第7話 或る鍛冶師
ソファの上で目を覚ます。窓から差し込む光に目を細めながら、横になっていた体を起こした。重い体を起こし、箪笥の方に歩み寄る。鍵穴のある引き出しに鍵を差し込み回した。引き出しをゆっくりと引き、中に入っている一本の短刀を手にする。それを、胸の方に引き寄せ暫く目を閉じる。そして、ゆっくり瞼を開けた。手に持っていた短刀を右腰に下げ、朝食をとるためその部屋を後にした。
同じ時刻。鍛冶の町ベルクタットのとある一軒の宿屋。その一室に泊まっていた二人は目を覚ました。結局、アウルの家では泊まらず、空いていた宿屋で寝泊まりしていた。二人は素早く身支度を整え、話し合っていた。
「これからどうします? いつまでもゆっくりしていられません」
ルテアが少し力が入った様子で話す。それに対し、ハルは落ち着いた口調で答えた。
「その通りだが、焦って行動を起こせば危険は増す。だから、少し落ち着け」
そう言われ、落ち着きを取り戻したルテアは不安を含んだ声で話す。
「すみません、焦っていました。ポートタットの人達が無事だといいのですが……」
「そうだな。無事だといいが。とにかく、朝ごはん食べながら、アウルと話し合おう」
「はい! では、昨夜の酒場に行きましょう」
まとめた荷物を背負って、二人は宿屋を後にした。
昨夜、情報屋アウルに会うため案内された酒場は、日中はカフェとして夜は酒場となっている。そのため、夜に比べ人で賑わっていた。
そこに亜麻色のフードを被ったハルとルテアは中に入り、空いている席に座ろうとすると、元気な声が背後から聞こえる。
「おはよっ! お二人さん」
焦げ茶色の外套を羽織り、首元に紅いスカーフを巻いた女性が挨拶をしながらやって来た。
「おはよう、アウル」
「おはようございます、アウルさん」
二人は挨拶を返し、アウルに席を進め、三人は席につく。そして、三人はそれぞれ料理を注文した。しばらく経って運ばれてきた料理を食べながら、三人はこれからの方針を立て始めた。
「さて、どうする? あたいは用意できているよ」
もちっとした白いパンをちぎりながらアウルは、向かいに座っているハルの方に問う。
「この後、鍛冶師に依頼していた武器を取りに行くぐらいだな。ルテアは他に何かするものはあるか?」
焼き目の付いた硬そうなパンを、湯気が上がる黄金色のスープに浸しながら食べているハルはそう答えると、横に座るルテアに尋ねた。
「私は特に用事はありません。ハル様の予定にあわせます」
そう言って、ルテアは野菜や薄く切られた肉を挟んだバケットを口に運んだ。
「じゃあ、お二人が鍛冶屋に行っている間に、あたいは足を用意しておくよ」
その言葉に首を傾げたハルとルテアだったが、アウルは微笑みで答えを隠した。
「では、そちらは頼む。ありがとう」
「いやいや、それはお互い様さ。これが奴に会える貴重なチャンスだからね」
「そういえば、昨夜も因縁があるって言っていましたね。あの人と貴方の間に何があったんですか?」
ルテアの問いに、アウルはしばらく、自分の目の前にある白いパンの方を見ながら固まった。そして、顔を上げ口角を上げ問いに答えた。
「その内容を語るには、料金が発生するがいかがする?」
にやにやした顔でルテアの方に向いて聞く。
「そ、そうなんですか。遠慮しときます」
「まあ、気が向いたら話はするよ」
ルテアの残念そうな言葉に、アウルが付け加えた。
それから、十分ほど経ち、三人とも食事を終えた。そして、勘定を済ませ店を出る。
「すまないね。奢ってもらってさ」
「足を調達してくれるお礼だよ」
「じゃあ、遠慮なく。調達出来次第、そっちへ向かうよ」
その言葉に、疑問を覚えたルテアが二人の会話に入り込む。
「まだ鍛冶屋の名前言って無かったはずですが、場所はご存知なのですか?」
その言葉に、当たり前といったような感じで答える。
「ゲルン爺の工房だろ? 驚いたみたいな顔しているけど、あたいは情報屋だよ。これぐらいのことは朝飯前さ。じゃ、あたいは行ってくるよ」
