第七話ー会議はランチと共に踊る





 木場での怪夷討伐の翌日。

 真澄は特夷隊の詰め所には向かわず、一人大統領府内にある、大統領執務室を訪れていた。


「深夜に電話があったと思ったらどうした?話したい事があるって」


 遅めの朝食を取る柏木と向かい合い、真澄は後ろ手に腕を組んで昨夜の顛末を柏木に報告した。


 本来、怪夷退治の報告は書面で上げる。いちいち本人へ口頭報告はしないのだが、今回はそれをせざるを得ない状況だった。


「...ふむ、その少年は、なかなか興味深いな普段、私の護衛任務の時くらいしか顔を見せないお前が、わざわざここに来たくらいだしなあ」


 クロテッドクリームをたっぷりと付けたスコーンを頬張り、柏木はニヤリと不敵に笑う。


「それで、お前はその少年をどうしたい?」

「それを迷ってるからここに来たんだろう」


 柏木の問いに、げんなりとしながら真澄は溜息を吐いた。

 あれから南天を自宅に連れ帰った後、真澄は彼の今後をどうするべきか考え込み、結局朝になっていた。

 家に帰ってから南天は“契約”については何も言って来なくなったが、内心諦めていないらしい。


「ふむ...さっき、三好先生からも此度の怪夷討伐に関しての報告書を貰ったが...その少年は、怪夷の弱点も理解しているようだな」


 先程上がってきたばかりの真新しい報告書の束を柏木はパラパラと捲る。


「ああ、確実に怪夷討伐の手筈を熟知していた。一般人なら怪夷は体内にある核を破壊しない限り消滅しないという事を知らないからな」


 昨夜の南天の闘い方を思い出し、真澄は驚きを隠せない様子で柏木に話をする。


「しかし...契約か...怪夷退治に秀でていて契約を要求する者...一体、何処から来たのか。他に何か言っていないのか?」


「今はまだ何も。自分の素性も特に話てこない。まるで誰かに口留めされているみたいだな」


 今朝は晴美が作った朝食を食べると、少し散歩して来ると言って、出掛けて行った。

 一応、昼過ぎには詰め所に来るように伝えてあるが、ちゃんと時間通りに来られるか内心真澄は心配していた。


「謎が多すぎる奴をお前が創った部隊に加えるのもな...隊長とは言え、俺の一存では決められない」


「私は別に人選についてはお前が勝手に決めてくれて構わないんだが...まあ、もし何処かのスパイとかだった場合は面倒だな...良し、それなら私もその少年に会ってみるか。後は、部下達の意見を聞いてみたらどうだ?」


 紅茶を啜り、柏木は不敵な笑みを浮かべたまま真澄に助言した。


「そうだな...赤羽達の意見も大事だよな」


 肩を竦め、真澄は柏木の提案に小さく頷いた。

 新たな隊員を加える事に、真澄は慎重になっている。

 その理由を知っている柏木は、小さく溜息を吐くと、朝食を取っていた椅子から、静かに立ち上がった。


「...九頭竜君、お前が特夷隊の人選に慎重になっている理由は承知しているが、怪夷退治は命の危険が伴う。戦争だって、いつ誰が死ぬか分からない。...まだあの事を悔いているなら、いい加減吹っ切れ。私は別に気にしていないし...アレがそうなったのは、たまたま運が悪かっただけだ」


「柏木、けど俺は」

「アレは尊い犠牲だ。お前が気に病む事はない」


 いつの間にか歩みっていた柏木に肩を叩かれ、真澄は項垂れて唇を噛み締めた。


「それでもあの討伐戦線の前線で指揮を取った軍人か?もう少し非情になれ。でないと心が持たないぞ」

「分かってる...」


 絞り出すように頷く真澄の背中を、柏木は弟や息子にするように優しく摩る。


「来週はアレの命日だ。一緒に来るだろう?弔ってやるだけで充分だよ...真澄」


 耳元で優しく囁かれ、真澄はこくりと首を縦に振る。


「九頭竜隊長。その南天という少年の入隊に関しては許可を出す。一応時間を見つけて会う事はするが、後は副隊長の赤羽君や月代君達の意見を聞いて判断してくれて構わない。優秀な隊員は多い方が私も心強いからね」


