第5話   或る楽士

 木漏れ日が指す森の中。長くて太い丸太に男女が座っている。カールのかかった短髪の男性は、木の筒に入った水を飲んでいた。その右隣に座っている紅い髪の女性は、一本の笛をしげしげと眺めている。そして、男性に向かって言った。

「笛なんてもらったけど、吹けるの?」

 男は、筒を鞄にしまい、女性から笛を受け取る。

「よく子供のころ、吹いていたから大丈夫さ」

 幼い顔つきのした男性は、答える。

「知らない人から貰ったもの、下調べもなしで使って頭おかしくなっても知らないよ。あたいは」

 注意をするように言われた男性は、その言葉に唸る。そして、言葉を返した。

「んー、それもそうだね。けど、もしそうなったら、僕を殺してでも止めてね?」

 その言葉に、女性は返答の代わりに、男性を無言で睨みつけていた。その反応に男性は、真剣な表情で答える。

「僕も結構本気なんだよ。○○」

 勢いよく、体を起こす。小さい窓から光が差し込んできていた。体を起こすなり、ぽつりと呟いた。

「また、この夢か……。今日こそ……」

 呟いた人物が寝ていたベッドから体を起こす。

 遠くから、金槌で金属を叩く音が聞こえていた。

 

*   *   *


 カーテンが閉まっている部屋の中。カーテンの隙間から陽が漏れて、部屋を少し照らしている。その静かなで薄暗い部屋に、ドアをノックする音と女性の声が響く。

「ハル様、起きていますか? 入りますよ」

 その言葉と共にドアが開く。女性が中に入り、カーテンの方に歩み寄った。そして、カーテンをゆっくり開ける。部屋には朗らかな光がゆっくりと流れ込んでいった。

「——ん。おはよう、ルテア」

 目を擦りながら、ベッドからゆっくりと体を起こす。

「おはようございます。ハル様。こちら着替えです」

 ルテアは笑顔で挨拶を返し、片手に持っていた着替えを渡す。ハルはベッドから出て、着替えを受け取る。ルテアは、ハルが着替えるため、外で待機することにした。ドアが閉められたことを確認して、ハルは渡された使用人の服に袖を通す。身だしなみを整えてから、外で待っているルテアに声をかけた。

「お待たせ、朝ごはん食べに行こうか」

「はい」

 朝から元気の良い返事をし、ルテアと共に朝食を取る為、一階にある食堂に向かった。


 魚の白身を挟んだバケットを食べ終えた二人は、食後の紅茶を飲み食堂で談笑していた。

「ハル様。今日はどうなさいますか?」

 赤茶色の紅茶を飲み、ハルに尋ねる。ハルは考えながら同じ種類の紅茶を一口飲んで答えた。

「今日は、ルテアのおススメとかあればそこを回ってみようかな」

 突然の提案にルテアは、一瞬戸惑いを見せたが、承った。

「わ、わかりました。即興でかんがえます」

「ありがとう」

 ルテアの反応に微笑んでいた。

二人が、今日の予定について話し合っていると、駆け足でハルと同じ服を着た使用人がやって来た。

「お話し中、失礼します。領主様がお呼びです。執務室で待っているとのことです」

 言い終わると、若い男の使用人は深々と頭を下げ、歩いて戻っていった。

「シャルトが? 何かあったのか?」

「何でしょうか? とにかく、執務室に行きましょう」

 ルテアに言われ、少し固まっていたハルは席を立ち、少し急ぎ目に執務室へと向かった。


 急ぎ足で歩き、たどり着いた二人は息を整える。ハルがドアをノックし、返事がする。そして、ゆっくりとドアを開けた。部屋の中には、奥の机で書類を見ているシャルト。その横で控えているアンリの姿があった。ハル達が入ってくると、シャルトは顔を上げ、手前の長机のところに座るように促し、アンリは隣の部屋へ飲み物を取りに行った。

