黒き蝶々と苦難のエトセトラ

一話 ロリ美少女(神)

 本来、人間というのは朝になると目を覚ますようにできているらしい。日が昇り、窓から差す光が一日の始まりを知らせ、活動開始を知らせてくれる。

 そのはずなのだが、別に朝になっても俺は目が覚めない。その結果、朝は日の代わりに地獄が襲う。

 ただ、毎日そんなことが続いていると、地獄それが起きる少し前には目が覚め、どうにか回避する方法がないかと考えたりもする。

 が、今日は休日なのだ。毎日が忙しい一般市民の休息日。

 そんなわけだから、俺は二度寝を試みてるところだったりする。

 春の二度寝は素晴らしいと、どこぞの中国人も言っていたし。

 いや、まあ厳密にいえば中国人が言ったのは二度寝じゃないけど。

 と、そんなことを考えていると、どうやら地獄それは来てしまったらしい。

 ドタバタと足音をたて、バタンっ! とノックなしに扉を開け放つと、地獄それは部屋に入ってきた。


「朝といえばこのかわいい妹ちゃんっ☆ そんなわけで、妹である私こと希空のあちゃんが、起こしに来ましたよーっと」


 なんともウザったい声とともに現れたそれは、俺の眠るベッドに華麗にダイブ。

 ぐはっ……と、声ともならないほどのうめき声が、口からもれる。


「さて、それでは僭越せんえつながら、私からにぃに目覚めのキスを──」


「させねぇーよ!」


 さも当たり前かのようにふざけたことをしようとする妹に、これまた当たり前のように言葉で壁をつくる。


「なっ……! 今は、私のターンでしょ。今は、私がお兄ちゃんを自由に出来るターンでしょっ! 勝手に私のターンに割り込むとか、常識的に考えておかしいでしょ……!」


「そもそもだ。お前のターンってのは、いつ、誰が決めたんだよ」


 これがゲームならターン制なのだろうが、なんせこの世はゲームの世界じゃない。現実だ。

 理不尽で、くだらない、そんな現実だ。


「もちろん、この私ことかわいい妹ちゃんが、厳正なる審査を通した上で決めたんですよ」


「どこだよ、その審査してる、脳みそ無さそうなやつ」


「脳みそたっぷりの私ですよ?」


「はい、アウト」


「何を言い出しますかお兄さま。この世のお兄さまは、妹と朝にキスをする義務があるのです。全世界共通の決まりなのです」


「はい、ダウト」


 なんだよ、その暴論に出鱈目の盛り合わせのような自由過ぎる発想は。

 てか、俺はなぜ、毎朝毎朝、メンタルを削られなければならんのか。

 朝といえば一日の始まりであり、体力、精神ともにHP、MP全回復した状態でスタートするはずだというのに。


「はぁー。これだから、にぃは童貞のままなわけですよ」


「一介の高校生は大抵童貞だからなっ! ほとんどがまだだからな。……たぶん」


「まあ、にぃには一生かけても卒業できないですけどね」


「おい、お前。一旦、死ぬか?」


 なんなんだこいつ。一旦ほんとしばいた方がいいんじゃないだろうか。


「はあー。これだから、お兄ちゃんは童貞のままなんですよ」


「2回も言うな。ぶっ飛ばすぞ?」


「汝、欲求は童貞の卒業で良いか?」


 壁からヌルっと現れたロリ美少女こと神も、どうやらぶっ飛ばされたいらしい。

 てか、そもそもお前は出てくんな。話が余計にややこしくなるだろ。

 とにかく、喧嘩上等、こうなったら徹底的にやって、わからせてやる必要がある。

 覚悟したまえ。


「汝よ。それだから、童貞なんじゃ」


「人の思考を勝手に読んでじゃねーっ! てか、それが普通なんだよ。一介の高校生なんだからっ!」


 朝からこんなにも不毛なやり取りをしていたら、いくら体力やメンタルが強くても、きっと一日なんてもたない。


「はあ……。汝よ。早く欲求を申してはくれぬか?」


「あっ、神様お帰りください」


「今頃気づくか、お主。そもそも、お主に用はない。お主の兄に用があるのでな」


「お前らさ、本当に……。朝から俺、メンタルヘラりそうなんだけど」


「なぜじゃ」


「にぃ、大丈夫。このかわいい妹が、いつでもどこでも癒やしてあげますから」


「原因がお前らにあるって自覚、本当にないのな」


 そもそもだ。今までは、あいつ一人がバカやってるだけだったからよかったものの、今ではそこにロリ美少女めがみも加わってしまった。

 しかも、人の思考を読めるという理不尽な力デタラメ付で。

 もはや、人一人、一介の高校生が太刀打ちできる状況じゃない。

 はあ、本当。なんで、あのとき、あいつと出会ってしまったんだろうな、まじで。

 そう、俺が神と会った日、それはただの偶然であり、必然であった。



 あのとき、俺は赤色の月の物珍しさに、雨であったのにも濡れることをいとわず、月を見ることに夢中になっていた。

 そんなときに、彼女かみと出会った。

