第4話  或る訪問者

 自室のベッドの上で目を覚ます。そして、傍付きのルテアの支えがありながらも領主シャルトの執務室にたどり着いた。

執務室のドアをルテアが軽くたたいた。「どうぞ」という返事が聞こえたので、ドアノブを回す。部屋の中は、先の討伐戦の際、会議室として使われて資料が散乱としていた。だが、それから二日経った今ではすっかり片付いている。奥の窓から射す光で木製の長机が輝いていた。側面には、シーサーペント討伐の際に集められた書類や本が大量に入った本棚が二つ。高そうな箪笥が一つ置かれている。奥の窓の手前には執務用の机があり、一人真剣な表情で羽ペンを走らせていた。羽ペンを置き、来室者の方を向き、その姿を見て驚く反応を見せたが、表情を和らげ、口を開いた。

「お、やっと起きたか。どうだ、怪我の具合は?」

 体全体を、包帯で巻いているハルは、手を伸ばしたりしながら、答えた。 

「ぼちぼちかな。まだ派手な動きは出来そうにないが」

「いざというときは、私が全力でサポートします!」

 ルテアが気合十分の宣言に、シャルトは笑っていた。どうやら、シーサーペント戦で負傷したハルの面倒を見るのに張り切っている様子だった。

「そいつは頼もしいな、ハル」

「まったく、張り切りすぎるなよ」

「はい!」

ルテアが元気よく返事をした後、ハルとルテアは、空いている椅子に座る。シャルトもハル達の前に座った。いつも控えているアンリの姿は無い。シャルトが座ると、本題に入る様に促した。

「あれからどうなったんだ?」

 シャルトは、残念そうな声で話し始めた。

「あの戦いで、港が大打撃を受けたからな……。他の町にも支援を要請しているんだが、最低でも一ヶ月はかかるだろう。しばらくはここの収益も減るだろうな」

シャルトの説明を聞いていたルテアがおずおずと手を上げ、震えるような声で尋ねた。

「そ、それは私の能力を使ったからではないでしょうか?」

 ルテアは、自分の能力で生やした茨によって地面が崩れたと思っているのだろう。ハルがその言葉を否定した。

「そんなことはない。あの行動が無ければ奴を逃がしていたのだからお前は何一つ悪くないよ」

 シャルトも、ハルの言葉に賛同する、

「その通りさ。むしろめちゃくちゃにしたのハルだし」

「それはないだろ。石畳を削ることはあったかもしれないが……」

 ハルの慌てた反応を楽しんだかのように言った。

「冗談さ。あれだけの巨体を陸に揚げて戦ったんだ。町を守れただけでも、良かったさ」

 シャルトの言葉を聞いていた、二人は同意を示すように頷いた。その後、シャルトの顔が曇った。そして、面倒そうな声で話を続けた。

「……この事件をきっかけに、央都から視察団が来て、今回の事を調査するようだ」

 シャルトが顔を曇らせた原因に、ハルは同情を示した。あきらめたように、シャルトは言った。

「まあ、妥当と言えば妥当だろう。あれだけの大型魔獣を討った顛末と、被害総額が知りたいのだろう。それより、奴らが来たら、身を潜めといてくれよ」

「ああ。で、奴らがいつここに?」

 お尋ね者が領主の館にいることが見つかったら、騒ぎになること間違いないだろう。そのことを懸念したシャルトが、釘をさす。ハルは、それに納得する。そして、いつ頃視察団がやってくるのかを尋ねた。

「先程届いた手紙には、明日と書かれていたよ。こっちの事情も考えてほしいものだ」

 その視察団の相手をすることに、深いため息をついていた。


それから少し談笑した後、シャルトも仕事に戻るため、ハルとルテアの二人は、一階の食堂に向かった。向かった食堂は、初めて館に招かれた時とは違い、隣の大食堂。使用人たちが使う食堂のようだ。二人掛けの机が十席ほど、置かれている。ルテアが、朝食を取りに向かい、ハルは空いている席に座った。焼き色のついたパンに、ハムやみずみずしい野菜が挟まれたサンドイッチを二つ持ってくる。後から別の使用人が持ってきた紅茶を飲みながら、朝食をとる。朝食をとりながら、向かい側に座るルテアに尋ねた。

