三章 黒き蝶々は幼馴染みの手のひらで舞い躍る

六話 女装の約束

 ある日の休日のこと。俺はあの日の手順で、見た目も声もかわいい女の子の姿になってから、駅のロータリーでを待っていた。


 金曜日の放課後、バイトがあるためさっさと帰ろうとしていると、


「ねえ、みなとくん。ちょっと、いいかな?」


 少し不安そうな表情を浮かべた陽葵ひなに呼び止められた。


「今日はこのあとバイトだから、少しの間だったら大丈夫だけど、それでいい?」


「うん。でも、ごめんね? 私なんかがみなとくんに時間を取らせちゃって」


「いや、こういうときはありがとうでいいんだよ」


「うん、ありがとうみなとくん……」


 そこで、はにかむように笑った彼女の笑顔は、とても可愛く、魅力的だった。

 けど、時間がないことは変わらない。話を進めさせてもらうとしよう。


「それで、用は?」


「えっと、それは……」


 そこで言い淀むと、陽葵ひなは俺のもとまで近づいて来て、耳元でこうささやいた。


「あのときののことなんだけど、明後日あさってでいいかな?」


「えっと……」


「ご、ごめんね。そうだよね。急にこんなことを言われても困るよね。私なんかが勝手に決めちゃだめだよね」


「いや、明後日あさってで平気平気。だから、なっ? 元気出せよ」


「あっ、ごめんね。私なんかがみなとくんに気を使わせちゃって」


 本当、いつもの陽葵ひなは明るくて元気な感じなのに、なんで放課後の陽葵ひなはこんなにもダウナーなんだろうか。

 みんな、陽葵ひなにもう少し優しくしてやれよ。

 かわいい女の子なんだからっ!

 この世での唯一の正義、かわいいを持ってる女の子なんだから!


