第6話 或る鍛冶の町
陽の光が川に反射し、辺りを輝かせる。火が消えた薪の傍で寝ていたルテアが目を覚ました。
交代で見張るはずが、いつの間にか寝ていたようだった。横で寝ているハルを起こさないように、静かに立ち上がった。
寝ていたところから歩いて体を伸ばす。それから、川の方へ向かって歩き出した。
さらさら流れる川の中に手を入れる。
「冷たっ!」
あまりの冷たさにルテアは、手を引っ込めた。そして、意を決心して再び、水温の低い川に手を入れた。そのまま水をすくい、顔を洗い、眠気を吹き飛ばす。そして、持ってきたタオルで顔を拭いていた。
「おはよう、ルテア。目、覚めたか?」
突然、声を掛けられ驚いたが、即座に言葉を返す。
「おはようございます。ハル様。もしかして、起こしてしまいましたか?」
「いや、ただ単に眩しかったから、起きただけだよ」
そう言ってハルもかがんで、水をすくい、顔を洗う。ルテアからタオルを借りて、顔を拭く。
「さて、朝ご飯作るか」
そして二人は、朝食の準備のために薪木の側に戻った。
野宿した場所に来る前、立ち寄った宿場町で買った食材を使い、調理を開始した。
川辺に落ちていた平たい板を水で洗い流し、まな板として使う。その上に食材を並べ、カバンからナイフを取り、食材を切っていく。ルテアは、切った食材を熾した火で熱を通す。その熱した食材を一つ一つ片手サイズのバケットに挟んでいった。
あっという間に、バケットサンドが完成した。それを食べ、少し休んでから辺りを片付ける。重くなった鞄を背負い立ち上がった。宿場町の酒場で出会った鍛冶師から勧められた情報屋を探しに、ベルクタットに向けて足を進めた。
* * *
その頃、ハル達が泊まった宿場町では、或る楽士が訪れていた。彼は今、宿場町の広場に立っている。目の前には旅支度を済ませ行き交う人々。彼は背負っていた鞄の側面から一本の笛を取り出す。それを口元に持っていき、軽やか音色を奏でる。
突然の音色に行き交う人々は、立ち止まりその音に耳を傾ける。広場は優しい音色でゆっくりとした曲調の音楽で満たされていた。
演奏が終わり、広場は拍手の音でいっぱいになる。
楽士は、お礼のため帽子を取り、頭を下げた。
「ご清聴感謝します。皆さま。僕の名前はプーフェ。旅の楽士です。またお会いしたときはよろしくお願いしまーす」
プーフェは、手を振りながら広場を後にする。そのまま町の入り口に向かって歩いて行った。その時、広場の演奏を聴いていた男性が声をかけた。
「素敵な演奏だったぜ、あんた。この後、一緒に飯でもどうだ?」
「ごめんなさい。僕、早く次の町へ行かないといけないので」
「そうか、残念だ……。またこの町に来いよ」
「ええ、そうします」
男性は手を振って、酒場の方に歩いて行く。その男性の後ろ姿を見ながら、冷たい笑みを浮かべた。
* * *
周りの風景が、草原から岩肌が目立つ地面へと変わる。空の色も茜色になった頃、ベルクタットの入り口付近は人通りが多くなっていた。ハルとルテアはフードを深く被りながら、その場を歩いていた。
「もう夕方か……。思った以上に時間かかってしまったな」
「そうですね。さすがに疲れました……」
宿を探しながら、この町のメインストリートを歩く。アクセサリーや武器屋といったものが並んでいる。鍛冶の町だけあって、鉄を叩く音が周囲から聞こえていた。
「はやく、こいつも直さないとな。何処で情報集めたいんだが」
そう言って、ハルは腰に差した折れた短剣に手を当てた。
「では、そこの広場なんてどうですか?」
ルテアは、目の前の開けた場所を指さす。そこには、屋台や床に商品を並べた商人たちが所々に店を開いていた。
「あそこは良さそうだな。とにかく行ってみる」
「はい」
ルテアは、返事をして広場に向かって歩くハルを追っていった。
広場にある屋台に近づく。串焼きの屋台の前に、ハルとルテアが立っていた。頭にタオルを巻き、肉を焼いている男性に串焼きを二本頼む。そして、男性に質問した。
「すみません、この辺りで腕の良い鍛冶師を知っているか?」
「ああ、それなら領主の館近くに住んでいるゲルンっていう人を当たるといい」
串に刺した肉を焼きながら、屋台の男は答えた。
「領主の館って、どこにあるんだ?」
ハルが訊ねると、男は顔を右に向け答える。
