追われる身となった世界で
ゆうや
第1話 或る旅人
煌々と陽の光が降り注ぐ。背の低い草が生えている平原。一面に広がる緑色の絨毯には、おだやかな風が吹いていた。
人間の足や、細い車輪の後が薄く残る道。土がむき出しになった道の上を一人の青年が歩いている。
青年は、大きなカバンを背負っていて、目深にフードを被っている。薄茶色のフード付きコートを着ているせいもあってか、降り注ぐ陽の光に当てられて足取りは重かった。そよ風に揺れる草の音に、ゆっくりと歩く音。その二つの音に、力のない音が混じった。
「……お腹、空いたな」
青年のお腹から鳴った弱々しい音。その音と同時に、うなだれ、口から言葉が漏れた。
一昨日の朝から何も口にしておらず、空腹の状態で歩いている青年。最後に寄った小さな町で食事を済ませて、町を出たっきり何もない緑の平原を歩いていた。
最後に立ち寄ったお店の老婆曰く、半日もあれば村にたどり着く。とのことだったが、一向に先が見えない。町でもっと情報収集しておくべきだったと後悔していた。 次の村では、気を付けなければと頭の中に刻み込んだ。
先の見えない平原を、ゆっくりと歩いていると前方から荷馬車がやってくる。細い道のため、青年は道路脇によける。
ちょうど、すれ違うところで、馬車はゆっくりと速度を落とした。大量の木箱が積まれ、ぼろ布をかぶせている。馬を操作する男性の頭には、藁で編まれた帽子を被っていた。買ったばかりなのか、ほつれのない、きれいな帽子。行商人のような見た目だった。
もしかしたら、この近くに老婆が言っていた村があるのかとかすかな期待を込め、荷馬車の男性に声をかける。
「すまない、このあたりに村はあるか?」
横を通り過ぎようとする荷馬車の男性は、突然かけられた声に応じるため、手綱を引く。馬車を停めた男性は、手綱を持ったまま、顔だけを青年の方に向け答えた。
「村なら、この道をまっすぐ歩いて行ったところだな」
まっすぐと言われても、視界の先には、草のない道が延々と続いている。奥の方にかろうじて木々が見えるぐらい。村の気配どころか人の気配すら感じられない。
「そこまで遠いのか?」
「んー、歩いてなら、日暮れには間に合うかもね」
男性の答えに、驚き目を見張る。
「え? まだお昼ごろじゃ?」
今は、太陽が天頂に達している時間。日暮れには間に合うという男の回答に、驚愕していた。
どれだけ歩かないといけないのか、考えただけで疲れる。そんな考えに至る思考を断ち切るようにして頭を振る。男に礼を言おうとするが、男が先に口を開いた。
「兄ちゃん、旅人かい? 疲れているだろうし、うちの馬車で送っていこうか?」
青年にとって、最高の提案。歩いては休んでを繰り返しているため、気力は限界を迎えようとしていた。それに、空腹。
だが、せっかく件の村の方から来た男に、引き返して乗せてもらうことに、申し訳ない気分になる。なにより、あまり人と関わるのは避けたかった。
「いや、それは遠慮するよ。ずっと歩いてだったから歩き続けたいんだ」
とっさに出た言い訳を口にし、断る。
青年の言葉に、気分を害した様子はなく男は言葉を返す。
「そうなのか。道中、きーつけてな」
「ありがとう」
別れの言葉を述べた行商人風の男は、握っている手綱を弾く。若者が歩いて来た方向に馬車を走らした。木箱が揺れる馬車を見送る。その後ろ姿に、違和感のようなものを感じたが、今は村を目指すことが最優先。青年は、荷馬車が来た道をまっすぐ歩いた。
荷馬車の男が言っていた通り、空が橙へ色づき始めた頃に、村の入り口へたどり着いた。
* * *
木で作られた簡素な柵が覆う村。平原から森に差し掛かり、森を抜けると川が流れていた。その川を沿う形で続いていた道を歩き続けると村にたどり着いた。
青年は、情報を集めるために村のメインストリートのような大きな通りにある酒場に入った。
混み合う酒場に貼られた地図によると、この村は色々な街をつなぐ街道の分岐部分に位置しているようだ。先ほど歩いていたのは、昔の街道のようで、現在はほとんど使われていない道だった。
