第十二話ー指針が示す先へ



 大統領柏木静郎との面会が叶った翌日。

 南天と鬼灯は日が沈み掛けた頃に特夷隊の詰め所へと出勤した。

 衣服はいつものものだが、肩からは隊の制服の上着を羽織っていた。

 今日から正式に特夷隊の一員である。形だけでも制服を纏えという真澄の指示で、二人は話し合った末に今の様相を選択した。


「さて、今日から任務について貰う」 

 執務机の前に居並ぶ南天と鬼灯を見遣り、真澄は淡々と告げる。


「暫くは、南天は俺と鬼灯は朝月と組んで行動をしてもらうからそのつもりで」

「承知しました。九頭竜隊長」

 これから討伐の任務につくというのに、正反対な柔和な笑みで鬼灯は頷いた。


「本来、特夷隊には怪夷討伐の任務の他に、大統領の護衛任務もあるんだが...お前達には怪夷討伐に尽力して貰う。怪夷討伐の専門家、なんだろう?」


 探るような視線に、南天と鬼灯は深く相槌を打つ。

 大統領との面会の後、鬼灯は真澄に自分達は怪夷討伐の訓練を受けた専門部隊の出だという事を明かした。

 だが、誰の指示でどういった経緯があって派遣されたかを頑なに明かさないのもまた現状だった。


(軍部内で密かに怪夷討伐専門の部隊が研究されているって話は聞いてないしな...もしかしたら、北海道か離島の方で極秘に進んでいる計画かもしれない...)


 大統領はこの特夷隊設立の一件で、陸軍からは煙たがられている。

 だが、海軍とは良好な関係を保っていた。

 大統領の知らない所で、極秘な計画が進んでいても不思議ではない。

 それが、こちらの味方による計画なら真澄も歓迎だった。


(まあ...いずれ誰が寄越したのか分かるだろうし)

 鬼灯の話では、今は明かせない。という。ならば、語れない訳ではないのだろう。

(暫くは様子見だと柏木からも言われてるしな...)


「今夜から巡回について来てもらう。色々覚えて貰う事も多いから、励めよ」

「了解しました。マスター」

「よろしくご教示願います」

 対照的な返事をする二人に苦笑して、真澄は椅子から腰を上げた。


「朝月、グリーフィングの用意は出来てるな?始めるぞ」

「了解っす」

 真澄からの指示に応えて、朝月は執務室の中央に誂えられたテーブルに資料を並べていく。


「それじゃ、グリーフィングを始めるぞ」

 黒板を背にした位置に立ち、朝月は扇に広がった仲間達を見渡した。

「今回から、南天と鬼灯が任務に参加するって話だったから、巡回の行程を簡単に説明するな」


 いつになく気合の入っている朝月は、南天と鬼灯の前に台に嵌められた半球型の道具を持ってくる。

 半球のガラスの中に、東西南北と干支、星座が刻まれたそれを、鬼灯は興味深げに覗き込んだ。


「主様、これはなんですか?」

「これは、方位盤ほういばん。怪夷出現の位置を示してくれる呪具だ。この中央の針が怪夷の発生の可能性がある場所を示してくれる。怪夷が発生していなくても、陰の気の溜まり場も教えてくれるんだ」