「それなら、東に行ったところだ。ごつい奴らが目印だ」
ハルがお礼を言うと、男は軽く笑いながら答えた。
「いいってことよ。ほら、焼けたぞ」
男は、こんがりと焼き色のついた串焼きをそれぞれ一本ずつ渡す。
「ありがとう」
焼きたての串焼きを受け取り、金を渡した。
「毎度あり」
買ったものを口にほおばりながら、東の方にある館へ向かった。
館の前には、鎧に身を固めた警備兵が辺りを威圧しながら立っていた。少し離れた場所に、亜麻色のコートを着た青年と少女が立っている。その少女は、館の警備兵のところに向かって歩いて行った。
「こんにちは。少し聞きたいのですが、ゲルンさんの店は何処かわかりますか?」
警備兵は、フードを被った姿に、一瞬ムッとした顔になったが、快く答えた。
「ああ、それなら、この道をまっすぐ進んでいくと、大きな煙突のある建物がある。それが、ゲルン氏の工房だよ」
「ありがとうございます。助かりました」
少女がお礼を言うと、警備の男性は言葉をかけた。
「気をつけて行ってらっしゃい。彼は少し癖があるからね」
頭の中に疑問を浮かべたまま、警備兵に別れを告げ、青年の元に戻って行った。
警備兵から聞いた内容を青年に伝える。日が暮れかけている空を背景に、工房に向けて足を運んだ。
煙突から、黒い煙がもくもくと上がっている。煙突のある建物にたどり着いたハルとルテアは、その扉をゆっくり開けた。部屋の奥から鉄の叩く音がかすかに聞こえてくる。
「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくり」
カウンターにいる若い店員が挨拶をした。店内には、剣や盾といった武具。鎧やプレートといった防具が並んでいる。奥にあるカウンターの店員の方へ二人は向かった。店員の男性にハルは、話しかけた。
「こんにちは。ここにゲルンさんはいますか?」
店員は頷き言葉を返す。
「はい、奥にいますので少々、お待ちください」
カウンターの裏にある扉を開け、店員は奥に消えた。少しして、奥の扉から老年の男性が姿を現した。
「わしに何の様じゃ? ん? 何処かであったかの?」
老人は、出てくるなり、頭を傾けながらハル達の顔をしげしげと観察する。そして、何か理解したかのように手を叩いた。
「あんた達は、あの酒場の時いた兄妹だな!」
「もしかして、あの時飲んでいた、鍛冶師さんですか⁉」
ルテアは、驚きの声を上げる。
「そうじゃよ。で、どうしたのじゃ?」
老人、ゲルンは、二人の反応に頷き、用件を尋ねた。
「こいつを直せないか相談しようと思って……」
そう言いながら、ハルは腰から折れた短刀と折れた刃先を差し出した。ゲルンは、それを鞘から抜いて折れた箇所を観察する。ある程度してから、ゲルンは口を開いた。
「随分無茶したものだ。元通りに直すのは無理かもしれんな。こやつを破棄して、新しいのを選ぶか。もしくは、こやつを溶かして、新たな物を作るかだな。選べ」
ゲルンに提示された選択肢。新しいものを選ぶか。作り直すか。その選択肢にハルは、即答した。
「もちろん、後者だな」
その答えに、ゲルンは満足した顔で頷く。
「わかった。一日時間をいただくが良いか?」
「ああ、大丈夫だ。その間に、あなたが教えてくれた情報屋の元に向かうとするよ」
その言葉にゲルンは、思い出したような顔をする。
「そういや、そうじゃったの。少し待っておれ」
ゲルンは、再び奥の部屋に消える。五分ほどして、ゲルンは紙切れを持って出てきた。そして、その紙切れをハルに向かって差し出した。
「こいつは、情報屋がおるところの地図じゃ。この時間なら恐らく、そこにいるはずじゃ」
「親切にありがとうございます。助かりました」
「ありがとうございます。ゲルンさん」
二人は礼を言い、頭を下げる。
「なに、困ったときはお互い様じゃ。さあ、早く行って用事を済ませるが良い。明日の午後には完成させておくからの」
「楽しみに待っていますよ。では失礼します」
ハルの言葉と共に、ルテアはお辞儀をする。二人は渡された地図に従って、情報屋の元に向かった。
外はすっかり夜の帳が下りていた。淡い光の街灯が夜道を照らす。ハル達は、ゲルンから渡された地図を見ながら、歩いていた。
