変わったように黙り込んでいた鬼灯が唐突に明里に声を掛けた。


「いえ...話せて少しホッとしてます。この間は本当にありがとうございました」


「あんなですが、朝月さんはとても真面目な方なので、安心してくださいね」


「あ、はい...」


 突然の擁護に一瞬明里は目を見張ったが、直ぐに苦笑を浮かべて頷いた。


「私から話せることはこれで終わりです」


「分かりました。ご協力ありがとうございました。また何かありましたらご連絡ください」


 市村が締めた所で、明里はゆっくりと腰を上げた。


「それでは私はこれで、他のお座敷にも呼ばれていますので。皆様のご武運お祈りしております」


「明里さん、またね」


 ひらひらと手を振って気さくに笑いかける朝月に明里は朗らかに微笑むと、真澄達に会釈をして座敷を去って行った。








 真澄達の座敷を後にし、呼ばれていた座敷でひと稼ぎした後、明里は置き屋に戻る為入口を目指していた。

 その道中、漏れ聞こえてきた会話に明里は思わず歩みを止めた。

 そこは幾つもある座敷の一角。奥まった場所にある角部屋の座敷だった。


(今、九頭竜と...)


 中にいる客達に気付かれないよう、明里はそっと耳をそばだてた。

 そこから聞こえて来たのは、なにやら不穏な会話。

 奥まった座敷には宗像を始め陸軍の将校たちが集まっていた。

 囲むように顔を突き合わせ、声を震わせながら何事かを話し合っている。

 杯を持つ手は、緊張と恐怖で微かに震えていた。


「中佐、九頭竜がここに現れたという事は、例の件勘付かれたのでは?」


 年若い将校が上官である宗像に進言する。


「まだそうとは決まっていないだろう。たまたまという事もある」


「だが、貴奴はあの特夷隊の制服を着ていたぞ。やはり何かの任務で訪れていると思っていいだろう」


 宗像に代わって彼の副官を務める鮫島が憶測を展開する。


「この界隈で異形が現れているという噂がある...もしそれが例の実験体なら、何としても捕獲もしくは始末する他ない」


「例の計画を大統領や海軍に知られる訳には行かないからな...」


 眉を寄せて宗像は緊張を紛らわすかのように杯を煽る。


「行動は慎重に進めろ。万一計画がバレれば我々の誰かの首が飛ぶぞ」


 脅し気味の宗像の言葉に、部下達はごくりと息を飲んだ。


(...まさか、これは旦那達に関りがあるんじゃ...)


