二章 黒き蝶々はカフェに酔う

四話 二面性幼馴染(エンジェルデビル)

 何気ない日常。

 何気ない登校日。

 その日、俺は学校へ向かって歩いていた。

 今日は、ピカピカの新学期、みんな憂鬱の始業式…………ではない。

 そういう、連休明けの辛いやつはもうやった。今日は休み明けの、普通に辛い日。

 ただ、今日はいつもより辛い。

 なぜなら、


「やあ、愛しのマイダーリン」


「なあ、いつも言ってることなんだが、やめないか、それ。親友の水鳥川みとりがわにそれを言われると、普通にキモいんだよ」


「もう、みなと。そんなこと言わないでおくれ。それに、僕のことは気さくに柚葉ゆずはと呼んでくれたまえ」


「いや、水鳥川みとりがわで慣れてるから」


 親友にいつものウザ絡みをされてるからだ。

 確かに、これは通常運転であるのだが、朝からこれを聞くと、なんとなく疲れる。精神的に。


「俺は別に、誰に求愛行動を取るのも自由だと思ってる。俺も、朝じゃなかったら普通に受け流す。いつものことだしな」


「もう、僕は本気なんだけどな。でも、君がそこまで嫌がるなら、少しは考慮するよ」


「それ、いつも聞いてる」


「考慮した結果、ああなってるからね」


「つまり、変わってないってことだろ。考慮されてないってことだろっ!」


「もう、わかったよ。それよりも、僕は彼女について説明してもらいたいね」


「えっ?」


 そう言われて、初めてそれの存在ソフィーに気づく。


「なんだ、今頃気づいたのか?」


「なんでソフィーも来てるんだよっ!」


「なんでとは、なんじゃ。そんなの簡単ではないか。我も今日から通うのだ、汝の学校に」


 なるほど。新学期になって、約一週間で来る謎のロリ美少女転校生。

 そして、それが俺の知り合い。

 さすが、神様。常識とかそういったものは、ない。


みなとくん。その子、だれ?」


「怖っ!」


 その声の主こと幼馴染の陽葵ひなから殺気をバリバリ感じる。

 ちなみに、彼女が来ると同時に、水鳥川みとりがわは走って学校へ行ってしまった。

 ちっ、逃げたか。


「ねえ、その子だれ?」


「えっと、その──」


 さて、どう説明するか。

 神だと言って信じてくれるか?

 ──いや、信じるか?

 でも、テキトーな嘘をつくより、真実を伝える方がいいのでは?

 陽葵ひなに嘘をついても、見破られる。

 なら、神だと言えば、それが嘘ではないとわかるから、それを信じてくれる……のか?

 そんな未来を思い描くも、時間切れになってしまった。


「もしかして、彼女?」


 だから、怖いって。ホラーよりのヤンデレさんはちょっと嬉しくない。

 てか、彼女であってもなくても、お前に関係ないだろ。

 いや、まあ。それを聞いてきた理由は、なんとなくわかるけどなっ!


「ち、違う。そんなのじゃない」


「嘘じゃ、ないね。はあ、よかった」


 俺としてはよくはないが?

 早く彼女ほしいなぁ、本当。


「そうだよね。みなとくんに彼女なんてできないよね。だって、……がいるもんね」


「えっ、なんて?」


「な、なんでもないよ」


 ソフィーがドヤ顔で俺のことを見てたから、ソフィーあいつには聞こえたのだろう。

 まあ、神なら聞こえるだろうけどさ、一般人である俺には、聞こえないんだよ。


「そうだ、みなとくん。ちょっとだけ、耳、いいかな?」


「うん? 別にいいけど、なに?」


 そう言われ、陽葵ひなに耳を近づける。

 隣を歩いていたときよりも密着度があがったため、今まで感じてなかった色々な刺激が俺の体に加わる。

 たとえば、女の子特有の甘い香りや、その、陽葵ひなの、その、胸なんかも、当たったりしている。


「あのこと、秘密にする代わりに、ご褒美がほしいな」


 陽葵ひなは耳元でささやくと、こっちを見てニコッと笑った。

 ああ、かわいい。一日の癒やしはここにあり。


「汝、その反応はなんとなく腹立つのじゃ」


「お前には、本当に関係ないじゃん」


「それで、湊くん。姿でお出かけ、したいな」


「えっと、ごめん。聞き間違いかな。もう一回言ってくれる?」


「?」


 こてんと、可愛く小首をかしげると、あいも変わらずこう言った。


姿で一緒にお出かけ、しよ?」


「それはちょっと考えさせてくれっ!」


「なんだかこれは、怪しい関係の気がするのじゃっ!」


 これは、予想外の出来事過ぎる。

 まさか、天使の口から悪魔の言葉が飛び出るとは。

 上げて落とす。まさに、悪魔だ。

 隣を歩く陽葵ひなをチラッと見る。

 彼女はとても楽しそうだった。

 と、陽葵ひなが俺の肩をぽんぽんと叩く。

 その仕草だけで、俺はまた陽葵ひなに耳を近づける。

 陽葵ひなはまたもや耳元でこうささやいた。


「そうしないと、秘密にしてあげないよ?」


 うん、だめだ。俺の周りの女の子に天使なんていやしない。

 みんな、欲望に忠実過ぎやしないか?