 まあ、そんな感じで大まかな日程が決まり、細かい時間や待ち合わせ場所は陽葵ひなからチャットが送られてきた。

 と、そんなことを思い出しながら待っていると、目的の人物は現れた。


「えっと、みなとくん、お待たせ。待ったかな?」


「いや、う~ん…………待ったかな」


「えー、そこは今来たとことか、全然待ってないよとか言うところだよー。けど、声までとってもかわいいねっ! それじゃ、時間ももったいないし、行こうか?」


 目をキラキラと輝かせながら、元気いっぱいの陽葵ひな

 やっぱり、しょぼんと落ち込んでる陽葵ひなよりも、こうして元気いっぱいの方がいい。


「けど、行くってどこに行くの?」


「そんなのもう、ショッピングモールに決まってるよっ!」



 それから、数十分ほど歩くと、ショッピングモールに到着する。

 そして、到着して早々に、俺の方に向きをかえると、ニコッと笑ってこう言った。


「えっと、少し早いけど、お昼ごはんにしていいかな?」


「少し早いけど、丁度いいし、いいと思う」


「それじゃ、決まりだね」


 そんなわけで、俺たちはショッピングモールの中にある、フードコートに向かうことにした。


 ✻


「あー! みなとくん、こっちこっちっ!」


 大きく手を振って、ここだよとアピールする陽葵ひなの明るくて元気な姿に、なんとなく微笑ましい気持ちになる。

 あのあと、フードコートについてから、陽葵ひなには空いてる席を確保しておいてもらった。

 その代わりに、俺は陽葵ひなの分の昼ごはんも頼んできた。

 で、今は呼び出しベルを持って、陽葵ひなを探していたところだった。


「その、陽葵ひなちゃん。きっと、悪気があるわけじゃないと思うし、私もそれはわかってるんだけど、あまり大きな声でみなとくん呼びはやめてほしいな」


「えっ? あっ、そうだよね。これは、二人だけのヒ・ミ・ツ、なんだもんね。ごめん、そこまで気が回らなくて」


「全然平気だよ。これから気をつけてね、陽葵ひなちゃん」


「うん。それで、なんて呼んだらいいかな?」


 そっか、そうだよな。

 う~ん………………あのときのでいいか。

 あんまり変なのにしたら、自分でも気づけなくなるだろうし。


「それじゃ、みーちゃん、とか?」


「わかった。それじゃ、これからみーちゃん、って呼ぶね」


 ああ、可愛い。なんて可愛いのだろう。

 可愛くて尊い。

 そんな日常的なやり取りにも幸せを感じる。

 けど、周りからはあの子ら仲いいなとか、微笑ましい感じで見られてるんだろうな、俺は男なんだけど。

 絶対に、カップルには見られてないだろうな。

 元々カップルじゃないけど。

 と、そうこうしてるうちに、呼び出しベルが鳴った。


 ✻


「ねえ、みな、じゃなかった。えっと、みーちゃん。私、ちょっとソフトクリーム買ってくるね。みーちゃんもなにか食べる?」


「私はいらないかな。ほら、太るし。そんなの食べたら、陽葵ひなちゃんも太っちゃうよ?」


「太らないよっ! 甘いものは別腹だからね」


 そんなことを言って、陽葵ひなは楽しそうにソフトクリームを買いに行った。

 そして、俺も昼ごはんを食べて一息つこうとしていると、


「汝よ。忘れていないか?」


「うわっ……!」


 ヌルっとソフィーが現れた。

 しかも、なんか机の上から生えてくる感じで。

 …………って、めっちゃびっくりしたっ!

 そのせいで、思わず素の声が出てしまった。

 とりあえず、周りの人にはごめんなさいと、心の中で謝っておく。

 でも、あんまり視線は痛くない。

 ああ、俺の見た目が女の子だからだ。

 キャッ……っ! とかだったら、色んな人が助けに来てたんだろうな。


「汝、そんなに驚かなくてもよいであろう」


「いや、普通に驚くよ。それより、さすがにこの状況はやばいんだけど?」


「安心するがよい。汝のため、しっかりと周りには姿が見えないようにしてある。我だけ」


「声は?」


「…………」


「声はどうなの?」


「…………」


「ねぇっ!」


「大丈夫である。これで、周りに声が聞こえることはない。我だけ」


「あと、忘れてないから。奇跡の力コクリトファイスのことでしょ?」


「そうじゃ。一人目がいるのだから、しっかり気を張っておれ」


 そう、あのときこの世界に一人目が現れたことを教えられた。

 けど、それは未だに誰かはわかっていない。


「わかったよ。それだけ?」


「うむ、ではな」


 そう言って、机の上から埋まるようにして消えてい──「あたっ」、途中でなにかにぶつかったのか、そう声をあげてから、ソフィーは消えていった。

 本当、心臓に悪いことはやめて頂きたい。

 人は死ぬとき簡単に死ぬんだし。

 と、そこで陽葵ひながタイミングよく戻ってくる。


「お待たせ、みーちゃん。さっき叫び声がしたけど、なにかあった?」


「いや、全然。もしかして、心配かけちゃった?」


「うん……。でも、なにもなくてよかった」


 そんなことを言いながら、陽葵ひなはスプーンでバニラ味のソフトクリームを一口。

 スプーンによだれが残り、無駄につやっぽい。

 というかなんか、食べ方がエロい。


「あーっ! もしかして、みーちゃんも見てたら欲しくなっちゃった? それじゃ、一口だけだよ?」


 そう言うと、スプーンてソフトクリームを一口ほどすくうと、それを俺の口のもとへ。


「ほら、みーちゃん。口開けて? あーん」


 そう言われ、少し目を瞑りながら口を開けて待っていると、


「やっぱり、あーげない」


 それは俺の口ではなく、陽葵ひなの口へ。

 くそ、やられた。


「そんなに恨めしそうな目をしても、あげないよ?」


「わかってるよ~」


「それに、このままあげてたら、間接キスになっちゃうしね」


「へっ?」


「もしかして、みーちゃん。私と間接キスしたかったの?」


「ち、違うよー!」


 普通に忘れてた。

 そうだ。確かにそうだ。あのまま食べていたら、俺と陽葵ひなは間接キスを…………。


「どうしたの? 顔が赤いけど、大丈夫?」


「大丈夫だよ!」


「もしかして、私と間接キスをしてるところの妄想でもしちゃった?」


「違うよ!」


 図星だ。

 てか、めっちゃ妄想してた。あのまま食べてたときのことを考えてた。

 よだれの残るスプーンが俺の口に入るところを想像してた。


「もう、みーちゃんてば、かわいいね」


 普通にバレてた。

 てか、陽葵ひなに嘘は通じないんだった。

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