地図の通り、歩いてたどり着いた先は、煉瓦造りの建物が並ぶ通りだった。その中で、地図が示した建物の扉を開ける。
「あれ? ここで合っていたよな?」
「合っているはずですが……」
二人が目にしたのは、酒場の店内だった。静かな店内のカウンターには、白髪の老紳士がコップを拭いて立っている。それ以外の人の気配は全くなかった。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
渋い声のマスターからそう言われ、二人はカウンター席に座る。町中で被っていたフードを取って、適度にドリンクを注文した。少しして、橙色の果実系ドリンクがテーブルに二つ置かれた。
そのドリンクを飲み、一息ついた後、マスターに質問した。
「ここに情報屋がいると聞いたんだが、あなたがその情報屋ですか?」
マスターは、コップを拭きながら首を横に振り、口を開いた。
「彼女でしたら、もうすぐしたら来るでしょう」
マスターの答えに、ルテアが首を傾げている。だが、その発言通り、数分すると、扉が開かれた。
「よう、マスター。いつもの! ん? 珍しいね、客かい」
酒場に入って来たのは、焦げ茶色の外套を羽織った女性。顔には油汚れのようなものをつけ、首には紅いスカーフを巻いていた。女性は、カウンターに座るハル達を見てマスターに言葉を投げた。その女性の言葉に、マスターは説明した。
「こちらの方々は、君のお客だよ」
「へえ~。なら、もう少し待ってくれるかい?」
マスターの言葉に理解を示し、ハルとルテアに話しかけた。
「ええ。大丈夫ですよ。情報屋さん」
ハルが言葉を返すと、情報屋の女性はカウンターの左にある二階への階段を上がって行った。
それから、マスターと世間話をして時間を潰す。そうしていると、階段の方から先程の女性の声が聞こえてきた。
「お二人さん、そこの階段上がってきてくれるかい」
二人は席を立ち、代金をマスターに払って、階段の方に足を向けた。
二階に上がると再び、声がする。
「右に曲がって、奥の部屋に入って来てくれるかい」
指示に従って、ドアの開かれた部屋へ足を踏み入れた。部屋の中には、箪笥が一つ、来客用の机と椅子。壁には、この国全域の地図が貼られていた。
「ようこそ。あたいの名は、アウル。御存じの通り、情報屋さ。試しにあんたらの名を当ててやろう」
アウルは部屋の奥にある机に座り、手に羽ペンのようなものを持っていた。そのペンで二人を指しながら言った。
「そこの彼女は、バンクシア=ルテア。歳は、伏せておこう。港町ポートタットの衛兵で、能力持ちだね?」
ルテアは、驚きを隠せない表情で頷いた。そしてアウルの持つペンが、ハルの方を指す。
「そして隣の君は、ハル。歳は二十。能力持ちで、元皇子にして、お尋ね者として放浪中ってとこかい?」
黙って聞いていたハルは、驚きはせず答えた。
「まあ、大体は当てはまるか。だが、それは俺の半分ぐらいの情報だな」
「ああ、勿論。君の過去はある人物から聞いたよ。だが、ここで話すと長くなるから伏せておくよ。勿論、その人物に関する情報は、有料だがね」
指をコインの形にして、にやけ顔を浮かべていた。
「別に遠慮しておくよ。いずれ分かると思うし。で、本題に入りたいのだが、いいか?」
「構わないとも。そこに座ってくれ。立ち話もなんだしね」
アウルは、部屋のドアの近くにある椅子に座るように促す。二人はそれに応じ、腰かけた。
「それで? あたいに聞きたい事って何だい?」
二人が座ったことを確認したアウルは、向かい合いに座る二人に質問を投げかけた。
「ポートタットからここ、ベルクタットまで魔獣の出没件数はほぼ無いと聞く。だが、ここ最近、魔獣に襲撃を受けた事件もあった。実際、ここに来るまでに魔獣の群れに襲われた。これらについて何か知っているか?」
食い入るように聞いていたアウルは、頷き答えた。
「普段出てこないところから出てくる魔獣ね。それに関しては、あたいも今調べている最中でね。知っている限りの情報で良いかい?」
アウルの問いかけに、二人は頷く。それを確認したアウルは、話を続けた。
「実は私も、この件について探っている最中に、魔獣に襲われてね。なんとかその状況を切り抜けて、同じ被害者を探して事情を聴いてみたんだ。そしたら、一つの共通点があったんだ。君たちも、魔獣が来る前にプーフェという青年と出会わなかったか?」