街道沿いにある村のため、様々な情報がこの酒場に集まってくる。立地のおかげもあってか、何の変哲もない酒場には、青年の様な服装の旅人や、街や村などで商売をする行商人、情報の売買を生業とする情報屋。そういった各地を行き来する人たちがこの酒場に集まってきており、店の中は賑わっていた。
店に入った青年は席を探さず、真っ先に酒場のカウンター横にある掲示板を見ていた。掲示板には、失せ物捜索の依頼や魔獣退治の依頼。また、お尋ね者の人相書きと懸賞金が書かれた貼り紙が貼られている。その中でもひときわ目立っていたのは、『盗賊団に注意』といった貼り紙。
ひときわ大きいサイズに貼られている紙から、よほど注意する必要があるのだろう。他にも何かないか掲示板にかかれた紙に目をやる。本日中にできそうな簡単な依頼がないか確認する。だが、体の疲労も相まって、とにかく休むことに決めた。
ひとまず、腹ごしらえをするため、席を探す。カウンターの一角が空いていたので腰を下ろした。
席についてすぐ、青年はカウンターの内側に立っている女性店員に声をかけた。
「すみません。水を一つと一番安い飯をくれないか」
店員は、嫌な顔一つせず注文を聞いて、コップに水を入れ、カウンターに置く。調理のため、店の奥へと消えていった。
調理が終わり、湯気の上がるお皿を手にし、カウンターへと出てくる。焦げ目のつくほどしっかり焼かれた分厚いベーコン。たった今焼いてきたベーコンからは、香ばしい香りが漂っている。一昨日の朝から何も食べていなかった青年は、目の前にお皿が置かれると、すぐさま一緒に運ばれてきたフォークに手を伸ばした。
空腹だった青年は、あっという間にお皿を空にする。その表情には、満足げなオーラがあふれていた。食べ終え少し休憩していると、隣に座っている首元に紅いスカーフを巻いた女性が声をかけてきた。
「へえ。今のが、この酒場で一番安い料理ねえ。君、味はどうだった?」
突然話しかけられ、戸惑ったが、食べた感想を伝える。
「おいしかったですよ。肉厚もあってジューシーでした。ところであなたは?」
青年の答えに、頷き納得した様子の女性。質問された女性は、すんなり答える。
「あたいかい? あたいはしがない情報屋さ。そんな事よりいいこと教えてもらったから、何か釣り合う情報を提供しよう。何がいい?」
突然の提案に、何がいいか考える。
前回の町から、ずっと野宿だったこともあり、ベッドで眠りたい。だが、この先に町があるかとかも聞かなければ、先ほどの歩きっぱなしのように地獄の目に遭う。今後のことか、今の欲求を天秤にかけたが、休む方にあっさりと天秤は傾いた。
答えがまとまり、情報屋の女性に応える。
「……そうですね。この村で宿屋の一覧とかでどうでしょうか」
「いいよ。お安い御用さ。だけどいいのかい? そんなことで」
宿の一覧ぐらい村の人間に聴けばわかるのでは。と言葉を付け足したが、青年は聞く手間も面倒に感じ、情報屋に頼る。
「ああ、とにかく休みたくてね」
女性は、羊皮紙に簡単な村の地図を書く。その地図には、宿屋の場所、食べ物や道具の店まで記している。地図を青年に向けて差し出す。同時に「サービスだ」と言い手を伸ばした。
地図を受け取り、目を通す。要求以上の情報が書かれた地図に、感謝の言葉を述べる。
「助かるよ、ありがとう」
「いいよ。それより、はやく宿屋に行きなよ。埋まっちゃっているかもよ」
村に着いた時点で、空が色づき始めたことを思い出す。地図に書かれた宿屋の数を見る限り、決して多くはない。早めに探さないと、野宿になってしまう。それを避けるため、女性店員に声をかけた。
お金を渡し、席を立つ。そして、隣に座る女性に挨拶をする。
「では、もう行くよ。ありがとう」
情報屋の女性は軽く手を振る。軽く頭を下げた青年は、急ぎ足で酒場を後にした。
去っていく様子を目で追いかけ、注文していた赤い液体を口に流し込む。カウンターで青年が食べていたお皿を片付けていた女性店員に、追加で同じ飲み物を注文する。液体と同じ色のスカーフを身に着けていた情報屋は、注文をした後、胸の内で呟いていた。
「ふーん。あれが例の……」
