七話 試着室

フードコートをあとにすると、陽葵ひなに先導されながら、ショッピングモールの中を歩いていた。


「それで、これからどこに行くの?」


「えっとね、服屋さんかな。このショッピングモール結構広いから、色んなお店も入ってるし、服屋さんのあとはどこかでお茶でもしようと思ってるけど、どうかな?」


「わかった。私もそれでいいと思う」


 そうして、しばらく歩いていると、目的のお店につく。


「このお店、結構かわいい洋服が多いんだ。みーちゃんはどんな服がいいとかあるの?」


「えっと、自分に似合う服?」


 そう言うと、どうしても笑いが堪えられなかったのか、笑い出す陽葵ひな

 そんなおかしなことを言っただろうか。

 今までも、店員さんにおすすめを聞いたり、自分に似合いそうな服を適当に試着して、よかったら買うとかしてたからな。

 特に詳しい名前とかはわからない。


「そりゃそうだよ、みーちゃん。誰だって似合う服がいいよ。それじゃ、私がみーちゃんに似合いそうな服を持っていくから、先に試着室の方に行って、待ってて」


 ああ、と一人納得していると、言うが早いか陽葵ひなは、お店の中を散策し始めた。

 てか、俺の洋服を買いに来たのか。

 まあでも、女の子目線でかわいい洋服を見繕ってもらえるのは少しありがたいかもしれない。

 自分ではそういうの、あんまりよくわからないし。

 そんなわけで、俺も試着室に向かうことにする。

 そして、試着室の近くで少しの間待つと、陽葵ひなが何着か上下セットで洋服を持ってくる。


「みーちゃん、お待たせ。えっと、全部で三着持ってきたから、着てみてくれるかな?」


「うん、わかった」


 そうして、陽葵ひなから三着、それぞれのペアで渡される。

 どれも自分に似合いそうな服で、思ったよりも俺のことを考えてくれてたことに、嬉しさが込み上げてくる。

 と、俺の不自然な様子に気づいた陽葵ひながこう言った。


「どうしたの? なにか問題でもあったかな?」


「あっ、全然そんなことはないよっ!」


「そう? なら、よかった」


 そして、俺は陽葵ひなから渡された洋服を持って、試着室に入った。


 程なくして、一着目に着替え終わる。

 やっぱ、陽葵ひなに見てもらった方がいいよな。

 せっかく選んでくれたんだし、きっと見たいだろうし。

 あまり気が進まないながらも、試着室を開け陽葵ひなに見せる。


「どう、かな?」


「…………」


「似合う、かな?」


「…………っ!」


「えっと……陽葵ひなちゃ──」


「すごくかわいいよっ! 思った通り、みーちゃんにとっても似合ってる! でも、これだったらツインテールの方がいいかな。リボンなんかもつけて。いや、それより…………」


「あの、陽葵ひな、ちゃん……?」


 なんか一人の世界に入り込もうとする陽葵ひなを呼び戻す。

 まだ行かれては困る。


「あっ、ごめんね。えっと、それじゃ次の服も着てみて」


 そんなわけで、次の洋服に着替えることにする。

 でも、こんな服も俺に似合ってるのか。

 改めて今の自分の姿を見下ろすように鏡を見ながら、服って奥が深いなぁ、なんて思った。


 ✻


 それから、何着も着替えさせられた。

 てっきり、最初の三着で終わりだと思ってただけに、途中からはいつ終わるのだろうか? と、少し疲れ始めていた。

 いや、たぶんだが、陽葵ひなの方が、よっぽど体力的に疲れてるんだろうけど。


「えっと、陽葵ひなちゃん。次で最後にしない?」


「えっ? あー、そうだね。ごめん、少し楽しくなってきちゃって。だって、どの洋服を着せてもかわいいし、似合ってるんだもん」


「そうだったんだ」


「それじゃ、最後はこれに着替えてくれるかな?」


「りょーかーい」


 そう言って、試着室のカーテンを閉めようとしてると、


「お邪魔します」


 そんなことを言いながら試着室の中に入って来る陽葵ひな

 ……って、入って来たっ!?

 えっ? どういうこと? てか、なんで入ってきて……。

 しかも、きっちりカーテンまで閉めて。


「みーちゃん、いや、みなとくん。失礼するね」


 陽葵ひなはそう言うが早いか、手を服の中に忍び込ませ、そのままの勢いで俺の着てる服を持ち上げる。


「ふむふむ、いい体つきしてるね、みなとくん」


「ちょっと、陽葵ひなちゃんっ!?」


 俺はというと、今の現状でもなんとか冷静を保っている。

 いや、保てている。


陽葵ひなちゃん、だめ、だよ。こんなことしたら……」


「大丈夫だよ。見た目だけは、どっちも女の子なんだから」


「そういう問題じゃ──っ!」


 と、陽葵ひなはそのままの勢いよろしく、俺に抱きついてきた。

 見た目も声も女の子である俺にはない、柔らかなあれが背中に押し付けられ、理性という理性が悲鳴をあげる。

 さすがに、これはヤバい。

 ヤバいというかヤバい。

 こんな場所でこれは、本当にまずい。

 そんなことだけが、俺の頭の中を飛び回る。

 こんなの、こんなの、どうすれば……。


「あの、陽葵ひなちゃん……? そろそろ、限界、だよ……」


「ごめん、ごめん。みなとくん、いや、みーちゃんがあまりにもかわいい反応するから苛めたくなっちゃった♪」


 なっちゃった♪ じゃねぇー!

 俺は、大変だったんだぞ。

 いろいろのものを我慢しなくちゃいけなくて……。あそこのあれとか。


「それで、試着室から出てくれる?」


「わかってるよー」


 どこか不満そうにそう言うと、陽葵ひなは失礼しましたー、なんて言いながら試着室を出た。

 本当、失礼しましたが本当に失礼しましたになるだなんて。

 そして、俺も陽葵ひなに選んでもらった、今日最後の服に着替える。


「どう? 似合う?」


「うん、やっぱり一番似合ってる」


「うん? やっぱり?」


「えっ? あー、最初にこれを見たときに、これが一番似合うかなと思ってたんだ」


 いや、それなら最初にこれを持って来いよ。

 道理で今までの中で一番しっくりくるなと思ったわけだよ。

 そんなわけで、着て来た服に着替え直してから、試着室に残ってる服を戻して、最後に試着した服をレジまで持っていって購入することにした。

 本当、散々な目にあった。

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