 アンリが飲み物を、机に並べる。そして、シャルトがアンリにも座るように言った。

 四人が席につき、ハルが呼び出した理由を問う。

「呼び出されてきたが、何かあったのか?」

 シャルトは、入って来た時から見ていた紙をハルの元に渡した。

「それは、鍛冶の町ベルクタットに復旧支援をお願いするために、派遣した者達の報告書なのだが……」

 そう言われ、報告書に目を通す。その中にあった、ある項目が目に入った。

「死者二名って書いてるけど、魔獣にでも襲われたのか?」

 ハルの問いに、シャルトは首を横に振り答える。

「いや、その辺りには魔獣は出てこない。何よりその中には熟練の衛士が含まれていた。そんな簡単にやられるはずはないんだが……」

 二人のやり取りをハルの横で聞いていたルテアは、ハルに質問する。

「その報告書には、何に襲われたのか書かれていないのですか?」

「ああ、何にも書かれていないよ。本人達には聞いたのか?」

 ルテアの質問に答え、同時にシャルトに尋ねる。

「生き残った四人に聞いてみたんだが、各々意見が異なるんだ。魔獣の大群や盗賊、ワイバーンとか、あそこには普段出てこないものばかりなんだ」

 ハルは無言でうなずき、頭の中で聞いた話を整理する。

安全なはずの使節団が何かに襲われ、命を落とした。なぜ、出てくるはずのない魔獣が出て来たのか、なぜ生き残った者たちは、それぞれ違う魔獣を見たのか。

ハルが熟考している中、執務室は重たい空気に包まれていた。

 しばらくして、その重たい空気が破れた。それは、今まで沈黙を守っていたアンリだった。

「申し上げにくいのですが、ハル様とルテアが調査に行ってみるというのはいかがでしょうか?」

「……え? それは本気で言っているんですか」

「はっはっ、それは名案だな。アンリ」

 ルテアは驚きながら、シャルトは笑いながらアンリに反応する。ハルは一人、考え込んでいた。

「ハルはどうなんだ? 行くのか?」

「……ん? ああ、俺はいいぞ。ルテアはどうする?」

「わ、私はハル様についていきます!」

 シャルトに声を掛けられたハルは、自分の目で確かめる方が確実だと判断し承諾した。

「じゃあ、決まりだな。ハルとルテアは準備出来次第、声を掛けてくれないか?」

「わかった。また後で来るよ」

 ハルとルテアは、執務室を出て各自準備に取り掛かる。シャルトは二人が出て行くと、アンリに話しかけた。

「アンリ、二人にあまり目立たない感じの外套と、馬車を用意してくれるか?」

「かしこまりました」

 アンリも深々と頭を下げ、部屋から出て行った。


 昼を告げる鐘が復興してきた町に鳴り響く。

屋敷の前には、支度を済ませたハルとルテア。二人を見送りに来たシャルトとアンリや他、何人かの使用人達が集まっていた。ハルは、絹で織られた黒っぽいシャツに同じ素材の黒のズボン。その上から亜麻色のコートを着ている。腰に短剣を下げ、背には大きめのリュックを背負っていた。ルテアは、白のシャツに軽い胸当てをつけ、長めの深緑のスカート、茶色のブーツ。腰には、茨の意匠が施された長剣を帯びていた。

「ハル、ルテア、この外套を持ってくれ」

 そう言いながら、亜麻色の外套を二人に渡す。貰った二人は礼を言った。ハルは着ていたコートを脱ぎ、貰った外套に変え着ていたものを使用人に渡した。ルテアは、そのまま羽織る。それを見たシャルトは、感想を聞いた。