* * *
陽が完全に落ち、すっかり暗くなっていた。村にはかがり火に照らされ、旅の疲れを癒す人々によって賑わいを見せている。
そんな中、三軒目の宿屋から出てきた青年はため息をついていた。酒場で出会った情報屋が危惧したように、宿屋はすべて満室になっていた。もう一度、地図に目を通し、何かないか見ていると、手にジョッキを持った、老年の男が声をかけてきた。ジョッキの中は空っぽで、少し酒臭い。
「どうかしたのか? 旅の方」
声を掛けられた青年は、落ち込んでいることがよくわかるトーンで答えた。
「宿屋が全て満室だったんです……」
青年の答えに、老人は憐れむように言葉を返す。
「それは、残念なことですの。私の家に泊めれたら良いのですが、ばあさんが許してくれるかどうか……」
老年の男が口にした優しい言葉を青年は、断るように尋ねた。
「それには及びません。この辺りで野宿できる場所なんてありませんか?」
青年の問いに、老人はすっと答える。
「それでしたら、この村の入り口を左に行ったところに川が流れております。そのほとりでしたら、魔獣も出ませんしゆっくり寝れますよ」
青年が持っていた地図に、指でなぞりながら場所を応えた。
「助かりました」
老人に礼を言う。そして、一刻も早く休みたい欲求に駆られ、教えてもらった川の方へと足を進めた。
老年の男から紹介された川辺は不気味すぎるほど静かな場所だった。穏やかに水が流れる音ぐらいしか耳に入ってこない。小さい石が置かれた川辺。村の方には、小規模な林で遮られており、村の方の喧騒は届いてこない。
穏やかに流れる川のほとりで、野宿することに決めた若者は、荷物を地面におく。カバンから取り出した布を敷き、四方に河原で取って来た石を置いて固定する。火をつけるため、林に薪を探しに向かった。
しばらく経ち、薪木になりそうな木を拾って、荷物のある方に戻って来た。太い木を数本組み、間に細い木を並べる。鞄から携帯用の火打石を取り出し、慣れた手つきで火をつけた。火は段々と大きくなり、ほのかなぬくもりと共に辺りを照らした。夜になり、冷えてきた体を温める。青年は火にあたりながら呟いた。
「今日は歩き疲れたし、荷物整理でもして寝ようかな」
青年は荷物をよせ、寝袋を取り出す。寝袋と言ってもブランケットの様な薄いもの。それを折りたたみ膝に掛け、携行品や常備薬などを取り出し整理していた。
「明日、村で買い足さないと」
荷物を整理しカバンに戻す。膝に掛けていたブランケットを体にかぶせ、着ていた薄茶色のコートを折り畳み、枕にして横になった。
* * *
一方、村の方では、かがり火も消されすっかり夜が更けていた。先ほどの賑わいが嘘みたいに、静まり返っていた。唯一、賑わいをみせていたのは、いろいろな人たちが集まる村の酒場ぐらいだった。夜も更け、旅人たちは宿で休んでいた。酒場には、村で仕事をしていた住人達。店を開いている人間や、大工などの村人たちで盛り上がっていた。
「――知っているか? 例の噂」
たっぷくの良い中年の男が、正面に座るやせ型の男性に酒瓶を片手に話していた。
「あー、今有名な盗賊団の親玉が、兄殺しの皇子に関わっているってやつか」
やせ型の男が言い、太い男は、頷く。太い男は話の続きを言った。
「その親玉を捕らえるために、近隣の街に国の騎士団がやってきているみたいだぞ」
やせ型の男は、少し驚いたように反応を示す。その反応にかまわず話を続ける。
「しかも、それを率いてるのが、鉄壁の騎士団長のフリゲートだってよ」
その言葉でやせ型の男は、飲んでいた酒を吹き出した。酒を浴びた太い男は、悪態をついていたが、それを無視してやせ型の男は言った。
「そ、それってやばくないか⁉ 騎士団長自らが出て来るってよほど重要なことだぞ」
「きたねえな。落ち着けって」
太い男は、布巾で顔を拭きながら、やせ型の男を落ち着かせる。やせ型の男は、「わるいわるい」と口にして落ち着く。太い男は、やせ型の男の言ったことに答えた。
「ま、あくまで噂だがな」
「けどそれだけ、あの盗賊団がやばいってことだろ。おっかねえな」
