第18話 討伐演習・上
とある日の学院。
いつも通りの授業が行われ、何の変哲もない時間が過ぎていく。
しかし、最後尾に座るミトスはいつもと教室内の様子が違う事を感じ取っていた。
今日は全体的にそわそわしている生徒が多く、普段真面目に授業を受けている生徒も何処か集中力を欠いているように見える。
カティアの様子は変わらないが、フェルノールも何処かソワソワしている。
(ふむ……今日は何か特別な行事でもあったかのう……)
すっかり日課となった霊素のコントロールを止めて、今日一日のスケジュールを思い返す。
午前中は普通の座学の授業が続き、午後からは丸々演習となっている。確かに、いつも比べると演習に充てられる時間が長いように感じるが、そんな気になる時間割ではない。
(午後の演習……そう言えば、前の授業の時に何か言っておったような気が……)
ぽくぽくぽくと記憶を遡っていく。
しかし、思い出す事が出来ず、時間だけが過ぎていく。
1限、また1限と授業は終わっていき、午前の授業が全て終わる。
いつもなら、午前の授業は終わった段階でお昼休みを挟むのだが、その日は授業終了チャイムが鳴ると、ミトスたちは学院のグラウンドに集められた。
「先週話した通り、今日は討伐の実戦授業だ。」
(あ~、思い出したのじゃ。そんな事を言っておったなぁ)
知っての通り、エスペランザ王国は【闇の勢力】と争う最前線。
勇者パーティーの活躍によって、戦線は後退していると言っても、王国と敵の勢力圏が接している状況は以前変わりない。
そのため、この学院では王都外部の森で実戦訓練を行うのだ。
もちろん安全に配慮して、これから赴く森は神殿騎士と教員の手によって生徒が手に負えない魔物は事前に討伐されている。それでも、多くの生徒にとって魔物との実戦など初めての経験なのでソワソワしている生徒が多かったのだ。
(魔物の討伐など儂にとっては当り前じゃったからのう。すっかり忘れておった)
当然ながら、ミトスは動じない。
勇者パーティーの一員だった彼女にとって、魔物の討伐など日常の風景だった。
身体は非力になっても、今更魔物の討伐と言われて緊張するようなタイプではない。
そして、周囲を見渡してみれば、クラスメイトの反応は大きく分けて2種類。
これから赴く初めの魔物討伐実地訓練にガチガチに緊張している者とミトスのように一切動じていない者の2通り。数は前者の方が圧倒的に多いが、ちらほらと動じていない生徒も見受けられる。
(平然としているのは、儂とカティア、他にも数人程居るようじゃな。こういう場合、緊張している者とそうでない者を混ぜた方が危険度は低くなるが……)
ミトスは担当教員をチラッと流し見る。
魔物の討伐で一番重要なのはパニックにならずに平静を保てる事。
いくら優れた技術を保有していても、敵の前にパニックになってその力を十全に発揮する事が出来なければ意味がない、というのがミトスの持論であった。
事前に神殿騎士、教員が危険な魔物が排除しているとはいえ、討伐初心者のみのチームでは危険度が高い。故に、平然としている者と緊張している者を混合してチームを組ませるのが一番良い。
(一応、提言してみた方がいいかのう……)
「訓練では、此方で指定したメンバーでチームを組んでもらう。途中で他のチームと合流するのは構わないが、勝手にチームメンバーを変えるのは禁止だ。」
そう言って、担当教員が次々とチーム構成を読み上げていく。
訓練は3人一組で行い、男女混合チームもあれば女子生徒のみで構成されたチームもある。生徒を守る立場にある教員なので、きちんとバランスも考慮しているらしい。
ミトスの危惧は単なる杞憂に終わった。
(となると、カティアと組む事はなさそうじゃのう。空間魔法に興味があったんじゃが、またの機会か。)
———というミトスの予想通り、カティアの班にミトスの名前は無かった。
さらに、フェルノールの班にも自身の名前はなく、いつもの3人組はそれぞれ別の班に振り分けられる結果となった。
正直に言うと、フェルノールと一緒の班に振り分けられなかった事にミトスは安堵した。
先日、彼女に【霊術】を使うための素養がない判明した時から、あまりその話題に触れないようにしていた。魔物の討伐訓練という時間は【霊術】の実戦には最適な授業に、思いっきり術を振るう事ができない環境は遠慮したかったのだ。
もちろん、それは別に親しいメンバーでチームを組む事が出来なかった事に寂しくも感じるが。
(さて、儂と組む事になるのは誰じゃ?)