「そういえば、俺がここに来るまで何やっていたんだ?」

ルテアは持っていたカップを置いて質問に答えた。

「基本は、屋敷で使用人をしていました。朝は衛兵舎の方で訓練なんかに参加していましたよ」

「なるほど。これから時間あるか? その衛兵舎に案内してもらいたいんだが」

ルテアは、勿論とばかりに頷く。

「はい! もちろん」

その返事と同時に、ハルの背後から男性の声が聞こえる。

「我等の衛兵舎にどういった御用でございますか?」

 所々、包帯を巻き、深緑の軍服を着た男性。その姿を見たハルは、その男性に挨拶をする。

「お、ダンクか。おはよう」

「おはようございます」

二人が同時にダンクに挨拶し、ルテアの横にダンクが座る。対面に座るハルに向かって、心配するように尋ねた。

「怪我の方はいかがですか? 相当無理しておられた様子ですが」

「ああ、大丈夫さ。それより、そっちに行く手間が省けたよ」

 ダンクは何のことかと首を傾げる。

「この前の戦いのお礼が言いたくてさ。あと、ルテアがやっていた訓練というのも見てみたかったからだよ」

 それを聞いたダンクは、少し慌てた様子で手を左右に振り言った。

「お礼なんかいりませんよ。むしろ、あなた様のおかげで被害は減ったのですから。あと、その体ではまだ訓練の参加は無理です」

 ダンクの言葉に、賛同するかのようにルテアも、ハルに言った。

「そうですよ。参加しようとするなら、全力で阻止させていただきます」

「べ、別にそんなこと考えてないんだが……」

二人から、釘をさされたように注意され、どこか残念そうにつぶやいた。


 太陽が傾き始めた頃。衛兵舎の訓練をきっちり参加せず、端から見学し、午後から、町の方に散策していた。武器のメンテや傷薬やアンリに頼まれていた物を買ったりして、ハルとルテアが館に戻って来た。買い物をしてきたので、ハルは一人で自室に荷物を置きに向かう。ルテアは、アンリに頼まれててかって来た物を渡しに行っていた。

 自室で、荷物を片付け終わり椅子でくつろいでいる。そんな最中、ドアの方から、慌てたノックが聞こえる。すぐに、入室の許可を出すと、息を切らし、慌てた様子のルテアが部屋に入って来た。

「た、大変です。例の視察団がたった今、到着したみたいです!」

驚きのあまり、勢いよく立ち上げる。その拍子で、座っていた椅子がこけた。

「シャルト様も、焦った様子でした」

「そうか……。何処か、身をひそめる場所は知っているか?」

 ハルの質問に、ルテアは答えが詰まっていた。少し間が空き、提案する。

「町の宿屋なんかはどうでしょうか? 港に近いですが、あのあたりならいい場所があるかもしれないです」

 ルテアの提案に賛同し、簡単に荷物をまとめる。そのことをシャルトに伝えるため、執務室に向かおうとルテアに声をかけた。

「なら、まずは、シャルトに伝えないとだ。執務室に向かおう」

ハルが、ドアノブに手をかざす。ハルがノブに手をかけるより早く、ドアノブが回る。ドアが開かれると同時に、厳しい声が放たれた。

「それはなりません!」

その声と共に部屋に入って来たのは、メイド服に赤髪、赤眼の女性。この屋敷の使用人であるアンリだ。彼女に止められたハルは、理由を問う。すると、アンリは淡々と答えた。

「今、執務室に行けば、連中に貴方の存在がばれ、主の立場が危うくなります。ですので、今はこの部屋に留まっていて下さい。何より、この館から出たら視察の同行者にばれてしまいます」

 アンリの言葉に、納得を示したハルは動きを止める。

「……わかった。何かあればすぐに言いに来てくれ」

その言葉を聞いて一安心したのか、アンリは胸をなでおろした。


*     *     *


 同時刻。一階にある応接室では、和やかとは言い難い雰囲気が漂っていた。部屋に長机を挟んで、並べられた二つの長椅子。その片方に、視察団の代表の三人が座っている。その向かいには、二人の人物。一人は衛士長のダンク、もう一人は文官トルテの姿があった。そこには、肝心の領主の姿が無い。