その質問にルテアは、思い出したかのように答えた。
「……そういえば、プーフェさんってあの楽士の方ですよね?」
「イエ! 襲われた者達は全員、そいつの演奏を聞いた後なんだ。だからあたいは、今回の元凶はあの楽士もしくは、その笛にあると思っているんだ」
静かに聞いていたハルは、アウルに疑問を投げた。
「なるほど。魔獣を呼ぶ笛もしくは、魔獣を呼ぶ能力か。だが、一つ疑問が残るな。俺が聴いた話では、魔獣の群れに襲われたのだが、見た敵が異なっていたと言っていた。それに関してはどうだ?」
その質問にアウルは、悩みながら答えた。
「それなんだが……。あたいもその仕組みだけはわからないんだ。幻覚を見せる能力なんて元老院長のジョン=ヴァイスしか聞いたことないんだがね。ん? どうしたんだい君?」
「どうしたんですか、ハル様?」
アウルの言葉に、ハルの周りの空気が冷たくなったように感じたアウルとルテアは声をかけた。
「いや、気にしないでくれ」
「そ、そうか。ものすごい殺気を感じたが……」
「何かあれば遠慮なく言ってくださいね」
「ああ、心配かけてすまない」
ハルは、少し謝罪して、話を本題に戻した。
「今回の一件の真相は、プーフェ本人に聞かないとわからないってことか……」
「そういうことだ。そういや、君達が来たのは今日で合っているか?」
アウルは話の趣向を変え、尋ねる。
二人は、その質問に肯定を示した。
「君達が楽士を見たのは、その前日ってことだよな?」
再び、肯定を示す。すると、アウルは勢いよく立ち上がり、壁に貼っている地図の方に近づいた。そして、再び二人に問いかけた。
「君達が、プーフェに会った場所、魔獣と戦った場所はわかるか? 良ければこの地図に書いてくれないか?」
二人は席を立ち、話し合いながら地図に書き込む。それを見たアウルは、真っ青になりながら一点を指さした。
「まずい。あの男、ここで同じことをしていたら……」
「そこって、私達が泊まった宿場町じゃないですか! という事は、そのまま進めば……」
「シャルト達が危ない‼」
三人が焦りながら、口々に言った。そして、ルテアがハルの袖を引っ張り促した。
「急ぎましょう、ハル様。早くしないと、宿場町の方が‼」
「……」
しかし、ハルは地図を見て俯く。
「何してるんですか⁉ 急ぎましょう」
血相を変えてルテアが言うが、ハルは俯いたままびくともしなかった。その様子に、アウルはルテアを静止させる。
「もう間に合わないよ。君たちが出会った場所からなら、もうあの男は、宿場町に着いているだろう」
「そんな……」
ルテアは、厳しい現実に落胆する。そして、俯いていたハルは、顔を上げルテアの肩に手を当てて言った。
「アウルの言う通りだな。今から行っても間に合わない。だが、明日の中にここを発てば、ポートタットには間に合う。だから、今夜は準備しておいてくれ」
「……わかりました。明日に備えます」
ルテアは、いつもの調子に戻ったように返事をした。そんな中、アウルはハルにお願いする。
「もしよければ、あたいも連れて行ってくれないか? もちろんタダでとは言わない。さっきの情報料もサービスするし、見た感じ、宿も無いみたいだから、ここに泊まるのもいいからさ」
「え⁉ ま、まあこちらは構わないが、そこまでして大丈夫なのか? 危険だと思うのだが」
ハルは、驚いたように答えてアウルの同行を許可する。同時に心配をしていた。
「ありがとう。それに関したら問題ないよ。少しあの男には用があるからさ」
「ならいいんだが」
そうして、三人は、明日の準備のため、一度外に出る。そして各々必要なものを買いに、アウル先導の元、街を巡っていた。
* * *
その夜、ベルクタットから離れた宿場町。ここでは、いつもの夜の喧騒ではなく、阿鼻叫喚の地獄と化していた。建物は無造作に破壊され、人だったものは肉塊に変わり果てていた。
人々が、絶望に叩きこまれる様子を、離れた場所で一人の男は観察している。
「ふふふ。あの人の言う通りだよ。もう少しで全員地獄に落としてやるからな」
帽子をかぶった男は、笑いながらしばらくその光景を眺めていた。
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