第3話  或る港町 下

 館に戻ると、使用人から晩飯が出来ていることを告げられた。ルテアに案内されながら、一階にある食堂へ向う。食堂の前に着くと、使用人が扉を開けた。案内された部屋は、横長の間取りに、真ん中に白い長机が置かれ、部屋の奥にはドアがある。そのドアの奥が、厨房だろう。白いエプロンを着た男達が出入りしていた。

部屋に入り、長机の真ん中あたりに座っているシャルトが声をかけた。シャルトの左後ろにはアンリの姿もある。

「おかえり、二人とも。ご飯も出来たから座ってくれ」

 ハルは、その言葉の通り、シャルトの正面の席に腰を下ろした。ルテアは、ハルの背後に控えている。そのルテアに対して、シャルトがルテアにも声をかけた。

「ルテア、君もだよ」

 その言葉に頭を下げ、「失礼します」と告げてから、ハルの隣に座った。

それと同時に奥のドアから、使用人たちが、蓋のかかったお皿を運んでくる。一つ一つ蓋を開けていき、料理があらわになる。海が近くにあるだけあって魚介類を使った料理がほとんどだった。

料理がすべて出そろったことをアンリが、言うとシャルトは、アンリに座るように指示する。アンリの席は、シャルト達と同じように料理が並んでいた。四人が席につき、手を合わせシャルトが食事前の挨拶をする。三人も手を合わせていた。挨拶が終わると、各々食事を始めた。

ハルが、魚介類をふんだんに使ったパエリアを食べていると、向かい側に座るシャルトが話しかけてきた。

「どうだった? この町は」

 スプーンで、パエリアをすくい、ほおばる。それを飲み込んでから答えた。

「すごく活気があって、良い町だな。今まで旅をしてきた中で、一番大きいな」

 その解答に、シャルトは喜び答える。

「お気に召してよかったよ。明日もゆっくり見て回ってくれよ」

 ハルは、「ああ」と軽く返事をして、パエリアをほおばった。

 しばらくして、全てのお皿を空にした四人は、食後に運ばれてきた暖かい紅茶を飲みながら、談笑していた。そんな中、シャルトはハルの隣で、カップを持ち上げているルテアの方を見て、ハルに尋ねた。

「ルテアとは打ち解けたか?」

 突然の質問に、ハルは言葉を詰まらせながら答えた。

「ま、まあ、さっきも港を案内してもらったし、ぼちぼちってところかな」

「なら、良かった。これからも面倒見てやってくれよ」

 シャルトの言葉に、ハルは半分困ったように言った。

「だが、いきなり面倒見てやってくれとか言われても困るのだが」

 シャルトは、にやにやしながら指摘する。

「もしかして、元皇子は女性が苦手なのかな」

「それは違う!」

 ハルは、顔を紅くして否定する。その反応を楽しんだ後、シャルトは咳払いをして言った。

「ずっと一人で、うろついて大変だと思ってな。何より、一人では、さみしいだろう」

 シャルトの言葉に、ハルは照れたように言葉を返した。

「……心配してくれるのはありがとう。だが、俺と一緒にいると危険だから心配なんだ」

 ハルの心配をかき消すように、シャルトは首を振った。

「大丈夫。その心配いらないよ。ルテアは凄いから」

 今まで黙って話を聞いていた、話題の本人は慌てて被り振る。ハルは、そのルテアの方を見て、疑問の表情を浮かべていた。二人の反応を見ていた、アンリはルテアの方を見て言った。

「もっと自信を持っていいのよ、ルテア」

「は、はい」

 ハルは、未だに疑問を浮かべていた。その心中を察したのか、ハルに聞こえるように呟いた。

「それはその時のお楽しみってやつだよ」

 その言葉に、ハルの疑問はますます深まるばかりだった。

 