 代表の一人である、髭が整った壮年の男性が、向かいに座るトルテに尋ねる。いかにも苛立った様子で。

「貴殿らの領主は何をしておるのかね! いつまで待たせるつもりだ?」

「申し訳ない。すぐに来ると思うのであと少しお待ちください」

 トルテの言葉に、再び壮年の男性は怒りの言葉を漏らした。

「さっきからそればかりではないか!」

「我々を何だと思っているのだ!」

 壮年の男性の横にいるたっぷくの良い男性も、便乗するように口を開いた。視察団の様子に、まったく勘弁してくれという様子でトルテは、心の中でため息をこぼす。

 その時、ドアが勢いよく開く。すると、先程まで騒がしかった視察団の二人は、黙り込んだ。そして、入って来た男は視察団の方を向き、笑顔で挨拶をする。

「お待たせして、申し訳ない。ようこそ、ポートタットへ。予定より早く到着されたと聞いて、準備に手間取ってしまいました」

 一礼して、ダンクと文官の間に移動し、腰を下ろす。そして、壮年の男性とシャルトが中心となって、話し合いが行われた。


*     *     *


 陽が沈んで、辺りが暗くなった頃。話し合いが終わり応接室から出てきたシャルトと代表達は、来客用の食堂に向かった。

そのことをアンリから待機していた部屋で聞いたハルは、ルテアと共に町で晩御飯を食べることにした。もちろん、亜麻色のコートを着て、顔をフードで隠しながら。ポートタットでは、町を救った英雄として、この町の住人から感謝されていた。その影響もあって、誰もハルの事をお尋ね者としてみる人はいない。なにより、ハルが町に来る前、町全体に領主の命令として、ハルを客人とするように伝えられていた。だが、今は央都から視察団が来ていることもあり顔を隠す必要があった。

ハルは、アンリにご飯を食べに出かけることを伝える。アンリは、承諾し頭を下げる。そして、玄関で落ち合う事に決めた二人は出かける準備を始めた。ルテアが着替えにハルの部屋を出る。ハルは、特に用意するものもなく部屋を出た。


 今は、魔ポートタットは魔獣戦以降、港の方で復旧工事が進められていた。その影響で、日中工事で汗を流した人達で商店街や飲食街はごった返していた。その中、フードを深く被ったハルと衛兵隊の制服から白を基調としたワンピースに着替えたルテアが歩いていた。

 ルテアが衛兵隊の中で人気のレストランがあるとのことだったので、そのレストランへ向かっていた。

 町の大通りから外れた路地にあったレストランは、人気のお店の様で人が良く入っていた。海産物が売りなようで店内の雰囲気も海小屋を連想させるような雰囲気だった。

 ルテアの勧めで、大きな海老がボイルされた料理がハルの前に置かれていて、ルテアの前には、海老や貝などの具がふんだんに使われたパスタが置かれている。運ばれてきた料理に二人は、それぞれナイフやフォークを持って口に運んだ。

 お皿に赤い海老の殻だけとなったハルは、食べ終えて水を飲んでいたルテアに、辺りに視線を向けて尋ねた。

「いつもこんなに人が多いのか? この時間」

 チラッと外を見たルテアは答える。

「そうですね。いつもはこれより少ないですよ。ですが、今日は特に多いですね。おそらくあの視察団の影響でしょうか……」

 その推測に、ハルは頷く。そして、外の人通りを見ると、そこには鎧姿の男や高そうな服を着た人達が歩いていた。おそらく視察団関連の人達だろう。

「たぶんそうだろうな。町中が殺気だっている。少し早めに戻ろうか」

「はい、そうしましょう」

 ルテアが落ち着いた声で、ハルの言葉に返す。

コップに入った水を飲み干し、席を立った。レストランの外に出て、人の流れに沿っていく。二人は並んで大通りを歩いて、館の方に戻って行った。その後ろを、誰かに見られているとは知らずに。


まさか、こんなところで見つけられるとは。と、濃い緑の外套を羽織った男は、口の端を釣り上げながら、物陰に隠れ二人の男女を見ている。視界から二人の姿が消えると、暗くて静かな路地に消えていった。


*     *     *


 館の前に戻って来たハル達は堂々と正面から入るわけにはいかず、ルテアと共に裏口から中に入った。自室に戻ることも考えたが、今どうなったのか気になったので、シャルトのとこに向かうことにする。館に入ったところにいた同じ年くらいの男性使用人に、シャルトが今何をしているかを尋ねた。その使用人は、一礼して答えた。

「おかえりなさいませ。主様なら、先程会食を終えられ、執務室かと思われます。おそらく視察団の方とは離れております」

「わかった。ありがとう」

使用人に礼を言い、静かに二階に向かった。


 幸い、誰とも会うことなく、執務室にたどり着く。ハルが扉をノックすると、女性の返事が聞こえた。ハルとルテアが、部屋に入ると、そこには、奥の机でだらけているシャルトと何かの書類を整理しているアンリの姿があった。シャルトは相当疲れていると見える。

「お疲れの様子だな、領主様。どうだった話し合いの方は?」

 ねぎらいの言葉を入れながら、疲れ果てている姿にニヤニヤと笑みを浮かべながら話しかけた。すると、だらけきったような声で、言葉を返す。

「あの上から目線の態度。それに、魔獣の事を伝えても一向に理解する素振り見せないし。挙句の果てには、明日中に魔獣からとれた素材が欲しいときた」

 ため息交じりに、今日の事を話す。

確かに、大型の魔獣だけあって、魔獣一体からとれる素材は貴重なものとなっている。それを欲しがるのも無理はないが、この町の現状を鑑みない様子にあきれ果てているのだろう。

