第六話ー殺戮人形《キリングドール》は契約を請い願う

 


 怪夷を回収し、真澄は南天を連れて大統領府内にある特務怪夷討伐小隊とくむかいいとうばつしょうたいの詰め所へと戻っていた。


 既に街の灯りは消え、静寂の中に蛙の鳴き声だけが響いている。

 政治の中心たる大統領府も、今は灯りが殆ど落され、静まり返っていた。

 今この場で仕事をしているのは、一部の守衛と、真澄達特夷隊だけだ。


 暗闇に佇む鉄筋コンクリートの建物を南天は目を円くして見上げた。

「ここが、俺達の仕事場だ」 

 立ち止まっていると、徐に真澄に声を掛けられた。

 自分と彼等の間が空いている事に気づき、足早に南天は距離を詰める。


「あの烈震でも倒れなかったから、今の大統領には絶大な力があるんだと示すのに一役買った建物だよ。本来は建て方が良かっただけなんだけどな」


 苦笑を滲ませて真澄は、桜哉と南天を伴って大統領府の敷地内にある真新しい建物の中に入った。


 少人数の詰め所ながら、室内は解放的な造りをしていた。

 玄関を入って直ぐに螺旋階段があり、天井にある天窓から、空が見える。

 右の奥に仕事場である執務室と来客を出迎える応接室、更には簡易の台所を備えた食堂があり、左には武器庫や医務室等の備品や補佐関係の部屋がある。階段を上がった先には宿直用の仮眠室が設けられた一角。