「着心地はどうだ? 動きにくくないか?」

 手を伸ばしたりして、動きやすさを確認する。そしてシャルトの質問に答えた。

「いや。前来ていたコートより動きやすいから大丈夫だ。ありがとう、シャルト」

「ならよかった。もし良ければそこに置いている馬車を使ってくれ」

 ハルの反応に満足したシャルトは、屋敷の前に停まっている荷馬車を指した。シャルトの言葉に苦笑いを浮かべ、答える。ルテアも不安げな表情だった。

「それはありがたいんだが、俺運転できないぞ」

「私も運転できないです……」

「それは大丈夫ですよ、二人とも。この方が、近くの宿場町まで乗せて行ってくれるみたいですから」

 アンリに紹介された、中年の男性はぺこりとハルとルテアにお辞儀をする。そして、馬車の前方に座った。ハルとルテアも、荷物を馬車に乗せ、シャルト達の方に向き直る。

「じゃあ、行ってくる。短い旅になると思うが、しっかり調査はこなしてくるから安心して待っていてくれ」

 そう言って、ハルは右手を差し出す。それをシャルトが握り、握手を交わす。

「気を付けてな」

 それから、馬車にハルとルテアは乗り込む。馭者の男性が綱をはじくとゆっくりと馬車は動き始める。段々、見送る人が見えなくなり、館も小さくなっていった。


*   *   *


 港町を出て、一時間が経った。馬車は激しく上下に揺れながら、あまり舗装されていない道を進んでいた。

「こうして、外に出るのは久しぶりだなぁ。ルテアはこうして外に出たことあるのか?」

「いえ、あの町でほとんどいましたから、こうして外に出るのはほとんどありません」

「そっか。じゃあ、この機会を楽しまないとな」

「そうですね。って遊びに行くのではないのですよ」

「やることはやるから、大丈夫」

 ルテアが疑いの目を向けると、ハルは、自信満々のように答えた。それと同時に、馭者の男の声がする。

「お二人さん、宿場町が見えてきましたぜ」

 その言葉に、二人は前に身を乗り出し、遠くに見える宿場町を眺めた。

「もうそろそろですね、ハル様」

 ルテアは目を輝かせて呟く。ハルはその様子を見て、微笑んでいた。


 宿場町の入り口で馬車は停車する。どうやら馬車はここまでのようだ。

「お二人さん、到着しやした。あっしは、他に用事があるのでここまでです」

 馭者の男はハル達に到着を告げた。それを聞いた二人は口々に礼を述べる。

「ありがとうございます。助かりました」

「助かったよ。そういや、ここには良く来るのか?」

 馭者の男は頷き、おすすめの宿などを紹介してきた。会話が一区切りついたところで、聞きたかったことを尋ねる。

「ここで、情報を集めやすいところとか知っているか?」

 ハルの質問に、馭者の男は少し考え、答えた。

「それでしたら……。この宿場町、唯一の酒場ですね。あそこは色んな人集まりますからね」

「やはり、酒場か。ありがとう」

「いえいえ、また会いやしょう」

 ポートタットから運んで来てくれた馭者と別れた、ハルとルテアは、今日の宿を確保するため先程、紹介してもらった、宿屋に向かった。

 宿屋は、三階建ての建物だった。二人は、泊まる場所を確保し、宿の部屋に荷物を置く。鵜足は部屋で、少し休憩をし、情報を集めるために酒場に向かった。

日が暮れはじめ、宿場町の人々は宿を探す者。晩御飯のために酒場やレストランに行く者で、人通りが多くなっていた。そんな中、酒場の前に来てハルは、小さい声でルテアに注意を促す。

「ルテア、これからは少し、フードを深く被っておけよ。あと、俺の名前は伏せておいてほしいんだが……」

「そうでしたね……。何と呼べばいいでしょうか?」

 少し困ったような顔をしてルテアは、尋ねた。ハルも、どうするか迷っていたが、何か思いついたようで顔を上げて提案した。

「そんなに年も離れていないから、兄妹っていうのはどうかな?」

「そ、それでいきましょう。ハル様。いえ、兄さん」

 言われた通りに名前を言い直し、輝いた笑顔でルテアは答える。ハルは、顔を見えないようにフードを深く被って、賑やかな音の漏れてきている酒場の扉を開けた。

 外にまで聞こえていた声の二倍、三倍の音が響き渡る店内。いくつもある丸いテーブルの周りを、片手にジョッキを持った男達が囲んでいる。その間を通って、奥にあるカウンターに向かう。