 神々しくわない、でも、有無を言わさないその存在に、俺は神だと思った。

 しかしながら、そんな彼女かみは現在、うちの居候とかしている。

 全くもって、迷惑以外のなにものでもない。

 とは言っても、悪いのは俺だ。

 欲求を保留にしてもらっているのだから。

 俺は、彼女の望み、願いを叶えることを承諾したのにもかかわらず、まだ対価の自分の願いを言えていない。

 なんでも叶えてくれるというのは、実際直面するとなかなか答えが出ないもので、悩んでばかりいる。

 まあ、その結果が現在の状況であり、原因である。

 そんなこんなで、休日の朝をグダグダと過ごしていると、唐突に神から声をかけられた。


「汝、今日はそんなにゆっくりとしていてよいのか?」


「休日だしな。なにかあるわけでもないし」


「? ……今日は、ばいと? とやらがあると言うておったはずではないか?」


「はっ? バイト?」


 俺がこいつにそんな話をした覚えはないが、神であるこいつにそんなことを言われると、なんとも言えない不安に駆られる。

 本当、そんな予定はないとわかっていたとしても、確認ぐらいはしなくてはと思ってしまう。

 そう思って、ベッドの隅にある携帯を充電器から外し、急いで携帯のカレンダーを開く。

 そこにあったのは、一0時から、の文字。

 なるほど。神の言葉はやっぱり偉大だわ。いわゆる、神のお告げというやつ。バイトの話をした覚えはないけど。


「てか、お前の名前、いい加減教えてくれないか?」


「はあー。八つ当たりというやつか、それは。ばいと? のことを教えてやったのじゃから、感謝こそされど、八つ当たりをされる覚えはないのじゃ」


「おい、八つ当たりじゃねぇから。いい加減呼び辛いんだよ! 名前ぐらい教えてくれ」


 そう、あのときから一向に名前を教えてくれないのである。この神とかいうやつは。

 あのときと言っても、数日のことではあるのだが……。


「そんなの、神と呼べばよいじゃろ」


「日本に神様がどれだけいると思ってるの? 八百万だよ、八百万っ! 他の神様に失礼だろうが!」


「汝、それは我にも同じはずじゃ」


「こんなに身近じゃ、神という感じがしないんだよ」


「あの、かわいい妹ちゃんを無視して話を進めるのはどうなんですかね、本当。私、泣いちゃいますよ? えーん、えーん」


「お前は関係ないし、混ざってきたら、よりこんがらがるだろ。それに、嘘泣きはやめろ」


 何というカオス。

 これが正に、朝の地獄。


「なっ……! なにを言いますかお兄さま。お兄さまが一番こんがらぎゃら、がる、がれ……。こんがらがらせてる原因なんです」


「…………」


「なんですか。なんですかその目はっ! 仕方ないでしょ。人間なんだから、噛むときは噛むんですよっ!」


「うん、俺はそんなタイミングで噛んだりしないけど、あるみたいだな」


「いや、にぃだって、一回ぐらいはあるでしょ」


「ないない。早口言葉言ってたって、噛みゃ、噛みやしないから」


「今、噛みましたね? にぃ、今噛みましたよねっ!」


「噛んでない」


「噛んだって。絶対に噛んだから」


 正直、噛んでない。省略して言おうとしたけど、なにか言われるのが嫌でやめようとしたら遅かっただけだ。

 だから、決して噛んでなどいない。


「汝、そんなどうでもいい話などしておらんで、早く朝食を作ってはもらえないか?」


 どうして、こうもこいつらは勝手なのだろうか。


「あー、もうめんどくさいっ! で、希空のあは何を言おうとしてたんだ?」


「えっ? だから、こっちで勝手に名前を付けたらいいじゃないかと」


「ああ、確かに。お前にしては珍しく名案じゃないか」


「やったっ☆ 愛しのにぃに褒められ……って、珍しくなんてないわっ! いつも、どんなときも、毎度、名案でしょ!」


 う~ん。とりあえずバカのことは無視するとして、名前か。

 何がいいだろうか。


 いや、適当テキトーなのでいいか。


「じゃ、今日からソフィーで 」


「なんじゃ、そんな弱そうな名前は」


「いいだろ、可愛いし」


「……そ、そうか? それなら、まあ、よいか」


 いいらしい。本人がいいというのだから、問題はない。

 それで、神あらためソフィーの話が、確か朝ごはんを作れだったか?


「そうじゃ。その通りじゃ」


「だから、心の声を読むなよ」


 俺もぼちぼち、目の前の障害物いもうとをどかして、体を起こす。

 そして、二人じゃまを追い出してから、朝のルーティンをこなすのだった。

 はあ。朝というのは、どうやら俺にとっては一日の始まりにして、地獄らしい

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