 各々、紅茶を飲み終わり、シャルトがお開きを伝えた。シャルトとアンリは、執務室へ。ハルとルテアは三階にある部屋に向かった。

 部屋にあるベッドには、一着の寝間着が置かれていた。その服を手に取り、ドアの近くにいるルテアに尋ねた。

「そういえば、ルテアってどこで寝泊まりするんだ?」

「お隣の部屋になります。シャルト様とアンリさんが用意してくれましたので」

 それに納得を示す。そして、ハルがルテアに言った。

「じゃあ、そろそろお風呂にしようか。ルテアも用意してきてくれ」

 その言葉に、ルテアは「え⁉」と驚きの声を上げた。ルテアの反応に自分の言葉が駆けていたことに気付き慌てて、訂正する。

「一緒に入るとかそんな事じゃないから。案内してほしいだけだからね」

 ハルの弁明に、ルテアはホッと一息ついた。

「そうですよね。わ、わかりました」

 返事をして、ルテアはハルの部屋から出て行く。隣の方でドアの閉まる音が聞こえた。

「なんか調子狂うな……」

 ルテアが部屋に戻ったことを確認すると、ハルはこめかみに左手を当てながら呟いていた。


 一方、ルテアは部屋のドアを閉めるやすぐに、ベッドに置かれていた着替えを手に取る。それを顔に押し当て、小声で呟いた。

「びっくりしたー」

 しばらくそのまま、動かなかった。


 二階にある浴場へとルテアに案内してもらった。浴場の入り口には、しっかりと男女別々の入り口があり、ハルは内心ほっとしながら男湯の方に足を踏み入れた。ルテアとは、そこで別れ、明日の朝、ハルの部屋に集まることを約束したのだった。

 人が、十人ほど入ることが出来る湯船に二十分ほど浸かり、身の回りを整えていた。

「いい湯だった~」

お風呂から上がり、用意された寝間着に袖を通し、階段を上がっていた。二階へと続く階段の踊り場にある窓。そこから、外を見ると雨が降っている。今夜、何事もなければいいのだが。そんなこと思いながら部屋に戻って行った。


*   *   *


夜が更け、皆が寝静まった頃。ポートタットの沖合で一隻の貿易船が港に向けて進んでいた。船には、乗組員が二十人ぐらい乗ってる。その船の甲板には、大量の木箱が積まれていた。

 船の整備を勤める一人が、その木箱を見て、近くにいた見張りと話をしていた。

「この木箱は一体なんすかね」

「確か、武器やら火薬やら言っていた気が……」

 見張りに尋ねた男は、中身を聞いて納得を示した。

「それにしても、この量。何処かと戦争でもするんですかね?」

 その言葉に、見張りの男は首を振り答えた。 

「聞いた話だが、この海域で出てくる魔獣を討伐するって」

 箱の中身を聞いて、驚かなかった男はこの話を聞いて、驚いていた。

「魔獣! そんなにやばい奴なんすか?」

「その魔獣に大型の船は何回も沈められているようだ…… 恐ろしい話だぜ」

 見張りの男は、身震いしながら話す。それに同意するかのように、驚いていた男は頷いていた。話題をそらすように、見張りの男が思い出したかのように話し始める。

「そんな事より、港に着いたら——」

突如、船体に何かぶつかった様で、鈍い音と揺れが起こった。それにより、男の話が遮られる。

「ん? 何かとぶつかったか?」

 音が響いてから、船がゆっくりと減速していった。

「まさか、噂の魔獣じゃ……」

 不安な様子の見張りの男は、震えた声で呟いた。それに対して、整備士の男は笑い飛ばしながら答えた。

「そんなことあるはずが無いっすよ」

「そうだな。とにかく、寝ているやつは起こしてきてくれ」

「わかりやした」

 整備士の男は、寝室の方へ駆けて行った。

残った見張りが船の下を覗き込んだ。次第に、他の見張りも集まって来ていた。各自、手に持ったランタンで、海面を覗き込む。先程まで整備士と話していた見張りが、船底で動いてる影に気付いた。その巨大な影に、怯え後退る。そして、大声で叫んだ。

「全員、明かりを消せ‼ 下に何かいるぞ‼」

 そう言った次の瞬間、二度目の大きな衝撃とともに船体が大きく揺れる。先程、寝室の方に駆けて行った整備士が、青ざめながら走って来た。

「船底より浸水! 誰か穴塞ぐのを手伝ってください」

 息を切らしながら、整備士は人手を要求すると、先程、整備士と話していた男が、応じる。

「すぐに向かう」

 そう言った瞬間、三度目の大きな衝撃が起こった。それと同時に、船の後ろ部分が吹っ飛び数人の叫び声聞こえた。積んでいた火薬が爆発したようだ。

「全員、この船を捨てて海に飛び込め!」

 誰かが叫んだ声の後、船が二つに割れた。それにより、ほとんどの乗組員が海に投げ出される。船が黒煙を上げながら段々と、海面から姿を消そうとしていた。その沈んでいく船の間から、巨体が姿を表した。海から姿を現した魔獣の咆哮が、夜の海に響き渡った。