 カウンター席につき、店主に二人分のメニューを注文する。しばらくして、肉料理が、出された。黒い鉄板の上に、一口サイズに切られたお肉が盛り付けられている。それらは、じゅうじゅうと音をたてていた。二人は、その料理に喉を鳴らす。そして、二人は同時に、焼き色のついた肉にフォークを突き刺し、口へ運んでいった。

食べ終えたハルは、マスターから情報を集めにかかった。

「マスター、少し聞きたいんだが。最近この辺りで魔獣の群れや盗賊やらって出たって聞いたことあるか?」

 マスターは、食器を片付けながら淡々と答える。

「ここ最近、そのような者が出たという事は聞きませんね」

「なるほど。他に何か噂話とかあるか?」

マスターは少し手を止め、考えて答える。

「そのような事もあんまりです」

「そうか。ありがとう」

 ハルは礼をして、ルテアが食べ終わると、二人分の代金を支払い、席を立った。すると、コの字型になっていたカウンターの隅から荒々しい声で話しかけてくる声があった。

「あんた、情報が欲しいのか? ならベルクタットにいる情報屋を頼るといいぜ」

「そ、そうですか。ところであなたは?」

 突然話しかけられた男にハルは、丁寧な口調で返す。

「ただの鍛冶師さ。怪しむこったぁねえよ」

「そうでしたか。情報ありがとうございます」

 ハルが頭を下げて礼を言い、横にいるルテアも頭を下げる。

「いいってことよ。兄弟で旅でもしているのか? 頑張れよぉ」

「は、はい。そちらもお元気で」

 ルテアは、鍛冶師の男にそう言い残しハルと共に、席を離れた。それから、酒場を出て宿屋の方に足を向ける。辺りにはすっかり夜の帳が降りていた。


 ハル達が確保した部屋は、三階にある。二つの大きいベッド、簡素な机が一つ。それぞれの枕元には、ランプがあった。二人は、一つずつベッドに座り、ランプの明かりの元で明日の予定を話しあっていた。

「先程の自称鍛冶師さんの言っていたことを信じて、ベルクタットの方に行きますか? それとも、この町周辺で情報を集めますか?」

「……そうだな。当初の予定通りベルクタットに向かって、その情報屋に話を聞いてみるってことでいいんじゃないかな。いざとなれば、これに頼るが」

 腰に帯びている短剣を指先で叩きながら、ルテアに言った。

「そうならないことを願いますが……」

 この不安が現実になろうとは、二人は知る由もなかった。


*   *   *


 夜が明け、外の喧騒でハルとルテアはほぼ同時に目を覚ました。部屋にある窓からは、眩い光が差し込んでいる。目を覚ましたハルは、横のベッドで動いているルテアに声をかけた。

