三話 帰宅=キス?

 途中スーパに寄ったため、日が落ちようとしてる頃、俺は帰宅する。


「お兄様、おかえりなさいませ」


「おい、どうしてそんなに畏まってるんだ。それにお出迎えまで」


「いえいえ、お兄様はお気になさらず」


 気になるが、とりあえずは無視する。

 どうせ、くだらないことだ。

 そう思って靴を脱ぎ、玄関から一歩踏み出そうとして妹が邪魔となる。


「なあ、邪魔なんだが?」


「知ってます」


「どいてくれないか?」


「今、私にどいてほしいと言いました?」


「? ……言ったが、それがどうした」


 希空のあはどこか勝ち誇ったような顔をする。

 その表情の意図が、全く理解できない。

 理解できなかったが、なんとなく嫌な予感がした。

 それでも、希空のあの次の言葉を待っていると、彼女はこう言った。


「わかりました。それでは、ここをどいてあげる代わりに、私にキスをしてください」


「はっ? なに言ってんの、お前」


「ここをどいてあげる代わりに、キスを──」


「2回言えってことじゃねぇよ!」


 小首をこてんと傾げる希空のあ

 いや、わかれよ。本当。


「とにかく、そこをどいてくれ」


「キス」


「しねぇ」


「いや、キスしろよ。こんなにかわいい女の子とキスできるチャンスとか、滅多にないぞ。今しかないぞっ! 絶好のタイミングだぞっ☆」


 うわっ……。自分でかわいいとか言っちゃったよ。

 まあ、かわいいけど。


「まず、普段から有り余ってるし、そもそもお前は妹だろうが。そんなことするわけないだろ。とにかく、どけ」


「ふっ。私はキスをされるまで、ここを退くつもりはないっ! さあ、キスをしろ!」


「はあ」


「ため息やめて! そういうの、結構傷つくんだからな!」


「…………」


「無言で邪魔だよアピールするのもやめて! そういうのも妹ちゃんのピュアピュアハートには刺さるんだからな!」


 なにがピュアピュアハートだ。お前のはもはや真っ黒ハートだ。

 とにかく、このバカはどうしたものか。

 そもそも、兄妹きょうだいそんなことキスをするつもりはない。

 あくまで、兄妹おれたちはその辺にいる普通の兄妹きょうだいであって、それ以上でもそれ以下でもない。

 とりあえず、キスをするつもりはないので、妹の顔から目線を反らしておく。


「私の可愛いお顔を見て! そして、この唇にキスをして」


「ふっ……」


「鼻で笑ったよ、うちの兄」


 とりあえず、希空のあの顔を見つめる。

 そして、とりあえずどうするかの案を思いつく。


「わかった」


「ただいまのキスをしてくれる気になりましたか、お兄様♡」


 そう、脳内ピンクのバカは萌え声で語りかけてくる。

 いや、そんなことしたところで、俺の意志なんて変わりはしないけどな。

 だから、こう言った。


「ああ」


「……えっ? まじで?」


「まじまじ」


 そう言って、俺は希空のあの両肩に手を触れ、顔を近づける。

 そして、妹が目を瞑ったのを確認してから、急いでリビングに逃げ込んだ。


「……って、やられたーっ!」


 あとから、妹の悲痛な叫び声が聞こえてきた。

 まあ、そんな日常的なことは気にせず、帰宅途中で買ってきた夜ごはんの食材なんかを冷蔵庫にしまい、とりあえず一息つく。

 どうせ、今日の夜ごはんはハンバーグだ。すぐできる。


「あの、にぃ」


「なんだ?」


「今日の夜ごはんを当てたら、キスしてくれる?」


「してくれない。てか、お前どんだけキスに飢えてんの?」


「いつでも、どんなときでも、にぃとのキスをを待っている。それなのに、にぃときたらいつも、いつもしてくれないじゃんっ!」


「俺は兄妹きょうだいでそんなことをするつもりはないと、いつも言ってるよな? なっ!」


「ううぅ……。ぐすんっ。今日に至っては、私の気持ちすら弄んだくせに。今さら何を言いますか、お兄さまっ!」


「いや、どんなに心が傷ついたとしても、しないものはしないからな」


「ううぅ……」


 もしかして、泣き真似をしたらキスをしてくれると思っているのだろうか。

 感情に訴えかけてるのだとしたら、下手な演技にもほどがある。

 それに、今はそんなことよりも、とっとと、を片付けたい。


「汝、欲求はこやつの排除でよいか?」


「よくねぇーよっ! てか、心の中を読むなよ」


 いつも通り、壁からヌルっと現れたソフィーは、なにやら物騒なこと言っている。

 てか、この異次元ソフィーは全くもってお呼びでない。


「お兄ちゃんがそんなことを思ってたなんて……っ! 私は悲しいです。お兄ちゃんをそんな風に育てた覚えなんてありませんっ!」


「いや、育てられた覚えもない」


「ちなみに、今日の夕食はハンバーグであるか?」


「心を読んだの、か……?」


「買ってきた食材から判断したまでじゃ」


 なんと、神とやらはなんでもお見通しらしい。

 さてと、俺は俺で片付けをすることにする。

 それに、とっとと夜ごはんを作らないと、いつもの時間に間に合わなくなる。

 別に、その必要なんてないけど、間に合わないとなんとなく気持ち悪い。


「キスぐらい、してくれてもいいじゃんっ! 減るもんじゃないんだしっ!」


 そんな、妹の心の叫びを尻目に、俺はそそくさと自室へ向かった。

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