   *   *   *


 雨はやみ、陽の光が隙間から射しこんでいた。与えられた部屋で寝ていたハルは、目を覚ます。朝陽の眩しさではなく、館全体の騒がしさだった。いったい何があったのだろう。身支度を素早く済ませ、部屋を出た。何があったのか確かめるため、二階にある執務室に向かうことにした。階段に足をかけようとしたとき、後ろから声が聞こえる。

「起きていたんですね、ハル様。部屋にいなかったので心配しました」

 身支度を整えたルテアが、ホッとした様子で立っていた。そのルテアに、謝罪しこの騒がしさについて何か知っているか尋ねた。

「それは悪い。それより、何があったんだ?」

 すでに何か知っていたようで、ルテアは簡単に説明する。

「昨夜、こちらに向かっていた貿易船が襲われ沈みました。その生き残りがこの港に流れ着いていたとのことです。今は、港とその付近の住民を避難させている最中です」

 ルテアの言葉に、衝撃を受けた。

「な、何だと……。港の近海ってことか。シャルトは、今執務室か?」

「はい。そこから全体に指示を飛ばしています」

「すぐに向かうぞ」

「はい」

 そうして、二人は執務室に走っていった。


 執務室のある二階では、人の行き来が激しくなっていた。部屋の前に着いたハルとルテアの二人は執務室の中に入っていく。執務室の机には、港周辺が描かれた地図が拡がっている。机の奥に座っているシャルトに、声をかけた。

「シャルト、状況を説明してくれ」

「お、来たか、ハル。早速、会議を始めるから空いてる席に座ってくれ」

 この部屋には、町の重役が集まっている。昨日、挨拶をした衛兵長ダンクの姿もあった。そのダンクの横に空いている席に座った。ルテアは、ハルの後ろに控えている。初めてみる人の姿もあった。ハルが座るのを確認すると、シャルトが全員に対して、声をかけた。

「朝早くだが、魔獣シーサーペントについての対策を話し合おうと思う。まず、昨夜起こった貿易船の件だが——」

 シャルトが、左斜め前に座っている眼鏡をかけた青年に視線を送った。その青年は、シャルトの視線を受け取り、話し始めた。

「お初にお目にかかります。ハルさん。私の名前はトルテ=クレーテと申します。シャルト様の書記を務めています。以後お見知りおきを」

 トルテは、始めて会うハルに自己紹介をして話し始めた。

「昨夜、こちらに向かっていた貿易船がシーサーペントとみられる魔獣に沈められました。その船の乗組員が二名漂着しました。全員で二十名、乗っていたみたいですが、残りの十八名の行方は不明とのことです。この事件にあわせ、只今、港とその付近に住んでいる人の避難を行っております」

 事件の概要を話し終えた、トルテはシャルトに頭を下げる。次にダンクが、現状を報告する。

「我々、衛兵隊は住民の避難が完了しました。それと同時に、全勢力を港に集中させたほうがよろしいでしょうか?」

 ダンクの質問に、肯定を促し答える。

「それでもいいが。設備の方はどうなっている?」

 その質問に、ダンクは苦い顔をしながら答える。

「沈められた船に、武具をお願いしていたのですが、現在は最低限の戦力しか……」

 ダンクの報告に、シャルトは唸りながら指示を出す。

「……現在の戦力で当たってくれ。それから、ハル。この先行部隊と共に港に向かってくれ」

「わかった。俺とルテアで向かう」

 シャルトの指示に、ダンクとハルが返事をする。ハル達が返事をしたのと同時に、執務室のドアがノックする音が聞こえる。アンリが、ドアを開け衛兵の一人が入って来た。

「会議中失礼します。住民の避難、完了しました!」

報告を受けた後、シャルトが労いの言葉を、ダンクも同じように言葉をかけた。そして、報告に来た衛兵が執務室を後にした。そして、シャルトがダンクの方に視線を送る。ダンクは、席を立ち、右手の拳を左肩に当て、敬礼をする。シャルトも同じように返す。そして、ダンクは部屋を出て行った。ハルも席を立ち、シャルトに言った。