「戦闘の事なら俺が話そうか? 向こうの反応次第では、逃げるかもしれないけど」

「絶対にダメです!」

「絶対にいけません!」

ハルが冗談半分で言ったことを、女性陣から非難の言葉が飛ぶ。

「冗談だよ。冗談。それより、一つお願いがあるんだが?」

 ハルの言葉に、だらけていたシャルトは、姿勢を正す。そして、構わないというように首を縦に振り頷く。そして、ハルは内容を話した。

「俺の服装、この屋敷では目立たないか? 使用人の服なんかあれば、少しだけでもカモフラージュできると思うのだが」

 その願いにシャルトはアンリに視線を送る。少しのタイムラグがあったが、アンリは首を縦に頷いた。それを確認したシャルトはハルの言葉に応える。

「あるみたいだから、後で部屋に持って行かすよ」

「助かる。ありがとう。疲れてるみたいだし、今日はもう部屋に戻るよ」

「ああ、また明日」

 その言葉を聞いて、手を軽く振って執務室から自室に向かった。先に入浴を済ませてくるようにルテアに言ってから、部屋に入った。

部屋に入ると、椅子に座るのではなく、自室のベッドに寝転がる。全身の怪我が癒えてないこともあり、座るより楽な体勢を取った。寝転がりながら、明日はどうするか考えていたが、町に遊びに行っていたこともあり、疲労が溜まっていたのだろう。段々と視界が暗くなっていった。


*     *     *


 入浴を済ませたルテアは、二階の廊下を歩いていた。手には主のための服を持っている。執務室の前に差し掛かった時、衛兵隊の制服を着た男が慌てた様子で走って来た。何かあったのか気になったので声をかける。

「どうしたのですか? そんなに慌てて」

 男は立ち止まりにルテアの言葉には答えず、質問を返した。

「ダンク隊長を見ませんでしたか?」

「いえ、見てませんが。どうかしたんですか?」

 衛兵隊の長、ダンクを探しているようだ。ダンク捜して慌てていたので、余程のことがあったのだろう。嫌な予感がしたので、男に尋ねた。

「それが、町の酒場で住民と視察の連中がもめ事を起こしたみたいで……」

 央都からの視察団の一行と町の住民がもめ事を起こしたとなると、いくら衛兵隊と言えど、下の者が迂闊に手を出せることではないようだ。対して、ルテアは先ほどの魔獣の件もあり視察の方々には、それなりに名が通っているみたいだ。そこで、ルテアは、自分が現場に向かう事を決める。

「それは! 私が仲裁に入ります。その場に案内してください」

 事態の重大さに、ルテアは男に案内してもらうように頼む。だが、足を進めるより早く、執務室の扉が開き、制止する声がかかった。

「待つんだ。そこには、オレ達が行くよ。ルテアはハルのもとにいてくれ」

 声の主は、先程まで疲れた様子のシャルトだった。右後ろにはアンリが控えている。

「お疲れの様子でしたので、無茶はよろしくないのでは?」

 ルテアがシャルトの身を案じて、質問するとアンリから答えが返って来た。

「いくら貴女でも事態を収拾させることは無理でしょう。それに、早くその服を貴女の主に持って行ってあげなさい」

 アンリは、私が持っていた服を指して促す。その言葉に、反論はせず頷いた。

「わかりました。くれぐれも、お気をつけて」

 腰を折り、礼をする。そうすると、二人は衛兵に案内され町の方に向かっていった。二人の後姿からは、殺気じみた何かを感じた。その二人の姿が見えなくなると、急ぎ足で主の待つ部屋に駆けて行った。


*     *     *


 館から数メートルの距離にあるとある路地。その中でも、ひときわ騒がしい酒場の前。近隣に住んでいる人や店から出て来た人などが、野次馬のように店の入り口付近に人だかりができている。その人だかりにシャルトは、一声かけると道が開く。そして、扉の前に立ちシャルトは、アンリと助けを求めに来た衛兵の二人に警戒を促した。

「何が起こっているか分からないから、くれぐれも注意してくれ」

 その指示に、アンリと衛兵の男は静かに頷く。

シャルトは自分の懐から、水の入った細い瓶を取り出した。その蓋を開けるとその水に向かって話しかける。

「来い、水狼!」

すると、瓶に入っていた水が飛び出し、成人男性の腰ぐらいの大きさをした狼に姿を変える。そして、遠吠えの仕草のように、頭を上に向けた。声は出ていない。水で出来た狼は、酒場の方を睨み、まるで唸っているように牙を見せていた。

