第8話 或る領主と楽士

 水平線から太陽が昇り日差しが強くなり始めた。各地の人々は一日の仕事や勤めを果たすため、動き出していた。ここ港町ポートタットも例外ではない。この町の中心にある広場では、午前中多くの露店がひしめき合い賑わっていた。

そんな中、羽根つき帽子をかぶり、緑の外套を羽織った青年が広場に歩いて来た。青年は、広場にたどり着いて一息入れると、その広場の中心の方へ歩いていく。そこには一本の大きな木が立っている。そびえたつ木の下に立ち、手に持っていた横笛を口元にあてる。そして軽快な笛の音色を響かせた。町の住民や船乗り達といった人々は、その音色に耳を傾け、立ち止まる。いつしか青年の周りはすっかり人で囲まれていた。

 落ち着いたような旋律に、熱く激しいメロディーの音楽と様々なタイプの音色を披露する。数分間の演奏が終わり、青年は帽子を取っていつの間にか集まっていた周りの人々に一礼する。そして四方八方から拍手の荒しが巻き起こった。その拍手が鳴り終わると青年は、明るく大きな声で名を名乗った。

「こんにちは、皆さん。僕の名前はプーフェ。旅をしているしがない楽士です。演奏を聴いてくれてありがとうございます」

 プーフェは深々と頭を下げた。顔を上げた途端、プーフェは人々の質問攻めにあって身動きが取れない状況になっていた。その中、士官服を着た役人の一人が、広場の光景を一瞥し、足早に領主の館の方に歩いて行った。


*   *   *


 森の中を疾走する鋼色の塊。鉄の武装に覆われた馬車が獣道を突き抜ける。手綱を握るアウルは楽しそうな笑い声を上げている。後ろの荷台では、必死にしがみつくハルとルテアの姿があった。二台で揺られている男性は、前の騎手に向かって大きな声で話しかけた。

「なあ、本当にこの道で会っているのか? さっきからずっと揺れたままなんだが」

「大丈夫。この森はあたいの庭みたいなものさ。もうすぐでこの森を向けるよ」

 それから数分後、木々によって遮られていた日光に照らされ、アウルは眼を細める。森を抜け、目の前に現れた風景に目を見開いた。馬車をゆっくりと停車させる。視線の先には所々黒煙が上がっていた。

「何だいありゃ?」

 手綱を握る情報屋は疑問に思いながら呟く。

「何かあったのか? アウル」

「大丈夫ですか? アウルさん」

 後ろに乗っているルテアは、急停車に驚いて外に出てきた。遅れてハルも出てくる。

「あれを見てみな、二人とも。あれについてどう思う?」

 アウルは、指をさして黒煙の方を示す。

「嫌な予感がする……」

「ハル様の言う通りですね」

 黒煙の量にハルは、低い声で答え、ルテアは心配そうな様子で答えた。地図を見ていたアウルは、落胆した声を発する。そして、地図の方に目を落としながら言った。

「あの場所は一昨日、君たちがいた宿場町だよ。もう手遅れのようだけど……。どうする? 少し近づいてみるか?」

 アウルの言葉に二人は、頷く。そして、再び馬車の中に乗り込んだ。二人の様子を確認したアウルは手綱を握り、馬車を黒煙の方に走らせた。


黒煙の挙がっていた場所には、半壊した建物、未だ燃えて崩れそうな建物。崩れて黒々と朽ちた木材。昨日まであったであろう賑わいが嘘のように感じられる姿になっていた。

 町の入り口だったのであろう場所に馬車を停める。三人は馬車から降りどうするか話し合っていた

「さて、どうする? 手分けして生存者を探してみるか?」

 馬を縄でつなぎ終えたアウルは提案する。それに、馬車から降りて辺りを見回していたハルは答えた。

「そうだな。それがいいが、存外早く見つかったかもしれないぞ」

 その言葉に、女性二人は首を傾げる。ハルの言葉通りになった。

 朽ちた建物の影から五人ほど現れた。全員の手には、湾刀が握られ、ゆっくりとハル達三人の方に近づいてくる。五人のうち最も装飾品を多く身に着けた男が、ハルの方に剣先を向けて挑発するように言った。

「ここを通りたいならば、金になるもの置いていきな」

 男の言葉に、ハルは困ったように答えた。

「残念ながら、あなた方に渡す者は何も……」

 その答えに、満足しなかった男は怒気を含めた声をあげ近づいてくる。

「嘘つくんじゃねえ! 今の状況分かっているのか?」

 その言葉と共に湾刀を持つ手を、軽く振り上げる。すると、何か突き刺さった音が聞こえた。男の苦悶の表情と共に声にならない声をあげる。いつの間にか、腰の短剣を抜き投げつけていた。ハルは、瞬時に動き、痛がっている男の手から湾刀を奪う。そして、短剣の刺さった手を押さえる男に、突き付けた。

「立場逆転だな。さて、おとなしく投降して、知ってること全部話してもらおうか」

 男は、苦い顔をしながら、負傷した手を上げ、投降を示す。そして、仲間の者にも投降するように促した。

 男達の服装は、ほとんどがボロ布を纏ったような姿だった。彼らは、負傷した男の指示通り湾刀を置き、一か所にまとまって座っている。ルテアに治療してもらった男は、ハルに向かって言葉を投げかけた。