 会話の内容から何かを察した明里は、その場を慌てて離れると、入口の方へ向かって駆け出した。






 明里の証言を聞いてから、真澄達は何人かの証言を聞いた後、吉原の街に巡回に出る事になった。

 時刻はとうに深夜を回っていた。

 例の猿の異形が出現した深夜二時も直ぐだ。


「今夜は怪夷と思しき異形が目迎された箇所を見回る。万一遭遇した場合は討伐開始だ」


 真澄の指示に緊張感を漂わせて隼人達は敬礼で応えた。

 花街とはいえ、深夜ともなると人通りはまばらで、店の灯りも最低限に落されている。

 何処からともなく人の気配が伝わり、時折悩ましい声が漏れ聞こえて来るのは、流石花街と言うべきだろう。


「これは、お子様達には刺激が強いな」


 深夜の道を歩きながら隼人は苦笑した。


「実際に覗いてる訳じゃないけど、六条なんかきっと仕事にならなかっただろうな」


 七海嬢護衛組に回した年少達を思い出し、隼人と朝月は肩を竦めた。


「向こうは向こうで七海嬢の緊張を解せたようで今の所問題はないようだったしな。このまま事件解決まではこの陣営でいくぞ」


「そうですね。流石は九頭竜隊長というべきでしょうか」


「鬼灯、お前それは褒めているのかけなしているのか...」


「ふふ、褒めてますよ」


 げんなりと肩を落す真澄に鬼灯は楽しそうにそう告げると、囁くような吐息が聞こえる深夜の花街に視線を泳がせた。

 他愛のない会話を交わしながら四人は吉原の巡回を続ける。

 微かな人の声と蛙の鳴き声、吉原の傍を流れる川のせせらぎが夜闇の中に響き渡る。

 待機場所として協力をしてくれている遊郭から離れ、吉原の端まで来た所で、真澄は八卦盤を確認した。

 僅かに針が震えている。


「近くに小さな奴がいるかもな。朝月、一応結界の準備を」


「きゃあああ」


「ッ⁉」


 朝月に指示を出した刹那、夜闇の静寂を切り裂く甲高い悲鳴が響き渡った。

 それに呼応するように、真澄の手にあった八卦盤が激しく反応を示した。


「出たな」


「こんな初日におでましかよ。ついてんのかね、俺等は」


「急ぐぞ、犠牲者を出す前に」


 八卦盤を握り締め真澄は隼人達を連れ、八卦盤の針を頼りに駈け出した。






 深夜二時を回った頃。

 寝静まった大統領邸で異変は唐突に起こった。

 それまで静かに寝息を立てていた七海がむくりと身体を起こした。


「七海ちゃん?」


 ベッドの傍で護衛をしていた桜哉は、突如真っ直ぐに身体を起こした七海に気づき、暗闇の中に目を凝らした。 

 茫然と遠くを見つめる七海の眼は、就寝前に桜哉達と楽し気に話していた生気のあるものから、虚ろな靄の掛ったような双眸に代わっている。


「大翔さん、七海ちゃんが」


 扉の傍に待機していた大翔は桜哉の声に気付いて顔を上げた。

 二人が異変に気付いた後も、七海はゆらりとベッドから抜け出すと、そのまま桜哉と大翔の存在など見えていないというように、静かに歩き出した。


「七海ちゃんっ何処に」


「お兄ちゃんが呼んでる...私も行かなきゃ...」


 そうプログラムされた機械人形の如く、桜哉の問い掛けに答え、そのまま扉の方へと歩いて行く。


「七海さんっ貴方のお兄さんはもうこの世にはいません」


 扉を開けようとする七海を横から掴んで押さえ、大翔は必死に声を掛けた。


「どうした」


 扉の外で待機していた拓が扉越しに声を掛けてくる。


「月代さん!扉押さえて下さい!七海ちゃんが外に出ようとしてます」


「分かった」


 桜哉の悲痛な声に拓は外側から扉を押さえた。


「南天君、七海嬢の夢遊病が始まった、外に怪夷の気配は?」


 事前に通信機を渡し、外で警戒に当たっている南天に拓は通信を繋げる。


『こちら南天。怪夷の気配はありません』


(怪夷の気配なし...)


「分かった、そのまま警戒に当たってくれ」


「七海ちゃん、止まってっ海静さんは戻ってなんていないよ!」


 部屋の中から桜哉と大翔の悲痛な声が聞こえてくる。

 ガタガタと扉を開けようとする物音に拓は唇を噛み締めた。


(怪夷じゃない...ならこれは本当にただの夢遊病なのか)


 今にもこじ開けられそうな扉を押さえ込み拓は現状を推測する。


「これは...何かの怨念なのか、海静君...」


 かつて共に任務に当たった青年の面影を思い出し、拓は悲痛な胸の内を吐露した。


 