人の行き交いが多くなった通りに飲み込まれるように、アウルは姿を消した。
鍛冶の町ゲルンタット。この町には、鍛冶師が多く存在する。その中でも、有名な鍛冶師の名はゲルンと言って腕の良いことで有名だ。
そのゲルンの工房の前にたどり着いたハルとルテアは、閉店と書かれた看板に首を傾げていた。ここに来る前、アウルから開いている時間を聞き、該当する時間に着いたはずなのだが、空いている素振りは無い。しばらく、店の前で待っていると、中から頭に白いタオルを巻いた若い男性が姿を現す。
「おはようございます。もしかして、貴方は昨日、短剣を預けた方でしょうか?」
男は、恐る恐るハルに尋ねてきた。
「はい、そうですが」
ハルが答えると、男は、扉を開けて中に手招いた。
「では、どうぞご案内します。お待ちしていました」
「は、はぁ」
何か嫌な予感がしたが、武器を頼んでいたので、ゆっくりと二人は中に入って行った。
室内には、昨日と同じように壁や棚に武器が並び、奥にはカウンターがある。そのカウンターを通り、さらに奥に進む。奥は工房となっていた。その工房を通り地下に続く階段を下っていく。そこには修練場のような円形の空間が広がっていた。その真ん中には、鍛冶師ゲルンが依頼していた短剣を手にして立っている。ハルが言葉をかける前に、ゲルンが口を開いた。
「待って居ったぞ。これが出来たやつじゃ」
そう言って、手に持っていた短剣を差し出す。それをハルはお礼と共に受け取り一歩下がる。そして、代金を払うため懐に手を入れようとしたとき、ゲルンから静止がかかる。
「お代は結構じゃ。それよりその鍛えた剣で手合わせしてくれんかね」
ゲルンは、腰の鎚を手に持つ。そして、鎚で軽く手を叩く。すると、叩かれた手から、一振りの刀が出現する。その光景に、ハルとルテアは驚きのあまり目を見開いた。
「ん? どうしたのかね?」
手にした刀を、肩に当てゲルンは二人に不思議そうな反応を示す。
「ゲルンさん、能力持ちだったんですか?」
「ああ、そうじゃよ。わしの能力は、この鎚で叩くと刀を生み出せるのじゃよ。さあ、剣を抜け! 若者よ!」
肩に当てた刀を、ハルの方に向けて言い放った。
「……わかった。条件として、殺しはダメだ」
「あたりまえじゃ。では、妹さん審判頼んでよいか?」
「はい、承ります」
そうして、ゲルンとハルが対面に立ち、真ん中の離れたところにルテアが立つ。ハルがコートを脱ぎ、短剣を抜く。ルテアの合図と共に戦いの火ぶたが落とされた。
ルテアの合図と同時に、ハルは、一直線に飛び出す。そして、一文字に切りつける。それをゲルンは、バックステップして避けた。避けたゲルンに対し、左から右へと切り抜いた短剣を持ち直し、正面に向かって突き出す。ゲルンは、持っている刀の腹を使い受け流す。そして柄をハルの腹部に向かって突いた。突いたときの衝撃と共に後ろに下がり距離を取る。
「そのようなものかの? もっと本気で来んか」
「では、お言葉通りにさしてもらうよ」
そう言って、少し意識を短剣に集中させる。すると、ハルの周りに空気の波紋が生まれ、それが剣の形に変わる。数は合計五本。それらを、体の周りに保つ。
剣を浮かせた状態で、再び地を蹴る。ゲルンの目の前で右下から切り上げる。その隙をついて斬りつけてくるゲルンの攻撃を空中の剣で防ぐ。
「防げ、剣よ!」
刃と刃がぶつかり、甲高い音が地下の修練場に鳴り響く。一本欠けた剣達を浮かせ、距離を取る。そして、二本の剣を間隔あけて、射出する。ゲルンは、一本を刀で斬り二つに折る。もう一本を、体を移動させ、真横から斬り伏せる。二本目を斬り伏せたと同時に、ハルが、ゲルンの刀の側面を叩きつける。叩きつけられたところから、ひびが入り砕け散る。ゲルンは、その衝撃に、地に腰を付いた。その瞬間、ルテアは終了の合図を出した。
「そこまで! 勝者、に、兄さま!」
ハルは、短剣を収めゲルンの方に歩み寄る。
「大丈夫ですか?」
そう言って、ゲルンに対し手を差し出す。ゲルンは手を掴み、気合いと共に立ち上がる。
