九話 唾液の味

「もう、ごめんって! もう、みーちゃんで遊んだりしないよー」


「ふんっ! 謝ったって許してあげないんだから。それに、今言ったこと、絶対に嘘だもん。陽葵ひなちゃんの嘘つき」


 意地悪する陽葵ひなにそう言うと、俺はカフェ・オレを一口。

 こればっかりは仕方ない。あんなことをされたんだし。

 いや、俺が悪いからただの八つ当たりなんだけど、陽葵ひなも少し悪い。

 あのあと、恥ずかしさで軽く三分間ほどダウンしていた。

 まあ、その間は陽葵ひなに手を引かれるながらここまで連れて来てもらった。

 さすがに、あの場所に残っていたらやばい。

 ちなみに、今はショッピングモールの中にある、喫茶店に来ている。


「こちら、ご注文頂いたショートケーキとモン・ブランになります。ご注文は以上でお揃いでしょうか?」


「はい」


「伝票はこちらに置いておきます。ごゆっくりどうぞ」


 店員さんが頼んだものを持って来てくれる。


「みーちゃんは、モン・ブラン好きなの?」


「まあ、ぼちぼちかな。陽葵ひなちゃんは? ショートケーキ、好きなの?」


「ショートケーキというよりは、イチゴが好きなんだ。ちょっと甘酸っぱいところがおいしいよね」


「ごめん。私、イチゴが嫌いだからわからない。なんなら、酸っぱいのとか無理だから」


「そうなのっ!? それじゃ、レモンとかミカンとかの柑橘類も食べれないの?」


「ミカンは甘ければ食べれるけど、酸っぱいのはちょっとだめかな……」


 スイーツがきてからは、空気も話も一変、なんとなく他愛のない会話をする。

 でも、陽葵ひなのことは昔から知ってるけど、意外と知らないことも多いんだなと思った。

 陽葵ひながイチゴが好きだなんて知らなかった。

 好きな食べ物とか、好きな曲とか、好きな本とか、全然知らない。


陽葵ひなちゃんは栗好き?」


「食べれないということはないけど、わざわざ食べたりしないかも。でも、あったら食べるよ」


「なんだ、陽葵ひなちゃんは食べれるのか。なんか、損した気分」


「なんで?」


「私だけ、嫌いな食べものを知られたから」


「みーちゃん、やっぱりかわいいよー」


「や、やめてよっ!」


 なんでだろう。普通に思ったことを言っただけのはずなのに。

 やっぱり、女子のかわいいはよくわからない。

 そうして、俺はモン・ブランを一口食べる。

 少し甘く、口の中で溶けるようなマロンクリームに幸せを感じる。


「美味しいようでよかった。ここのお店の評判がよかったから、来てみたかったんだ」


「そうなんだ。ショートケーキは美味しい?」


「食べてみる?」


「いや、いらない。絶対にくれないし。それに、モン・ブランを一人で食べたい」


「もう、可愛くないな~」


 可愛くないと言われて、達成感というかなんというか、プラスに働くことって、そうそうない気がする。

 と、そんなことを思っていると、


「えいっ! どう? 美味しい?」


 ショートケーキを載せたフォークが、俺が口を開けたタイミングで押し込まれる。

 そして、思わずパクリと食べてしまった。


「って、か、かか、間接キス!?」


「ふふ、どう? 私の唾液のお味は美味しい?」


「そそ、そんなのわからないよっ!」


 陽葵ひなのからかうようなその言葉に、思わず動揺しながらもそう返す。

 もはや、口の中はなんの味もしない。


「でも、残念。新しいフォークを使ったから大丈夫だよ」


 いつの間に取り出していたのか、右手にはもう一つフォークを持っていた。

 なんか、これじゃ動揺した俺がバカみたいだ。


「で、おいしい?」


「あんなことされたから、よくわからないけど、たぶんおいしい」


「ちゃんとイチゴのないところ、あげたんだよ?」


「あっ、そういえば、イチゴの味はしなかった」


「それじゃ、今度は私の番。はい、このフォークを使って?」


「私は一人で食べるつもりだったのに~!」


 俺がここでなんと言おうと、もう後の祭りである。

 ここは諦めて、モン・ブランを一口差し出すしかない。

 そう思って、差し出されたフォークを受け取ると、一口分だけモン・ブランをすくう。


「それじゃ、口を開けて? あーん」


「はむっ……」


 可愛くかぶりつくと、幸せそうな表情を浮かべる。

 それだけでもわかるが、一応聞くことにする。


「どう、おいしい?」


「これ、普通においしいね。甘さが丁度よくて。普通にまた来たい味だよ」


 あの顔であんまり美味しくないとか言われたら、もう信用できそうにない。


「でも、これ。なんだか、恋人みたいだね」


「な、なな、なに言ってるの、陽葵ひなちゃんっ!?」


「えっ? あっ、今のは別にそういうつもりじゃなくて、その本当に違くて。その、仲がいいってことっ!」


 確かに、友人と一緒に遊びに来たという感じはある。


「それで、みーちゃん。許してくれた?」


「あっ。だから、許さない~! 今のは、その、忘れてただけっ!」


「忘れてたなら、別に許してくれてもいいと思うな」


「う、うぐぬぬぬ…………!」


「ねっ? それに、もう仲直りできてたよ」


 そう言われると確かにそうだ。あのときのことを忘れるほどに打ち解けてるんだから。


「わ、わかってるけど……けどっ! 本当にもうからかったりしない?」


「しない、しない」


「本当?」


「本当…………たぶん」


「たぶんなんじゃんっ!」


 どうやら、俺をからかって遊ぶのをやめるつもりはないらしい。

 はあ、仕方ないか。

 そこで、俺は諦めることにする。


「それじゃ、ここの会計は陽葵ひなちゃんが奢ること」


「それで許してくれるの?」


「うん…………仕方ないから」


「ふっ…………」


「ねえ、今。『こいつちょろいな』みたいな反応しなかったっ!?」


「全然してないよー。もう、みーちゃんそれはひどいよ~。被害妄想だよー」


「そ、そうかな?」


 なんか一瞬、『してやったり』という顔が見えた気がするけど……。

 くそっ、陽葵ひなの力が欲しい……。

 それから、しばらくしてスイーツを食べ終わり、飲み物も飲み終わると、俺ではなく陽葵ひなが会計を済ませてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る