07話.[元気ですかい?]

「桜ー、早くー」

「いま行くよ」


 朝ご飯を食べたら時間があるから外に出てきた。

 せっかく他県に来ているのだから色々見て回らなければ損だということで。


「マイナスなことを言い出すから手を握っておくね」

「それって星奈が私に触れたいだけでしょ?」

「それもあるけど違うよ」

「そっか、まあいいけど」


 昨日の私はそこまでマイナスなことを言っているつもりはなかった。

 あの後ふたりが夜遅くまで小声で会話をしていたけどね。

 ただ、タイミングを誤ったのは確かで、だからこそすぐに寝たわけだけど。


「今日も暑いね」

「うん、喉が乾いていたらちゃんと言ってよ? 桜に倒れられたら嫌だし」

「こっちだって星奈や弥生に倒れられたくないよ」


 やっと先行していた弥生のところに追いついたものの「遅いよっ」と怒られてしまった。

 まあまだ時間だけはいっぱいあるんだ。

 焦ったところで仕方がないし、私的には目の前の砂浜でちょいと遊ぶ程度でよかった。

 そこまで有名な県というわけではないから行きたいところとかも思い浮かばないし。


「ところで弥生、なんか考えてあるの?」

「考えてないよっ、気になったところに行ってみようとしているだけっ」

「おぅ、そんなのでこの暑さの中耐えられるのか……?」

「星奈も悪く考えすぎだよっ」


 しっかり見ておかなければならない。

 ここへ来る前のあれをまた再度することになったら軽く死ねてしまう。

 本当に真夏という感じの気温だからねえ……。


「私的には水着も持ってきているんだし砂浜で遊ぶだけでもよかったんだけど」

「あっ! 忘れてた……」


 え、水着を持ってきているのっ? と驚いた。

 あ、確かそんなことを言っていた気がするといまさら思い出した。

 で、結構歩いてきていたのに引き返して遊ぼうということになってしまった。

 まあいいか、戻ろうと思えばすぐにホテル内に戻れるんだからね。


「へへへ、この水着どう?」

「可愛いね、弥生によく似合ってる」

「ありがとう」


 なんか持ち上げたくなったから持ち上げといた。

 軽くてふにゃふにゃしてて、相変わらず触れると不安になる子だ。


「桜も水着を着てほしかったな」

「それが素で忘れててね」

「そっか、じゃあ仕方がないね」


 しっかし……星奈が出てこないな。

 通常であれば星奈の方が早く出てくるところなんだけど……。


「さ、桜」

「うん? おお……」


 さすがにこっちはレベルが違いすぎる。

 男子がいたら間違いなくじっと見てしまう感じだった。

 細いし適度に焼けた感じがまたよさを出している。


「星奈の場合はなんか綺麗だね」

「……やめてよ」

「事実だからいいでしょ、行こ?」


 もちろんまだ部屋だからその上にパーカーを羽織ったりとかしてもらわないとだけど。

 私はなるべく薄着で、だけど日焼けしたくないからしっかり着込んでから外に出た。


「さ、荷物は見ておくから行ってきなよ」

「うん、星奈行こっ」

「まあそう慌てなさんな」


 私は昨日座った段差に腰掛けてふたりを見ておくことにした。

 他にもここで遊んでいる人達はいるので浮くということもない。

 ああ、遠くから見ていると姉妹が遊んでいるようだった。

 あんな容姿やボディをしているのに舐められることなんてあるのだろうか?