 大統領府の広大な土地の中にある離れのような建物を、南天は興味深げに見詰めた。


「桜哉、南天を執務室に案内してくれ。俺は三好の所に行ってくるから。これも渡して来ないといけないからな」

「分かりました」


 真澄からの指示に頷き、彼に先程回収し怪夷の残骸を詰めた布を渡すと、桜哉は南天を促した。

 桜哉に促され、南天はじっと真澄の顔を見た後、仕方ない様子で右側にある執務室へと入って行く。

 それを肩越しに見送って真澄は左側の奥にある医務室という名のエリアへ向かった。




 医務室に向かう途中で、真澄は大翔を医務室へ運ぶ為、一足先に戻っていた朝月と出くわした。


「ご苦労さん。宮陣みやじは大丈夫そうか?」

 真澄の問いに朝月は深く頷く。

「三好先生がしっかり治療してくれるっから心配はないと思う。終ったら報せてくれるって」

 部下からの報告に頷いて真澄は、朝月を労った。


「旦那、一つ聞いていいか?」

「どうした?」

「あの南天って奴、これからどうすんだ?」

 唐突な問いに、真澄は考え込むように視線を足元に向ける。


「それについてなんだが、まだ俺もどうするか決めていない。一応閣下にも報告しないとならないし、明日にでも全員の意見を聞こうと思う」

 上司の考えに、朝月は相槌を打つと、今度は自分の考えを口にした。


「俺はあんな強い奴がここに入ってくれたらいいと思う。なんか、昔親父から聞いた英雄譚みたいだったし」

 既に二十歳を越えているというのに、朝月は無邪気に笑った。


「確かにな」

 朝月の子供のような考えに真澄は苦笑した。


「取り合えず、詳しい決定は明日以降だ。それまでは宮陣の体調を考慮した配置になるから、そのつもりでな」

「了解。それじゃ、俺は執務室に戻ります」

 ビシッと敬礼をして、朝月は真澄とすれ違うように執務室の方へ歩いて行った。




 コンコン、と扉がノックされる。

「そうぞ」

「失礼します。三好先生」


 声に続いて真澄が医務室の扉を開いて中に入ると、白衣を身に着けた一人の男が出迎えた。

 年齢は自分と変わらないだろうというのに、年齢を感じさせない医師ー三好に真澄は敬礼をした。


「夜遅くまでご苦労様です。先生」

「畏まってお礼を言われるような事はしてませんよ。私は自分の研究の片手間に皆さんの健康管理をしているにすぎませんから」

 座っていた椅子から立ち上がり、三好は柔和な笑みを浮かべ、真澄に椅子に腰掛けるよう促した。


「宮陣の容体は?」

「ああ、彼なら先程処置が終りまして、今は薬で眠っています。目を負傷しただけで、打ち身や擦り傷以外の大きな外傷はないので、明日には復帰出来ると思いますよ」

 医務室の奥にある簡易ベッドを備えた病室を指差して、三好は大翔の状態を細やかに説明した。


「視力とかに影響は...怪夷に受けた傷なら、例の病気の危険性は?」

「それは今検査中です。でも、心配はいらないと思いますよ。日常生活も問題のないように処置はしましたから」

 三好の前に腰を下ろす事無く、真澄はホッと胸を撫で下ろした。


「良かった...これ以上あの家に迷惑を掛けるのは気が引ける...」

 肩を落して呟く真澄に、三好は肩を竦めた。


「相変わらず、軍人や貴族は大変ですね。家だ立場だと...私には面倒に感じます」

「先生は確か、海外での生活が長いんですよね?俺も先生と同じ考えですけど、この国は未だにそう言った家同士の繋がりや因習が強いですから...」

 疲れた様子の真澄の話を聞いて三好は、苦笑した。


「まあ、この小隊も色々しがらみが多いですからね。私にはなかなか窮屈ですけど」

「三好先生みたいな身分が俺には羨ましいですよ」


 乾いた笑みを浮かべてから、真澄は話題を変えるように担いでいた包みを三好の前に差し出した。

「本日のサンプルです」

「ご苦労様です。おや、今日はまた随分細切れになっていますね」

 布に包まれた黒い肉塊を持ち上げ、スパっと斬れた断面を、三好は興味津々と見つめる。


「...これ、九頭竜隊長や朝月君、他の人の仕業...ではないですね」

 断面を様々な角度から眺めてから、三好は真澄へ問いかけた。

「ああ...後で報告書を上げさせて貰うが、今回こいつを倒したのは俺達特夷隊じゃない」


 先刻の出来事を真澄は三好に簡単に説明した。

 南天の事。彼がたった一人で怪夷を倒した事を。


「ふむ...なるほど...興味深いですね。その、彼に噛まれた腕、見せてもらえますか?」

 言われて真澄は南天が噛み付いた腕を三好の前に差し出した。

「噛み痕のような物は無いですね...腕を噛んで、その南天という少年は怪夷を倒したんですね?」

 三好の質問に真澄は首を楯に振る。


「ああ、最初に助けてくれた後、俺の腕に噛み付いてから空気が変わったんだ、なんというか、神々しいというか、獲物を狙う肉食獣のようなというか...」

 先刻の南天の戦闘振りを振り返りながら真澄は、改めて南天が纏っていた雰囲気に既視感を覚えた。


(あの感じ...昔見ていた気がする...)


 記憶の片隅にある懐かしい風景に思いを馳せていると、不意に名前を呼ばれた。

「九頭竜隊長、明日その南天という少年に合わせて貰えますか?私も会ってみたいので」

「明日?今じゃ無くて良いんですか?」

 唐突な申し出に真澄は驚きつつも、首を傾げた。会おうと思えば直ぐに会える場所に、例の少年はいる。

 ここに呼び出す事はそれ程難しくないが。


「今夜は宮陣君の看病やこの怪夷の調査がありますから、それに...その少年も疲れているだろうし。今夜はゆっくり休ませて上げて下さい。貴方も疲れたでしょう?」

 最もな理由と、最後に自らを労われ真澄は深く頭を下げた。


「それでは、宮陣少尉の事、よろしくお願いします。俺はこれで失礼します」

「ええ、また明日」

 医務室を出て行く真澄を、三好は笑顔で見送った。




 執務室へ南天を案内した桜哉は、簡易の台所でお茶をいれ始めた。


「南天さん、適当に座って下さい」

 桜哉に促され、南天はキョロキョロと室内を見渡した後、隅にあるソファに腰を下ろした。


(そんな隅に座る必要ないのに...)

 先刻の戦闘時とは打って変る、借りて来た猫のように静かな南天に、桜哉は困惑した。


「夜食とか食べますか?」

 間を持たせようと桜哉は南天に話しかける。

 だが、当の南天は桜哉の問いに、首を横に振るだけで、一向に喋ろうとはしなかった。


(嫌われているとかじゃないよね...)