 真澄から距離を取り、再び椅子に腰掛けて柏木は、いつもの含みのある笑みを浮かべた。


「了解しました」


「彼の素性については、こちらでも探りをい入れてみよう。軍部の関係者という可能性は否定できないし...軍の実験や殺戮人形という本人の発言も引っ掛かるからな」


 真澄から聞かされた謎の少年に柏木は興味を抱き、自らも探りをいれるよう約束をする。


「そうして貰えると有難い」


「お前はそういうのはからっきし駄目だからなあ。まあ、あまり期待はするなよ」


 喉を鳴らして笑う柏木に真澄は久し振りに頼もしさを感じ、それまでの鬱々とした気持ちを薙ぎ払った。






 柏木の元を辞して真澄はその足で特夷隊の詰め所へと向かった。

 時刻は十二時を過ぎていた。

 執務室の扉を開くと、そこには既に部下達が集まっていた。


「隊長、お疲れ様です」


 最初に真澄に気付いたのは、赤い髪の三十代半ばの男。鳶色の瞳が少しだけ疲労の色を宿している。


「赤羽、お疲れ様。悪かったな。折角の休日に」


 赤毛の男ー赤羽隼人あかばねはやとに真澄はすまなそうに眉を垂らす。


「いえ、休日っていっても退屈してたので。あれから特に怪夷の出現は無かったですから、殆ど寝てましたよ」


 ニヤリと笑う隼人に真澄は肩を竦めた。言葉と裏腹に彼の目は眠そうにしている。説得力に欠けるが、それが彼なりの気遣いだと気付いて真澄は苦笑した。


「そういう隊長も、昨日はお疲れ様でした。色々大変だったみたいですね」


 給湯室からお茶の入った湯のみを手に真澄に近付いて来たのは、淡い色に緩いウエーブの掛かった髪の柔和な面立ちの男。歳は隼人と変わらないが、物腰が柔らかな分正反対の印象を受ける。


「ありがとう、月代」


 淡い髪の男ー月代拓つきしろたくへ礼を言いながら真澄は差し出された湯のみを受け取った。


「しかし、昨日六条から聞いたが、なんか大変だったんだな」


 束になった書類を真澄に手渡しながら、隼人は肩を竦める。

 昨夜の一件を隼人は宿直交代の際に桜哉から聞いていた。

 彼が真澄に手渡したのは、先程仕上がったばかりの報告書。作成は桜哉だった。


「久し振りの旧ランクAだったんですよね?」


 受け取った報告書に目を通している真澄に拓は確認するように訊ねた。


「ああ...まさかあんな地下の廃ドッグに出現するとは思わなかったけどな...」


「それだけ、負の気が強かったという事でしょう...怪夷の出現の条件には、怨念や陰気の多い場所がありますから。元海軍の軍事施設なら、それなりに溜まっていたのではないでしょうか」


 拓の見解に真澄と隼人は小さく頷く。

 先の大震災から既に五年。東京府は徐々に復興をしつつあるが、まだまだ復興しきれている訳ではない。未だ復興から取り残された場所は少なくなく、廃墟も至る所に存在していた。


