第2話 或る港町 上
港町ポートタット。この町は漁業、貿易業が盛んで国内有数の貿易都市だ。二年前、領主が変わりこの町は月が立つごとに発展していっている。豊かになっていているこの町は、活気にあふれていた。
活気にあふれている反面、この町の沖合では、沖に出た船が消えてなくなるといった怪事件が起きていた。今この時にも、一隻の大型船が黒煙を上げながら沈んでいっていたのだった。
* * *
空が橙色に染まり始めた夕方。舗装された石畳の道の上に、一人の青年と二人の男が向かい合っていた。旅人はフードを深く被って、背には大きめのリュックを背負い、腰に短剣を提げている。その青年の前には、彼の行く道を遮るような形で二人の屈強な男が立っていた。男達は、青年に向かって威圧的な態度を取っている。二人の男の内、湾刀を持った方が青年に言葉を投げかけた。
「ここを通りたければ、金目の物を置いて行け」
脅すように語気を強める男。
青年は、首を横に振り答える。
「残念ながら、俺は旅の者だ。そのようなものは持っていない」
「腰にぶら下げている短剣でもいいんだぜ」
もう片方の棍棒を持った男が、腰に提げた短剣を指さして言った。だが、青年は答えるのもめんどくさいように、ため息交じりで拒否する。
「これは渡すことはできないな」
その青年の態度に、湾刀の男は鞘に納めていた武器を抜いた。
「拒むのであれば、力ずくで奪ってやる」
そう言って、湾刀の男は駆けだそうとする。しかし、もう一人の男が何かに気付いたのか。ジッとフードで隠れている青年の顔を見る。そして、慌てて隣の臨戦態勢に入った男を静止に入った。
「待て、待て、待て‼ 落ち着け相棒」
「どうしたんだ、突然? まさか、怖気ついたんじゃないだろうな」
半分苛立った表情で静止した男が尋ねた。棍棒を持った男は、必死に説明する。
「あいつの顔をよく見てみろ。手配書で見たことある顔だ」
「だから、誰何だ‼」
遂に男の苛立ちはピークに達したようで顔が真っ赤になっていた。冷静な方の男が答える。
「黒髪に亜麻色のフード付きロングコート、年季が入った短剣。こいつはお尋ね者のハルだ。そうだよな?」
棍棒を持った冷静な男は、湾刀を手にぶら下げた男から話の対象を青年へと変えた。
その言葉に、青年は頷き答える。
「その通りだ。俺の名はハル、追われている身だ」
先ほど顔を真っ赤にした男は血の気が引いて蒼白になっていた。
「ま、まじかよ……。かなうわけがねえ」
蒼白になっただけでなく、声まで震えていた。
道をふさがれて行く手を阻まれていた、ハルと呼ばれた男は二人に対し、冷たい声で言った。
「通してくれるの? くれないの?」
「「どうぞー」」
その言葉を残し、二人は一目散に逃げていった。
「さて、日も暮れてきたし急いで宿場町を探さないと」
逃げていった二人の様子を気にすることなく、ハルは、石畳の道を少し急ぎ足で歩いて行った。
宿場町には、先ほどの場所から三十分でたどり着いた。この宿場町は、食事処、宿屋の二種類の店が五店舗ほど並んでいる。流石に、日暮れ頃になると人の往来が激しくなっていった。ハルは、腹ごしらえするため食事処を見て回ったがどこも満席状態だったので、先に宿探しをすることにした。
こちらは運よく最初に入った宿屋に空きがあったので、その宿屋に決める。この宿屋の一階には、受付や風呂、酒場があり、二階には、宿泊客用の部屋が並んでいるといった二階建ての構造になっている。受付で代金を払い、手配された部屋に向かった。部屋には、簡素なベッドや机、椅子がある一般的なものだ。部屋に荷物を置き、お風呂に入るため一階に降りて行った。
「お風呂って最高だなあ」
火照った体で、そう呟く。一日の疲れを癒し終えたハルは、階段を上がっていた。宿屋で支給された麻の服を着ている。その格好のまま、晩飯を食べに食事処へ向かった。ハルは、部屋を取った宿屋の隣にある食事処へ入った。ちょうど、ピーク時を過ぎたようで、店内は閑散としている。その店で、パンと燻製肉を注文し、食べていた。しばらくこの店でゆっくりした後、部屋へ戻るため席を立った。
部屋に戻ってから、ベッドの上に横になる。そのまま、ゆっくりと瞼を閉じた。