「じゃあ、行ってくる」

「任せた。無事で帰って来いよ。後から合流する」

 言葉を交わし、ルテアが一礼してから、部屋を後にした。


 ダンクと館の門で集合することを約束し、自室に戻る。自室に置いている鞄の中から短剣を取り出す。それを腰に下げる。そして、椅子に掛けていた亜麻色のフードコートを羽織った。身支度を整えて、すぐに部屋を出た。すでに、階段付近で待機していたルテアと合流する。彼女も、腰に薔薇の意匠が入った細剣。その反対側に小さいポーチをつけている。他にも、胸や膝、肘に鋼の防具を装備している。

「さあ、行こうか」

「はい」

 二人は緊張した面持ちで、ダンクと合流するために外に向かった。

館の門では、ダンクが率いる先行部隊が並んでいる。数は三十人ほど。武具を見る限り、槍や弓、剣といった武器、重層の鎧を着た人が二十人ほどで、残りが軽装で構成されていた。軽装の者達は、大砲二門を曳いていた。この集団の先頭にいるダンクは、体を鎧に包んで、港のある方を向いて立っていた。

 ハルとルテアは、先頭に立っているダンクの方に近づく。そのダンクに向かって、ハルは声をかけた。

「お待たせ、ダンク。そっちの準備はどうだ?」

「お待ちしてました、ハルさん。では、向かいましょう」

 ダンクは振り返り、衛兵の方を向く。そして、大きく息を吸い込み、衛兵たちを鼓舞するように声を上げた。

「諸君! これより、港へ向かう。俺達で、町を守るぞ!」

「「「おおー‼」」」

ダンクの声に、衛兵達は、各々武器を空に掲げ、雄叫びを上げる。ハルとルテアも、拳を掲げ気合いを入れた。そうして、気合い十分な様子で、港の方へと向かったのだった。


館から、数十分で港に着いた。昨日まであった船は全て撤去され、港は昨日のような賑わいは無く、重い空気が漂っている。衛兵達が、急いで陣系を整え、砲台を高台に設置する。数分で、港での準備が完了した。昨日、ハルとルテアが座っていたベンチの場所は、ダンク達が本陣を敷いている。海に近い方から、槍や剣などを持った近接武器中心の部隊。その後方には、弓を持った衛兵が横に並んでいる。ハルとルテアは近接中心部隊の最前列にいた。

 最前列では、不安そうな表情を浮かべている者が多くいた。ルテアもその中に含まれている。その様子を見ていたハルは、声をかけた。

「そういや、ルテア。君って実戦経験はあるのか?」

「訓練で何度か、魔獣を相手にしたことは。自分で言うのもなんですが、剣の腕には自信があります」

 その言葉に、ハルは「へぇ」と頷く。

「それに、あなたと同じく——」

 ルテアが、何か言おうとした瞬間。海から水しぶきが上がった。二人は驚き、海の方を向く。突然の水しぶきに、衛兵たちがざわめいていた。

「何だ⁉」

「お、大きいぞ」

 衛兵達からも不安の声があがる。その様子を見たダンクが、高台から声を発した。

「戦闘準備! お前たちがそんな調子じゃこの港は守れないぞ。気合い入れろ!」

 ダンクの言葉に、衛兵達は手に持った武器を握り直す。不安げな表情から真剣な表情へと変化していた。

 そして、再び水しぶきが上がり、海面から巨大な影が姿を現した。青い鱗を持ち、手には水かきと鋭い爪。目は黄色で大きな口を持った体の長い蛇だった。シーサーペントが姿をあらわすと、陸の方に向かって、吠えた。

 シーサーペントの方に向かって、ハルは睨みながら言った。

「ようやくお出ましか。さあ、勝負といこうか」

 その直後、大砲の火が吹き、矢が宙を舞う。遠距離の攻撃が、海上に姿を表したシーサーペントに命中する。大砲には怯んだものの、矢は全て鱗にはじかれる。大砲が火を噴き、矢が宙を飛ぶ中、陸を目指して、段々と近づいて来ていた。槍を持った衛兵が、桟橋の方から、攻撃をする。だが、頑丈な体に傷をつけるだけで、あまり効果が見られなかった。

