第17話 特別訓練・霊術



【霊術】の特訓場所として、やって来たのは王都内にある自然区画。

王都を取り囲む壁の外に一歩出れば、豊かな自然が広がっているが、魔物たちが跋扈しているため、安全とは言い切れない。そのために、王都内部に設けられたのが自然区画である。


この自然区画。

一般人が立ち入る事ができるエリアと契約者しか立ち入る事が出来ない禁則エリアに分かれている。ミトスとセイランが訪れたのは、その自然区画の禁則エリアだ。


『この場所は契約者と招待者しか入れんエリアじゃ。秘密の練習をするには最適な場所じゃろう。』


『へぇ、こんな場所があるんだね。確かに、此処なら思う存分、練習できそうだ。』


『そうじゃろう、そうじゃろう♪ 一時期は魔法の練習所として使っておったのを思い出してのう。』


2人が居るエリアは不自然に樹々が切り倒され、あちこちに的が設置されている。

かなり年季が入っている事から、使われなくなってからそれなりの年数が経っているのが分かる。


(此処に来るのは久しぶりじゃな。)


ミトスは数年ぶりに訪れる場所を懐かしむ。

この場所はまだラグナやへカティア、セリアスが小さかった頃に魔法の練習を行っていた場所である。彼らがある程度大きくなってからは使う事はなく、最後に訪れた時のまま、この一帯だけ時間が止まっているようだ。


(あの頃の3人は儂の事お心の底から慕っておったのに……いや、考えないでおこう)


『じゃあ、初歩的な霊術から覚えていこうか。』


そう言って、セイランは刀を引き抜くと、霊素を集束させる。

そして、集められた霊素をエネルギー源として刀身全体を紅蓮の炎が包み込む。

離れていても汗を掻くような熱が伝わってくるが、その刀は変形する事もなく形を保っている。


『霊術の基礎、付与術式さ。霊術の触媒に炎や雷、氷を纏わせる事ができるよ。』


『ほう……見せかけ、ではないようじゃな。』


『もちろん。その証拠に——————』


そう言って、セイランは刀を振るう。

すると、刀身に纏っていた炎が放たれ、放置されていた的に命中。そのまま木製の的を焼き尽くしてしまった。セイランの出した炎が見せかけで無い証拠だ。


『触れば、こんな風になるよ。制御を誤ると、自分にも被害が出るから気を付けてね。』


『危ないのう!?』


『だから、霊素の操作練習をミッチリやっておくんだよ。上位の霊術になると、さらに緻密な操作を要求されるからね。』


『ほう!! それは気になるのう……どんな術なのじゃ?』


『それは内緒。ミトスちゃん、教えたら段階をすっ飛ばして行きそうだからね。』


『うっ……』


『さぁ、霊素を集めて。集めた霊素を燃え盛る紅蓮の炎に変換するイメージで』


(霊素を集めて、霊素を炎に変えるイメージ……)


セイランに言われた通り、刀に霊素を集める。

意識を集中して、刀に集まった霊素が紅蓮の炎へと変わるイメージを思い浮かべる。

口で言うには簡単に聞こえるが、これが意外と難しかった。


(霊素を集めながら、イメージするのが予想以上に難しい)