日の出と共に目を覚ました。宿屋で借りた服を脱ぎ、宿屋で洗濯した服に着替える。身支度を済せ、荷物を持って部屋を出た。下の階段を降り一階に向かう。
受付にチェックアウトを告げ、カウンターに向かった。ハルの姿を見ると、受付の女性が挨拶をする。
「おはようございます、お客様。よく眠れましたか?」
「おはようございます。おかげさまで」
ハルは頷き、部屋の鍵を渡す。女性がその鍵を受け取った。
「それはよかったです。そういえば、昨夜、人から伝言を預かっています」
「伝言ですか?」
その言葉に、ハルは疑問を投げかけた。
「はい。お部屋への案内は夜も遅かったので、しませんでしたが、代わりに伝言をと。『宿場町の入り口で待っている』とのことです」
誰だろうかを、頭の中で疑問符を浮かべながら、女性に礼を言う。
「わかりました。有難うございます」
「良き旅を」
宿屋の主人である女性に見送られて、外に出た。
いったい誰が俺のことを呼び出したのか。そのようなことを考えていた。宿場町の入り口の方へ歩いていると、目の前に人だかりができていた。
「まさか。この人だかりの中心に待っているとかないよな……」
追われの身としては、注目されるのは避けたいと思いながらフードを深く被る。意を決して、人ごみをかき分けていった。人ごみを抜けた先に待っていたのは、一台の馬車と一人の女性だった。
紅い髪を後ろでくくり、メイド服を着た女性が、凜とした佇まいで立っている。その紅い髪をした女性は、人混みを掻き分けて出て来た、フードを被った青年に向かって、声をかけた。
「お待ちしておりました。貴方が元皇子のハルですね」
その言葉を聞いた途端、ハルの手が腰の短剣に伸びる。それと同時に、周りからどよめきが生まれた。
「私は、敵対意思はありません。どうかその手をおさめてください。それから、すぐに馬車に乗ってください」
女性は、馬車に乗るように促す。ハルは当然のように拒否を示した。
「断る。正体のわからない奴の言うことなど聞けるわけが——」
「周りをよく見てください」
途中で言葉が遮られ、その言葉の通り周りを見渡す。周りの野次馬達の目には、不安な様子と敵視されている様子が見て取れる。逃げ道を模索していると、再び、女性が乗るように促した。
「さあ、早く馬車に乗ってください。衛兵が来ました」
野次馬達のざわめきの中に、金属がこすれる音が聞こえて来る。どうやらこの女性が言っていることは本当の様だ。観念して、メイド服の女性に言った。
「……わかった。詳しいことはあとで聞く」
そう言ってハルは馬車に乗り込んだ。それを確認すると、女性も急いで馬車の前に座る。
「しっかりつかまっていて下さい。飛ばします」
「ああ、頼む」
ハルが、女性に言葉を返すと、女性は馬の手綱を引いた。
後ろから聞こえてくる衛兵の声がどんどん遠ざかっていく。そうして、ハルが町に入って来た道を、馬車が駆けて行った。
宿場町を出て、数十分。とある森の中で、馬車が停まる。馬車の前に座っていた女性が、降りてくる。ハルも馬車から降りた。
「なんとか逃げ切れたみたいですね。大丈夫ですか?」
馬車を飛ばし、道を外れ、森に入ったことで追っ手を撒いたのだった。女性は、激しく揺られていたであろうハルの心配をしていた。
「ああ。それより、聞きたいことが山ほどある」
ハルの言葉に、女性は姿勢を正した。
「そうですね。まず何から答えましょうか」
「あんたは何者なんだ?」
その質問に、女性は迷いなく答える。
「私の名は、アンリと申します。この先の港町ポートタットの領主に仕える者でございます」
アンリと名乗った女性が、言ったことにハルが続けて尋ねる。
「目的はなんだ。俺の首が目当てか」
その質問に、首を横に振った。
「いえ、そのような事はございません。私はただ、わが主に命じられたまでにございます」
淡々と答えるアンリに、ハルは質問を続ける。
「その領主さんは、俺に何の用があるのか聞いているか?」
「はい、ただ話がしたいとだけ伺っております」
その答えに、首を傾げながら肝心な質問を投げた。
「その領主さんは、俺に対して敵意は無いのか?」
「貴方と会えることを今か今かと楽しみにしておりました。よく私も、貴方の話をよく聞きますので」
