08話.[やめておきなよ]

 とりあえずあの日は逃げ切ることができた。

 そして八月十日、お祭りに行くために星奈の家を目指して歩いていた。

 何故星奈の家なのかというと星奈が寝坊してしまったからだ。


「ごめんっ、昼寝をしたら寝過ぎちゃってっ」

「大丈夫だよ、弥生もちゃんといるしね」

「お、浴衣かあ、可愛いね」

「へへへ、ありがとー」


 よし、とりあえず露骨に空気に出すようなことはしなくてよかった。

 ふたりが喋りながら歩いているところを見つつ歩いて。

 会場に着いたらまだまだ時間が早いのに子どもが既にたくさんいて驚いた。


「今度さ、夏祭りに合わせて他県に行かない?」

「お、それはいいねっ」

「でしょっ? 考えていたんだけどそれが実現できたら最高だなって思って」


 仮に行くのだとしても数カ月後、いや、一年後ぐらいが現実的かな。

 お金を貯めるのにはなかなか時間がかかるし、夏限定で行くというのなら完全に待たなければならない。

 当たり前だけど一年に夏が何度もくるわけではないからね。


「誰かさんがまたマイナス発言をしなければいいんだけどね」

「桜なら大丈夫だよ」

「お、すごい信用してるじゃん」

「もう二度とあんなことは言わないよ、だって私達が側にいるんだから」


 それはまたすごい考えだな。

 ふたりが側にいようと漏らしたことがあるんだから変わらないと思うけど。

 それにいまでもふたりが仲良くしてくれればいいと思っているのは変わらない。


「なんか弥生って大人になった感じがする」

「体とか容姿とかは成長していなくても中身は成長していますから」

「おおっ、いいね、弥生が元気じゃないと調子が狂うし」


 そういえば今日は別に怖いわけではないのだろうか?