 桜哉自身も人と接するのは得意ではないが、それでも失礼な振る舞いはしていないと自負している。

 人見知り同士の異様な沈黙に桜哉が耐えかねていると、執務室に朝月が戻って来た。


「お疲れさん」

「朝月さん!お疲れ様です」

 戻って来た朝月に桜哉は助け船とばかりに感激した。

「ん?桜哉どうした?」


 自分の登場に珍しく感激している桜哉に朝月はキョトンと目を円くする。

 執務室を見渡し、隅のソファで膝を抱えて座る南天を見つけ、朝月は更に眉を顰めた。


「...えっと、なんだこの状況...」

「私一人じゃ間が持ちませんっ」


 お茶を入れた湯のみをお盆に載せて、桜哉は台所から出て来ると、懇願するように訴えた。

 そこでようやく、状況を理解した朝月はやれやれと肩を竦めた。


「そうか、桜哉も人見知りする方だっけか」


 ニヤニヤと現状に笑いながら朝月は桜哉が淹れてくれたお茶の湯のみを二つ手に取った。

 そのまま彼は隅にいる南天の方へと歩いて行く。


「お疲れさん。ほらお茶」


 無言で室内を見詰めていた南天の前に、朝月がやって来る。

 目の前に差し出された湯のみを南天はじっと凝視した。


「ありがとうございます」

 淡々とした口調でそう言って、南天は朝月から湯のみを受け取った。


「さっきはありがとうな。あんたの助けが無かったら、どうなってた事か」

 無遠慮に隣に腰掛けた朝月を、迷惑そうに見詰めてから、南天は受け取った湯のみの縁に口を付ける。


「しっかし、強いんだな、何処でそんな訓練受けたんだ?俺も怪夷退治の経験がある親父から色々教わったけど、あれはまるで昔語りの英雄みたいだったぜ」


 無言でお茶を啜っている南天に、朝月は一方的に話しかけた。

 その様子を、先程までは気まずげにしていた桜哉は今度はハラハラしながら見守る嵌めになった。


「俺は東雲朝月、この大統領直属特務怪夷討伐小隊の切込み担当だ」

 聞いてもいないのに名乗ってきた朝月を、南天はチラッとだけ彼を横目に見た。


「南天はどうして旦那のとこに来たんだ?何か理由とかあるのか?」

 矢継ぎ早に質問攻攻めにしてくる朝月が鬱陶しくなったのか、南天は湯のみの中のお茶を飲み干して、ソファから立ち上がった。


「あ、おい」

 朝月から距離を置くように、南天はまるで猫のように更に部屋の隅に移動した。


「...なんで逃げんだよっ」

 突然距離を取った南天に理由が分からず朝月は困惑した。


(いや...今のは私でも逃げたい)