その答えにアンリは、どこか楽しそうな笑みを浮かべて話した。その様子を見て、敵意が無いことは明らかだった。
「わかった。質問の趣向を変えよう、何故一目見て俺がわかった?」
「その腰に提げている短剣。その黒髪にフード付きのコート。良く出回っている手配書に書かれている特徴にほぼ一致しました。それに、情報屋から貴方の目撃情報が寄せられていたところを追っていましたので」
「付けていたわけか……」
やってしまったなと、後悔していると、アンリの答えに引っ掛る事柄に気が付いた。
「ん? 手配書には、長剣と記されているはずだが、何故、俺の得物を知っているんだ?」
その質問に、アンリは先ほどと変わらず、落ち着いた佇まいで返した。
「主に教えていただきました。本当は長剣ではなく、死んだ貴方のお兄様から貰った短剣を持っていると」
その答えに、ハルは詰め寄る。
「あんたの主は、誰何だ!」
その様子に困った、アンリは悩んだ末答えた。
「名前は言うなと申しつけられていますので、ヒントだけ教えましょう。ヒントは、貴方は昔から主のことを知っていますよ」
その答えを聞いて、思考が停止する。過去を知っている者が限られてくるからだ。驚いていたが、ハルの中では、驚愕よりも誰なのか気になった様だ。
「……わかった。連れて行ってくれないか? あんたの主が気になるからな」
「では、馬車にお乗りください。港町ポートタットへお連れ致します」
アンリが馬車の扉を開け、お辞儀をする。ハルは軽くお礼を言い乗り込んだ。そして、アンリはすぐに馬車の前に座り、手綱を握る。ゆっくりと馬車が動き出した。それから、揺られながら港町ポートタットへ向かったのだった。
* * *
馬車に揺られて数時間が経った頃。港町ポートタットの入り口である門と壁が見えてきた。この町は、国有数の貿易港ともあって、防備には特化していると聞く。町を覆う壁と門がその例だ。
そんなポートタットの門をくぐったところで、馬車が停まる。そして、前方から声が聞こえた。
「ここから歩いて館に向かいますので、馬車から降りてください」
念のため、馬車の窓から辺りを見回す。馬車が停まった場所はどうやら、停留所のようなところで、他にも多くの馬車が停まっており、乗り降りする人の姿が見えた。待ち伏せされることは無いだろうと、安堵しながら外に出る。すでに、馬車から降りていたアンリに尋ねた。
「領主の館ってここから遠いのか?」
「正面の小高い丘にある白い館がそうです。ここからだと歩いて十分ほどで着きます」
門の方から東の方角に見える小高い丘。そこには、青い屋根をした白い建物が建っていた。
「あの丘の上か。そこまで距離はかからなさそうだな」
「では、参りましょう」
アンリが促し、先に歩いて行く。アンリが歩いて行った人で賑わっている通りに、足を向けた。
館までの道は、門から東の方に一本道になっているようだ。館へと続く通りには、食べ物、衣服、雑貨などの様々な店が並んでおり、どこも繁盛していた。店の建物の色も様々で赤、青、黄、緑などでカラフルに彩られている。
その雰囲気に魅入られながら、歩いていた。
「この町は活気があふれているし、建物もきれいだな」
すっかり気に入った様子のハルは、感嘆を漏らした。先を歩くアンリは、そんなハルの言葉に応えることなく、屋敷まで真っすぐ歩いて行った。
町の雰囲気を楽しみながら、進んでいるうちに、商店が立ち並ぶ通りは消え、景色が変わる。黒い柵が目の前に現れた。その柵の扉の前には、濃い緑の軍服姿の男性が二人立っていた。男性二人がアンリの姿を見て、挨拶を交わす。そして、柵の門を開けた。綺麗に手入れされた庭園を進むと、目の前に青い屋根をした館が建っていた。
近くで見ると、大きな建物だ。三階建てで、横の幅も広く造られている。近くの庭もきれいに整備されて、隅々まで手入れが行き届いていた。
「こんなにきれいな館を見たのは何年ぶりだろうか」
感慨に浸っている間に横から声が届く。
「では、入ります」
その言葉にハルは唾を飲む。同時に、アンリは館の玄関の扉を開けた。
玄関は、白い床の上に蒼い絨毯が、中央に敷かれている。そして、扉を開けた目の前には、木造の階段があった。
アンリが、玄関に入るとすぐに、声を上げた。
「アンリ、ただいま戻りました。客人を連れてまいりました」
