第19話 討伐演習・中


「さて、改めて説明するぞ。」


此度の討伐演習が行われる会場となる森をバックに中年の教員が大声で叫ぶ。


「時間は日没まで。仕留めた魔物の数、危険度によって今日の成績が決まる。この森に棲んでいる魔物は私と含めた有志の人によって選別した。とは言え、完全とは言い切れない。」


その言葉の意味を理解した生徒たちはゴクッと固唾を呑む。

これから生徒たちが討伐演習として立ち入る事になる森。そこには生徒たちの実力では手に負えないレベルの魔物が存在しており、決して安全とは限らない。

もちろん、教員や神殿騎士のおかげで危険度は普段よりもぐッと下がっているが……


「班に一つ、万が一に備えて信号弾を渡す。命の危機に差し掛かった時は、それを使って教員に助けを求める事。それと、今回の討伐演習にあたり、禁止事項がある。」


教員の口から出た禁則事項は以下の通りである。

1つ、余所の班の戦闘には介入しない事。

(なお、要請があった場合、命の危機がある場合にはその限りではない。)


1つ、戦果の横取り、独占の禁止。


1つ、パーティーメンバーの変更。


1つ、森の環境を無暗に破壊する事。


「これで言っておくことは……以上だな。信号弾を受け取った班から森の中に入ると良い。では、諸君の検討を祈る!!」


そこで教員の説明は終了となり、此処からは班ごとの自由行動。

どのタイミングで森の中に入るかはそれぞれに任される事となった。

もちろん、森の入らずに日没を待つという手も存在するが、その場合は凄惨たる成績が付けられる事になるだろう。


「さて、お主たち。いよいよじゃが、大丈夫か?」


「「だ、だ、だ、大丈夫でございますよ!!」」


「大丈夫じゃないようじゃな。まあ、それが普通の反応じゃ。」


多くの生徒は魔物と戦った経験もなく、授業の一環で演習を重ねただけ。

そんな状態でいきなり魔物が跋扈する森の中に入れと言われて緊張しない者など居ない。居るとすれば、己の実力に絶対的な自信がある者か戦闘狂ぐらいだろう。


ポルックス姉妹の反応は正しい。

そんなガチガチに緊張している2人に対し、ミトスは聖母のような微笑みを浮かべると、2人の手を取って歩き出す。


「信号弾、いただけるかのう?」


「はい、使い方は分かる?」


「無論じゃ。」


「それじゃあ、気を付けて。無茶をするんじゃないよ。」


「うむ!!」


信号弾を受け取ったミトスはポルックス姉妹の手を引いて、森の中に入っていく。

森の中は手つかずのまま整備される事もなく、放置されているので、植物は思うがままに成長してとても鬱蒼としている。太陽の光もかなり少ないので、真昼間だと言うのに薄暗い。


「う、薄暗いでございます……」


「な、何か魔物以外も出てきそうでございます……」


「出てきてもおかしくないのじゃ。この場所は駆け出しの冒険者が命を落とす事もある。

もしかしたら、その怨念が————」


「「ひ、ひぃぃぃぃ!!!!」」


「冗談じゃ♪」


この森で駆け出しの冒険者が魔物に殺された、という事例はない。

王都に近い事もあって、この森には神殿の騎士や王国の近衛兵が頻繁に立ち入り、危険度の高い魔物は軒並み討伐されている。確かに、学生や駆け出しの冒険者では手に負えない魔物も生息はするが、ごく少数で喧嘩を売らない限り襲ってこない大人しい個体ばかりだ。

教員が語ったのは生徒が油断させないようにするための単なる脅し文句であり、この森で魔物に襲われて命を落とす確率は限りなく低い。


最も自分から喧嘩を吹っかけて相手を怒らせない限りの話ではあるが。

それを聞かされたポルックス姉妹は胸を撫でおろした。


「さて、安心した所で奥へ進むぞ。目指せ、高成績じゃ!!」


「「おぉう!!」」


———と完全に普段の調子を取り戻した姉妹を連れて、ミトスは森の奥へ進む。



一番幼く見えるミトスを先頭に薄暗い森を進む即席パーティー。

軽快な足取りを進む彼女たちだったが、リーダー的ポジションに収まったミトスが突然その足取りを止めた。


「どうしたのでございますか?」


「お主ら、あれを見よ。」


そう言って、ミトスは一本の大木を指さす。

他の木々よりも幹が一回りも二回りも大きな大木だが、その枝には一切葉っぱが無い事を除けば何の変哲もない普通の大木だ。


「あっ、ミトスさんまた私たちを驚かせようとしておりますね?」


「残念ですが、もうその手には引っかからないのでございます。」


「ふむ……まあ、素人なら仕方ないのじゃ。」


そう言って、ミトスは土を丸く固めると、大木に向かって投げつけた。

当然の如く、太い幹に泥玉が当たって終わり。と思われたが、ズズズッと地震でもないのに大木が急に揺れ始めた。


刹那、幹に目と鼻、更に大きな口が出来上がり、根っこが巨体を持ち上げる。

一番下に生えていた樹の枝が自由に動く手となり、木の根は地上を闊歩するための脚になった所で変身は完了。大木に化けていたソレはニコッと笑うと、そのまま何をする事もなく、木々の中へと姿を消していった。