 そう言った場所には家を失くし、仕事を失くした貧しい人々が集まり、そこで飢えや病で亡くなり、その怨念が溜まる。


 そうする事で生まれる陰の気の溜まる場所こそ、怪夷の発生場所だと研究結果が報告されている。


 真澄達特夷隊は、夜間巡回を行い、怪夷の発生場所の特定と討伐を行うのが主な職務だ。

 その他に大統領直属の小隊という名目上、週五日は必ず一人、大統領の護衛任務についていた。


「さて、他の三人はどうしてる?」


「東雲と六条は昼食の弁当買いに行ってます。ランチミーティングならやっぱり美味いの買わないとって張り切って出て行きました」


「宮地君は、三好先生の診察を受けてもう直ぐ来ますよ。今朝様子を見に行ったら、元気そうでした」


 隼人と拓から報告を受け、真澄はホッと胸を撫でろした。


「お前等には苦労かけるな...」


「気にしないで下さいよ。俺達は真澄兄さん。特夷隊の副隊長と参謀。隊長のフォローは全力でしますんで」


「この一年でこの小隊も随分若返りましたからね。貴方一人に背負わせはしませんよ」

 隼人と拓。二人の頼もしい部下からの熱い視線に、真澄は胸を打たれて「そうだな...」と小さく呟いた。


「ただいま戻りました!」


 しんみりとした空気を打ち破るように、勢よく扉が開く。

 大股で部屋に入って来たのは、紙袋を両手に下げた朝月だった。


「東雲っ執務室だろうが礼節を重んじろって何回教えたら分かるんだ!」


 それまで丁寧に話ていた口調を荒らげて隼人は朝月の頭を平手で引っ叩いた。


「痛ってえ...」


「隼人...もう少し、優しく、ね?」


 頭を抱えて蹲る朝月を憐れみ拓は、その傍に膝を折り、隼人の鉄拳が下った頭を摩る。


「東雲君、お部屋に入る時は取り合えずノックしようね」


「...気を付けます...」


「拓ーそんな礼儀知らず甘やかすなよ。図に乗るぞ」


「朝月、少しは懲りろ...赤羽は俺より厳しいんだからな...」


 取って付けたような真澄の忠告に朝月はこくこくと首を楯に振った。

 普段と変わらぬ遣り取りを見遣り、真澄は先程までの憂鬱とした気分を払拭する。

 この気兼ねない空間を護りたいのは、自分だけではない。

 その事実が、先程の柏木との会話で凹んでいた自分を元気づけたのはいうまでも無かった。


「皆さん、お昼ご飯お待たせしました。松屋さんでよかったですか?」


 朝月に遅れて執務室に入ってきた桜哉は、室内の光景にキョトンと目を円くした。


「...えっと...新しい遊びですか?」


「六条さん、気にしなくていいから...暑い中ご苦労様」


 朝月が床に置いた紙袋を拾い上げ拓は驚いている桜哉を出迎えた。


「あの...何かあったんですか?」


「ただの教育的指導ですから、気にしなくて大丈夫ですよ。さて、お昼の用意をしましょうか」


 桜哉の肩を押してその場から遠ざけるように、拓は給湯室へ入って行った。



 隼人と朝月、真澄が執務室の中央にテーブルをセッティングし、その上に拓と桜哉が昼食の弁当を並べていると、執務室へ更に人が入って来た。


「お疲れ様です」


「大翔」


 執務室に入って来たのは、昨夜の負傷で医務室で三好の治療を受けていた大翔だった。


「戻りました」


「宮陣、もう大丈夫なのか?」


 執務室に入って来た大翔に駆け寄り、真澄は心配そうにその顔を覗き込んだ。


「左目だけの負傷で済んだので」


 左目を覆う眼帯に指先で触れて大翔は肩を竦める。


「悪かったな」


 真澄に続くように駆け寄った朝月が、顔を曇らせて謝罪する。

 それに大翔は首を横に振って笑みを零した。


「説明しなかった僕にも非があります。それに真実が見える眼を貰ったので。先生から」


「なんですか?それ」


「義眼だよ、義眼」


 訊ねてきた桜哉に苦笑をして大翔は答える。


「見ますか?」


 自身の顔を覗き込んでいる桜哉と朝月にアズ寝てから、大翔は頭の後ろで縛っている眼帯の紐を解いた。

 眼帯の下から現れたのは、宝石のように透き通った翡翠色の瞳の眼。


「見えてるのか?」

「見えてます。普通には見えないものも見えてますけど」

「なんだそれ?お化けでも見えんのか?」

「相手の正体が分かるそうです」

「ふぅん」


 桜哉と朝月に笑いかけて宮陣は眼帯をつけ直した。


「隊長、昨日の少年は?」

「ああ、南天の事か...昼過ぎには来るように伝えてあるから...まあ、一時頃には来るだろう」


 壁に掛けた時計を見遣ると、短針は十二時半を指していた。


「その、南天って奴、何者なんですか?」

「それについて、皆に相談がある。今日はその為のランチミーティングだ」




 朝月と桜哉が買って来た弁当を囲みながら、真澄は隼人と拓に昨夜の一件を説明する。


「なんだその野良猫...」


 真澄の説明に隼人は思わず突っ込んだ。


「怪夷の急所まで知ってるのは、不思議ですね...あれは今は軍属くらいしか知らない筈ですし...」


 驚いた様子で拓も目を見張る。


 四十五年前。英雄達によって旧江戸城の怪夷を生み出していた場所が封じられてから、日ノ本では怪夷は消え、その討伐も必要なくなった頃から、一部を覗いてその技術は失われている。