その声を聞いて使用人の男性が駆け足で、玄関やって来る。アンリは、その男性に指示を出し、男性にハルを案内するように頼んだ。
「では、私は、主様を呼んで参りますのでこちらの方を応接間に案内してください」
「わかりました。主は、執務室にいらっしゃいます」
アンリと壮年の使用人の会話が終わると、アンリは、玄関から目の前にある木の階段を足早に上がっていった。案内を交代した壮年の男性は、ハルについて来るように促す。
「どうぞ中お入りください。そして、私めについて来てください」
「わかりました」
二人は、先程アンリが上がっていった階段を上がっていく。そして、蒼い絨毯の敷かれた廊下を歩いて行く。廊下の一面に並ぶ磨かれた窓からは、町の様子が見える。白い壁の廊下を歩き、直ぐに応接間にたどり着いた。部屋のドアを開け、壮年の男性が頭を下げ、言った。
「こちらの部屋で、腰をかけてお待ちください」
応接室とだけあって、天井にはシャンデリア。床には、廊下と同じ蒼い絨毯。部屋の真ん中には、磨かれた木製の長机。そして四脚のソファが置かれている。ソファの後ろには、高価そうな陶器が飾られた棚。その向かいには、この町の地図が貼られていた。
部屋に入り、背負っていた荷物を黒い革のソファの隣に置く。そして、行くりと腰を下ろした。壮年の男性が、再び頭を下げ言った。
「しばしお待ちください。すぐに主が参られますゆえ」
そう言ってドアを閉め、男性が、部屋から出て行った。
ハルは、領主の正体を今か今かと待ちながら、ソファに座って待っていた。
使用人の男性が出て行って、数分後。ドアをノックの音が聞こえる。そのノックに、ハルは返事をする。ハルの返事に、ドアの外からアンリの声が聞こえる。
「失礼します。領主様、到着なさいました」
その声と共に、ドアが開かれる。入って来たのは、ハルと同じぐらいの年齢の男性。金色の短髪で、緑色の目。海を思わせる色をしたコートに白地に黒の刺繍が入ったベストを着ている。いかにも、貴族といったい服装をしている。その後ろにはアンリが控えていた。その男性の姿を見てハルは驚き、立ち上がった。
「え、お前、シャルトか? ポートタットの領主ってお前の事だったのか⁉」
ハルは呆然と立ち尽くしていた。
シャルトと言われた男性は、笑いながら答える。
「そうだ。お前の友人シャルト=アランだ。立ち話より座って話そう」
シャルトは、ハルの座っていたソファの対面に腰を下ろす。同時に、ハルも座った。
シャルトとは、幼少の頃からの付き合いで、とある事件以降、会う事もなかった。それもあり、シャルトの出世している姿を見て驚いている。
「それにしてもお前、凄く出世していたんだな。領主になっていたとは、想像できなかったよ」
「お前がいなくなってから、何とか頑張って来たからな。それにしても、ハルは随分と変わったな。まあ、あんなことをしたんだから追われるのは無理もないことだが……」
視線を落としハルの言葉に返す。そんなシャルトに、気にするなといった様子で答えた。
「この生活にも慣れてきているさ。ただ、慣れないことばかりで驚きはするけどね」
その返しに、シャルトは笑いながら答えた。
「それは、そうだろ。なんせ、元皇子様なんだからさ」
「最初は、苦労したよ。人助けをしようにも、正体ばれたら追われるから何もできないよ」
ハルが、ため息交じりに悪態をつく。そんなハルに、「そうだな」と言葉を返す。お互いに、日々の愚痴を言いあい、笑いながら二人は、談笑していた。
楽しい会話が一区切りつくと、ハルはここに呼ばれた理由を尋ねた。
ただ話をしたいからというだけで、人員を割いていたとは考えにくかった。いかに親友とはいえ、あまりに私情が入りすぎた行動に違和感を覚えたからだった。
「そういえば、シャルト。俺を連れて来て何がしたかったんだ? こうして談笑するためだけじゃないだろ?」
その質問に、シャルトは痛いところを突かれたといった表情で、アンリが途中で入れてきた紅茶を飲もうとしていた動きを止める。どうやら図星の様だった。
「流石、ハルだな。俺がこうしてお前を呼んだのは一つ理由があったからだ」
さっきまでの愚痴りあいの様な会話が嘘のように、真剣な表情になっている。そして、シャルトはハルを屋敷に招いた本当の理由を話し始めた。