その横では、使用人の制服姿のアンリは、スカートの内側に隠しているナイフを取り出していた。そのナイフを逆手に握り、いつでも突入できるようしていた。姿勢こそ、まっすぐ立ちシャルトの横に控えている。だが。殺気を隠せていないようで、シャルトは忠告をする。

「誰も殺すなよ。一応、相手は中央からの使者だ」

「……わかっております。殺しはしませんよ。殺しは」

 その注意に、じっとシャルトの方を見る。そして、小さくため息をついて言葉を返した。そのアンリの言葉に、ニッと笑い二人と一匹に指示を出す。

「よろしい。では水狼。君は、正面から突撃。アンリと君は水狼の後に続け」

「わかりました」

「ハッ」

 アンリとついてきた衛兵が返事を返す。その返事を聞くと水狼は、酒場の扉をぶち破って中に入っていった。それに続いて二人も地を蹴った。


 シャルトらが到着するより前。件の酒場では剣呑な雰囲気に満ち溢れていた。向かい合う二つの集団。一つは、鎧を身に着けて武装した集団。もう一つは、作業着を身に着けた集団。二つの集団のリーダー格の人物が、言い合いをしていた。

「俺達が何をしたというんだ⁉」

紺色の作業着を着た、住民側のリーダーがしゃがみながら、見下ろしている鎧姿の集団に向かって言い放つ。その手は、殴られ倒れた仲間を支えていた。非難を浴びせる男を見下しながら、答える。

「ああ? お前等、我らが何なのかわかんねえのか? 人にぶつかっておいて会釈だけとはなめてるのか? ああ?」

 鎧を着た男の顔は、少し赤いようにも見える。この状態に苛立っていた。そして、お酒の力も入っているのもあり、それを助長していた。男の手には、先程、人を殴って割れた瓶を持っていた。

「だからと言って、ここまで殴る必要は無いだろうが!」

 怒気を含んだ作業着を着た男の一言に、鎧を着た男は、直ぐに言葉を返す。

「一般市民ごときが! 身の程を教えてやるぜ」

 そう言って、鎧の男は手に持っていた瓶で住民側の人を殴り飛ばす。そこから両者の衝突が始まった。


 両者入り乱れている中、酒場の扉が派手な音をたてて破られた。争っている人間は、突然の出来事に動きを止める。扉の方から姿を表した狼の姿に、怯えた様子を見せるものもいた。そして、鎧姿の人間に体当たりして壁に叩きつけた。狼に続いて、衛兵、メイド服の女性が入ってくる。二人と一匹が入って来た姿を見て、一方の集団は安堵し、もう一方の集団は激昂していた。乱入してきた女性、アンリは両者に向かって落ち着くように鋭い声で促した。

「双方、手を止め落ち着きなさい!」

だが、激昂した集団は聞く耳を持たず、二人と一匹に向かって襲い掛かかる。或る者は、飛ばされ。或る者は、短刀で斬られ。或る者は、捕縛されと、数分で制圧が完了したのだった。

 シャルトは、静かになった後、破られた扉から酒場に入る。住人をチラッと一瞥し、笑顔を向ける。そして、一か所に集められた鎧の集団に、冷たい視線を向けた。その視線を受けた者は恐怖で、固まっていた。鎧の集団に向かって冷たい声で、尋ねた。

「よく暴れてくれたものだ。力でねじ伏せられた気持ちはどうだ?」

「……」

怒りの感情が込められた声に、男達は何も答えない。

「まあいい。貴様等の身柄は衛兵舎で預かるとして、このけじめは貴様等の代表につけてもらわないとな」

 そう言い捨てた後、シャルトとアンリ、水狼はついて来た衛兵と後から駆け付けて来た衛兵達に後を任せ、酒場から出て行った。

 

酒場の外に出たシャルトは、懐から空の瓶を取り出す。水の狼にねぎらいの言葉を掛けた。

「ありがとう、水狼。戻っていいぞ」

 水狼の身体が、吸い込まれるようにして瓶の中に吸い込まれいく。そして、瓶の中でただの水に戻る。その瓶に蓋をして、再び懐にしまった。横に来たアンリに称賛の言葉を送った。