 一部始終を見守っていた桜哉は、南天が隅に逃げた理由を理解して、内心溜息を吐いた。

 三人がそんな遣り取りを繰り広げていると、医務室から真澄が戻って来た。


「ああ、悪いな非番なのに...ああ、後は桜哉に説明させるから、今夜は頼む。俺も明日は早く出勤するから...じゃあ、よろしくな」

 通信機で誰かと会話しながら入って来た真澄に、南天、桜哉、朝月の視線が一斉に集中した。


「...どうした?」

 執務室に入った途端、熱烈な視線を向けられて真澄は当惑した。


「隊長...東雲中尉をどうにかしてください」

「桜哉、別に俺は何もしてないぞ」


 桜哉から抗議され、朝月は弁解を求めた。

 状況が掴めない中、真澄は二人の様子と南天が隅っこにいる事から、現状を推理する。


「...お前等、仲良くしなさい」

「仲良くしてたし!」

「朝月さんが煩くしたからっ」


 親戚の小父さんの気持ちで思わず口をついた言葉に、桜哉と朝月はほぼ同時に声を張り上げた。

 そこで、真澄は何となく状況を理解して、やれやれと額を押さえた。


「...南天、お前そんな隅っこにいないでこっちに来なさい」


 それまで、警戒心剥き出しで桜哉や朝月の様子を伺っていた南天は、真澄に呼ばれた途端、しなやかに彼の傍へ駆け寄った。


「マスター。お帰りなさい」

「ただいまって...そのマスターっのはなんだ?」


 先程の怪夷戦の時にもそう呼ばれたが、何故『マスター』なのか、いまいち理由が掴めない。

 真澄が混乱していると、淡々と南天がその訳を話し出した。


「貴方は仮とはいえ、契約を結んだボクのマスターです。先程は緊急性故にきちんと契約を結べませんでしたが、今一度ボクと契約を結んで下さい」

 すっと、先程の旧ドッグの時同様に跪いた南天に、真澄は困惑した。


「さっきの殺戮人形キリングドール云々は、本気で言ってるのか?」

「はい。ボクは軍部の実験によって作られた殺戮人形です。マスターの命令なら、いかなるものでも従います」


 真っ直ぐに自分を見詰めて来る紅玉の瞳に、感情は一切ない。

 訓練された兵士でも、こんな無機質な目をする者は早々いない。


「契約たって...なんでそんな事が必要なんだよ...」

「それは、ボクの中の力を解放するためです」


 先の戦闘時と同じ言葉を繰り返す南天。

 彼の言動はまるで誰かに言うよう強要された、そんな印象を真澄に与えた。


(そうか...違和感の正体はこれか...)


 晴美が南天を拾い、最初に言葉を交わした時に感じた、生身の人間を相手にしているのとは異なる感覚。

 感情の殆ど感じられない南天の言動や視線が彼の“人形”という言葉を強調していた。


「それは...絶対に必要なのか?俺である理由は?」

 後頭部を掻きながら真澄は疑問を投げかける。


「怪夷討伐にはボクの力が必要になります。それを解放できるのは、英雄の血を濃く引いたマスターが適任なのです。どうか、正式にボクと契約を」

 尚も食い下がらない南天の出した理由に、真澄は深く息を吐いた。


(またか...)


 英雄の血。

 真澄に取ってそれは、一種の呪いだった。

 生まれた時から付きまとうそれに、四十を向かえた今でも受け入れられずにいる周りからの評価。


「...英雄の血ね...」

 ぼそりと呟いて真澄は何かを振り払うようにガシガシと頭を掻いた。


「その話は、暫く保留だ。お前の素性も分からないし、俺の部下や上司にお前を紹介してから判断させて貰う」


 キッパリと、突き放すような言葉に、南天はそれまでの無表情、無感情から一変して、大きく目を見開いた。

 断られると予想していなかったのだろう。衝撃が大きかったのか、南天は真澄の言葉が受け入れられずに、俯いた。


「...分かりました...お返事を頂けるまで待ちます」


 弱弱しい声音で自らを納得させるように呟いて、南天はその場に項垂れた。

 一先ず話が終った事に、内心溜息をついてから、真澄は状況を見守っていた朝月と桜哉を振り返った。


「さっき赤羽に連絡を取った。桜哉、今夜の宿直は赤羽と交代だ。赤羽が来たら状況を説明して、上がる事。朝月、お前はもう上がっていいぞ。俺も今日は帰る。恐らく今夜は怪夷の出現は無いだろうからな」

「了解しました」

 隊長の指示に、二人は敬礼をして返す。


「明日は一度全員出勤する事。俺は大統領に今夜の事を説明してから出勤する」

「コイツの事、どう説明するんすか?」

 南天を指差して朝月は首を傾げる。


「...それは、これから考える...」

 未だ床に跪いている南天を見遣って、真澄は脱力気味に答えた。


「兎に角、話は明日だ。南天」

 名前を呼ばれ、それまで俯いていた南天は、ハッと顔を上げた。


「帰るぞ。お前を家に泊めないとは言ってないからな。暫くは俺の家にいなさい」

 真澄からの申し出に、驚いた様子で南天は、じっと真澄を見詰めた。


「その契約ってのは別にして、行く宛のない奴を放り出す程俺は鬼じゃないからな」

 穏やかな笑みを浮かべ、真澄は南天に手を差し伸べる。

 その手を取って南天は静かに立ち上がった。


「ほら、帰るぞ」

「はい...マスター」


 真澄の促しに南天はこくりと頷いた。

 桜哉だけを残し、真澄は南天を連れて特夷隊の詰め所を後にした。



 






 *************



 第七話予告

 暁月:さてさて、次回の『凍京怪夷事変』は?



 刹那:怪夷退治の翌日、謎の少年・南天の扱いに迷い柏木に相談に行く真澄。柏木が下したのは隊の意見を聞けという事で...


 暁月:第七話『会議はランチと共に踊る』次回も楽しみにしててね!


 

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