「ポートタットが貿易業で有名なのは知っているよな?」
その質問に頷いてハルは答える。それを確認したシャルトは話を続けた。
「その中で、オレが領主になる前から、沖合で貿易船などが何かに襲われる事件が起きていたんだ。そして、この頃その事件が頻繁に起きてしまっている。原因はほぼ特定しているんだが、他に頼る宛が無くてね。だからこそ、ハル。お前に頼んだんだ。ぜひ、協力してほしい」
そう言うと、シャルトは頭を机につくほど下げた。その行為に慌てて、ハルは顔を上げるように言った。
「そこまでしなくても、協力はするよ。親友の頼みだからな」
迷うことなく、シャルトの願いに答える。そして、疑問に思ったことを聞いた。
「頼る宛が無いってどういうことだ? 他の町に助けを乞うなり。それこそ、央都に掛け合ってみるとか」
その言葉に、シャルトは苦い顔をしながら答えた。
「オレは、若い身なりで領主になったし、急成長しすぎてね。年寄り連中からは疎まれてしまってね。何より、他の町に協力してもらおうにも離れすぎて時間がかかりすぎるから厳しいんだよ」
「なるほど。その船を沈めているっていうのは、何が原因なんだ?」
その質問に、シャルトは元凶について説明を始めた。
「相手はこのあたり一帯の海を狩場とする魔獣だ。名前はシーサーペント。蛇の様な姿に、手足の生えた生き物だ。図体は、計り知れない。大型船までも沈められるから、かなりの大きさだろう。数は一頭だけと考えている」
その説明を聞いたハルは、唸りながら答えた。
「んー。聞いたことがあるやつだが、奴は陸には近づかないって昔聞いたんだが?」
ハルの言葉に、シャルトは首を横に振る。そして、立ち上がり、ハルが座っている後ろの棚から一枚の絵を取り出した。そこには、港に停泊する船が、銀色の鱗で覆われた魔獣に破壊されている様子だった。その絵を見ながら、シャルトは答えた。
「この町の伝承には二十年に一度、シーサーペントが、近海に姿を現し、停泊している船や近くの民家を襲うそうだ。この絵は、二十年程前に描かれたそうだ」
「なるほど。……という事は、その近海に現れたところをお前は狙っているわけか」
ハルの推測に、絵をしまったシャルトは、感心したように拍手をする。
「まだ、そこまで言って無かったんだが、よく当てたな」
予想外のことに、ハルはどや顔になった。ハルに作戦の観点を言われたシャルトは、作戦の概要を説明する。
「シーサーペントが近海に姿を現したところを攻撃。そこから、陸に上がってきたところを、この町の総戦力をぶつけて、目標を撃滅させる。それが目的だ」
その説明に理解を示すハルは、いつ頃になるのか尋ねた。
「その近海に現れるっていう目途は立っているのか?」
「先週に大型の船が一隻ここの沖合で沈められた。だから、こっちに来るのは、近々いつ来てもおかしくはない」
その答えに、ハルは難しい表情を浮かべる。ゆっくり準備している暇もなさそうだったからだ。
「先週か……。これ以上犠牲が出ない前に倒さないと犠牲者は増える一方だな」
ハルの一言に、「ああ」と頷きを示す。そして、シャルトが再び頭を下げる。
「突然連れて来て、こんなお願いをしてすまない。オレ達だけじゃ不確定事項が多すぎるんだ。だからこそよろしく頼む」
「顔を上げてくれ。さっきも言ったが、親友の頼みだ。放っておく話にもいかないだろう」
そう言って二人は握手を交わす。二人の目には、確固たる意志が宿っていた。
二人が、打倒シーサーペントを決意して、紅茶をすすっていると、屋敷にボーンボーンと低く響く音が鳴った。一瞬、ハルが身構えたが、シャルトが説明する。
「これは、午後三時を示す時計の鐘だよ。そこまで身構えなくても平気さ」
その言葉に、安堵の息をつく。そして先程の、身構えように少し赤面する。そんなハルの事は知らずに、シャルトは持っていたカップを置いて、立ち上がった。
「そろそろ、オレも仕事に戻らないといけないから。今日はここまでだ。すまないな」
その言葉に首を横に振る。そしてハルは言葉を返した。
「久々に話せて楽しかったよ。領主は大変だろうからな」
苦笑を浮かべ、シャルトは思い出したかのように、伝える。