「「……はっ?」」


姉妹は目を見開いたまま、素っ頓狂な声をあげた。

そして、思考停止に陥った頭が再稼働して、ようやく現実を認識した彼女たちは……パニックに陥った。


「な、何でございますかあれは!?」


「き、樹が動き出したと思ったら、こちらに向かってニコッと……」


「落ち着け、お主ら。アヤツは“トレント”という魔物じゃ。」



トレント。

別名、“森の守護者”とも称させる樹の魔物である。

広い森に必ず1体は生息していると言われており、魔物に分類されるものの性格は極めて温厚。いたずらに森を破壊するような事がなければ、襲ってくる事はない。

ヒトが立ち入ると樹に化けて様子を伺い、無害な者であれば驚かせてくるというお茶目な一面を持つ。その反面、森を破壊したりする者に対しては苛烈な攻撃でお仕置きしてくる。

なお、温厚なトレントだが、一度怒らせると一流の冒険者でも手を焼く程の力を発揮するので、駆け出し冒険者や生徒では絶対に歯が立たない。


「———という事じゃ。魔物の中には、あのように巧妙に姿を隠すモノも居る。今回のトレントで良かったが、獰猛な魔物なら今頃あの世行きじゃな。」


「よ、よく気づけたでございますね。」


「本当に……全く気が付かなかったのでございます。どうやったのですか?」


「魔物は魔力を持っておるからのう。それで見分けるのじゃ。普通の植物からはあまり魔力を感じないが、魔物からははっきりと魔力を感じ取れるからのう。」


「「へぇ~」」


「さて、このまま森の奥に—————いや、どうやら客人のようじゃな。」


森の奥から聞こえてくる微かな音をミトスの狐耳は聞き取った。

腰に佩いていた鞘から刀を抜き放ち、いつでも霊術が使えるように霊素を集束させる。

それに釣られるようにポルックス姉妹もチャクラムを構え、臨戦態勢に入る。


そして、3人が臨戦態勢に入ると同時にミトスの言う客人がその姿を現した。

昆虫のカマキリを何倍にも大きくしたような生物。最大の鎌は2本の鎌は4本に増え、まるで刃物のようにギラギラと光っている。


ハーケン・マンティス。

強そうな外見だが、その巨体のせいか身のこなしは鈍重なため、危険度は低い。

また、徒党を組む事はなく単独で向かってくるので、落ち着いて対処すれば、生徒でも十分に相手をする事ができるモンスターである。


「ハーケン・マンティス……初心者向けの魔物じゃな。ちょうど良い相手じゃ!!」


ゴウッ!!とミトスの刀が紅蓮の炎を纏う。

そして、軽快に地面を蹴って、ミトスはモンスターへと向かっていく。

ビーストの身体能力で肉薄した彼女に敵の反応は追い付いていなかった。得物である鎌を振り上げた時にはすでに刀を真横に振り抜いていた。


「ふっ!!」


そして、返す刃でもう一閃。

十字に切り裂かれた傷口から燃え移った焔が敵の身体を焼いていく。

生きたままに身体を焼かれる痛みにカマキリ型モンスターは「ギギギィ!!」と断末魔の悲鳴を上げて、そのまま息絶えた。


「ふむ……ハーケン・マンティスなら、この程度で十分のようじゃな。」


刀身に纏わりついた炎を振り払い、鞘へ戻す。


「「……」」


「ん? どうかしたのか?」


「いえ、ミトスさん同じ年というのにお強いなぁと思っていたのございます。」


「同感です。まるで、凄腕の冒険者のようでございます!!」


「ふふん♪ この森の魔物如き、妾の敵ではないのじゃ。」


姉妹からの純粋な賞賛にミトスは得意げに胸を張る。

実際には、かつてよりかなり弱体化しているので、いくら【霊術】が多少使えるようになったと言っても油断はできないのだが……。


「しかし、妾ばかり相手をしては意味が無いのう。次の相手はお主たちで相手してみよ。ちょうど、近づいてきておる。」


「「ええええ!?」」


ミトスの耳は次なる標的を捉えていた。

先ほどのハーケン・マンティスの断末魔に惹かれてきたのか、真っすぐ3人の方へ向かってきている。戸惑う姉妹を置いて、樹の枝に飛び移った彼女はすでに傍観する気満々だ。


「「ちょ、ミトスさん!?」」


「大丈夫じゃ。危なくなったら、ちゃんと援護する。」


「で、でも、急に……」「そ、そうでございます!!」


「お主らは賢者ミトスに憧れておるのじゃろ? 賢者ミトスは怖いからと逃げ出すような腰抜けだったか?」


「「—————っ!!」」


(まあ、儂も逃げ出したくなるような場面は何回もあったのじゃが……)