「ほほう、興味深い」

 まじまじと方位盤を覗き込む鬼灯に、朝月は更に得意げに説明を続ける。


「これは怪夷の発生場所だけでなく、怪夷が発生する率を大中小で教えてくれる。更に、怪夷が突然発生した場合には警報を発して出動も報せてくれるんだぜ」


「...そんなのなくても、怪夷の気配くらい分か、んぐ」

 意気揚々と語る朝月を見据え、ぼそりとぼやきかけた南天の口を、鬼灯は咄嗟に塞ぐ。


「どうした?」

「いえ、南天が野生の勘で怪夷くらい自分で見つけられると反発するので」

 もがもがと抗議の声を発する南天を鬼灯は、笑顔で押さえ込む。


「野生の勘って...それが出来たら苦労しねえよ」

 朝月の説明と鬼灯達のやり取りを静観していた隼人が肩を竦めた。


「確かに、怪夷の気配をもっと正確に察知出来たら、巡回ももっと楽になるかもね」

「最近は民間人が巻き込まれる被害も徐々に出てきましたから、即座に出動出来るのは被害を防ぐには重要ですね」

 拓と桜哉は近年の怪夷の出現率や被害の状況を鑑みた見解を口にする。


「技術面での課題も最近は多いですからね...」

 二人の意見に大翔も溜息と共に頷いた。


「おや、これはそれ程性能が悪いのですか?」

「いや、そういう訳じゃないんだが...最近の怪夷の出現率に追いつけない時があってな」


 鬼灯の疑問に真澄は眉を垂らした。

 その様子から、最近の怪夷討伐に以前とは違う状況が生まれているのだと、南天と鬼灯は察知した。


「まあ、方位盤はあくまで怪夷の発生場所の見当と発生率を報せる呪具だから、この辺で。巡回の説明するぞ」

 話が脱線したのを修正し、朝月は背後の黒板を示した。


「今日の巡回エリアは四谷方面。巡回は主に当直担当の二人と日勤担当の二人。計四人で行動する。今回は俺と隊長が宿直で、大翔と隼人さんが日勤だから本当なら二人にも参加して貰うんだが、今回は南天と鬼灯を連れて行く関係で二人には自宅待機をしてもらう事になってます。拓さんと桜哉ちゃんは大統領の護衛任務だったんだけど、二人の初日って事でグリーフィングだけ参加して貰いました」


「まあ、実際は怪夷討伐は大統領の護衛任務、非番関わらず駆けつけるのが基本なんだけどね」

 朝月の説明にそっと拓は補足をする。


「俺達に休みなんかあるか。そこは軍人も警察も同じだ。お前等も覚悟して任務に当たれよ」

「承知しています」

 隼人からの激励に南天は淡々と応じると、チラリと真澄を見遣った。


「それじゃ、それぞれ準備をして出発だ」


 部下達の会話を聞いていた真澄は、締めくくるように言葉を発する。

 隊長の号令に、全員が敬礼で応えた。




 まだ少し明るい夏至直前の空を南天は徐に振り仰ぐ。


「...逢魔が時...」

「なんだ、意外と博識なんだな」


 詰め所を出て、巡回場所へと歩き出しながら朝月は南天に話かけた。

 唐突に話しかけられた事に、南天は少しだけ驚いて視線を逸らす。


「...以前、知人から教えて貰いました」


「黄昏れ時とも言いますね。そういえば、かつて怪夷に占領されていた時代は西の防衛都市がそういう意味合いで呼ばれていたのでしたね」

 二人の会話に入り鬼灯は、西にあるかの地へ想いを馳せる。


「今でも帝都の守護としてその機能は失われていないと聞きます。いつかは行ってみたいですね」

逢坂おうさかかあ。餓鬼の頃に何回か行った事があるけど、あんま覚えてないんだよな。俺の親父が逢坂で暮らしてたからその話はよく聞かされたんだけどな」


「主様のお父様は、どのような方なのですか?」

 唐突な問いに、朝月は面食らった様子で目を見張る。


「そうだな...優しいけど、色々悟り過ぎた賢者みたいな人だな...あれで欧羅巴の討伐戦線に出ていたんだから吃驚だし」

 実父の印象を思い出しながら朝月は首を捻る。


「賢者のような...それはまた不思議な例えですね」

「放任主義っていったらそうなのかもしれないけどな。兄貴達は意味があるのかないのか分からないってよくぼやくけど、俺はあの精神は好きだな」

「主様はお父様の事が大好きなのですね」


 唐突に振られた話題にも関わらず、活き活きと語る朝月の表情を見て、鬼灯は微笑んだ。

 照れながら「別にそういう訳じゃない」と否定する朝月とそれをにまにま笑う鬼灯を遠目に見つめ、真澄は苦笑する。

 同じ英雄と呼ばれる人物を親に持つ者だが、朝月と自分ではその親に対する感情が異なっている。


(俺も、あんな風に普通に誇れたらな...)