 馬鹿にする人間がいたら逆にその人間が周りにやられそうだけど。


「桜ー!」


 手を振り返したら弥生がぴょんぴょんと跳ねていた。

 いつだって元気いっぱいで眩しさすら感じる。

 仮にここでいなくなったとしてもふたりからすればどうでもいいことだろう。


「ちょいちょい、元気ですかい?」

「元気だよ、いいから弥生の相手をしてあげてよ」

「桜もいてくれないと嫌だ」


 と言われても荷物を見ておかなければならないんでね。

 水着だって着てないし、濡れても困るしというところで。


「行こうよ」

「荷物はどうするのさ」

「置いておけば大丈夫だよ、盗られたりしないよ」


 まあ……日傘をさしているとか日陰にいるとかではないから変わらないけど……。

 仕方がない、ごねてひとりにすることで弥生に拗ねられても嫌だから行くとしよう。

 本当ならふたりが楽しんでいるところを見て楽しみたかったんだけどな。


「おっ、桜も来てくれたんだっ」

「この人がうるさいからね」


 ここのいいところは砂利ではなく砂浜だということか。

 砂をちょっといじっているだけでも面白い。

 仮に汚れても洗うところが外に設置してあるし、十二時からお風呂に入ることもできるから日焼け以外は特に気にしなくてもいいのがいいところか。


「桜っ、お城を作ろうっ」

「分かった、作ろうか」


 霧吹きとかがないからそこまでのクオリティのものは作れないだろうけどね。

 それでもただじっとしているだけよりはいいはずだ。


「ぎゅ」

「ちょいちょい、動きづらいんですが」

「せっかく肌が白いから日焼けしてほしくなくてね、首の後ろ側とかこうすれば守れるでしょ」


 その彼女の後ろ側は完全に無防備なわけですが。

 先程たくさん塗っておいたからそこまで被害は出ないだろうけどさ。

 それにしても他人に日焼け止めを塗る行為なんて初めてした。

 あのままマッサージとかしたら滑りがよくなって色素沈着したりしないかもしれない。


「ここに大きなお城を作って住むんだ」

「どれだけの砂が必要なんだろうね」


 見た限りでは向こうの方まで砂浜が続いているけど限度というものがある。

 もし城が完成したとしても周りが穴だらけだったら快適に過ごすことなどできない。

 なんて、ありもしない話を一生懸命考えている時点であれかと笑った。


「無理だぁ」


 水を手で運んでくるのは不効率だからしていなかったら崩れていくばっかりだった。

 さらさらだから当然だと言えば当然だけど。


「ここに住む計画は頓挫だね」

「あちゃあ……」


 何気に長袖を着ているから暑いので日陰に避難。

 そうしたら途端に涼しくなるんだから不思議な場所だと思う。

 目の前に大きな海、見上げれば綺麗な青空。

 雰囲気に影響してほしくないから曇りよりは暑くても晴れの方がマシだった。


「ふぃ~、汗をいっぱいかいちゃったよ」

「海に入ってきたらいいんじゃない? タオルだって持ってきているわけだし」

「うーん、だけど海に入るのはちょっと怖いんだよね。頼れるのは星奈しかいないのに意地悪をしてきそうだし……」


 最初は手を握っていたのに急に離される、なんてことはありがちだ。

 でも、星奈はそんな意地悪をしないから信用していいと思うけどね。

 やばくなるのはお風呂のときとかだけだから大丈夫。


「弥生、そんなことしないから行こうよっ」

「うん……」

「そう心配そうな顔をしない、わざと怖がらせたりしないから」

「うん、行く」


 昨日のあれだって何度も言うけど弥生が言い出したことだ。

 その際もわざと外に残させたりしないで行動していたんだから信じてあげてほしい。

 そういうことはしない子だからね。

 だから今度もまた安心して見ていられたのだった。




「もう終わりかあ」


 荷物を片付けて最終確認をしていた。

 忘れ物をすると相当面倒くさいことになるからそれはもう念入りに。


「大丈夫?」

「私は大丈夫だよ、弥生は?」

「私も……」

「じゃあ……帰ろうか」


 フロントでお金を払って外へ。

 これからまた電車に揺られて帰らなければならない。


「なんか悲しいな」

「そう? 私的にはいい思い出になったけど」

「それは私もそうだけどさあ……」


 私的にもそうだ、ここにふたりと来られてよかった。

 ご飯も美味しかったし、お風呂も気持ちがよかった。

 部屋だってある程度の広さがあったし、ベッドだって柔らかかったし。

 悪かった点は気持ちよすぎて何度もお風呂に入ってしまったこと、かな?