「最後に、ミトス・ガルディオス、ポルックス姉妹。これで名前が呼ばれていないヤツは居ないな。じゃあ、移動を開始するぞ。今のうちに自己紹介を済ませておけよ。」
「「「「「は~い」」」」」」」
中年教員の先導でクラスメイトは王都郊外に広がる森へ向かう。
一団の最後尾を歩くミトスによく似た2人の少女が声を掛けた。
「「貴女がミトスさんですね?チームを組む事になったポルックス姉妹でございます。」」
「おおっ、お主らが妾のチームメイトか。よく似ておるが、双子か?」
「正解でございます♪私が姉のティル。」
「私が妹のティナと申します。」
「妾はミトス・ガルディオスじゃ。今日はよろしく頼むぞ。」
「「こちらこそ~」」
綺麗に声を重ねるポルックス姉妹のティルとティナ。
声色がよく似ているため、声が重なるとまるでエコーが掛かっているように聞こえる。
しかし、ティルとティナの2人がよく似ているのは声だけではない。
身長に体格、髪の長さまでまるっきり同じ。幸いにも、ティルは髪と完全に二つに結っているのに対し、ティナは髪の一部だけを左右で結っているので見分ける事は可能だ。
これで髪型も同じであれば、完全に同一人物にしか見えないだろう。
「お主たち、初めての魔物討伐の割には平気そうじゃな。」
「いや~、結構緊張しているでございますよ?」
「私も同じくでございます。これは単なる虚勢でございます。」
(とてもそうでは見えないのだが……まあ、そういう事にしておこうかのう。)
「ミトスさんは平然としておりますね。」
「一切動じていないように見えるのでございます。」
「まぁ、慣れておるからな。何かあれば妾がサポートするから、お主らはいつも通りやると良い。」
「おお、力強いお言葉でございます。」
「流石は“賢者”と同じ名前を持つだけあります。」
「……お主のような反応をされたのは初めてじゃ。」
ポルックス姉妹の反応にミトスは少し驚いた。
王立エスカドル学院に入学してから少し時間が経過したが、「ミトス」という名前に反応を示した生徒は目の前の双子姉妹が初めてだったりする。
一々、考えておいた言い訳をする必要がない事に感謝もしたが、特に反応が無い事に少し寂しさも覚えた。
「仕方ないのでありますよ。学院の中では、“賢者”という人物は知っておりますが」
「ミトスという名前を知らぬ者は多いのでございます。」
「「まったく、何とも嘆かわしい事です。」」
「そうじゃったのか……そうなら、何故お主たちは賢者の名前も知っておるのじゃ?」
ミトスの質問にポルックス姉妹は顔を見合わせると、微笑みながら語った。
「我らポルックス姉妹は、賢者様に返しきれない恩があるのでございます。」
「我らポルックス姉妹の生まれは“鉱山街ランファード”。かつて、闇の勢力によって支配されていた町でございます。」
「————!!」
ティナの口から出た町の名前にミトスは驚いた。
【鉱山街ランファード】
魔力を宿した鉱石——“魔石”を採掘できる事から栄えた鉱山の町で、採られた“魔石”は王国全体に輸送され、国民の生活を支える礎となっていた。
しかし、魔石は王国だけではなく、敵側も欲するモノ。故に、【鉱山街ランファード】は“闇の勢力”に占領され、町民は奴隷として過酷な労働を課せられていた。
そんな街を解放したのは、他でもないラグナ率いる勇者パーティーである。
街を支配する敵を一か所に集めてからの総攻撃によって、一夜にして街は解放され、残党も丁寧に排除された。その作戦を考案したのが【賢者ミトス】であり、【賢者】という称号を世に広めたきっかけでもある。