「おはよう。よく眠れたか?」

「……いえ。あの館のベッドに慣れてしまったため……、寝付きにくかったです……」

 眠たそうに、眼をショボショボさせながら答える。その様子を見て、ハルは、吹き出し小さく笑い声をあげた。ルテアは、その姿を見て首を傾げた。

「いや、いつもと逆だなって。この頃、起こしに来てくれてたからさ。新鮮だなあと思って」

「そ、そうでしょうか?」

 ルテアは、その一言で目が覚め慌てて反応する。

「ああ。そろそろ、朝飯食べに行こう。昨日酒場で良いところ聞いておいたからさ」

「ぜ、ぜひ」

 いつの間に……。そんなことをルテアは思いながら、ハルに返事を返した。

 着替えのため、交代で部屋を出て、身支度を済ます。そして、ハルの案内で朝食へと向かった。


 朝食から戻って来た二人は、荷物をまとめる。そして、チェックアウトのため宿屋の受付にいた。チェックアウトを終えて、受付の女の人にハルは質問を投げかけた。

「ここから、ベルクタットまでの馬車とかありますか?」

 受付の人は、ハルとルテアを見て言った。

「ありますよ。ただ、相席なることが多いですし、お二人のようなカップルでしたら、歩いていくことをお勧めしますよ」

 受付の人の発言を聞いていた二人は、顔を紅くする。ハルは、慌てて否定しにかかる。だが、否定する声はルテアの方が早かった。

「カ、カップルなんかではありません! ですよね、兄さま! ね!」

 その勢いに圧倒されながら、ハルは頷く。

「あ、ああ。そうだな。というわけで、こいつとは兄妹なんですよ」

「そ、そうだったんですね。失礼しました」

 受付の人も、ルテアの慌てぶりに圧倒されながら答えた。

「それでは、俺達はもう行きますね。ありがとうございました」

「あ、有難うございます。お気をつけて」

 受付の人が丁寧な動作で頭を下げる中、二人は足早に宿屋から出た。


 結局、馬車では素性がばれる恐れがあると判断して、おすすめされた通りベルクタットまで歩いていくことを選択した。宿場町を出る前に寄った道具屋で聞いた話によると、ベルクタットまで徒歩で一日半かかるみたいだ。その間に、村や町もない。

野宿確定か……。そんなことを思いながらハルは、歩き固められた道をルテアと歩いていた。

「ハ、ハル様。先程はすみませんでした」

 少し顔を紅くし、フードを深く被った、ルテアはハルに宿屋でのことを謝罪する。

「あ、ああ別に気にしないから、大丈夫だよ」

 そう言って、言葉を返した。が、心の中では、あそこまで否定されて少しショックを受けていた。

 それから一時間ほど歩いて、森林地帯にさしかる。

「少し肌寒いですね」

 亜麻色の外套を深く着込んで、ルテアが話しかける。

「そうだな。この辺りは木陰だからかな。この辺りは」

 ハルとルテアが、歩いてきている道以外、草木で生い茂っていた。木々の間から光が差し込み、幻想的な雰囲気を作り出していた。

その森を歩いていると、前方から、羽根つき帽子をかぶり、緑色の外套を羽織った青年が歩いてきた。二人は、その青年が通り過ぎるまで、今までの会話をやめる。先程からそうして、すれ違う人とやり過ごしてきたからだ。

 だが、その青年は、こちらを見るなりいきなり話しかけてくる。

「こんにちは。僕の名前はプーフェ。旅の楽士です」

 帽子を取って、青年が挨拶をする。カールのかかった緑色の髪に幼い顔付をした青年が明るい声で話しかけた。

「旅のお二方。良ければ、一曲披露させてくれませんか?」

 突然のプーフェと言う楽士の誘いに、驚きながらも応じた。

「じゃあ、聞かせてくれるかな?」

「はい! 喜んで」

 プーフェは、後ろのカバンの側面についた笛を取り出す。そのまま、立って横笛を演奏し始めた。心地良い音色が、一定のリズムに乗って森の中に響き渡る。この音色が幻想的な森の風景にあっていた。

 しばらくして、演奏が終わり座って聞いてた二人は、立ち上がり拍手する。

「いい音色ですね。感動しました」

「心が落ち着く感じがするよ」

 感想を言われ、プーフェは照れるように笑って言った。

「ありがとうございます。旅のお二方、最後まで聞いていただいて嬉しいです」

 笛を布に包み、カバンにしまう。

「それでは、旅のお二方。僕は行くね」

 プーフェは、帽子を取って一礼し、別れの挨拶を述べた。

「ありがとう。またどこかで」

「ありがとうございます。いつか会いましょう」

 ハルとルテアが、別れの挨拶をする。プーフェは手を振りながら、昨夜泊まった宿場町の方へ向かって歩いて行った。その姿を見届けてから、ハル達は楽士が来た方へと足を踏み込んだ。

 