「なあ、あんた。いったい何が聞きたいんだ?」

「ここで一体何があったのか、教えてほしい」

 ハルの質問に、男達は、その時のことを思い出したかのように震える。その中で、負傷した男は、恐怖を抱きながら話し始めた。

「昨夜、俺達がこの近くの丘で野宿していたんだ。すると、下の方から、悲鳴が聞こえたから近くまで移動していったんだ。すると、狼型の魔獣に亜人種の群れが人々を襲っていたんだ。俺達は、すぐさま逃げて奴らが去るのを待って、再びこっちで金目の物がないか探していたってかんじだ」

 これまでの経緯を全て聞き終え、ハルは一人一人質問し始める。主に聞いたのは、どんな魔獣を見たかだった。数分で全員から聞き終え、ルテア、アウルと共に結果を話し始めた。

「どうでしたか?」

「全員見たものに差異があるみたいだ。恐らく幻覚の能力が働いていたかもしれない」

「なるほど、君が言っていた奴の事か……」

 ハルは頷き答えた。

「ああ、可能性としては高いが、奴がこんなことに干渉する理由はわからない」

「そうだねぇ。問題はそこだな。まあ、直に聞いてみるしかないかな」

「二人ともお話し中すみません。魔獣です!」

 ハルとアウルが話し合い、結論をまとめている最中、横にいたルテアが声を上げ、男達も同時に声を上げた。ルテアと男達の視線の先には、棍棒を担ぎ、猪のような顔のオークが二体立っていた。

 男達は先程、床に置いた湾刀に見向きもせず、一目散に逃げていった。残された、三人はそれぞれの武器を手にする。

「逃げましたね。彼等」

「そりゃあ、逃げるさ。彼等にとってトラウマかもしれないし」

 ルテアとアウルが、逃げた野盗の方を見ながら話していた。ハルともう二人は、オークの方を向き声をかける。

「とにかく、あいつらを倒して、ポートタットへ急ごう」

「はい、ハル様」「りょーかい」

 ハルの言葉に、ルテアとアウルは同時に返事をする。

 オークは、こちらの態勢に気が付いたのか、二体同時に咆哮を轟かせる。そして、二体はそれぞれ走って来た。それを見ながらルテアは細身の長剣を地に突き刺し、オークに向かって声を張り上げた。

「絡みとれ、黄色の薔薇よ‼」

 その言葉と共に、走っているオークの足を黄色の薔薇の花を咲いた茨がからめとり、二体は地面を転がった。そして、新たに出現した茨によって手足を拘束する。それを好機と見たハルとアウルが地を蹴った。

 転がり、呻き声をあげる一体のオークの瞳には、真新しい短剣を振り下ろそうとしている黒髪の青年の姿。もう一体のオークの瞳には、短めの直剣を構え、横なぎにしようとする緑がかった黒髪の女性の姿。そして次の瞬間、叫び声をあげる間もなく、首辺りを刺され、もう一体は斬り裂かれ、二体とも黒々とした血を吹き出し、痙攣して息絶えた。

 ハルとアウルは、武器についたオークの血を拭い取りそれぞれ鞘に納める。ルテアは、地から剣を抜き鞘に納め、脱力する。駆け寄って来たハルに支えられ、何とか立ち上がった。

「大丈夫か?」 

「ありがとうございます、ハル様。少し、能力を使いすぎただけです」

 ふらつきながら姿勢を正すルテアは、ハルに言葉を返す。その姿を見ていたアウルは、ルテアに声をかけた。

「それも能力の代償ってわけか。なら、休んでおきな。後ろなら横になるスペースあっただろうしさ」

「これぐらいならすぐに回復しますよ。お二人は怪我とか無いのですか?」

 ルテアの言葉に二人とも肯定を示す。ハルは手を叩き軽く音を立て、二人に言った。

「よし、そろそろここを出て、ポートタットに向かおう。ここの経緯はあの盗賊たちから教えてもらったことだしな」

「そーだな。さあ、乗り込みな。またとばしていくからさ」

馬の固定器具を外しながらアウルは、二人に急ぐように指示する。二人が乗り込んだことを確認した後、手綱をはじいて廃墟と化した宿場町を後にした。


*   *   * 


 一方、港町ポートタットは愉快な喧騒に包まれていた。朝、町の広場に現れた楽士の噂は、あっという間に領主シャルトの元に届いていた。その証拠に、緑の外套に包まれた青年が館に招かれている。青年がいるのは、普段使われることない大食堂。お昼時になり、館の使用人や様々な役職の人が集められた。大食堂に設けられたステージの上にその青年が立っている。そのステージから青年は、集まった人々に対し声をあげた。

「こんにちは。既にご存知の方もおられるかもしれませんが、改めて。僕の名前はプーフェと申します。この度はお招き、ありがとうございます。では早速、私の演奏を披露していきたいと思います」