2人が尊敬する人物の名前を出して分かりやすく発破を掛ける。

【賢者】の名前を出した途端、2人は目の色が変わり、両手のチャクラムをより一層強く握りしめ、前を見据える。


森の奥から現れたのは、2足歩行のトカゲ。

全身を鮮やかな青色で染め上げ、発達した2本の後ろ脚で不安定な地面を蹴り、真っすぐ2人の方へ向かってくるトカゲ型モンスターの名前は、サラノスという魔物だ。

森の中に小規模な群れを作って暮らし、主に昆虫や昆虫型の魔物を食らう。

積極的に人里を襲う事はないが、ヒトを食べないという訳ではない。テリトリーに入って来た者には容赦なく襲ってくる。


(サラノス……儂が倒したマンティスの鳴き声に釣られたか。2対1なら戦いやすい相手じゃが、どうなるかのう。)


宣言した通り、何時でも助けに入れるように刀に霊素を集めながら、2人の行く末を見つめるのだった。


「ティナ!! 私が前に出ます。貴女は援護をお願いするでございます!!」


「承りました!!」


ツインテールの少女、ティルがサラノスへ向かっていく。

その背後ではティナは魔法の準備に取り掛かる。


「せいっ!! やっ!!」


両手に持ったチャクラムを振るうティル。

身体全体を独楽のように回転させた状態で放つ斬撃はサラノスの身体を掠める。

お返しと言わんばかりに小さな前脚で引っ搔いてくるが、彼女はそれをチャクラムで受け止める。


「ティル!! 離れるでございます!! ライトニング・ボルテックス!!」


サラノスから離れると同時に、青白い雷が降り注ぐ。

ティナの魔法はサラノスに直撃する……が、相手は倒れる事なく健在だった。

だが、ダメージはあったらしく、動きは鈍くなっている。


「アブソリュート・オーバーエッジ!!」


ティルのチャクラムが冷気を帯び、氷の刃を作り上げていく。

氷結の刃によって一回りも二回りも大きくなったチャクラムをティルは軽々しく振るう。


「はぁぁぁ!!」


ジャンプした状態からの落下速度を乗せて一対のチャクラムを叩きつける。

サラノスは浅くない傷を負い、呻き声を上げるが、まだ生きていた。そこに追い撃ちを掛けるようにティナの魔法の準備が完了していた。


「”雷は槍となり、かの敵を穿つ”———ボルテックス・ランス ケージングシフト!!」


サラノスの周囲に浮かぶのは、雷を固定化して作られた槍。

ティルが離れると同時に待機していた槍が一斉に発射され、突き刺さる

幾つもの槍に突き刺された事でサラノスはその生命活動を停止し、力なく倒れる。


「や、やったので、ございますか……?」


「立ち上がる気配は、ございませんが……」


「大丈夫じゃ。完全に絶命しておる。初めての討伐、お疲れ様じゃ。」


「「よ、良かったぁ~」」


(ふむ……手助けするつもりじゃったが、必要なかったな。それに、まさか雷属性第5階位魔法も使えるとは思わなかったのじゃ。)


先ほど、ティナが放った魔法、【ボルテックス・ランス ゲージングシフト】は雷属性の第5階位魔法に属する魔法。学生が使えるようなレベルの魔法ではない。

さらに言うと、その魔法は【賢者ミトス】が愛用していた魔法であり、彼の代名詞として知られている魔法でもある。


(こうやって、憧れられているのはむず痒いが……悪い気はせんのう。)


「これでノルマ達成でございますね。引き返しましょう。」


「賛成でございます。」


「そうしたい所じゃが……そう簡単にはいかないようじゃ。」


「「えっ!?」」


「さっき討伐したサラノスは斥候じゃったようじゃな。ドタドタと足音が近づいてきておる。」


「「そ、そんなぁぁ……」」


「妾が前に立とう。お主らは援護して貰っても良いか?」


「に、逃げるという選択肢は……」


「無くはないが、逃げる途中で他のグループに遭遇してしまう可能性がある。つまり、”モンスタートレイン”じゃな。」


モンスターの群れを他のパーティーに押し付ける行為を「モンスタートレイン」と呼ぶ。

エスペランザ王国では法律で禁止されており、悪質な場合は終身刑になる事もある。

学生の身分なので厳しい罰になる事はそう無いが、後ろ指を刺されるのは間違いない。


「そういう訳であまり逃げ出す事はオススメしないのじゃが、どうする?」


「そんな事言われると……」


「逃げ出す訳にはいかないのでございます!!」


そう言って、立ち上がるポルックス姉妹。

ミトスは満足そうな笑みを浮かべて、抜刀する。


「では、行くぞ!!」


威勢の良い掛け声と共にミトスはサラノスの群れに突撃していくのだった。


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