霊素を集束させるだけで手一杯な状態なので、どちらかに意識が偏ってしまうのだ。

元々王国式の魔法を使っていたおかげか、正しくイメージはできているらしい。

火花のように時折、炎が点いたり消えたりしているのがその証拠だ。


何とか、どちらかに意識が集中しないようにしようとするが、上手くいかずに時間だけが過ぎ去っていく。


『はぁ、はぁ……中々難しいのじゃ』


『うーん……この術は霊素の操作ができれば簡単に使える筈なんだけど……』


『そうなのか? 霊素を集めて、炎に変換する、この2つの工程を同時にやるなど不可能じゃろ。』


『……んん?』


ミトスのセリフにセイランは違和感を覚えた。


『ミトスちゃん、どんな光景を想像して術を使おうとしてた?』


『お主に言われた通り、霊素を集めて、集めた霊素を炎に変えるイメージじゃが……』


『ああ、なるほど。分けて考えたのか。これは僕の説明が不味かったね。』


『……??』


『じゃあ、その刀全体が炎を纏って、常に霊素が供給されている様子を想像してくれるかな?』


『それは構わんが……』


ミトスはセイランが言われた通りにイメージする。

霊素の集束と変換という“工程”を省き、炎を纏った刀剣という“結果”のみを想像すると、あれだけ苦戦していた刀への付与霊術があっさりと成功。


セイランに比べると、炎の勢いは弱く、温度も低いオレンジ色だが、確かにミトスの刀は霊素から生み出された炎を纏っていた。


『おおっ!! できたぞ、セイラン!!』


『はい。じゃあ、次はその刀を振るうと同時に纏った炎を撃ちだす様子を想像して。』


『うむ!!』


初めての霊術に成功したミトスは大興奮。

興奮が冷めないうちにセイランに言われた通りの光景を頭の中に思い浮かべつつ、真っすぐ刀を振り下ろす。


すると、刀身に纏っていた炎が穂先に集束し、撃ち出された。

セイランの【霊術】の場合は三日月状に撃ち出されたのに対し、ミトスの【霊術】はドラゴンのブレスのような球体で撃ち出されたという違いはあるが、確かに術は行使できている。


ここで、ミトスの中にちょっとした疑問が出てきた。


「この火球は果たして、どれくらいの威力があるのだろうか?」と。



思い立ったら即行動。

ミトスは再び刀身に炎を纏わせると、先ほどと同じように撃ちだす。

標的として定めたのはそこそこ太い樹木。王国式の魔法で倒そうと思うと、下位魔法の上位に位置する第3階位魔法を使わないと無理なレベルであるが……


「おっ、おおっ!!」


ミトスは瞳を輝かせた。

放たれた火球は標的にした樹を見事命中し、その幹をへし折った。

これで、少なくとも上位の下位魔法に匹敵する威力がある事が証明された。しかも、これが【霊術】の中では基礎的な術になるのだから、スキルアップすれば、かつての栄光を取り戻せるかもしれない。そんな思いが生まれたのだ。


「ふふふっ、これなら……これならば!!」


『あ~、ミトスちゃん?興奮している所、悪いけど……』


『むっ、なんじゃ一体』


『あれ、放置しておくとこの辺り一帯火事になるよ?』


「あれ?……ほぎゃぁぁぁ!?!?」


己の巻き起こした惨状にミトスは思わず奇妙な叫び声を挙げた。

調子に乗って【霊術】でへし折った樹の裂け目が燃え、その炎が徐々に拡大している。

実を言うと、ミトスが標的にした樹は枯れ木で中に水分がまったくない状態だったのだ。そのため、よく燃えているのだ。


「ど、どうすれば……」


『ちょっと待ってて。』


慌てるミトスを尻目に、セイランは落ち着いた様子で何やら紙を取り出す。

それらをばら撒くと、その長方形の紙は燃え続ける樹の周囲に浮かび上がり、次の瞬間には水の球体が生み出されて着火地点を包み込む。


ジュッ、と生み出された水が蒸発するが、それ以上に生成された水の量の方が多く、火事へと発展する前に炎は無事、消火された。


『た、助かったのじゃ、セイラン。』


『こういう事になりかねないから、気を付けようね。』


『ううっ、面目ないのじゃ……』


『僕が居ない所で練習したい時は、危険性が少ない水とか氷で練習すること。』


『分かったのじゃ……それにしても、何故急に使えるようになったんじゃ?』


『イメージの仕方がダメだったんだよ。この国の魔法は、火の魔法を使う場合、どういう工程を踏んでいるの?』


『先に術式を思い描いて、そこに魔力を通す形じゃな。』


『その術式、細かく区切って使ってないかな?』


『鋭いのう、その通りじゃ。』


王国式魔法は単純な魔法の組み合わせによって成り立っている。

例えば、初歩的な魔法である“フレイムショット”でも「魔力の炎に変換する」魔法と「炎を撃ちだす」魔法の二つを組み合わせて完成している。この組み合わせる魔法の数が多ければ多いほど難易度が上がり、消費する魔力量も増加する仕組みなのだ。

ちなみに、組み合わせる魔法の数によって階位が変わり、“フレイムショット”の場合は第1階位魔法に該当する。さらに第1階位魔法~第3階位魔法が下位魔法に分類され、第4階位魔法~第6階位魔法まで中位魔法に分類される。