 その様子を、一人の衛兵がダンクに報告する。

「矢と槍あまり効果ありません」

「なら、大砲で注意を惹き、陸へ」

 その報告に、ダンクは素早く次の指示を出した。指揮をとっているダンクにとって、矢も槍も効かないのは想定の範囲内の事だった。とにかく、陸に揚げないことには、こちらからは何もできない。その指示を出した後、ダンクは兜をかぶり、高台の陣から出た。


 ダンクの指示通り、シーサーペントが港へと上がってくる。陸に上がると、直ぐに剣や槍を持った衛兵が斬りかかった。ハルとルテアも、衛兵同様に斬りかかる。鱗の硬さに、苦戦を強いられていたが、ハルの指示もあって重傷者は出ていなかった。

「手の振り下ろしが来る。避けろ!」

 この指示もあって、シーサーペントの攻撃は、空振りに終わる。その直後、大砲が別の足に命中し、魔獣はバランスを崩し、地響きを伴って倒れる。それを好機と見た衛兵たちは、各々武器を掲げて駆けて出した。

「今です。ハル様」

 ルテアの言葉に、ハルがうなずく。そして、ハルとルテアも同じように走って行こうとした。その直後、魔獣の細長い体が縮めるような動作をする。その様子を視認したハルは、叫んだ。

「下がれ!」

 その声と同時に、ダンクも背後で命令を出したが、二人の指示は、一歩遅かった。 体を丸めたシーサーペントは突如、縮めた体を伸ばすようにして旋回し辺りを薙ぎ払った。突っ込んで行った衛兵の数名が宙を舞った。

 旋回し立ち上がった、シーサーペントは咆哮を上げる。飛ばされなかった衛兵達は混乱して、後退し始めた。そして、その衛兵達を追うように進んできた。魔獣の旋回を察知し無事だったハルとルテア。混乱する戦場を見て、ハルが指示を出した。

「ルテア。俺が奴の注意を惹くから、動ける奴らと共に負傷した衛兵を安全圏へ運んで行ってくれ」

「それは無茶です。いくら何でも……」

 ハルの指示に、心配の声をかける。そのルテアを安心させるように、穏やかな声で言った。

「そんな心配しなくても大丈夫だよ。少し惹きつけるだけだから」

「……わかりました。でも、無理はしないでくださいね」

 しぶしぶ承諾したルテアは、ハルの指示通りに行動するため、後退する衛兵に聞こえるように声をかけた。ちょうど、ルテアの近くに来たダンクにも声をかけた。

「動ける者は、倒れている衛兵の救助を手伝ってください。ダンク様、ハル様の援護を」

「了解した。動けるものは、ルテアの手伝いを急げ」

 ルテアの指示に納得を示す。その指示を繰り返すように周りの衛兵に伝える。後退していた衛兵達が、ルテアと共に救助に向かうのを見届けた後、ハルを援護するために、高台にある大砲の方に向かった。


 ルテアと別れて一人、向かって来ているシーサーペントの前に立っていた。コートの内ポケットから、布で包まれた物を取り出す。そして、辺りで倒れた衛兵を救助している人達に向かって、声を張り上げた。

「皆、目を瞑れ‼」

 その言葉の後、右手に持っていた物を投げる。投げた直後、包んでいた布がはがれ、白い石が現れる。その石が地面に落ちたと同時に、強烈な光を発した。それから瞬時に、ハルは右手に短剣を持ち替え、地を蹴る。この光で視界を奪われたシーサーペントは、視界が回復していないのだろう。呻き声をあげながら辺りを見回していた。

「どこ見ている? 俺はここだ、化け物」

 ハルが移動したのは、シーサーペントの右手の傍。そして、手にした短剣で鱗の隙間部分を二、三度斬りつける。斬りつけられた箇所からは、少量だが血が流れだした。そして、左手、左足、右足と順に素早く斬りつけていった。正面に戻り、同じ個所を斬りつけようと腰を低くする。地を蹴ろうとした時、突然の咆哮により吹き飛ばされた。

「……耳が痛い。まだ、これからだ!」

 ゆっくりと立ち上がり、魔獣と距離を測る。少し離れたところまで飛ばされたようで、人三人分の距離が空いていた。それを確認すると、右手に持っている短剣を地面と水平に構える。そして、意識を自分の周りに集中させる。すると、体の周りに十個の波紋が出現し、それが段々と半透明な剣へと姿を変える。その宙に浮いた、十本の半透明な剣に言う。