 夕日の沈む西の空に目を向け、肩を竦めて真澄は朝月達の後ろをついて行く。

 チラリと、自分を伺うような南天の視線に気付いたが、何でもないと首を振った。


「さて、もう少しだな」


 詰め所を出発してから小一時間程で、目的地である四谷区まで辿り着く。

 外堀の名残が残るかつての江戸と甲州街道を隔てる出入り口は、江戸の西の護りとして鉄砲隊などが多く暮らした場所だ。

 江戸城拡張の為に移された寺社も多く、今もその多くが在りし日の姿を遺している。

 その名の示す通り坂道も多く、この地の名を冠した怪談話が持つ薄暗さを醸し出している。


「ここは、特に気の溜まり場が出来やすいいし、寺社も多いから怪夷の発生率も高いんだよな」


 懐から、方位盤に似た八角形の手鏡サイズの盤を取り出し、朝月はそれを周囲に翳す。


「主様、それは?」

「これは八卦盤はっけばん。怪夷の気配を感じ取る呪具だ。方角を示す方位盤よりもう少し正確な位置を報せてくれる」

 中央で揺れる針を示して鬼灯に説明する。


「ほお」

「小さく針がブレてるな...これは、小さいのがいるかも」

「小さい怪夷というと、革袋を被ったような姿のあれですか?」

 鬼灯の推察に朝月はパッと表情を明るくする。


「流石は怪夷討伐の専門家って名乗るだけあるな。そうそう、昔人間を脅かした怪夷の原型。こいつらは三日に一回は湧いて出るから、見つけたら即退治だな」

「放置すると、ランクが上がるからな...」


 周囲の気配を探っていた南天は、袖の中に隠しているナイフと鈎爪を構える。

「南天?」

「マスター、気を付けて下さい。囲まれてる...」

 左手に持ったナイフを逆手に構えた南天の忠告通り、生い茂る木々の合間から、黒い影が幾つも姿を表した。


「お出ましか」


 南天の傍で真澄も軍刀を引き抜く。それに続く形で朝月も愛用の鉄扇をベルトから引き抜いた。

 ただ一人、鬼灯は朝月の後ろに身を引いた。


「おい、お前も武器とか抜けよ」

 静観を決め込もうとしている鬼灯を朝月は呆れた様子で指摘する。

「そうですねえ」

 にまにま笑い鬼灯はチラリと南天を見る。


「鬼灯は戦闘は得意ではありません」

「そうそう、どちらかというと後方支援担当なので」

「はあ?なんだよそれ」

「朝月、さっさと結界張れ。低級だからって遊ぶな」


 鬼灯の発言に呆れていた朝月を真澄は叱責する。

 上官の命令に朝月は鉄扇を広げて腕を前に突き出した。


「了解です」


 舞うような手の仕草で鉄扇を泳がせると、朝月を中心にして蝶の鱗粉の如き輝きが、周囲を包みだした。


「結」


 左手に出した呪符を朝月は四方に放ち、くるりと右足を軸にして円を描く。

 鉄扇から溢れた鱗粉が呪符を包み、怪夷と真澄達を薄い膜が囲んでいく。


「旦那っいいぜ」


 朝月の合図を聞いた瞬間、真澄の横を擦り抜けて南天は怪夷の群れへ突っ込んだ。

 閃くナイフが、飛び込むなり黒い革袋を切り裂く。

 それに続いて真澄も軍刀を閃かせ、迫ってくる怪夷を切り裂いた。


 次から次へと湧いてくる小型の怪夷を南天と真澄は互いに背を預けながら着実に仕留めた。

 二人の動きは、お互いの動作が見えているとでもいうように、息の合ったものだった。


 思わぬ南天の動きに、真澄は内心舌を巻いた。

 実際に共闘するのは今日が初めてだ。だが、初めてとは思えない程に闘い安い。


(驚いたな...独断専行かと思っていたが...)