ミトスの説明を聞いて、セイランは「やっぱりか。」と呟いた。


『霊術の場合は、“結果”を思い描くんだ。だから、“工程”の方を思い描いていたミトスちゃんの霊術が上手くいかなかったんだよ。』


『ふむ……工程を重視する王国式魔法と結果を重視する霊術という訳か。そんな所にも違いがあるのじゃな。』


『みたいだね。そりゃ、国も違うんだから考え方も違うか。』


『じゃな。』


『それじゃあ、今度は一人でも練習できるように水の霊術を使ってみようか。さっきの霊術の水版だよ。』


『うむ!!』


セイランの指示に従って、ミトスは水の【霊術】の鍛錬に取り組む。

だが、その前に一つ確認しておきたい事があった。


『セイラン、先ほどの水の霊術は何なんじゃ?何か、紙のようなモノをばら撒いておったが……』


『あれも霊術の1種だよ。“霊符”っていう特別な紙を使うから、霊符術って呼ばれる事もあるけど、基本的には同じだよ。』


『複数の触媒を持つ事もあるのか?』


『むしろ、それが当たり前だね。霊術は触媒が無いと何もできないから。組み合わせは色々あるけど、大体の霊術師が2つ以上の触媒を持ってるよ。』


『ふむ…‥そうなると、妾もこの刀以外の触媒が必要になるのう。』


『まあ、まずは霊術を一人前に使えるようになってからだね。』


『そうじゃな。これからもよろしく頼むぞ、セイラン。』


『もちろん。』


そして、ミトスは陽が暮れるまでセイランの指導を受けるのだった。




・・・




・・・・・・




・・・・・・・・・




・・・・・・・・・・・・




その日の夜。

陽が傾いて、空が茜色に染まった頃になってミトスは鍛錬を切り上げた。

セイランは途中で離脱したが、彼女はそのまま【霊術】の基礎をミッチリ練習して、気が付けば夜になっていたのだ。


閉門時間には間に合ったため、咎められる事はなかったのが幸いだろう。


「戻ったのじゃ~」


「おかえり。」「おかえりなさい。」


「おや、フェルノールではないか。何か、用事か?」


「いえ、カティアに手伝ってもらったので、そのお礼にデザートを持ってきた所だったんです。」


「フェルはお菓子作りが得意だからな。報酬としてよく貰うんだ。」


「そうじゃったか。」


「それで、ミトスさん。この時間まで外出していたという事はまさか、例の人物を見つけたのですか?」


期待を込めた眼差しをミトスに向けるフェルノール。

昨日、目的の人物——セイランと接触した事、異国の魔法【霊術】を教授してもらえる事になった事は2人には教えていない。ある程度、使えるようになってからビックリさせようと思ったのだ。


そして、その成果を見せるためにミトスは霊波通話を放つ。


『フェルノールよ、聞こえるか?』


「……?ミトスさん、どうかしましたか?」


「……ん?フェルノール、何も聞こえなかったか?」


「いいえ。何も聞こえませんでしたが……」


きょとんとした表情を浮かべるフェルノール。

もう一回、霊波通話を送ってみるが、ミトスの声が彼女に聞こえた気配はない。

そもそも霊波そのものを感じている様子がない。


(————ということは、フェルノールには霊術の才がないのか)


【霊術】は霊素の揺らぎによって生まれる霊波を感じ取る才能が必要になる。

その才能が無いという事はフェルノールは【霊術】を使う事ができない。


(どうするべきか……)


魔法に代わる力を待望していたのはミトスも良く知っている。

故に、この事実を伝えるべきか迷った。


「ミトスさん?様子がおかしいですが、何かあったのですか?」


「あ、あ~……実は、例の大道芸人を見つける事ができなくてな。」


悩んだ末、ミトスが出した結論は隠ぺいする事。

何か、【霊術】に代わるモノ、もしくは才能が無くても【霊術】を使う方法が見つかるまで、フェルノールとカティアに黙っている事にしたのだ。


「ああ、それでちょっと凹んでいた訳か。」


「なるほど。ですが、こんな閉門ギリギリまで探すのは感心しませんよ?」


「すまぬな、以後気を付けるようにしよう。(本当にスマン!!)」


2人に隠し事をする事に罪悪感を覚えたミトスは心の中で謝罪するのだった。


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