第19話 団地のお婆ちゃん

 飲み会の席で聞いた話です。


 市営団地で育ったコウキさんの幼稚園の時に起きた事です。

 コウキさんは両親とも働いており、親が帰って来るまで1人で過ごす鍵っ子でした。

 コウキさんは4時半から5時までは友達と遊び、6時半位に帰って来る親を部屋で待っていました。


 夏休みで幼稚園が休みになると1人でいる時間が増えました。

 その日は友達と午前中遊んで、お昼を食べに団地に戻りました。


「元気でいいね」


 団地には入り口が3つあり、左側の1階に住んでいる老夫婦のお婆ちゃんが階段の横で椅子に座っていました。


「うん。

 何しているの?」


 お婆ちゃんは座ったままで優しく微笑んでいます。


「日向ぼっこだよ。

 お爺さんは体調が悪くて、寝ているから部屋から出て来れないのよ」


 コウキさんは何て言っていいか分からなかった。


「たまにお話ししてね。

 お昼ご飯、まだでしょう」


 お婆ちゃんはまた優しく微笑んだ。


 それから何回か話をする様になり、お婆さんの家に遊びに行く様になりました。

 家に行くと奥の座敷の扉が時々“コンコン”と杖の様な木の棒で突いた音が鳴りました。


「お爺さんが呼んでいるからね」


 と、言うとお婆さんは奥の部屋に入って行き、数分後に出てきます。

 お爺さんが咳をする声が聞こえるとお婆さんは立ち上がって、コウキさんを家に帰したそうです。

 その話を両親にするとお菓子を買って来るから持って行きなさいと嫌な顔もしなかったそうです。

 夏休みも終わり位にお菓子を持って、お母さんとお婆さんの家に行きました。

 お婆さんは嬉しそうにお菓子を受け取ると母親と話をしたそうです。


 幼稚園が始まって、時々見ていたお婆さんと会う事がなくなりました。

 その日は入り口の階段にお爺さんとお婆さんが立っていました。

 お婆さんはいつもの様に優しい顔をしており、お爺さんは少し元気のない顔をしていました。


「コウキくん、こんにちは。

 これからお婆さん達は別な場所に行くの。

 コウキくんも一緒に行く?」


 お婆さんが話しかけてきて、2人ともは優しそうな顔でこちらを見ていました。


「お母さんが今日はカレーを作ってくれるから行けないよ」


 その日は週1回のカレーの日で何故かカレーの事を話しました。

 お婆さんとお爺さんは少しも動かず、表情も変えないままでコウキさんを見ています。


「今までありがとうね」


 お婆さんはコウキさんにそう言いました。


「待っていて」


 コウキさんはお婆さんにお菓子を渡そうと家に戻ると自分用のお菓子を取りに行って、戻って来るとお婆さんとお爺さんの姿はなかった。



 それから2週間は経っていない位に警察官が団地の前にやって来て、お婆さんとお爺さんの事を聞きに来ました。

 お爺さんは1年以上前に死んでおり、お婆さんは夏休みが終わる頃に死んでいたそうです。

 2人とも死因に不審な所がないのですが、母親はお婆さんの話をしない様に何回も話をしたそうです。

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