同感だといった様子で、太い男性は首を縦に振った。
「この村に来られたらあっという間に火の海だよ。最近じゃ、村を一つ占領し拠点にしているってよ」
「もっともだ。警備隊とかあっという間に蹴散らされるぞ」
この村にも、外敵から守るため警備隊はいる。村程度の規模なら警備隊。街なら衛兵隊。央都には騎士団。というように、練度に大きな違いがある。この村の警備隊はあくまで魔獣や盗賊を追い払うぐらいがせいいっぱいの練度だった。
「不安になるのもわかるけどさ。そう簡単には盗賊団なんて来ないって。騎士団がうろついてるなら警戒ぐらいするだろう」
太い男は、明るいように話を持っていくように話す。片手に握られたジョッキを傾け、流し込んだ。
「そうだな。騎士団様様だよ」
やせ型の男も、同じようにジョッキに入った泡たっぷりの液体を流し込む。
「夜も遅くなってきたし、少し飲んだら帰るか」
太めの男が言うと、やせ型の男も賛同した。
「ああ。あと一杯飲んで、家に戻るか」
しばらくして、男達は愉快な笑い声をあげながら酒場を出てきた。肩を組みながら千鳥足で愉快そうに笑いながら帰路についていた。
だが、こんなにも愉快な声は今夜に聞こえることはなかった。
川辺の方では、焚火が消えて月明かりのみが頼りになっている。そんな真夜中の薄暗い川辺。突如、川の対岸から赤色のした光の玉が現れた。その数二十個程。その火の玉が続々と、川に入って行く。川を掻き分けるように音を立てて迫って来ていた。その火の玉の集団が、燻ぶった薪の元まで川を渡って歩いて来ていた。
火の玉の正体は、松明を持った人間。松明を持った人達は、片手に松明。片手に短剣や斧、長剣など武器を持っている。どれも刃こぼれがしていて、お粗末なもの。服装も麻の服など来て軽装だった。
「おい! 起きろ」
松明集団の中で大ぶりの剣を持ち、獣の皮で編まれた服を着ている男。松明集団のリーダー的な立場にいる男は、強めの口調で薪の側で布団をかぶった人間に声をかけた。
「……」
しかし、返事はなく、動く様子もない。熟睡しているかのよう。
「おい! 無視するのか!」
リーダーの男は、怒鳴って寝ている人間の横腹付近に蹴りを入れる。寝ていた人間は、寝袋と共に軽々と吹き飛び地面でバウンドする。だがそこには、人の姿は無く、布の塊がはじけただけ。布が散乱した様子に男は、素頓狂な声を上げた。
「何じゃこりゃ⁉ あの野郎どこ行きやがった!」
男は、辺りを見回し確認する。だが、辺りには男の部下がいるだけだった。男と同じように、あたりを見回す部下に対して、指示を出す。
「全員捜せ! 近くにいるはずだ」
「「りょ、了解!」」
男からの指示で、部下は辺りを探し始める。捜索を始めた松明集団の五人は、村の方にある林へと入って行った。
見つけ出せない寝袋の主に、イラつき始めたリーダーの男。そのイラつきもつかの間、林の方に入っていった部下たちの声が聞こえる。どうやら、目標を見つけたみたいだ。
「いたぞ」
「見つけた!」
「囲め」
発見の声と同時に、悲鳴も上がる。
「人寄してくれ」
「誰か、きてくれ」
興奮した声から、瞬時に助けを求める悲鳴に変わる。外にいる者からは林の中で何が起こっているのか全く分からない。
「何があった? とにかく外に連れ出して来い!」
リーダーの男が林に向かって叫ぶが、仲間たちの返事がない。追加で部下を林に入るように指示を出そうとすると、若い男性の声が林の方から発された。
「その必要は無い」
林に入った男達と異なり、落ち着いてどこか冷たい声。
「てめぇ、なにものだ!」
リーダーの男が発した問いに、答えは返ってこない。
林の方からは、言葉ではなく五人の男が順番に飛び出してきた。文字通り飛んできたのだった。出て来た者達は、それぞれ急所を突かれ呻き声をあげている者。気絶してのびている者。中には、血まみれの者もいた。最初に林に入った五人の姿に、松明を持った男たちは、恐怖で声を漏らしていた。
松明を持った男たちが、林の方に注意を向けていると、彼らの視線の先からゆっくりと、フードを被った青年が現れる。青年の手には、血に濡れた短剣。