「今回の事に当たって、部屋を用意している。アンリ、ハルに部屋まで案内してやってくれないか」
「わかりました」
シャルトの、後ろに控えていたメイド服の女性、アンリがうなずく。ハルが礼を言うより早く、シャルトが言葉を続けた。
「オレはこの上の執務室にいるから、何かあれば来てくれ。あ! あと部屋にお前の傍付きを用意したから面倒見てやってくれ。じゃあ、また」
最後に、謎の言葉を言い残してシャルトは応接室を出て行った。ハルは、シャルトが言ったことが理解できずに、固まっていた。だが、直ぐにシャルトに対して言葉を投げた。
「は、今なんて⁉ おい‼ シャルト、説明しろー」
返事の無いシャルトの代わりに、部屋の残されたアンリが答えた。出会った時からあまり表情を変えていなかったが、この時少し、笑っているようだった。
「安心してください。決して、悪い子ではありませんので」
そう言って、アンリはドアの方に歩いて行く。一方、ハルはソファから立ち上がった位置で動いてもいなかった。
そして、息を吸い叫んだ。
「そういう問題じゃねぇぇぇ!」
ハルの絶叫が屋敷中に響き渡った。一方、すでに戻ったシャルトは、執務室でハルの絶叫を聞くや否や、いたずらが成功した子供の様に声に出して笑っていた。
* * *
ハルの部屋は応接間のさらに上の階、三階に用意されていた。
ドアを開けた先には、両手を広げたサイズの窓が三つ並んでいる。ドアの対角線上には、窓の側に大きなベッド。その隣には、小さい机と椅子が置かれている。石材の白い床に、ベッドの周りに敷かれた蒼い絨毯。ベッドのそばにある椅子には、一人の少女が座っている。薄い黄色の髪に黄色の目。緑色の軍服姿でいた。
ハルが、部屋に踏み込む。それと同時に、椅子に座っていた少女が立ちあがってハルの方に歩み寄って来る。
この子がシャルトの言っていた子だろう。そんなことを考えながら、少女に名前を聞いた。
「えーと、君の名前は?」
少女は、右手の拳を左肩に当て、騎士敬礼をする。そして、元気の良い声で答えた
「私の名前はバンクシア=ルテアと申します。年齢は十八。今日よりあなた様に使える身となりました。宜しくお願いします」
ルテアと名乗った少女が、自己紹介をする。その後にハルも名乗った。
「もう、聞いているかもしれないが、俺の名はハル。歳は二十だ。まあ、よろしく」
お互いの紹介を済ませた後、机の方に荷物を置く。そして、ハルとルテアは先ほどのシャルトとの話で出てきた港街の方に向かうことにした。シーサーペントに関する情報を集めるためだ。ルテアに声をかけ、部屋を出る。ハルの斜め後ろにルテアがついて来ていた。
一階に降りると、玄関付近に鎧を着た男がシャルトと何か話していた。外に出て行くことをシャルトに伝えるため、話しあっている最中であったが、いとこと声をかける。
「話しているところ悪いな、シャルト」
ハルの声に、シャルトは鎧姿の男との話を中断する。そして、声の方に振り向いた。
「おお、ハル良い時に来たね。ちょうどいい。こちらの人はダンク。この町の衛兵長だよ」
ダンクと紹介された鎧姿の男性は、ルテアが見せた敬礼と同じ動きをする。
「お初にお目にかかります。ポートタットの衛兵長のダンクといいます。助力感謝します」
生真面目そうで、ハルよりも一回り年上の男性に向かって、ハルは、挑発的な言葉をかけた。
「そんなことより、俺を捕まえなくてもいいのか? 目の前には、手配中の男がいるんだぞ?」
その言葉に、ダンクは首を振る。そして、淡々と答えた。
「それには及びません。たった今、シャルト様より、ハル殿は客人として扱えといえと言われましたので。何より、領主様にご友人に手は出しませんよ」
予想外の答えに、ハルは、笑い声をあげた。そしてシャルトに対して礼を言った。
「そんなこと言っていたのか。ありがとう、シャルト。おかげで、この町でゆっくりできるよ」
「ああ、ゆっくりくつろいでいてくれよ。いざというときには動いてもらうからな」
「わかってるよ、シャルト。今から港の様子見てくるところだよ。そして、いざというときはよろしく、ダンク」