「流石だな、アンリ。頼りになるよ」

 そう言った後、シャルトは、アンリの頭をなでる。当のアンリは頬を赤らめたまま、照れたように言葉を返す。

「あまり、子ども扱いしないでください」

 シャルトの手を払い、顔を背ける。その様子を見ながらシャルトは、微笑みを浮かべた。ふと、アンリがそれを見上げると呟く。

「星空、綺麗ですね」

 アンリの呟きにつられるように、シャルトも空を見上げる。そこには、雲一つなく、沢山の星が輝いていた。その光景にシャルトも、言葉を漏らす。

「そうだな。たまには、こうして荒事に突っ込むのもいいな」

 シャルトの言葉に、溜息をつき、呆れたように言った。

「貴方様はこの町の領主なのですから、あまり止めていただくとありがたいのですが」

 一呼吸おいて、言葉を続ける。

「ですが、たまにはこうしてみるのいいですけどね」

 その言葉にシャルトは、「ああ」と短く答える。そして、アンリの方に向き言った。

「さて、夜も遅いし、帰ろうか」

「そうですね。早く帰りましょう。我が主」

 町の明かりに照らされながら、館へ続く大通りに向かって足を進めた。


*     *     *


シャルト様達と別れた私は、三階にある主の部屋を訪ねた。ドアをノックする。だが、応答はない。もう一度ノックするが、結果は同じ。不安になったので、恐る恐るゆっくりと、ドアを開けて中に入った。そして、奥に設置されているベッドを覗き込む。そこには瞼を閉じ、静かに寝息をたてる主の姿があった。このまま寝かしておきたかったが、心の中で謝罪の言葉を述べ、起こすために声をかける。

「起きてください、ハル様。服も持ってきましたよ」

 目を覚まさなかったので、ゆさゆさと肩を揺する。すると、ゆっくりと主は瞼を開ける。

「ん? ルテア、起こしてきてくれたんだな。ありがとう」

「せっかくお休みのところ申し訳ないですが、伝えておきたいことがありましたので……」

「どうしたんだ?」

私は、先程あったことを話した。聞いていた主は最初、驚きはしたが、すぐに納得したような表情になった。

「なるほど、大体こんなことが起こるとは予想はしていたが、一日目から起きるとは上は何をやっているんだか……。まあ、シャルトが言ったのなら問題ないか」

 そう言って、ベッドから降りる。そして、私が持ってきた服を近くの机に置く。そして、寝間着代わりに使っている服を手に持つ。

「じゃあ、お風呂行ってくる」

「はい。ここで待っておきますね」

 寝起きなのもあって、ゆっくりとした足取りで一階に向かって歩いて行った。

 

 その頃、館の外。館の入り口付近にある茂みの中で、一人の男が息をひそめていた。男は、じっと入り口に立っている見張りを観察している。

(さて、そろそろ向かうとするか)

男は、心の中でつぶやき、茂みから出て行った。

「そこにいるのは誰だ!」

 茂みから突然人が現れたので、見張りの一人が声を荒げた。そして、その見張りが駆け寄ってくるが、そこにあったの少量の葉っぱだけだった。声を荒げた見張りは、首を傾げる。その様子に、別の見張りが駆け寄って来て尋ねる。

「どうした? 何かあったのか?」

「いや、気のせいだった」

 異常が無かったことを見張り同士で確認する。その背後を男は、足音を殺しながら通り、館の中に入っていった。

(確か、三階だったな)

目的地を心の中で確認しながら。


*     *     *


主の部屋を掃除して、特にやることが無くなったので、椅子に座って戻ってくるのを待っていた。その部屋に突然ノックの音が響く。ハル様ならノックするはずが無い。と瞬時に考え、こんな夜中にいったい誰だろうと、いぶかしげに椅子から立ちあがる。そして、ドアに向かって問いかける。

「どちら様ですか?」

「……」

 返事は返ってこない。そして、質問を変える。

「何か御用ですか?」

 その質問にも、答えは帰ってこない。怪しく思ったので、口調を強くした。

「誰ですか? 名を名乗りなさい!」

 返事は返ってこない。不審に思った私は、腰にある細剣の柄に触れる。その時ドアが開かれ、濃い緑色の外套に身を包んだ男が入って来た。

「失礼するぜ」

 聞きなれない声、見慣れない顔。どこか飄々とした男に最大限の危機感を覚えていた。素早く剣を向き、構える。飄々とした男は、こちらの存在に気付き、私に質問を投げかけてくる。

「ここにいるはずの罪人の男はどこだ?」

 誰の事を言っているのか瞬時に分かった。ハル様の事だ。もちろん居場所を言うわけにはいかず、相手を睨みつける。その態度に男は口笛を吹く。そして、感情を逆なでするような態度で、言葉を投げた。