林から姿を現した青年は、目の前に展開する松明の男たちに視線を流す。その中に、大ぶりの剣を持ったリーダーの男に向けて、口を開いた。
「なあ、もう少し一人一人鍛えたらどう? おじさん」
「ああ?」
挑発のように発された青年の言葉。リーダーの男は、怒気を込めて若者に答えた。感情に流されないようにギリギリを保っていた。
「ご丁寧にどうも、若造。どんな手を使ったか知らないが、よくやってくれたな」
「お見せしようか? 盗賊団のみなさん」
血を払った短剣を正面に構え、言い放つ。青年の言葉に、リーダーの男は感心していた。
「ほぉ。よく気づいたな。我々の正体」
男の言葉に、青年はわざとらしく両肩を落とす。その仕草は挑発そのものだった。
「まず、荷馬車の人。行商人を装っていたか知らないけど。あんなぼろ布で、荷物を覆っていてもね。それに、商品のはずの木箱も固定されていないし詰めが甘いんじゃないかな」
平原を歩いている時に出会った、荷馬車の男性。道を聞いて別れた後、感じた違和感の正体はこれだった。それに今は使われていない旧街道を、行商人一人が通る時点で不審な点でしかなかった。
「っな……。ばれていたのか」
手に棍棒を持ち、藁帽子を被った行商に扮していた男が驚きの声を上げる。
青年は男の反応を無視する。次に、行商モドキの横に立っている、弩を持った年輩の男を指して言う。
「次に、この川辺の事を教えてくれた村のおじいさん。野宿できる場所のこと訊ねたとき、何も考えずにこの遠い場所提案してくれたよね。普通なら村の中のどこかを紹介するはずでしょう?」
宿がなく、途方に暮れていた時に声をかけてくれた老年の男。ジョッキ片手に、地図を見て即答した場所が、こうも人気のなく。村まで見通しの悪い場所だった。なにより、ジョッキ片手に酔っぱらっているはずなのに、あそこまで冷静に応えれるはずがない。
「な、そこまで読まれておったとは……」
村人に扮していた年配の男性は、驚き半分。関心半分の声を漏らした。
リーダーの男は、二人の方を睨みつける。叱責の言葉でもかけようとしたのだろう。だが、男より早く、青年がリーダーの男へ言葉を発した。
「で? そこまでしてこの俺に何のようかな?」
その質問に男は、ためらいもせず答えた。その答えには、殺気がこもっている。
「あんたを足止めしとけというのが、頭の命令でな。こうして仲間が殺されかけられたのなら仕方ない。ここで死んでくれや」
男が、背負っていた大ぶりな剣を抜く。残りの十四人が全員それぞれ武器を握り直す。リーダーの男は、青年を取り囲むように指示を出した。
「逃げ場はなしってことか。なんの時間稼ぎか知らないが、相手になろう」
青年もやる気になり、持っている短剣を体の前に構える。
「やっちまえ! 野郎ども!」
「「「うぉー」」
リーダーの男が発した号令に、十四人は一斉に中心にいる青年に向かって駆けだした。
青年は動かない。
最初に接近してきたのは、斧持った男。振りかざされた斧を躱し、首に向かって短剣を一撫でする。斧の男は噴水のように血を吹き出しながら倒れた。
すぐ左端から気合いと共に振り下ろしてくる長剣。激しい音を立て、右手で持った短剣で受け止める。その隙に、空いている左手で、相手の腹部に拳を入れる。バランスを崩した瞬間、長剣を押し返し、相手の側面を突き刺した。
次々と襲い掛かってくる男たちを地に伏せさせる。残り八人になったところで、男達は動きを止める。
青年の周りに転がる仲間の体。石が転がる地面は、血に濡れていた。圧倒的な力の差に、残された者たちは、一歩ずつ後退った。
「こいつ……、強すぎだろ」
「こんな奴に勝てるのか……」
弱気になっている部下達に、様子を見ていたリーダーの男は声を張り上げる。
「狼狽えんじゃねえ! 相手はたかが一人だろ。頭は何を危惧しているか知らんが、こんなにもやられたんだ。やるしかねえ。いくぞ!」
周りを鼓舞するように叫んだ。戦意を喪失しかけていた男たちは、再び足を踏みしめる。
リーダーの男は一歩踏み出し、大ぶりの剣を持ってにじり寄ってくる。青年の出方を窺っているのだろう。
