第4話ブランコの彼女
ゴールデンウィーク1日目。
前に予定していた遊ぶ日にちはゴールデンウィークの2日目に遊ぶことになったので、今日はゆっくり1日過ごし、明日に向けて体力の回復ついでに課題を進めておくことにした。
5月ということもあり、乾いた暑さとは言えない、少しじめっとしたような暑さがなかなかにこたえる。
自分の部屋で扇風機を回し、最近SNSではやっている洋楽なんかを流しながら、世界史と現代社会の課題を進める。
進めると言っても、正直答えを写す作業なのだが、それでも有は文系においては校内でもトップクラス。模試では校内国語5位を取ったこともある。
所詮校内順位なのでそれでいい気になるつもりはなくても、自信にはなっている。
社会系も暗記が得意なおかげで得点源になってくれている。
英語は全くダメダメだが。
そんな意味もわからない洋楽を流して、答えを写す。
1時間半もすれば、扇風機の音が洋楽を邪魔するノイズのように聞こえ始め、そろそろ手も疲れてきた頃合。
気分転換も兼ね、少し外に出る。
「母さんー!散歩してくる!」
そう、台所にいる母に言って靴を履く。
「珍しいわね」
母から一言返ってきた。
「たまには、散歩してみようかなって」
そう答えて玄関を開けた。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
時刻は昼前、太陽がやけに眩しく見える。
自分の部屋に引きこもっていたからか、久しぶりに見る外の世界は眩しい、なんて思いながらも家の周りをブラブラ歩く。
どこに行くわけでもなく、なにか目的がある訳でもない。それでも、1日家に居て課題というのもなかなかしんどいものだ。
本当に気分転換。
とりあえず、家の近くの公園に向かってみる。
少しして、着いた公園には1人、ブランコに乗る少女が居る。
ブランコに乗る少女と言っても、小学低学年程度の年齢には見えない。
少なくとも中学生より上に見えた。
少女は何をするでもなく、2つある片方のブランコをただ漕ぐ。
まあ、ブランコの使い方としてはなんの問題もないが、どうしてか不自然な気がしてならなかった。
何故か、どこかであったような、そんな気がしていた。
そうやって吸い込まれるようにブランコを漕ぐ少女に近づいていく。
ある程度近づいたところで顔を見ようと彼女の前に立つ。
不自然では無い程度に離れてはいるが、やはり、あまりにその少女を見ているので向こうがこちらに気づいた。
「なんですかー?」
ブランコに乗りながら彼女はこちらに向かって声をかけてきた。
なんというか、知らない人にそうも簡単に声をかけられるというのは、何となく彼女の性格が分かった気がした。
そう言われてはこちらも答えない訳には行かない。
有はブランコに乗る彼女に近づいていく。
それでも彼女はブランコから降りることなく、ただ有が向かって来るのを待っている。
そうして隣まで来た時、どこかで見た顔に納得がいった。
(この前、事故りかけた子だ!)
向こうも気づいたのか、ハッと顔をさせてブランコを止めた。
「この前の人ですよね?」
彼女は聞いてくる。
「あ、うん。多分ね」
有は答えた。
「この前はほんとっ!すいませんでした!」
彼女は会うなり、頭を深く下げ、謝ってきた。
「こっちも、ごめん。大丈夫だった?」
有もこの前のことを謝罪した。
「ブランコ……乗ります?」
彼女はそんなことを言ってきた。
「えっ、あ、ああ。じゃあ、隣で」
ふたつあるブランコに2人は乗った。
「この前はごめんなさい」
「ううん。こっちも、怪我なくて良かったよ」
2人はブランコに乗りながらそんな会話をする。
彼女はよく見るとなかなか可愛い顔をしていて胸も大きかった。白いワンピースに麦わら帽子、長いスカートで身長も女子にしては大きい方なのかもしれない。
自然と胸に視線がいくのは許して欲しい。
男の子には胸へのオートエイム機能が付いているため仕方ないのだ。
「このあたりなんですか?」
彼女は大きくブランコを漕ぎ、聞いてきた。
大きく上に上がった彼女は降りてくる時にその長いスカートをなびかせて、初夏の空気も混じってまるでひとつの映画のシーンを見ているような気さえした。
「このあたり?」
「このあたりに家があるんですか?」
彼女は前を向いてただそう言った。
「うん。君も?」
有も漕ぎ始める。
「はい。このあたりです。まあ、引っ越してきたんですけどね」
彼女はそう答えた。
「どこから?」
有はそう聞いた。
「大阪からです」
彼女はそう答えた。有はその悲しげな声を聞いて黙ってしまった。
「母が1年ほど前に他界してしまいまして。それで進学をきっかけにどこか遠くに行こうと」
彼女は淡々と答えた。
「とごに進学したんですか?」
有はそう聞いた。
「姫咲女子高校1年です」
それは有たちの学校とは反対方向にある高校。
距離自体はそこまで遠くない。
有から見て後輩だ。
「そうなんですね。……どうしてここでブランコを漕いでるんですか?」
有はそう聞いた。
聞いてばかりだ。でも、彼女のことが知りたかった。
「なんででしょうね」
少し関西弁というのが見えて、そして彼女は真っ直ぐ前を見ている。
「昨日ね、お墓に行って来たんですよ。それで、手を合わせて、そんで今なんか、ブランコ乗りたなって、そんで……なんでやろう」
彼女を見ると少し涙を流している。
流した涙が彼女に置いていかれたように、ブランコに乗った彼女だけが前に進んで涙は後ろに落ちていく。
「なんで、ほとんど知らん人の前で泣いてんやろ。わからんわ」
彼女に言葉をかけられずにただ有はブランコを漕いだ。
そんな、たまたまあった彼女がそんなことを抱えているなんて知らなかった。
「ごめん。ごめん。うち、変やろ?ようわからんねん。なんで泣いてるかも、なんでもう、死んだ人の事なんか考えてるんやろ。なんで忘れられへんねやろ。君、知ってる?」
彼女はブランコを止め、有の方を向く。
有もブランコから降りた。
「さあ、知らない」
有は短く答えた。
「そんなことを俺が分かったら、君は今、泣いてない」
そう言うと彼女はクスッと笑った。
「それもそうや。当たり前やなぁ。誰かが分かったらこんなん、今泣いてないわ」
彼女は白い肌で涙を拭った。
「もう、いくね。スッキリしたよ」
彼女はそう答えた。
そうして、3歩くらい進んで振り替えって、
「私、笹木結菜って言います。よろしくやで」
そう言ってさる彼女に有は精一杯声を張って言う。
「おれ、俺は!笹谷有!
そう言うと、彼女は手を上にあげ、ふっている。
振り返ることはなかったが、それでいい気がした。
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