 去年の冬なんかはすぐに暗くなってしまってその暗さに負けていたわけだけども。


「星奈、私は桜を独り占めしたい」

「お……おお、まさかここで言われるとは」

「ごめん、だけど桜が大好きだから」


 ……いや、彼女は昔から積極的だった。

 ぼけっと過ごしていた私に話しかけてくれたのが彼女だった。

 そのおかげで星奈という魅力的な女の子とも出会えた。

 この前も似たようなことを考えたけどそういう点でも感謝しかない


「とりあえずいまは楽しもっ?」

「うん、そうだね」

「桜もっ、ほらっ」

「うん、行くよ」


 正直に言うと星奈の顔を見ていられなかった。

 割とすぐに暗くなってくれたから助かったけどその胸の内では……。

 ……でも、本人が諦めているんじゃどうしようもない。

 私はアピールしてきてくれた方の要求を受け入れるだけだ。


「桜、焼きそば――そんな顔をしないでよ」

「……弥生に自由に言わせただけでいいの?」

「いいよっ、桜が楽しそうにしてくれていればそれでいい」


 彼女はこちらの手を掴んで「それに友達ではいてもらうしね」と。

 それから焼きそばを渡してくれたからありがとうと言っておいた。

 もちろんお金も渡そ、


「いいよ、いつものお礼」


 うとしたら拒まれてしまったから後で強制的に押し付けようと思う。

 親しい仲でも、いや、親しい仲だからこそそういうところは気をつけなければならない。


「うわっ、弥生買いすぎでしょっ」

「ふぉう?」

「うん、買いすぎ」


 すごいな、迷いなく使用できることも、実際に食べられてしまうことも。

 私は買ってもらった焼きそばを側でちびちびと食べていた。


「ん……星奈はそれだけで足りるの?」

「ちょいちょい、まだ始まったばかりですよ? ゆっくり見て回って気になったものを買えばいいんですよ」

「うぐっ、なんか突き刺さるよ……」

「はははっ、いいんだよ、人それぞれの楽しみ方があるんだから」


 星奈は大人だ、私だったら間違いなく雰囲気に出して失敗しているところだ。

 考えちゃいけないことだけど勝手に可哀相って考えてしまっている自分がいた。

 別に好きだとか言ってきたわけじゃないのに……願望だよね。

 こういうとき片方との関係が短ければいいけどふたりとは同じぐらいの長さだからな。


「でーも、ひとりで行かないでよ」

「あはは……いい匂いを嗅いでいたら落ち着かなくて」

「ま、そういうところも可愛くていいけどさ」


 なんで魅力もなにもない私なんだろう。

 なにかしてもらうだけしてもらってなにも返せない私なんだろうか。

 面白いことも言えないし、なにかが優れているわけでもない。

 こんなこと言いたくはないけど弥生は、もしかしたら星奈も変人なのかもしれない。


「桜はお姉ちゃんに譲るよ」

「……星奈も好きなの?」

「そりゃ……好きに決まっているでしょ」


 いや本当に思わせぶりな行為とか発言とかもしていないのになんでだ?

 いやまあ仮にしていたとしても同性を好きになる子は少ないから意味のない話だけど……。

 私には理解が追いつかなかった。

 星奈が弥生を好きで、私も弥生を好きになってしまった、なら分かんだけどさ……。


「でも、争いたくないんだ、ふたりだけでが無理なら三人で仲良くしていきたい。その際、桜が弥生と付き合っていたって私はおめでとうって言うことができるよ」

「……そんなことを言われちゃったら自分勝手に桜と仲良くなろうとしている私が駄目な存在みたいになっちゃうじゃん」

「そんなこと言ってない。結局、私には勇気がないだけなんだよ」


 どこか自嘲気味な笑みだった。

 見ていたくなかったから焼きそばを食べようとしたらもうなくて……。

 だからとにかく違うところを見ることに専念したのだった。




「桜、このままでいいのかな?」


 家にやって来るなりすぐにそうやって言ってきた。

 つまり私のことを好きなままで、そのまま接することに不安を感じているわけか。

 でも、私としてはどうしようもない。

 アピールしてこないのであれば選びようがないのだ。

 堂々とくるということなら私はそのまま弥生の要求を受け入れることになる。


「自信を持ってくれないと困るよ、そんな状態で告白されても困るからね」

「……そうだよね」

「あれだけ堂々とぶつかったんだよ? だったらそのままでいてよ」


 この先も考えて考えて考えて、それでも変わらないようならもうやめた方がいい。

 間違いなく星奈のことを気にしているんだから星奈と仲良くした方がいい。

 星奈がどうなるのかは分からないけど私ならそういうものだと片付けられる。


「私のことが好きならそのままでいいし、私のことが本当は好きじゃないということなら私とじゃなく星奈と一緒にいた方がいいよ」


 それしか言えない。

 相手が一生懸命になってくれないとこちらも一生懸命になれないのだ。

 ただ、私の卑怯な点はずっと待っていようとしていることだ。

 自分に積極的に動く勇気がないから相手がアクションを起こしてくれるのを待っている。


「……星奈とは普通にいたいよ? だけど桜を譲りたくないっ」

「それならいつも通りに堂々としていてよ、そんなのじゃこっちが不安になっちゃうから」

「分かった、ちゃんと守るよっ」


 ちょっと安心できたから床に寝転んだ。

 こういうときはベッドよりも床の方がいいのだ。

 もしかしたらあのときの光景を同じようにすることで見えると思っちゃっているのかもしれないけども。


「えっと……私の気持ちは伝えたわけだけど桜的にはどうなの?」


 ちらりと確認してみたらかなり不安そうな感じの弥生がいた。

 少し前までの私はとにかく弥生優先で生きていたと思う。

 もちろん星奈が来てくれたときは優先していたけど根本的なところではという話で。

 でも、それがいつの間にか星奈に取ってほしいとすら考えるようになってやめていた。

 自分には相応しくないからと距離を作ろうとしたこともある。

 ……そんな私が受け入れてしまっていいのかな?