 こちらの動きと怪夷の出方を読みながらの的確な動き。

 それは、彼の見た目からは想像しがたい熟練の動きだった。


「やるじゃないか」

 互いに背中を合わせたタイミングで真澄は南天の動きを称賛した。

「マスター、数が多すぎます。近くに親玉がいるかも」

 真澄に褒められた事へは特に反応せず、南天は周囲を警戒する。


「南天、二時の方向、柳の陰にいます」


 朝月の傍で静観を決め込んでいた鬼灯が突如声を上げた。

 彼が示した方角に視線を向けると、言葉の通り影が蠢いた。

 地を蹴り、猫の如くしなやかに南天は柳に隠れた陰の前に踊り出る。


 ズズズ...


 地を這う地響きが足の裏から伝わる。

 眼前にいるのは、三メートルはあろうかという巨大な体躯。

 長い尻尾が地面に打ち付けられ、染み込んだ雨水と泥を跳ね上げた。

 禍々しく光る赤い双眸が南天を映し、長い舌がちろちろと覗く。

 四人の目の前に立ちはだかったのは、巨大な蜥蜴の怪夷。


「こんなのが隠れてたなんて」

 音も気配もなくあたかも湧いて出た怪夷の存在に朝月は驚愕する。

「南天」

 今にも飛び掛かりそうな南天を真澄は低い声で制した。

 チラリと肩越しに送られた視線が、疑問を孕んでいるのに真澄は無言で首を振る。

「大丈夫」

 短く告げて南天は真澄の無言の制止を聞き入れずに一気に跳びあがった。


「馬鹿っ」

 蜥蜴の怪夷の頭上に跳びあがった南天の横から、太い尻尾が迫りる。

 咄嗟にそれを踏み台にして南天は怪夷を挟んだ反対側に着地した。


「......」

 ズズと、巨体を引き摺りながら方向を変える怪夷を南天は静かに見つめた。


(思ったより動きが早い...)


 巨体をカバーするような尻尾の動きに南天は敵を注視する。

 よく見れば、尻尾には鋭い角が幾つも生え、四本の脚の先端には鋭い爪が生えている。

 恐らく、掠っただけでもかなりの深手を負いかねない。


 相手の様子を観察した南天は、反対側で軍刀を構える真澄に視線を送る。

 その視線に、真澄は小さく頷いて軍刀を握り直すと、一気に駈け出した。

 ほぼ同時に南天も蜥蜴の正面へ突撃を駆ける。


 前後からほぼ同時に迫った三本の閃光を蜥蜴の怪夷は巨大な尻尾と鋭い前脚で別々の方向に薙いだ。

 金属の擦れる音が暗闇の中に幾度となく響き渡る。

 想いもよらない俊敏な動きが、南天と真澄の連携を躱す。


 苦戦する二人の姿を前に、朝月の脳裏にかつての雨の日の光景が蘇る。

 あの時、自分にもっと力があれば。

 不甲斐無い自分を叱咤するように朝月は唇を噛み締めた。


「鬼灯、お前結界は張れないのか?旦那と南天だけじゃあれは厳しい」


 結界を張る事で積極的に戦闘に出られない朝月は、隣に立つ鬼灯に助力を求めた。

 戦闘が始まってから、全く動かないこの男に朝月は賭けた。


「俺の代わりに結界を」

「そんな事せずとも大丈夫ですよ」

 それまで、現状を見守っていた鬼灯がニコリと微笑んだ。


「主様、貴方に覚悟があるならわたくしはいくらでも力を貸しますよ。まずは、その覚悟を示して下さい」

 すっと、それまで手を差し入れていた袖から、鬼灯は小さな小瓶を取り出した。


「鬼灯?」

「こちらを。きっと、貴方の望む結果となりましょう」


 掌に乗せられた小瓶を前に朝月は大きく目を見開いた。










 ***************



 次回予告



 暁月:さてさて、次回の『凍京怪夷事変』は?


 三日月:真澄と南天が苦戦する怪夷との戦闘の中、己の力不足を嘆く朝月。そんな時、鬼灯はある提案を持ちかける。朝月が選ぶ答えとは...


 暁月:第十三話『茨の道を征くならば』次回もよろしくね

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る