「へえー。知らないふりね。そんなに主のことが大事なら、この館中捜しまわってもいいのだけどね。貴女に吐かせた方が早そうだ」

 男の言葉に、怒りの感情をこめて答える。

「結構です! それより名を名乗りなさい!」

 男は、口の端を釣り上げ笑みを浮かべる。その表情に激しい嫌悪感を覚える。そして、男は答えの代わりに、投げナイフを飛ばしてくる。私はそれを瞬時に細剣ではじく。続いて、男は外套の内側から取り出した、短剣を握り、一直線に襲い掛かってくる。右から来た刃を後ろにステップを踏み躱し、相手の右手に向かって斬りかかる。だが、相手は短剣を逆手に持ち替え、防ぐ。甲高い多い音をたて、刃と刃が交錯する。そして、距離を取るため下がる。

「なかなかのやりますね」

「お褒めにあずかるとは光栄ですよ」

男は恭しく一礼する。そして、提げていた頭を起こすと同時に、剣を突き立て襲い掛かってくる。その動きに少し遅れて、細剣を地面と水平にして床を蹴った。男の短刀は右肩辺りを斬り裂き、細剣は今まで男がいた空間を突いた。

 肩の痛みに耐え、体を右に回転させながら、後ろに剣を振った。避けられるはずのない刃は相手の外套を切り裂く。だが、外套の下を斬った手ごたえを感じれなかった。

完全にとらえたはず。と動揺が走る。しかし、理由はすぐにわかった。外套の隙間から同じ色の葉っぱが真っ二つになりながら、ひらりと落ちる。そしてすぐに、ガサッという音共に、近くに置かれている観葉植物の側から男が姿を現す。その光景を見て、男は能力を持っているという事が一目でわかった。

「能力持ちですか」

「正解。あなたの刃は私に届きませんよ!」

 その言葉と共に、男は持っていた短剣を私が立っている方に飛ばした。再び弾こうとするが、持っていた細剣も一緒に弾き飛んだ。男は、先ほどは外套で背中に隠していた、折り畳み式のボウガンを取り出す。そして、こちらに向け、言葉を警告する。

「今なら、命までは取らん。さあ、奴の居場所を言え!」

 脅すように言ってきた言葉に臆することなく、疑問を返す。

「あの方に何をするつもりですか! 捕らえさせませんよ」

その言葉に男は、さも当然のように笑って答えた。

「何をって? 殺すためさ」

 男の言葉に、湧き上がる何かを覚えながら答えた。

「なっ! それは絶対にさせない! あの方は、私が守る」

その言葉と共に、男の周りに鋭い棘ついた薔薇の蔓が生える。その蔓は瞬時に、男を囲み、身動きを封じた。男の顔には驚愕の表情が現れていた。

「くそ、貴女も能力持ちじゃないか」

 私は落とした細剣を拾い、左手で持つ。そして、切っ先を真っすぐ、男に向けて走り出した。

「こんな、ところで死ねるかよ!」

 男は、棘に刺さって血に濡れた手を無理やり上げる。そして、ボウガンを構え、引き金を引いた。発射された矢が、目の前に迫る。反射的に目を瞑った。だが、その矢が顔に刺さることなく、突然飛んできた剣によって叩き折られた。

「誰だ、お前! ルテアに何してんだ!」

声のした方を振り返ると、黒い簡素な服に着替えた主の姿があった。


*     *     *


俺が、異変に気が付いたのは、三階に上がる階段に足をかけた直後だった。微かな金属音が耳に届いた途端、体の痛みも忘れて、自室の方に駆けて行く。部屋には、ルテアが残っていたはずだ。と頭の中で考え無我夢中で走る。途中で、体の周りに剣を展開しながら音源である部屋に飛び込んだ。

右に茨に囲まれた見知らぬ男、左には右肩から血を流したルテア。部屋に入った直後、男はルテアにボウガンを向け、その引き金を引いた。その先がルテアの方に向いているのが見えると、すぐさま空中にある剣の一つを、飛行している矢にぶつけた。

 茨に囲まれた男に向かって、怒りの感情がこもった視線と共に、罵声を浴びせる。答えを聞く前に、残りの剣を飛ばそうとする。だが、男は、強引に茨の囲みを突破した。そして、近くにある窓ガラスに向かって走り出す。

「待て!」

 男が何をしようとしているか察した俺は、直ぐに呼び止めた。だが、その制止は聞かず、窓ガラスを割って飛び出した。すぐに後を追い、窓から身を乗り出し、下を見たが、男の姿は一瞬のうちに闇に消えた。

 

*     *     *


 守るはずが、守られてしまった。私が、未熟なせいで。しかも、あの方は、完治していない体に無理を言って、能力まで使って守ってくれた。このままじゃ……。

 私は、主に向かって頭を下げる。そして震えた声で言葉を発した。

「申し訳、ございません。私が未熟なばっかりに、相手を逃がしてしまいました。私は傍付き失格です……」

 