話しの対象をシャルトからダンクに変える。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言ってダンクは先ほどと同じく敬礼をする。見よう見まねで、敬礼をし、二人に別れを告げる。そして、ハルとルテアは、館を出て行った。
館の外に出て、地図が無いことに気付いたハルは、斜め後ろにいるルテアに声をかけた。
「ごめん。道案内頼んでもいい? 場所分からなくて……」
ハルの悲壮な声に、ずっと口を瞑っていたルテアの表情がほころんだ気がした。そして、ハルの真横まで着て言った。
「はい。港街まで案内します」
それからハルは、ルテアの案内の元、港街の方に向かった。。
港には、大型船からヨットのような小型船が数多く停泊している。そして、全体の見通しが良く、開けた場所だった。建物の多くは宿屋や食事処が並んでいて、観光に来ている人、船乗り、旅の人など様々な人で賑わっている。魔獣が出るという騒ぎがある中でも、彼等は舟に荷物を積み込んでいたりと、活気にあふれているところだった。
こうした港に、ハルとルテアの二人は桟橋が見渡せる高台で、港の様子を見ていた。
「この時間でも、人が多いな。ここは」
すでに太陽が傾き、もうすぐで夕方になる頃合いだった。
ハルの呟きに、ルテアは何処か自慢げに言った。
「この場所が、この町の売りですから」
「あれらの停泊してる船って、貿易船?」
十箇所程ある桟橋のほとんどに、船が停まっている。大型から中型の帆船が停泊していた。それらあの船を見ながら、ルテアは説明する。
「大型船はほとんど貿易船です。中型のモノは一部貿易船です。残りの船は漁船ですね」
ハルが、納得を示す。
そして二人は、高台から桟橋の近くまで移動する。そこにあった木製のベンチに腰を掛けた。
腰を掛けたハルは、隣にルテアに尋ねた。
「この港って、何を取引しているんだ?」
その質問にルテアは、悩みながら答えた。
「確か、食料や衣類などの生活用品や火薬や鉱石などの工業製品が主な物ですね。この頃は魔獣絡みもあって武具も多いですよ」
ルテアの答えに、感心する。ハルの反応に、ルテアは少し照れたようにして答えた。
「すごいな」
「ひ、日々勉強していますので」
何点か、ルテアにこの町の事を聞いては、説明してもらってを繰り返していた。
そして、ハルは、聞きたかったこと。何故、傍付きを命じられて、断らなかったのか。そこが気になっていたので、聞いてみることにした。
「何で、俺に仕えたいと思ったんだ? シャルトが無理やり命じたとは考えにくいが」
ハルの質問に、ルテアはすぐに答えた。その質問を待っていたかのように。
「私は、シャルト様に拾われ、この町で暮らしていました。親代わりになってくれたシャルト様が良く、あなた様の事をよく話されていました。成長していくにつれ、会ってみたい。その人にお仕えしたいと思ったからです。確かに、あなた様は、犯罪者として追われている身ではあります。でも、私はそんな悪い人には、話からも、あなた様を見たときからも感じなかったからです」
ルテアの言葉に、ハルは目に熱いものを感じていた。
「俺をそこまで思ってくれる人に出会ったのは、初めてだよ。ありがとう」
ハルからのお礼の言葉に、ルテアは想定外だったようで、少し焦っているみたいだった。その様子に、ハルは綻び、笑っていた。そして、ルテアに向かって言った。
「俺に仕えると言っていたが、堅苦しいのは無しだ。折角、歳も近いのに名前で呼んでくれ」
そのことに対して、ルテアが困った様に言葉を返した。
「え、えーと。は、ハル様でもいいでしょうか。恐れ多いと言いますか。呼び捨てには出来ないので」
「わかった。それでもいいよ」
ハルの言葉に、安堵の息をついた。
すっかり二人が打ち解けあった頃。空がオレンジ色に染まっていた。遠くから黒い雲が近づいてきているのもあって帰る人は急ぎ足になっていた。
「日が暮れますので、館に戻りますか?」
「そうだな。今日はありがとう、ルテア。また見てないところも多くあるし、また、案内よろしく頼む」
座っていたベンチから立ち上がりながら言う。
「もちろんです。私はあなたの傍付きですので」
ルテアは任せてくださいとばかりに、自信満々の返事をしたのだった。
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