「ありがとう。お主に、その短剣は預ける。存分に使ってやってくれ」
「ありがとうございます。それにしても、何故このような立ち合いを?」
短剣を腰に下げ、この立ち合いに至ったのか尋ねた。
「簡単な事じゃ。せっかく作った剣が使われなかったら意味ないじゃろ。だから、このようにわしに勝ったら、お代をタダにしているのじゃ」
「もし、負けたら?」
ハルが恐る恐る聞く。
「もちろん、お代を貰うぞ。ただし、倍の値段をふっかけるがの」
ガハハと盛大に笑い、ゲルンは答えた。
先程の戦いを近くで観ていたルテアが質問する。
「ゲルンさんは、昔何かやられていたんですか?」
「昔は、ここの衛士長をしとったよ。ずいぶん昔じゃがね」
ルテアは、納得を示し、頷いた。
「そうだったのですね。剣捌き、体の使い方が鍛冶屋の方にしては、随分滑らかで、慣れていそうな感じがしたので」
「いい目をしとるな、嬢ちゃん。きっと立派な剣士になれるぞ」
そう言って、ゲルンは笑いながら修練場を後にした。
一階に上がり、工房の売り場に出る。そこには、焦げ茶色の外套を羽織ったアウルの姿があった。こちらを見るや声をかけてきいた。
「やはり、地下の修練場にいたんだな。それにしても、ゲルン爺。あまり無茶はするなよ。あたいの貴重な顧客でもあるんだからな」
「久しいな。情報屋、息災の様で何よりじゃ。して、何か用かの」
その質問に対しアウルは、首を横に振る。
「いや、今はそこの二人と行動していてね」
「そうじゃったのか」
ゲルンは納得したように、頷く。
「そうだ。じゃあ、あんたの用事は終わりという事で良いか?」
アウルは、話しの対象をハルに変える。
「ああ、問題ない。足の方はどうだった?」
そう訊ねると、問題ないとばかりにニコっとした笑みを浮かべた。
「外に出たらわかるよ」
そう言って、アウルは外に出た。ハルは、ゲルンの方に向き直りお礼を述べた。
「良いものをありがとうございます。立ち合いも楽しかったですよ」
「そうか。気に入ってくれたなら、わしも頑張ったかいがあったぞ」
二人は笑いながら、硬い握手を交わす。そして、別れの言葉を述べ、店の外に出た。
ゲルンの工房を出ると、外には人だかりができていた。その中心には、戦闘用に造られた鉄の武装が付いた大型馬車が停まっていたからだ。
思った以上に重武装の馬車に、ハルとルテアも開いた口が塞がらないといった状況だった。先に、馬車の元に戻ったアウルは、こっちに来るように促していた。二人は、その様子に小走りで、馬車に乗り込んだ。
「動かすから、気を付けてな」
外からアウルの声が聞こえたと同時に、馬車が動きだす。それから、段々速度を上げ、ベルクタットを出た。
ベルクタットの入り口を出て、馬車は速度を段々と上げる。石畳の道を走っていた。
「こんな馬車どこから借りてきたんだ?」
ハルは、馬を操作するアウルに聞こえるように大きな声で、話しかけた。
「あたいは、情報屋だよ。色々とパイプは持っているんだ。今回はベルクタットの領主から借りてきただけだから、立派なものだぞ~」
同じく、大きな声で正面を向き手綱を握っているアウルは答えた。
「領主様から⁉」
アウルの発言に、ルテアは驚きの声を上げたが、当の本人は気にした様子はなかった。
「さあ、捕まっていてくれよ。少し近道するからさ」
鉄の馬車が勢いよく進路を変更させる。車内に二人の悲鳴が上がる手綱を握るアウルは楽しそうだった。馬車が道から反れ、舗装されていない地面を走る。その先には、生い茂った木々が拡がっていた。
* * *
その頃、ポートタットを見下ろすことが出来る丘の上。そこには、緑の外套を纏った青年が立っている。その青年の手には、横笛が握られ、静かに港町を眺めていた。
「さあ、愉しい演奏を始めるとしますか」
青年はその言葉と共に、丘を降る足を踏み出した。
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