全力でぶつかってくる様子に、青年は短く息を吐く。
「俺もその勇気に応えないとな」
短剣を持った手を真っ直ぐ、大ぶりの剣を構える男の方へ向ける。
意識を、短剣の切っ先に集中させ、叫ぶ。
「出でよ、剣達!」
叫んだ瞬間、青年の周りに十個もの波紋が生じる。空気が震えるような波紋が、段々と透明な剣の姿に変わっていった。
半透明の剣は、宙に浮き制止する。
青年は声を張り上げた。
「行け、剣達よ!」「やってしまえ!」
リーダーの男と、若者が同時に声を出す。二人が発した号令から勝負は一瞬にして決まった。飛翔する半透明の剣達を見えていないのか、盗賊達は真っすぐ突っ込んでくる。剣は、一人また一人と体を突き刺していく。リーダーの男の右肩、左の脇にも剣が刺さっていた。彼の手に握られていた大ぶりの剣は地面に落ちている。
「馬鹿な……」
「あ、ありえない……」
口々に言い残しながら、男達は次々と息絶え、地に伏せていく。誰も、青年のところにたどり着いた者はいなかった。
最後まで生き残っていたのが、統率していた男のみとなっていた。男は、仰向けに転がり、話すのがやっとの状態だった。急所は避けていたようだが、流れる血の量が多かった。
「その力……。あんた〈能力持ち〉か……。こりゃかなわねーわけだ」
息絶え絶えの男が発した〈能力持ち〉という言葉。青年のように、普段ではありえないような現象を引き起こす力。その力を持っている者たちのことを指して使われていた。
「ああ、そうだ」
男は、今にも消えそうな声で話す。
「これで……、時間は、稼げた、はず……」
その言葉に、疑問を覚えていた若者は、男に問い詰める。
「おい、さっきから何を言っているんだ。時間がどうこうとか」
男は、勝ち誇ったような笑みを浮かべ答える。
「自分の目で、確かめてみろ……」
風で運ばれてくる焦げ臭いにおい。ふと空へと視線を移す。村の方角にある林の奥。その空は、夕暮れよりも鮮やかな赤色をしていた。
「まさか!」
盗賊団の狙いは、村の方だった。村の方から聞こえるはずの悲鳴は、林で遮られて何が起こっているか、一切わからない。
青年は短剣をしまい、村の方に駆けだそうとする、だが、今にも息絶えそうな男が掠れ掠れの声で尋ねてくる。
「……あ、あんた、……なまえ、は……?」
青年は、一瞬足を止め、男の方に向き言った。
「有名だと思うんだけどな。俺の名は――」
同時に大きな爆発音が村からする。林を貫く音に、声がかき消された。だが、男には届いていたようで、何故か、満足げな顔で息絶えた。
何だったのか。考えたが、首を振る。
急いで、村の方に駆けていった。
* * *
村の方では、盗賊団の本隊が攻め込んできていた。家屋などの建物には、火の手が上がっている。燃え盛る村では、村人や泊まっていた旅の者達の悲鳴、盗賊団の怒号であふれかえっていた。
自警団と盗賊団は争ってはいたが、戦局は一方的だった。村の真ん中にある広場に避難してきた村人たちを背に、自警団は一か所に集まり防戦一方で、壊滅状態に等しかった。
「何としてでも村人たちは守れ。助けが来てくれるまで持ち堪えるんだ」
胸にプレートの鎧をつけた白髪の男性。おそらく村長だろう。彼が、士気を上げるため自警団に声をかける。
だが、頭に紫の布を巻いていて、皮の鎧を身に着けた男性が答えた。
「この状況でどうやって守るんだ、村長さん?」
「いくら絶望的な状況でも希望は捨てんぞ。頭目さんよ」
村長は、目の前にいる目つきの悪い盗賊団の団長に向かって睨む。盗賊団の団長は、その言葉に舌打ちをして、手にしているマチェットを振りかざした。
その時、全身を鎧で固めた一人の騎士が駆けてくる。振りかざされたマチェットは村長の体に触れることなかった。マチェットは、見えない障壁に阻まれ、はじき返されていたのだった。
突然のことに戸惑っている盗賊団の団長。その様子に目もくれず、大盾を持った男性が、村長と団長の元に歩いていく。
「よくその言葉を言ってくれた。ご老人」
何が起きたか理解が追い付いていない村長は、戸惑いながら鎧姿の男に尋ねた。
「あなたはいったい誰なのじゃ?」