「私に弥生はもったいないかな」

「え?」

「……好きになってもらえるようなところがあるとは思えないし、好きになってもらえるような資格があるとは思えないし」


 駄目だ、弥生が止まらないならこちらが止めてあげるしかない。

 だって不自然すぎる。

 なにかが優れていると自信を持って言えればあれだけどそうではないから。

 相手は同性だけどボディスタイルがいいわけでもないしね。


「桜――」

「やめておきなよ、視野が狭くなっているだけなんだからさ」


 夏祭りも終わったしもう特になにもない。

 夏休み終了日まで引きこもってしまえば勝手に飽きてくれる。


「今日はもう帰って」

「桜……」

「ごめん、これからは星奈と仲良くしてよ」


 動いてくれなかったから外まで連れて行って自分だけ中に戻ってきた。

 鍵をしっかり閉めて家に、部屋に引きこもる。

 こんな状態でずっと三人で仲良く、なんてできるわけがない。

 恋愛感情なんて持ち込んでしまったら必ず壊れてしまう。

 だったら私が離れることが一番だ。

 私が弥生と出会うよりも前からふたりは一緒にいるんだからね。


「よし……」


 甘えてはいけないから全てを消して、スマホの電源も完全に落としてベッドに寝転んだ。

 カーテンも窓も閉めているから暑いけど構わない。

 これをとっととしてあげるべきだったのにひとりになるのを恐れてしてこなかった。

 その罰だと考えれば間違いなく軽いけどいいだろう……。

 極端なことしかできなくて申し訳ないけど許してほしい。

 どちらかを特別扱いなんてしたくなかったのかもしれない。

 最近になってからは矛盾ばかりだけど仕方がない。

 後からじゃないと気づけないんだから。

 学習能力がない自分勝手な人間なんだから。


「桜、入るよ?」


 ……目を開けてみたら既に真っ暗だった。

 やって来た母が「これまで寝てたの?」と聞いてきたから頷く。

 まだまだ寝ぼけているのか微妙な感じだったけど確かに変わった点がひとつあった。

 それはやっと解放してあげられたということだ。

 いま頃、洗脳……みたいな状態から解けてふたりも清々としているだろう。


「……どうしたの?」

「そっちこそどうしたの? 部屋に来るなんて珍しいじゃん」


 普段こんなことは全くないから意外だった。

 いまも聞いたようにこちらが聞きたくなるぐらいのレベルだ。

 

「いや……桜にとって寝ることが好きなのは分かっているんだけど……」

「なんにもないよ、そういえば翆がまた来るみたいだからよろしくね」

「あ、うん、それは大丈夫だけど」


 寝る前に、消す前にそれに気づいた。

 返事はしなかったけど翆なら気にせずに来るからいいだろう。

 あと、私はぐうたら娘に戻ろうと思う。

 誰かを優先して動くのではなく寝ることを進んでするような人間に。

 というか、それぐらいしかできることがなかった。




「辛気臭い顔をしているわね」


 これまた家に着くなり急だった。

 なんか納得できないからコップに七味でもいっぱい入れたい気持ちになったけど我慢。


「なにかがあったの?」

「なにもないよ」


 飲み物を渡して今日はソファに座った。

 翆も横に座ってきて「喉が乾いていたから助かるわ」と。


「昔みたいに戻ってしまったわね」

「まあ、意識して戻しているからね」

「なんでよ、最近のあんたはいい感じだったじゃない」


 それは確かにそうだと言える。

 いまと違って人と、あのふたりといたいと考えて行動していた。

 両親の手伝いだってなるべく頑張ろうと動いていた。

 でも、いまの私は好みのところで寝るだけの人間だ。


「何事にも悪い点があるんだよ」

「そんなの当たり前じゃない」

「だからこれでいいんだ、学校生活にだけ集中しておけば怒られないし」


 あとは就職できるところに就職して働いて一生を終えればいい。

 物欲とかもないし、家から出ていくつもりもないからお金は貯まるはずで。

 そのお金を両親に渡せば少しずつ返していくことができるから悪くはない。

 学校に行くために生きるから働くために生きるという風に変えていくだけだ。


「まああんたがそう決めたのならいいけどさ」

「それよりゆっくりしてよ、せっかく来てくれたんだからさ」

「そうね、とりあえず一週間ぐらいは帰りたくないわ」


 昔は親ばか子ばかというところで凄く仲良かったのにどうしたんだろう?