 一礼して、手に持っていた横笛を口元にあて音色を奏でる。

 大食堂にいる人たちは、それぞれ食事や談笑を止め、プーフェの笛の音に聴き入った。一通り演奏が終わり、食堂に集まっていた人達から拍手が巻き起こる。その人の波を掻き分け、紅い髪の女性を従えた男性が姿を現した。この男性こそ、プーフェを招いた張本人。ポートタットの領主、シャルトだ。

「素晴らしい、笛の音だったよ。旅の楽士さん。名をプーフェと言ったか」

「ありがとうございます。領主様。僕のようなしがない楽士の名を覚えていただけるなんて光栄です」

 プーフェは、恭しく頭を下げ感謝を述べた。

「では、ゆっくりくつろいでほしい。では、また後で話そう」

 そう言って、シャルトは食堂をあとにした。


 食堂の外に出て行ったシャルトは、従えていた女性アンリと話込んでいた。

「あれが、先程届いた手紙に書かれていた笛使いか……」

「そのようですね。その手紙の送り主は一体誰なんでしょう?」

 シャルトの懐から、一枚の羊皮紙を取り出し考えている。その手紙の裏には、『ベルクタット』としか書かれておらず、名前はなかった。

「断定はできないが、あの町には凄腕の情報屋がいてね。恐らくその人からじゃないかと思う。気になるのは末尾に書かれていた『町の守備を固めろ』って内容なんだけどね。そっちのほうはどうかな」

「現在は配置最中です。完成には、しばらく時間がかかるかと。それにしても、その手紙のことを信じても良いのでしょうか?」

 アンリの疑問に、シャルトは言葉にするのを悩んでいるかのように考え、答えた。

「……なんとなくだが、嫌な予感がするんだよ。それに、ハル達が向かった町から来た手紙だ。何かあったのかもしれない。とにかく、そっちは任せたから、こっちも準備をしておくよ」

 シャルトの答えに、アンリは不信感を抱くことなく理解を示す。そして、互いに持ち場に戻ったのだった。

 

大食堂にいる役人たちにおひらきのことが伝えられ、大食堂から多くの人が出て行く。そんな中、プーフェは、アンリからシャルトの執務室に案内されていた。

 執務室に通されたプーフェは、扉を開けた先に立っていたシャルトと握手を交わす。

「さっきぶりだね、プーフェさん。楽しめましたか?」

「はい。ありがとうございます。初めてあのような場に立てれて光栄です」

「それは良かった。まあ、座ってくれ」

 一礼して、シャルトが指した椅子に腰かける。先程、大食堂で行われた宴会の感想など談笑していた。

その話題が、ひと段落するとシャルトは、プーフェの今後どうするのかを尋ねた。

「そういえば、この後はどうするので?」

 プーフェは申し訳なさそうな顔で、答える。

「この後は、この町を出ようかと考えています」

 その答えに、シャルトは驚いたように反応する。

「まさか、何かここで嫌な事でもありましたか?」

 その質問に対し、身振り手振りで否定しプーフェは答える。

「いえいえ、私は毎晩、毎晩野宿することに決めてますので」

「そうなんですか。いいですね、野宿も。思い出の場所なんてあるんですか?」

「それはですね……」

 プーフェが答えようとすると、町中に鐘が鳴り響いく。時刻を知らせる鐘の音だった。その合図を聞いたプーフェは少し動揺し、席を立った。

「どうかしたのですか?」

 プーフェの慌てた様子に不思議に思った、シャルトはすかさず質問する。

「長いこと居すぎてしまったと思いまして」

「そんなことありませんよ。有意義な時間が過ごせましたよ」

 そう言いながら、シャルトは席を立ち、自室の扉の前へと移動する。まるで、進路をふさぐように。

 すると、扉が勢いよく叩かれた。シャルトが扉を開けると、外に控えていたアンリが入って来て、シャルトに耳打ちする。その内容を聞いたシャルトはわざと聞こえるように言った。

「町の周囲に魔獣の群れだって! 突然なぜ⁉ 今すぐ、全市民に避難指示を」

「わかりました。すぐに手配します」

 その言葉と共に、アンリは廊下を駆けて行った。

「さて、どうしようか、プーフェさん。魔獣の群れに包囲されたようだ。今日この町を出るのは厳しいようですね」

「……そうですね。犠牲が出ないことを願いますよ」

 プーフェは、手を組み祈るようなポーズを取りながら言った。

「そうですね。俺はそう願っていますが、あなたの本心はどうなんですか?」

 途中でトーンを落とした声でシャルトが尋ねる。

「な、何を言っているのですか?」

 シャルトの声にプーフェは、慌てて言った。

「とぼけても無駄ですよ。これ招いたのあなたではないですか。ねぇ、魔獣呼びのプーフェさん」

 ずっと見せていた明るい笑みが嘘のように、冷酷なものに変わりプーフェに対し笑いかけた。

 それに対し、プーフェは手で顔を隠し、静かに笑い始める。人が変わったように、雰囲気が変わっていた。

「……そうだ。僕が呼んだよ。さあ、こんなものでは終わらない。ここからだ。地獄の開演だ‼」

狂ったような笑い声が、部屋の中で響き渡った。

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