第12話 或る日の記憶 上

 優しく降り注ぐ日差しが反射して、白色に輝く海。聞こえるはずの波音も、穏やかな天気のおかげか、外に出歩いている人々の喧騒によって掻き消えている。貿易盛んな港町だけあって、大小さまざまな船が帆をたたみ、荷物を陸と船で交互に運んでいた。遠くの町から荷物が集まるこの町の中心部。そこにはほかの町の特産品を用いた様々な種類のお店が並んでおり、賑わいを見せていた。

 積み込みを終えたのか一隻の船が帆を張って動き出す。その様子をベンチに座っている一人の青年が眺めていた。麻のシャツに濃紺のズボン。その上に亜麻色のコートを羽織っている彼の元へと深碧の詰襟の制服を着た女性が歩いてくる。女性の両手には、深紅の殻に少し焦げ目のついた海老に木製の串が刺さった屋台料理があった。

「お待たせしました、ハル様」

 名前を呼ばれ、ベンチに座るハルは声のした方に振り向く。振り向いた先には、海老の串焼きを差し出す、淡い黄色の髪色をした女性。こんがりと湯気があがる串焼きを受け取る。

「ありがとう。ルテア」

 礼を言い、ハルはルテアが座れるように、横にずれる。ルテアは、一言「失礼します」と言って腰を下ろした。

 渡された海老の殻ごと串に齧り付く。香ばしい匂いのする殻を噛みつくと、パリッと軽快な音をたて深紅の殻の下にある白い身も一緒に口の中に運ぶ。ほんのりと甘みのある身と香ばしさが口の中に同居し不思議な味を堪能できた。気づけば串だけになっていたハルは追加でもう一本買おうか頭の中で悩んだが、夕ご飯のことも考えその思考を振り消した。隣に座るルテアもあっという間に平らげていた。まるで貴族の食卓にでも並んでるかのような上品な味に満足したハルは、目を輝かせて隣に座るルテアに尋ねた。

「これ美味しいな。有名なのかこの串焼き?」

「数か月前に央都から引っ越してきた料理人が出した屋台みたいですよ。噂では、央都の宮殿で料理を作っていたとかどうとか。その噂が拡がってすごい人気なんですよ」

 ルテアの説明に先ほど感じた高級感が納得つく。元宮殿で料理人として厨房に立っていたのならこの味も納得だ。

「あ、もしかして昔会ったことあるかもしれないですね」

 央都の宮殿で勤めていたということと、ハルが元皇子ということを思い出し彼女は、隣に座るハルに言った。彼女の言葉に、当の本人は記憶をたどっていたが、首をかしげる。

「思い出せないな。顔見てみたらわかるかもしれないが」

「では、後程見に行きますか。先ほど、すごい列できていたので」

 その提案に頷き、時間を潰すためそのままベンチに座っていることにした。そういえば、ルテアに過去のこと何も話していなかったと思い出した。時間を潰すのにいいかもと思い、海のほうを眺めるルテアに声をかけた。

「そういえば、まだ俺が追われるようになったこと話していなかったな。央都のこともさっき出てきたから話しておくよ」

 その言葉に、ルテアは居住まいをただす。

「私もいつ聞こうか悩んでいました。ぜひ聞かせてください」

 彼女の言葉に、ハルは過去について話すため積み重ねられた記憶の中から、奥深くに眠っている、とある事件のことを思い出していた。


   *   *   *


 周囲が山に囲まれ、高い塀で囲まれた街。山々にある整備された峠を越え、四方にある入り口には多くの人が列を作っている。絶え間なく人が出入りするこの街がセオン帝国の央都、グランタル。街の中心に宮殿や議会などの政治機構が集まっており、その周りを居住区や、商業区といったたくさんの建物が密集していた。

街の中央にある宮殿。盛り上がった丘に建つ、国一番の大きさを誇る三階建ての建物。白いレンガで建てられた宮殿の敷地の中央位置する中庭があり、それを囲むように建物が建っている。色とりどりの花や生け垣が整えられた中庭には、壺のような装飾が象られた白い噴水、その周りには木やベンチが置かれている。

昼下がり、普段は噴水から流れる水の音がする中庭から、木々が打ち合う、乾いた小さな音が鳴っている。不規則に打ち合う小さな音は、突如大きな音を響かせ止まった。

「上達しましたな。ハル皇子」

 地に落ちた、大人の腕ほどの大きさのある木剣を拾っている青年に声をかける壮年の男性。木剣を拾い上げた青年は、手に力を籠め、再び体の前で構え言葉を返す。

「毎日打ち合っていたらこんなものだよ。フリゲート!」

地を蹴り、青年は木剣を男性の首元に向かって打ち込む。男性は、その木剣を受け止めはじき返す。右、左と次々に木剣を打ち出す男の名は、ハル=ダーファング。この国の第三皇子。次々と打ち込んで来る木剣を全て対処している男の名は、フリゲート=シルト。国の盾と呼ばれる騎士団の団長を務めている。