*     *     *

 突然の謝罪に困惑したが、直ぐに答える。

「そんなことはないよ。今回だって、俺が狙われていたのを知っていたから全力で、戦ったのだろう? そのおかげで、俺はこうして生きている」

落ち込むルテアに向かって懸命に励ます。だが、彼女の返事は涙ぐんだ声音に変わっていた。

「……ですが、怪我をしているハル様に、無理をさせてしまいました。そして、命まで救われた。私は、私は——」

 ルテアの言葉がそこで途切れた。それはそのはず、今にも泣きだしそうなルテアをハルが抱き寄せた。

「落ち着け、ルテア。君が俺の傍付きになってから、前より楽しく時間を送ることが出来ている。それも全部君のおかげだよ。だからさ、あんまり気負いしなくていい。もっと頼ってくれていい。俺達、仲間だろ?」

 その言葉に、ハルの腕にくるまれたルテアの頬には涙が流れていたその様子を見た瞬間、驚いた素振りを見せ、恐る恐る尋ねた。

「ご、ごめん。なにか嫌だったか?」

 ルテアは、優しい笑顔を見せながら、答えた。

「いえ、私は、あなたに仕えてよかった」

 

*    *     *


朝を迎え、ハルとルテアはシャルトの執務室を訪れていた。昨晩起きた襲撃者の後、ルテアが能力の使った反動で眠ってしまったからだ。遅れた形の報告となったが、シャルトも酒場で起きた衝突に関して、教えてもらい、お互いの情報交換を行った。そして、直ぐに視察団の重役を集めて、話し合いをするようで、執務室を出て行く。ハルとルテアは、一度各々の自室に戻ることに決めた。


*    *    *

 

 話し合いの結果、昨夜、町の方であった事件の責任をとらせるため、視察は一時中断。そして、捕縛していた男達を連れて、視察団の一行は、何も得られず、残念そうにポートタットから出て行った。


 一行が帰った後、執務室でハルとルテア、シャルトとアンリが座っていた。それぞれ全員の前には、赤茶色の紅茶の入ったカップが置かれている。お昼が過ぎ、太陽が傾き始めた頃合いだった。

「それにしてもお互い昨夜は災難だったな」

 笑いながら、シャルトは昨夜の話を出す。

「笑い事じゃないよ。まったく、大変だったんだぞ。色々と」

 すかさず、ハルが反論を入れる。それには、横に座っているルテアも同意の様だ。今度はハルが、酒場の一件がどうなったのか尋ねた。

「その暴れていた奴って帰ったみたいだけど、良かったのか?」

 その質問に、シャルトは「ああ」と頷いて答えた。そしてすぐに、アンリが補足説明を入れる。

 どうやら、シャルトは、視察側を捕縛し、視察団を返すことと賠償を通告したようだ。そして、住民側にも店の清掃と修理を命じて事を収めたとのことだ。

「噂で、視察団が帰る際、捕まっていた人達、ものすごく絞られたと聞きましたが、ほんとだったのですか?」

 朝、傷薬などを買いに町に出ていたルテアが、得た噂の真意を尋ねる。当の本人は、笑ってごまかしていた。そして、話をそらすように、シャルトは昨晩の事を尋ねた。

「昨晩の襲撃者がどこか行った後、使用人たちが部屋に入りにくかったとか言っていたけど。何かあったのか?」

 シャルトから質問で、ルテアが顔を赤らめ下を向く。ハルは何も言い返せなくなっていた。その様子を見ていたシャルトはニヤニヤ笑い、アンリは微笑みながら、ハル達を見ている。

 このように、楽しい(?)談笑が行われていた。


*    *    *


 その頃、とある山小屋の中。全身包帯で巻かれた男は、鎧で身に固めた壮年の男性に介抱されていた。

「どうだ、傷の様子は? まったく無理をするからこうなるのだ」

「申し訳ありません。騎士団長閣下。少し、大げさに言ったら逃げるのもやっとでした」

男は申し訳なさそうに、閣下と呼ばれた男性に謝罪する。

「それで、あいつはあそこにいたんだな?」

 その男性の問いに、包帯に巻かれた男は肯定を示した。

「はい、殺されかけましたが……」

「わかった。御苦労。怪我が治り次第、央都に戻るぞ。招集命令だ。それまでゆっくり休め」

 ねぎらいの言葉をかけ、男性は山小屋から出て行った。

 外を出て、港町が見える場所まで歩いて行く。そして、男性はぽつりと呟いた。

「今度こそ、決着をつけよう。ハル」

 そう言って、男性は森の中に再び入っていった。。

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