 いま彼女が気にしなければならないのは間違いなくそのことについてだと思う。


「弥生と星奈を呼んでもいい?」

「ごめん、翆のことしかお母さんに話してないから」

「ふーん、ま、それなら明日にでもひとりで行ってくるわ」

「うん、ごめんね」

「別にいいわよ、遠くから来たから正直動きたくないし」


 やっぱりこれが翆の素ってことなんだろうな。

 誰かといると変わってしまうことは自分にもあるから仕方がないということで片付けることができる。

 ただ、彼女が言ってくれていたことは全部事実のことだからあのままでもよかったかな。

 少なくとも自惚れていた最近の私にはああいうのが必要だったのかも。


「やっぱりなし、いますぐ弥生のところに行ってきなさい」

「な、なんで?」

「話は聞いているわよ、だからこそ来たんじゃない」

「えぇ……そのためにわざわざ来る?」

「来るわよ、大切な親戚の大切なことに関することなんだから」


 彼女はこちらの頭に手を置いて「怖いなら私も付いていってあげるけど?」と。

 さすがにそれは情けないからと断ったら家を追い出された。

 鍵を閉められて言外になんらかの進展があるまで帰宅は禁ずると言われているようだった。


「はい――え」

「……翆に追い出されちゃってね」


 全て知っているなら逃げられるわけがない。

 だからぶつかって逆に弥生から拒絶してもらおうという作戦だった。

 拒絶したうえに登録も消すというムーブをかましたんだから間違いなく影響を受けている。


「弥生――わあ!?」


 なんとか受け止めることができた。

 もし私の体幹がもっとひ弱だったら……考えたくもないね。


「ばかっ」

「うん、翆からはよく言われるよ」


 怖いからちゃんと立たせて彼女をしっかり見る。


「弥生、本当にいいの? 後悔しない?」

「しないよっ、私は桜が好きなんだからっ」

「いや違うな、私なんかを選んだら後悔するよ? それでもいいの?」

「それでもいいっ、なんでそんな悲しいことばかり言うのっ」


 抱きしめてきたから抱きしめ返した。

 ……ここまで言うならもうそれは自己責任の領域になる。

 最初に決めた通り私は向き合うだけだ。


「星奈のところに行こう、凄く悲しそうな声音をしていたから」

「……そうだね、先延ばしにしても仕方がないことだし」


 それで星奈の家に行った結果も同じだった。

 ただ、今回は受け止めることができずに倒れそうになったけど弥生が支えてくれてなんとかなった形になる。


「桜は本当に馬鹿なんだからっ」

「ごめん……相応しくないって思っちゃったんだよ」

「そんなことないからっ、それに弥生が求めてきたら真っ直ぐに向き合ってあげてねって言ったときに求めてきたらねって言ったじゃん!」

「……学習能力がない――」

「駄目、もう悪いことは言わせないから」


 翆が来ているからということでみんなで自宅に戻った。

 ソファで爆睡していた翆を無理やり星奈が起こし、弥生も上に乗ったりしたりしていた。


「あんたらが集まると騒がしいわねっ」


 と、翆は若干不機嫌そうな感じに。

 でも、


「「それが私達らしさですからっ」」


 と、ふたりが返したことによってさすがの翆も黙ることしかできなかったみたいだ。

 私はそんななんかいつも通りな光景についつい笑ってしまっていたのだった。

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