「舞え、剣達よ」

 十本の内、四本の剣がシーサーペントの方へ行く。先程、斬りつけた場所を狙って四本それぞれ、舞うように手足を回避し斬りつける。斬りつけられた手足からは、血が噴き出す。そして、地を蹴り、シーサーペントの正面に躍り出る。長い首を曲げ、噛みついてきたが、それを避け懐に入った。避けた先にある服部に目掛けて、残り六本の内、二本の剣を突き刺す。そのまま、下をくぐり背後に向かうため勢いよく駆け出す。背後に出て、残りの剣を飛ばそうとしたが、怒り狂ったシーサーペントは、体全体を旋回させた。回避が間に合わないことを理解すると、剣を飛ばすことをやめて叫んだ。

「剣よ、防げ!」

 残り四本の剣で楯のように攻撃を防いだが、左側面から飛んできた尾の衝撃で、右側にある建物まで飛ばされた。倒れたハルの近づいていくシーサーペントに対し、ダンクが操作する大砲の火が噴く。その玉が、シーサーペントにヒットした。低い唸り声を上げ砲台を睨むと、口を開け、潮を吹くように砲台の方に向けて、水の光線を繰り出す。それにより、大砲の一台が使い物にならなくなったが、ダンクは寸前のところで回避していた。その後、シーサーペントは体を反転さしてふらふらになりながら、海へ戻ろうとしていた。


 その頃、ルテアは、負傷して動けなくなった衛兵を後から駆け付けた、救護班の天幕へと移動させて。最後の一人に包帯を巻いていた。

「これで、応急処置は完了ですね。私は、前線へ戻ります」

 腕を折った衛兵は、お礼を述べると、ルテアは急ぎ足で天幕を出た。港が見渡せる高台まで行き、様子を確認する。大砲が一門破壊されて、高台が水浸しになっていることに驚いたが、それ以上に、驚愕する光景が目に入って来た。

「そんな……」

 目の前には、体がボロボロになりながら、海の方へ歩いているシーサーペント。そして、何より目を疑ったのが、シーサーペントの背後にある建物の傍で倒れている自分の主、ハルの姿。その姿を視認するや、一目散に駆けて行った。

 すぐに主であるハルのもとにたどり着いた。倒れているハルを抱え込み、呼びかける。


「しっか……くださ……。……ル様。起き……さい」

——聞き覚えのある声だ。だけど、小さくてよく聞こえない。暗闇の中、その声のする方へと歩いて行く。段々と声が大きくなり聞き取れるようになった。

「しっかりしてください。ハル様。起きてください」 

 その声が聞こえると、辺りを覆っていた暗闇が晴れる。そして、声の主の顔が浮かんできた。何度も呼び掛けるその声に、ハルが答えた。

「……ルテアか?」

 視界が戻り、呼びかけていたルテアの顔が目の前に現れた。

「そうです。貴方に仕えるルテアです。体の方は、大丈夫ですか?」

 目に涙を浮かべ、安心したような表情で問う。

「ああ、少し頭を打ったみたいだけど何とか動けそうだ。そういえば奴は? シーサーペントは?」

 意識を取り戻したハルは、体を起こし、頭をさする。体が大丈夫なことを確認してから、ルテアに質問をする。その質問に、ルテアは海の方向を指さした。

「負った傷が深いらしく、海に逃げようとしています。しかし、ダンク様が大砲で何とか歩みを止めています」

 指をさした方を振り向くと、足を引きずりながら海に帰ろうとするシーサーペントの姿。時折、命中する砲撃に歩みを止めていた。

 ハルは、飛ばされた時に落とした短剣を拾う。ルテアも腰に収めていた細剣を抜いた。

「そろそろこの戦いの幕引きといこうか」

 そう言って、ハルは先程と同じように意識を集中させる。そして、体の周りに十本の剣を出現させた。ルテアは、周りに浮く半透明の剣を見ながら言った。

「それが、ハル様の能力なのですね。初めてみました」

憧れの様な視線を感じながら、ルテアは続けて言う。

「私のより、機能性ありそうですね」

「まあ、結構扱いやすいし便利だな。ん? 私のよりってことはもしかして……」

「はい。その、もしかしてです。私も、能力持っていますよ。ハル様と違い、行動阻害系ですが」

 ルテアの突然の告白に、ハルは少し驚いた様子を見せた。だが、ゆっくり話を聞いている時間もなかったので、ルテアにお願いをする。

「なら丁度いい。あいつの行動を少しでいいから止めてくれないか?」

「わかりました。では、早速やります」

 ルテアは、承諾するやすぐに、行動に移す。細剣の柄をきつく握り、逆さに向ける。そのまま、剣の先を地面につける。そして、ルテアの目線が真っすぐにシーサーペントの方を向き、言葉を発した。