「あの日の事は今でも鮮明に覚えているでございます。」
「日の光も当たらない鉱山の中に閉じ込められた私たち。」
「「そんな私たちを外の世界へと連れだしてくれたお方、それこそ賢者ミトス様なのでございます。」」
「ほ、ほう……(お、思い出したのじゃぁぁぁぁぁ!!!!)」
今しがた、ミトスは目の前の双子の事を思い出した。
【ランファード】の街を占領していた敵勢力を撃滅し、手分けして残党を掃討していた時。
坑道の奥で捕らえられていた双子の子供を保護した事があった。幸いにも両親が健在だったため、すぐに親元に返された。そのため、接した時間は短かく、人物像が一致するのに時間が掛かったのだ。
当時、奴隷として劣悪な環境に置かれていたため、髪は整えられる事なく、四肢もやせ細っていた。さらには、ハイライトが消えた生気の無い瞳だったので、目の前の元気一杯双子姉妹と結びつけるのは難しい。
(まさか、あの時に助けた少女と再会する事になるとは……世の中狭いもんじゃのう。元気そうでよかったのじゃ。)
「「ミトスさん? どうかしたでございますか?」」
「いや、何でもないのじゃ!! それより、お主たちの武器はなんじゃ? 賢者ミトスに思い入れがあるのなら、魔法主体かのう?」
「いえ、残念ながら……」
「私たち姉妹には、そこまで豊潤な魔力が無いのでございます。せいぜい、第7階位魔法を数回使える程でございます。」
(今の儂から見れば十分すぎる魔力量じゃがな!!)
ちなみに、一般的に魔法主体で戦うためには最上位魔法——つまり、第9階位魔法を十数回使える事が推奨されている。これはソロで最上位の魔物を討伐する事を想定した場合の指標であり、パーティーを組んだり、特殊な装飾品を身に着ければその限りではない。
【賢者ミトス】の場合は第9階位魔法より上、俗に終極魔法と呼ばれる魔法を10回程度使えるぐらいの魔力量であり、へカティアは終極魔法をバカスカ撃っても魔力が尽きないくらいに豊潤な魔力を持っている。
それはさておき、魔力量の関係で【賢者ミトス】と同じ完全魔法主体のスタイルを諦めた双子姉妹が選んだ武器は……
「「私たちの武器は……コレです!!」」
そう言って、双子姉妹が取り出したのは1対の円刃——チャクラムだ。
きちんと持ち手が付けられて、従来通り投擲する事も、投擲せずに戦う事もできるようにしたタイプ。扱い方が難しく、あまり見かける事がない武器だ。
実際、チャクラムを扱う冒険者にミトスは遭遇した事がない。
「ふむ……チャクラムとはまた珍しい武器を選んだのう。」
「「これが一番扱い慣れているのでございます」」
(どういう理由なのか……聞かない方が良いじゃろうな。)
「ミトスさんの武器は何でございましょうか?」
「妾の武器は……この剣じゃ。魔法は得意ではないから、妾は前衛担当じゃな。」
腰に差した刀をポンポンと叩きながらミトスは答える。
「前衛ですか……となると、私たちのどちらかは後衛に回った方がよさそうでございますね。」
「私たちは前衛、後衛を状況に合わせて変えられるように魔法使いとしての修練も積んでいるのでございます。」
「それは助かるのう。—————っと、話しているうちに着いたようじゃな。」
ミトスたちの前にそびえるのは、王都から一番近い森。
名前も無い森には魔物が住み着き、独自の生態系を築き上げている。
(さぁ、覚えたての霊術、どれほど活かせるかのう……!!)
ミトスは心の中で笑みを浮かべるのだった。
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