 プーフェと別れてから、数十分歩き、二人は森の開けた場所に出た。その時、森の奥から複数の視線が突き刺さるのをハルは感じた。傍にいるルテアに声を潜めて、警戒を促す。

「……気づいているか?」

 その質問に、同じく声を潜め返す。

「はい。これは、魔獣でしょうか?」

「おそらくはな。二十以上はいるかな」

 円形になった森の開けた場所。そこで背中合わせになった二人は、荷物を置き、声を小さくして、ハルの予測に驚いていた。

「そ、そんなに……。でも、この辺り魔獣は出てこないはずなんですが」

「ああ。その通りだ。とにかく、今はこいつらをどうにかしないとな」

 そう言って、腰に帯びていた短剣を抜く。ルテアも頷き、腰に差していた茨の長剣を抜いた。そのタイミングと同時に、奥の茂みから様子を見ていた魔獣が一匹はじりじりと歩み寄って来ていた。

 ハルは、ゆっくりと近づいてくる正面の敵に向かって、意識を集中させる。ハルの身体の周りに波紋が生じる。それが、剣へと形が変化する。先程まで何もなかった空間に、半透明の剣が現れた。それらの剣を宙に浮かせながら、ハルは、一本の剣を魔獣に飛ばす。

「グギャア‼」

 茂みから、魔獣の悲鳴が聞こえてきた。それを皮切りに、茂みから他の魔獣も飛び出してくる。皆、小柄で、濃い緑色の肌、獣のような爪を持った亜人。手には、他の者から奪ったとされる武器を持っていた。

「ヒトダァ、エモノダァ。コロジデクウ‼」

 亜人の一体が口を開いて叫ぶ。もう一体の亜人も続けて言う。

「オデ、アノオンナ、モラウ!」

 そう言った亜人は、手に持っているナイフを振りかざしながらルテアの方に走ってくる。振りかざしてくるナイフをルテアは全て躱し、亜人の腹に深々と手にした細剣を突き刺した。どす黒い血が飛び散る。

 その後も、亜人たちは、ハルとルテアが次々と斬り伏せていく。亜人たちの下には、黒い水たまりが出来上がっていた。

「こいつ等……。ゴブリンか。奴らは暗いところを好むと聞くが、なぜこんなところに……」

 息を切らしながら、亜人の死体を見ていた。

「あれが、ゴブリンですか? 初めて見たのでわかりませんでした。とにかく、ここを離れましょう」

「ああ、それが一番だな。ん? やっぱり訂正」

 突然、正面から飛んできた金属塊を、短剣で受け止める。甲高い音を響かせ、大きな音と共に金属塊がハルの側に落ちた。

「これはまずいな……。ルテア、援護頼む」

 木々の間を縫いながら、目の前に現れたのは、長い牙の持った猪の顔。二本足で立っているその体躯は、ハルの二倍ほどあった。

「ゴブリンの群れの次は、オークか……」

 ハルは息を整え、再び体の周りに剣を十本ほど展開する。

「いくぞ! ルテア」

「はい!」

 ハルの掛け声とともに、二人とも地を蹴った。

 オークは雄叫び上げながら、持っていた棍棒で横一閃に薙ぎ払う。二人とも、滑り込んで回避。すぐに立ち上がり、ハルは空中の剣を半分ほど打ち込む。ルテアは、オークの方に長剣を向けて声を上げた。

「咲き誇れ、黄色の薔薇よ!」

 その言葉と共に、黄色の薔薇が咲いた数本の茨が、オークの足元から生えてくる。そして、その茨が全身に絡み拘束する。

 ハルの剣が貫き、茨が食い込み、オークは悲鳴のような声を上げ、立ったまま動きを止めた。ハルはとどめを刺すため、オークに近づく。しかし、オークが突如、手足をばたつかせる。そにより拘束がちぎれた。とっさの判断で、ハルは、宙の剣に指示して防御する。だが、間に合わず、オークの腕が前に翳した短剣をへし折る。そして、ハルの身体は後ろに飛ばされた。背後にあった木に激突する。