「大丈夫。言うこと聞いてくれたら、ちゃんとご褒美、あげるよ?」


 次に紡がれたその言葉は、俺を脳死させるのに、事足り過ぎた。

 そう、あまりにも欲望に忠実だったのは、他のだれてもなく、俺なのだから。


「わかった。お安い御用だ」


「ありがと」


 そう言って微笑んだ彼女の笑顔は他の何にも代えがたい、素晴らしい笑顔だった。


「ところで、学校まであとどれくらいで着くのじゃ?」


「お前、ちょっと黙ってろよ」


 ✻


 今日も今日とて、面倒な授業が終わった。

 今日はこれからバイトである。

 本当のバイトだ。休日じゃないしな。

 それに、休日にああいうことをするためには、それなりにお金もかかる。

 ちなみに、ソフィーならしっかり置いてきた。

 それと、授業が終わってすぐに俺の前に現れた親友ストーカーは、残念そうにしながら、ピアノならいごとだから先に帰るよと、律儀に言って行った。


みなとくん。今日はバイトだったよね?」


 いつのまに来たのか、気づいたら陽葵ひながいた。

 そして、バイトの話をした覚えもないのに、当然のように知っている陽葵ひな。もう、深くは突っ込むまい。


「そうだよ」


「そっか。それじゃ、途中まで一緒に帰ろう」


「ああ、悪い。今日は少し急いでてさ。その、時間ミスってシフト入れちゃって、ギリギリなんだよ」


「ああ、そうだったんだ。そうとも知らずに、ごめんね。私なんかがみなとくんの邪魔なんかしようとしちゃって」


「いや、邪魔とかじゃないけど」


「ごめんね、気を使わせちゃって。ああ、急いでるんだよね。私なんかがごめんね」


 朝のときとはまるで違う。

 やっぱり、見えてる世界がまるで違うというのが災いしているのだろう。

 陽葵ひなは過去にそれでイジメられたこともあった。

 まだ、そのトラウマが残っているのか、放課後になると陽葵ひなは卑屈的になり、ダウナー系女子に変貌する。これはこれで少し厄介だ。


「それじゃ、その、またな」


「うん、またね。それと、本当にごめんね。私なんかが」


 別れる最後まで、陽葵ひなはそんな感じだった。


 ✻


「汝、待たぬかぁぁぁ……っ!」


「なんだよ」


「なんだよ、ではない!」


 目にも留まらぬ速さで走ってきた居候神ソフィーは、勢いよろしく、俺の前で止まることなくそのまま先を行き、Uターンしてきた。


「お前、ちょっと無駄が多くね?」


「我とて、物理的現象には逆らえん」


「いや、普通によく逆らってるじゃん」


 特に家にいるときなど、壁を貫通してくるなんてことはザラにしてる。


「あれはあれ、これはこれということじゃ」


「なんだよ、その都合の良い設定」


「とにかく、今はそっちではなく、我を置いていったことの方の話である」


「いや、別にいいだろ。このあと、バイトなんだから、お前とは行く方向が違う」


 そう、待つ必要がないどころか、待つわけがない。


「安心せぇ。我も汝に同行するつもりである故」


「いや、来るな」


「なぜじゃ?」


「恥ずかしいからだよ」


「そんなことをするのか?」


「知り合いとか家族にバイトしてるところを見られるのは、ちょっとむず痒いんだよっ!」


「そういうものなのか?」


「そういうものなんだよっ!」


 まあ、妹がときどきくるんだけどさ。

 来るなって言ってるはずなんだけど、邪魔しに来るんだよな、あいつ

 てか、お店の場所すら教えた覚えとかないんだけどな……。


「そういうことなら仕方ないの。それなら、そうじゃの……。いつもとは違う感触に気をつけておくのじゃ」


奇跡の力コクリトファイスのことか?」


「そうじゃ。誰がいつ、奇跡の力コクリトファイスを手に入れるか、わからないからの」


「はあ、わかったよ。それだけか?」


「そうであるな」


「それじゃ、俺はバイトだから」


「うむ、それでは頼むぞ」


 そう言って、ソフィーとは別れた。

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