 二人が木剣を打ち合っていると、中庭に二人の男性が歩いてくる。二人の男性の姿が目に入ると、フリゲートは、打ち込んでくる木剣をはじき返す。そして、木剣を腰に納め頭を下げる。

「毎日毎日、飽きないなぁ。そう思うだろ、シャルトくん」

「フリゲート殿に剣の稽古を命じたのは、ソル皇子、貴方様では?」

「そういやそうだったな。忘れていたよ」

従者のように隣に立っている青年から指摘され、笑ってごまかしていた黒髪の男。彼はハルの兄であり、この国の第一皇子であるソル=ダーファング。次期国王の位置に一番近い男だ。ソルの隣にいるのは、シャルト=アラン。この国一流の貴族の家出身で、ハルと同い年で、幼いころからの知り合いだ。

 フリゲートが木剣を納めている姿を見て、誰が来たか理解したハル。そんな彼は、二人に声をかける。

「兄上にシャルト、二人が一緒というのは珍しいな」

 声をかけられた、ソルは弟の言葉に応えた。

「中庭に顔を出そうとしたら偶然シャルトと会っただけだよ。それより、フリゲート。ハルの腕前はどうだ?」

「なかなか、腕は上がってきましたな。前とは大違いですね」

 フリゲートの答えに、百点満点といった答えを得たソルは、彼が腰に帯びている木剣を受け取った。そして、近くにあるベンチに腰に帯びていた長剣を置き、木剣をハルの方に構える。突然のことで驚いたハルだったが、意図を理解し手にして木剣を構える。

「じゃあその成果、見せてもらおうかな。ただし能力は使うなよ」

「望むところ。手加減なしで頼む」

お互い木剣を中段に構える。にらみ合い、静寂が続く。その沈黙を破ったのはハルの方だった。地を蹴り、ソルの手に向けて剣を突き出す。その動きを読んでいたかのように、ソルの木剣が横から薙ぎ払う。薙ぎ払われ体勢が崩れるが、足を踏みこみ、崩れたバランスを整え反撃に出る。それから二合ほど打ち合い、ハルは右上から木剣振り下ろしたが、ソルは左に体を移動させ躱す。その動きと同時に、ハルの脇腹めがけて剣を突き出すが、間一髪でバックステップしながら防ぎ距離をとった。

 間一髪のところで回避し、冷や汗をかくハル。そんな彼の動きに感心しながら言葉を投げかける。

「カウンターを防ぐとは驚きだな。フリゲートの言う通り、成長しているようだが、次で終わらせる!」

ソルは足を踏み込み、ハルに肉薄する。下段に構えた木剣を、左下から上に向かって振り、ハルが正面で防ごうとした木剣を弾き飛ばす。振り上げた木剣を、ハルの頭の上で止め、振り下ろし、首の際で木剣を停止させる。停止させるのが遅かったら、確実に彼の首に直撃し、首の骨すら砕けていたかもしれない。肩の上に、勢いのあった木剣があるハルは、両手を上げ降参を示す。そして、ソルは明るい声でハルに言った。

「勝負ありだ。ハル」

「今回も勝てなかったなあ。いけると思ったのに…」

 対して、悔しそうに呟く。ソルに飛ばされた木剣を取りに行こうとするハルに、フリゲートは声をかけた。

「では、勝てるように稽古の続きを再開しますか? ハル皇子」

「ああ、再開しよう。シャルトも一緒に参加するか?」

 フリゲートの冗談交じりの提案に、打ちのめされて悔しかったのかハルは乗り気で承諾する。兄弟対決を観戦していたシャルトも巻き込んで。

「私は別に構いませんが、よろしいのですかフリゲート殿?」

「構わんよ。一人増えたところでどうってことはない」

 シャルトの質問に対して、予備でもってきていた木剣をシャルトに渡す。

「じゃあ、オレは行くよ、フリゲート。他にやることがあるからな」

ソルは、三人の稽古に巻き込まれることを察知したのか、何か言いたそうなハルを遮り言った。そして、足早に来た道を引き返し、宮殿内に戻っていった。

 中庭に残された三人は、日が暮れるまで木剣のぶつかり合う乾いた音を響かせていた。


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追われる身となった世界で ゆうや @karinnokobo

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