 真澄達がその術を知っているのは、軍人や、かつて怪夷と渡り合っていた職業を親世代が担っていたからだ。


「それでだ。今の話を聞いて、皆の意見が聞きたい」


 箸を置き、この場にいる特夷隊の隊員達を見遣り、真澄は彼等に問いかけた。


「大統領閣下から許可は下りている。後はお前達がどうしたいかに委ねる」


「隊長はどうしたいんですか?俺はその南天という奴は確かに即戦力としては有力だと思うが、隊長が渋るなら少し様子を見た方がいいと思うが...」


「僕も実際に昨日の様子を知らないから、なんとも言えませんが...確かに戦力としては大きいかもしれませんね。怪夷との戦いは日に日に困難を増していますから」


 真澄の話だけしか知らない隼人と拓は顔を見合わせる。


「私は隊長達の意見に従います。個人的な意見としては、あれだけの大物怪夷を倒せる力は人員不足を補うには充分な逸材かと…悔しいですが、あの強さを見せられては認めざるおえない…」


 肩を縮めて俯き加減の姿勢で桜哉は進言する。実際にあの強さを見ているからこその桜哉の意見に、真澄は頷いた。


「俺は是非仲間になってほしいね。悪い奴には見えねぇし」


 ニヤリと箸を口許に押し当てて朝月は昨夜の出来事を脳裏に描く。

 朝月らしい素直な意見に真澄は苦笑した。


「僕も、彼は問題ないと思います。確かに、色々謎がありそうだけど...隊長の下なら大丈夫かなって思います」


 桜哉と朝月に続くように大翔も自分の意見を口にした。

 年少組は実際に戦闘を見ているからか、南天の入隊には積極的だ。


「そういえば、隊長の事、“マスター”って呼んでたな?契約とかなんか言ってたし...」


「なんだその契約って?」


「なんでも、力を発揮するためだとかなんとか」


 桜哉の話に隼人はチラッと真澄を見遣る。


「俺にもそれは良く分からん。本人に聞いても、必要だからとしか言わないしな」


「契約...ね」 


 腕を組んで溜息を吐く真澄の反応を横目に隼人は目を細めて考え込んだ。


「いっその事、仮入隊ってのはどうでしょうか?僕もその南天君の実力とか性質を知りたいし。でも、戦力は多い方がいい訳だし」


 ぽんと、手を打って拓は提案をする。

 それには、真澄を始め、全員が大きく目を円くした。

 その発想はなかった。


「そうだな...月代の意見は悪くないな...一応、素性は閣下も調べてくれるっていうし...」


 午前中の柏木の遣り取りを思い出し、真澄は頷く。

 謎が多い分引き入れるには慎重さを要するが、戦力としては申し分ない。

 もし何処かのスパイだった場合、このまま野放しにして置くのはリスクが高い。

 手元で泳がせておく方が、何かと好都合かも知れない。


「なんなら、俺の方でも探ってみるよ。まだ警視庁に知り合いは多いしな」


「僕も、少し読んで見ます。後は九頭竜隊長の決断次第で」


 隼人と拓の心強い意見に真澄は、背中を押された気がした。


「そうだな...分かった」


 自分を見詰めてくる部下達の視線を受け止めて、真澄は決意を固めた。







 *****************



 第八話予告


 弦月:さあ、さあ、次回の『凍京怪夷事変』は?


 暁月:東京の街である人物を捜す南天。真澄との約束の為に、大統領府内の特夷隊詰め所に向かうが、そこで思わぬ事を告げられて…


 弦月:第八話『怠惰な猫、居場所を得る』乞うご期待!


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