村長の問いに、鎧姿の男は、左手に持つ大盾を地面に突き立て名乗りを上げる。
「私は央都騎士団の団長を務めているフリゲート=シルトと申します。後は我々にお任せを」
マチェットを押し返され、体勢を崩していた盗賊団の団長は、その言葉を聞いて驚愕の表情を浮かべる。
「な、なぜ、お前がここに」
「たまたま見回りをしていたら火の手が見えてな。残念だったな」
フリゲートは、瞬時に地面を蹴る。鎧を着ていることを感じさせない速度で肉薄する。盗賊団の団長は、周りの者に指示を出そうと、手を挙げた。それと同時に、フリゲートが手に持っていた盾を振りかざし団長の顔面に打ち付けた。突然、目の前に現れたフリゲートに、防御できない盗賊団の団長は吹き飛んだ。そして、続々と辺りをフリゲートと同じ鎧を着た者達が集まって来ていた。
フリゲートは、声を張り上げ指示を出す。
「全軍! 盗賊団を捕らえ、この村を救援せよ」
「「「は!」」」
彼の掛け声により、騎士団が盗賊団と交戦に入る。団長同士の争いを見ていた盗賊団員たちは、自分たちの団長が倒されたことに逃げる一方だった。あっという間に、盗賊団は壊滅。盗賊団員とその団長は捕縛された。
村の建物のほとんどが焼け落ちており、村人達は死人も出たが、半数は無事だったようだ。
返り血のついたフードをかぶった青年が村に着いた時には、すべて終わっていたようだ。銀色の鎧姿の男達が、残党がいないか辺りを捜索し、広場には、盗賊団と思わしき人たちが捕縛されていた。その様子を物陰から観察していた。
広場では、胸にプレートを付けた白髪の男性が、鋼の鎧を着た男と話している。おそらく白髪の男が村長だろう。背を向けているため、姿はわからない。だが、村の責任者である村長と話していることから彼が、鎧集団の責任者だろう。広場の周りには、男と同じ鎧を着ている者達が数人捜索している。
盗賊団の狙いが何だったのか、彼らリーダーに確かめたかったが、すでに捕縛されている。一度話ができるか、鎧集団の責任者に顔を合わせないといけないだろう。だが、返り血を浴びているせいで、疑われかねない。
他の鎧姿に見つかれば、騒ぎを起こしそうで動くに動けなかった。
だが、突如慌てた様子で鎧の男が、広場に男に話しかけに行っている。川の方角を指さしていた。どうやら、川辺の死体が見つかったみたいだ。
鎧の者達が半数、川の方へと移動していった。この好機を逃さず、物陰から出て広場へと近づく。そして、後ろ姿しか見えていなかった、責任者であろう人物に声をかけた。
「これを制圧したのは、あなたか?」
「ん? 私達だが」
振り向きざまに、鎧の男は質問を返してくる。その顔を見たとき青年は、動きを止める。
対して、鎧の男も返り血まみれのフードにけげんな表情を浮かべている。
「君は一体?」
目元深くまでかぶっていたフードに、のぞき込もうとする男。それに対して、青年は、フードの端に手をかける。
「こうすればわかると思うのだが」
その言葉と同時に青年は、ずっと被っていたフードを脱いだ。
顕わになった顔に、残っていた周囲の鎧達はどよめき、目の前の男は笑っている。ひとしきり笑った男は、青年に話しかける。
「これはたまげた。まさかこんなところで会えるとは、まったく情報通りだ。驚いたぞ。元皇子……、ハル」
「そりゃこっちも驚いたよ。まさかこんなところで会えるとは。騎士団長フリゲート」
一見、仲がよさそうに笑いあう二人。
周りの鎧達は剣を抜き、ハルと呼ばれた青年を囲んでいた。
「団長、離れてください。その男は危険です」
周りを囲んでいる騎士の一人が、フリゲートに知らせる。だが、騎士団長はその助言を、手を振って余裕の態度を示す。
二人の近くで、ハルの正体を知った村長は、怯えながら後退っている。
「こ、この者が。あの兄殺しですか。どうか命だけは……」
命乞いをする村長に、ハルは一瞥しただけで何も言い返さない。騎士団員は剣を向け、敵意を向けられている。
かつて、この国の第三皇子として生活していたが、兄殺し、宮殿での大量殺害の容疑を掛けられ、宮殿から追放。国から追われることとなった。宮殿での一件で、ハルは周りから恐れられていた。