「あの動きを止めて、黄色の薔薇よ」

 ルテアが、言い放つと、前方のシーサーペントが悲鳴に似た声を発する。魔獣の手足には、地面を割って生えてきた、太くて大きい、黄色の花の咲いた薔薇が絡みついてた。茨が食い込み、魔獣が大きな声を上げる。

「今です。ハル様!」

 ルテアが、地に細剣を刺したまま、動きを止めたシーサーペントの方を見て、ハルに告げる。

「助かる! これで終わりにしてやる」

 半透明な剣を浮かしながら、一気に駆けて行く。二百メートルほど離れた場所にいるシーサーペントの懐に入り込む。

「今日で二度目だな。この場所は」

 そう呟くハルの頭上には、気絶する前につけた懐の傷が見える。鱗の無い懐の一か所に、ハルの周りに浮いている十本の剣、全ての切っ先が上を向く。

「貫け、剣達よ。これで、終わりだ!」

 ほぼゼロ距離で射出された剣は、シーサーペントの腹を深々と貫く。魔獣の腹部には、直径6センチほどの孔が十個空いていた。腹部を貫かれ、動きを止めたシーサーペントは、横に倒れる。その横から、返り血に塗れたハルがゆっくりとした足取りで、シーサーペントの首あたりに回る。そして、一呼吸入れると、一本の半透明の剣が出てくる。半透明の剣を、首を両断するように振りかざした。とどめを刺したハルは、短剣を天に掲げる。

 その瞬間、いつの間にか駆けつけて来ていた援軍とシャルト、そして治療室から出てきた負傷兵などの先遣部隊にダンク。そして、ルテアの皆が勝利の歓声をあげていく。その歓声は町中に響き渡ったのだった。


*   *   *


 シーサーペントとの闘いから二日後の夜、ハルはベッドで目を覚ました。あの戦いの歓声の後からまったく記憶がなかった。体を起こし、自分の身体を見る。全身に巻かれた包帯を見る限り、その理由がすぐにわかった。どうやら、無茶をしすぎたようだ。こんな恰好になるのはいつぶりだろうかと、思いながら辺りを見回す。すると、ベッドの横の椅子にルテアが座っている。というより、座りながら寝ていた。

 もしかして、ずっと面倒見てくれたのか。そのような事を考えながら、ふと口から感謝の言葉を漏らした。

「ありがとうな」

寝ているルテアに向かって、小声でお礼を言う。あの戦いの時も駆けつけて来てくれたのは、お前だったものな。気絶したときのことを想いながら、静かに立ち上がり、ルテアに毛布を掛ける。そして再び、ベッドに体を横にして、眠りについた。


 日が昇り、自室に日が射し込み始めた頃、俺は再び目を覚ました。部屋には、昨夜と変わりなくルテアが寝ていた。よほど、疲れていたのだろう。起こすのには少々、罪悪感が生まれたが、いつまでも座ったまま寝かしているのも、身体に良くないと思い声をかける。

「朝だぞ、ルテア。起きろ」

声をかけると同時に、身体を揺する。するとルテアは、ゆっくり瞼を開けた。

「お、おはようございます。――て、起きていたのですか?」

 一瞬で目が覚めたように、ルテアの眼が見開く。

「おはよう。少し前にね」

 ハルの声を聞き、安心したのか一息ついた。

「そうだったのですか。では、早速シャルト様のところへ向かいましょう。あ、立てますか?」

「少し手を貸してくれないか?」

ハルが申し訳なさそうな顔で、ルテアに頼む。「はい」と短く、笑顔で答え、ハルが起きるのに手を貸す。立ち上がったハルは、所々、ルテアに支えながらもゆっくりとした足取りで、シャルトの待っている執務室まで歩いて行った。

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