 通りを抜け、中央辺りの路地に差し掛かった所で、真澄達の眼前に飛び込んできたのは、暗闇に蠢く漆黒の影。

 三メートルはあろうかとい巨大な体躯に禍々しく赤い双眸をぎらつかせた二足歩行の異形。


「旦那っコイツだ」


 数日前、実際に目撃、対峙した朝月が声を張り上げる。

 それは、目の前に立ちはだかる存在が今回の事件の首謀者だという事を告げていた。

 真澄達の存在に気付いた猿型の怪夷がゆっくりと身体を傾ける。

 だらだらと口から唾液を垂らし、赤い目を異様に血走らせたその様は、これまで対峙してきた怪夷と少し違っていた。

 結界を張ろうと制服の懐から愛用の鉄扇と札を取り出した所で朝月は、思わず目を見張った。


「あれは⁉」


 朝月の凝視する先、丁度怪夷の腕に何か人影が浮かぶ。それが見覚えのある人物だと気づいて全員が息を飲んだ。


「明里さん...」


「くそ、さっきの悲鳴は彼女かっ」


 二挺拳銃を引き抜きながら戦闘態勢を取る隼人に続いて朝月は結界を展開する。


「今夜はわたくしも協力しませんとね」


「鬼灯...」


 いつの間にか銀色に光る鞭を取り出して横に立った鬼灯を真澄は思わず凝視する。


「南天の代わりとは参りませんが、彼をこの組から外すように仕向けたのはわたくしです。その穴を埋めるくらいはします」


 バシンと、鞭をしならせ真澄の隣に並んだ鬼灯は鋭い視線で猿型の怪夷を睨みつけた。


「しっかり働けよ」


 軍刀を引き抜いた真澄は鬼灯を激励すると、猿型の怪夷に切り掛かる。

 真澄に続いて駈け出した鬼灯と、二人を援護する隼人の二丁拳銃が火を吹いた。

 銃声が静寂を切り裂くが、朝月が張った結界のお陰でその轟音は幾らか押さえられている。

 放たれた弾丸が、真澄と鬼灯が辿り着くより先に猿型の怪夷の肩に命中する。

 肉を抉る熱と痛みに、怪夷は激しい咆哮を迸らせ、ぶんぶんと腕を振った。


「はあっ」


 正眼の構えから真澄の軍刀が夜闇の中に日閃き、怪夷の足を切り裂く。

 僅かに皮膚を切り裂くが、異様に硬いその筋肉に阻まれてかすり傷程度に留まる。


「くそ」


 真澄が斬りつけた場所に続けて鬼灯は銀の鞭を振るい、打撃を与えた。

 左右に別れ、真澄と鬼灯は足を中心に怪夷に攻撃を仕掛け、それを援護する形で隼人の銃弾が怪夷の上半身に撃ち込まれた。

 ちょこまかと動き回る真澄と鬼灯を振り払うべく、猿型の怪夷の太い腕が横薙ぎに振られる。

 それをどうにか避けるが、路地に囲まれた界隈で大立ち回りは現実的に厳しかった。


(せめてもう少し近付けたら)


 怪夷の腕を躱しながら軍刀を翳して真澄は胸中で舌打ちした。

 思ったように硬い猿の脚はどんなに軍刀で斬りつけてもびくともしない。

 更に、明里という人質を取られている状況で真澄や隼人、鬼灯に至るまで攻撃に身長になっていた。

 その証拠に隼人が撃ち込む弾丸は術式を込めて物でも通常の弾丸に近い性能のものだったからだ。


「隊長!やっぱり、明里さんいる間は無理だっどうにか彼女をアイツから離さないと」


「分かってるっ」


 隼人の助言に同意しつつ、最良が浮かばない事に真澄は語気を荒げた。

 怪夷の腕を刃で払いながら、真澄の脳裏にここにはいない人物の姿が浮かぶ。


(こんな時、南天がいれば)


 身軽に怪夷の懐に飛び込む戦闘スタイル。ナイフと鈎爪という接近戦重視の獲物を使う南天ならもっと上手い立ち回りをするかもしれない。

 民間人を巻き込んだ現状に真澄は内心後悔した。

 自身の人選を少し後悔した矢先、真澄を呼ぶ声が思考を現状に引き戻した。


「九頭竜隊長!」


 鬼灯の聞いた事のない大声に真澄が振り向くと、鬼灯が操る鞭が怪夷の腕に絡みついていた。


「わたくしが押さえている間に早く彼女をっ」


 地面に踏ん張り、ピンと鞭を引いた鬼灯が声を張り上げる。


「早く!」


「鬼灯っそのまましっかり引っ張ってろっ」


 鬼灯の意図を察した隼人は、猿の怪夷が明里を抱える腕の上腕部に集中砲火を始めた。


「鬼灯っ援護するぞ」


 結界を張るのに集中している朝月は鬼灯の鞭に向けて数枚の札を飛ばす。それは怪夷討伐の武器を強化する加護の付与された呪符だった。

 三人の尽力を受け、真澄は怪夷の身体に登り、掴まれていた明里を救する。


「よし、もう少しだ!」


 隼人の掛け声に鬼灯の鞭を引く腕に力が籠る。

 真澄が明里を抱えて怪夷から離れようとした直前、怪夷が激しく上体を揺らして抵抗を始めた。


「うわっ」


「隊長!」


「旦那!」


 跳び下りる寸前で来た揺れに真澄はバランスを崩して明里を抱えたまま地面に落下する。

 それを追うように猿型の怪夷の鋭い爪が真澄の背中に迫った。





*****************



三日月:次回の『凍京怪夷事変』は


刹那:花街を騒がせる猿の怪夷との攻防戦。鋭い爪が真澄に迫る中、新たな影が姿を現す…!


三日月:第二十話「作戦開始のベルが鳴る」次回もよろしくね。

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