対峙するハルとフリゲート。彼らの間に入ろうとする者はいない。静かににらみ合う二人だったが、フリゲートが口を開いた。
「元皇子様の目撃情報があったから、駆け付けてみれば本当にいるとはな」
「盗賊団は、ついでって事か。まあいい。で、そいつは何者なんだ?」
盗賊団を制圧しに来たのではなく、目的は自分自身だと知ったハルは冷や汗をかく。だが、一向に捕まえるそぶりを見せない。
目下の疑問を解決するため、フリゲートの横で縛られている紫の布を頭に巻いた男。盗賊団の団長について尋ねた。
「最近、このあたりを根城にしている盗賊団だそうだ。この男は、元は宮殿で使えていたみたいだが、お前が起こしたあの事件で、行方不明になっていたんだ。盗賊なんか身を落として、全く」
ため息交じりに説明するフリゲート。
彼の説明の仕方が、ハルは気に食わなかったようで、目をそらし、愛想ない返事をする。
「そうか」
元宮殿で仕えていて、あの事件を目撃しているなら警戒するのも無理もない。
だが、どこから情報が漏れていたんだか。目の前の男も、情報通りって言っていた。ここまで、居場所がばれているとなると、用心しなければならない。
黙り込むハルに対して、フリゲートは、衣服に付いている血に関して問う。
「その血も彼らのものか?」
考え込んでいたハルだったが、すぐに意識を戻す。
「ああ、この近くの川辺で死んでいるだろうな」
「先ほど報告があった。あれはお前がやったのだな」
感心したように、フリゲートは声を上げる。そして、腰に下げる長剣に手を当て言葉を続けた。
「その実力、確かめてみたいものだ」
大盾を地面に突き刺し、長剣の柄も持ち、殺気を浴びせる。
フリゲートの動作に、慌てて短剣を抜き、構える。
一触即発の雰囲気に、周りの騎士や村長は息をのむ。
「……今はやめておこう」
握っていた長剣の柄から、手を放す。そして、両手を広げ敵意がないことを示す。ハルもそれに応じ、短剣をしまう。
そんなフリゲートの行動に、横に控えていた騎士団員が、反対の声を上げる。
「何故です、閣下。この者は、自身の兄を殺した元皇子ですよ。捕らえないと」
必死な部下の訴えに、フリゲートは首を振った。そして、ハルに向かって言った。
「村の異変に気付いて、駆け付けてきたのだろう? 己の危険を顧みず、この村を救おうとしたこと。それに免じて、今は見逃してやる。ただし、まだあの事件は終わっていない。いずれまた」
フリゲートの言葉に、安堵の息を漏らす。
「ああ、次会ったときは……」
「そういうことだ」
厄介者を払うように、手で追い払う。そして、何もなかったかのように、背を向けフリゲートは、村長と話を始めた。
彼の配慮に甘え、フードを深くかぶってその場を後にした。
気が付けば、夜は明け、空は白んでいた。川辺では、死体は全て片付けられ、意識を失っていたもの達はすでに運ばれていた後だった。残されているのは、おびただしい血の跡と、自身の荷物。血痕が残る場所で、野宿することはやめ荷物をまとめた。少し歩き、先ほど似たような川辺で、荷物を下ろす。そして、返り血が付いた服を脱ぎ、代わりの服に着替える。血で汚れた衣類を、近くの川で洗い流し、火を熾して乾かす。
乾くまで、釣りをしたり、仮眠をとったりと川辺にとどまっていた。
数日が経過し、釣り上げた魚で腹ごしらえも済ませていた。遠くからは、木の叩く音が聞こえる。早くも復興が始まっているのだろう。
乾いたコートを羽織る。そして、フードを目深にかぶり、数日キャンプしていた川辺を後にする。出発する前、村に立ち寄り、抜かりなく情報は集めてきていた。
一面緑の絨毯とかしている平原。同じような天候の中、荷物を背負い歩いている。だが、行きとは違い足取りは軽かった。
「さて、次はどこへ行こうかなぁ。大きめの街とか目指してみるか」
そう言って、一伸びする。次にたどり着く場所に期待しながら、足を前に出す。空は、雲一つない青空だった。
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