「ハル様!」

ルテアは悲鳴のような声で、主の名を呼んだ。ハルは、かすれた声で起き上がりながら言った。

「だ、大丈夫だ。それより、とどめを」

「は、はい!」

 茨の意匠のある長剣を構え、その場で暴れまわるオークに向かって駆けていく。走りながら、叫ぶ。

「絡み付け! 黄色の薔薇」

先程と倍の茨を出し完全に動きを封じる。

 黄色の薔薇をつけた茨がオークの身体の周りに巻き付き、オークは呻き声を漏らす。そのオークに向かって、跳躍。

「やぁ―!」

 気合と共に、オークの心臓部分に向かって、長剣を突き刺す。そしてお腹を蹴って、剣を抜く。最後の雄叫びと、大量の血を吹き出し、後ろに向かって倒れた。それを確認したルテアは、急いで主の下に駆け寄った。木に手をついて、ハルは立っている。その様子にルテアは、、心配そうな声をかけた。

「ハル様、大丈夫ですか? お怪我は?」

「少し強く打っただけだから、時期に痛みも治まるだが……。問題は、これなんだけどな」

 そう言いながら、二つに折れた短剣を、ルテアに見せる。

「そんな……」

ルテアは、驚いたような反応を示した。そして、ハルはその短剣をしまう。

「この通りだし、早く次の町に向かわないとな」

「そうですね。誰か来るかもしれないので、すぐに立ち去りましょう」

 ハルは、ゆっくり体勢をなおし、ルテアと共に亜人たちを放置して森林地帯を抜けた。


 日が暮れ始めて、人の往来によって踏み固められた道の外れに流れる川。その川で先程の血を落とした二人は、焚火を熾す。今日はここでの野宿することに決めた。

「野宿は初めてか?」

「訓練で何度かしました。ですが久しぶりです」

 場所を決めた二人は、川で釣りをしながら、話していた。話題は次第に、先程の魔獣の事になっていた。

「しかし、不思議な話ですね。あの森には、魔獣はいなかったはずですよ。ましては、亜人種なんて見る機会なんてあんまり無いのに」

「そうだな。俺もオーク何て今日のやつ入れたら、まだ四回ほどしか見たことないぞ」

 指で数を数えながら言葉を返す。

「あの森を調査してみるのもいいかもしれないですね」

「ああ。けど、一度ベルクタットに向かわなければな。こいつも直してもらわないといけないし、情報屋とやらに会っておきたいからな。おっ、来た来た」

 即興で作った釣り竿が、川に向かって引っ張られていく。中々、力が強いようで、糸が張っている。

「こいつは、大物だな。せいっ!」

 気合いと共に、釣り上げた魚は、ハルの両手程の大きさのある物だった。それと同時に。

「あ、こっちも来ました。こっちも重いです」

 ルテアの方も掛かったみたいだ。

「手伝うよ。そのまま、引いておけよ」

 傍にあった、鋭い木の棒を持つ。それを、川に向かって投げる。水面が紅くなってくるとハルは、嬉しそうに言った。

「良し、ヒットだ。そのまま挙げてくれ」

 言われるままに、竿を挙げ、釣り上げる。ハルが釣り上げた魚よりも大きいサイズに、ルテアは、驚いていた。

「お、おっきいですね」

「ああ、今夜はごちそうだ」

 それから、二人はその魚を捌き、串にさして、焚火で焼く。釣り上げた魚は串焼きへと姿を変える。そのおかげで、満足げに夕飯を取った。そして、交代しながら寝ることを決める。しばらく、今日会ったことを振り返りながら、談笑していた。

 焚火が消えた頃、ハルの横で、ルテアはすっかり夢の中だったなれないことばかりで疲れたのだろう。起こさないように、腰に帯びた折れた短剣を引き抜く。半分の姿になった短剣の腹を見ながら呟いた。

「無理させすぎたか……。今までありがとうな」

 ルテアを起こさないように最小限の声で呟き、短剣を戻す。もし何か来たらどうしようと考えながら辺りに気を付けている。特に何事もおこることなく夜が更けていった。

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