 いや、それは悪いこととは言えないかと内で片付ける。


「桜」


 やたらと小声で話しかけてくるからなんだと思っていたらなんか複雑そうな顔をしていたからなんだ? と余計に考えてしまった。

 弥生は今日も先を歩いているから聞こえてはいないみたいだ。

 先程までいい思い出になったと言っていた人間がする顔ではない。


「この前言ったことは間違いだったと分かったよ」

「あ、弥生とのこと?」

「うん、やっぱり三人で来られてよかった」


 そうか、うん、間違いなくいい展開になっている。

 この先どうなるのかは分からないけど私達にとって今回のこれは間違いなくよかった。

 あのときも言ったけど当たり前のように誘ってもらえて嬉しかったな。


「あと、ちょっとやばかったよね」

「なにが?」

「だって同級生の裸なんてそうそう見る機会はないでしょ?」

「あー、星奈が興奮しなくてよかったよ」

「いや……抑えていただけだから、私は同性好きだからさ」


 抑えられているだけマシだろう。

 抑えていれば他のお客さんに迷惑をかけることもない。

 別にきょろきょろしていたわけではないし大丈夫なはずだ。


「特に桜のとかね」

「そんなにいいの?」

「うん、白くて綺麗でえっちな感じがする」


 ふーん、稀有な存在もいたものだ。

 そんなこと言ったら星奈のそれとかどうなっちゃうのという話だ。

 ちなみに弥生は……見ていて微笑ましくなる感じだった。


「桜ーっ、星奈ーっ」

「いま行くー! ……そういう意味でも今回のこれは価値があるよ」

「はは、まあ満足できたならそれでいいよ」


 せっかくいい雰囲気なんだからそれをぶち壊しにしないためにも急いで追った。

 また怒られてしまったけど構わない。

 そして帰りの電車は今日は別にはしゃいでいたわけでもないのに寝てしまった。

 寝るとあっという間に着いてしまうところが少し寂しいかな。


「まだいたいけどお土産も渡したいから帰るね」

「気をつけて」


 なんか現実に帰ってきた感じがする。

 よし、明日からはもうちょっと両親の手伝いをしたりしようと決めた。

 すぐにやめるかもしれないけど。


「うん、桜と星奈もね、ばいばい!」

「じゃあね」

「次はお祭りねっ」

「うんっ」


 弥生が去ってふたりきりになる。

 いつもなら別れるところで星奈が離れようとしなかったからなにも言わずに家へ。


「ただいまー」

「お邪魔します」


 両親はいつも通り仕事でいないから悪くならない場所にお土産を置いておいた。

 洗濯物などをいっぱい出して片付ける。


「もう……終わりなんだね」

「うん、だけどこれぐらいがいいんだよ」


 何日も泊まっていたら新鮮味もなくなってしまうから。

 ご飯とかお風呂だって多分飽きてしまう。

 だから半日や一日ぐらい泊まっておけばいいんだ。


「お金も今回のでほとんどなくなっちゃったよ」

「それは私も同じだよ、だけど無駄使いじゃないからいいんだよ」

「だね」


 これこそ有効活用というものだ。

 どうせ細々使っていくことになっていたんだろうからこれでいい。


「ふぅ、どうせならキスしたかったな」

「弥生に? それだったら許可を貰わないとね」

「わざと言ってるでしょ」


 なるほど、これはまた馬鹿なことを――って、そんなわけないな。

 だからといってはいどうぞとはならない。

 お互いに好き同士ならいいだろうけど……ぉお!?


「ちょっ、なにやってんのっ」

「唇は許可してくれないだろうから耳にしただけ」

「や、やめてよ……そうでなくても歩いた後で汗をかいているんだから」


 あとなんかぞわぞわしたからやっぱり私にとっては違うんだ。

 世の中には耳でも感じてしまう子がいるのかもしれないけどね。


「私、弥生は隠しているだけだと思うんだ」

「なにを?」

「桜への気持ちだよ」


 なにもないからこそあれだけ真っ直ぐにいられるんだと見ることもできる。

 というか、なにかがあったらやっぱり驚くからなにもなくていい。

 友達のままでもここまでこられたんだからこの先だって一緒にいられる。

 ……離れることになってもそういう感情がなければある程度の悲しさだけで済む。

 恋をすればいいというわけではないんだ。

 どんなことだろうが必ずデメリット、悪い部分がある。

 私がもし星奈か弥生を好きになってしまったら間違いなく集中できなくなる。

 これまで興味を抱いてこなかったからこそののめり込み……というところかな。


「だからちゃんと向き合ってあげてよ」

「まあ……そうぶつけてきたらね」

「うん、それでいいから」


 結局、同性なら誰でもよかったのだろうか?

 いや、そんなわけがないか。

 じゃあなんだったんだろうね、触れてきたりしていたのは。

 分からないから考えるのはやめた。

 考えても疲れるだけだからこれでいいだろう。




 前半は遊びすぎてしまっていたから課題をしていた。

 八月前だったら翆も星奈も弥生もいる毎日だったからちょっと寂しい。

 昨日や一昨日なんかはふたりと旅行に行っていたため顕著に感じた。


「ふぅ」


 部屋の中は窓を少し開けておくだけで十分涼しかったけど集中力が続かない。

 こういう点は行かなければよかったと言えてしまうかもしれない。

 昨日自分が考えたことがそのまま突き刺さる。

 どんなことにも悪い点はあるというのはやはり事実なようだ。

 そのまま窓の外を見たり、ベッドに寝転んだりを繰り返して時間をつぶす。

 いつもであれば暑さに負けてぐったりしていることが多い季節だから意外だった。


「もしもしー?」

「ごめん、いま大丈夫?」

「うん、大丈夫だよー」


 どうやらお菓子を食べていたみたいだ。

 お菓子……後で食べよう。


「珍しいね、電話をかけてくるなんて」

「なんか寂しくてね」

「あ」

「うん?」


 黙ってしまったから急かすことはせずに数秒待つ。

 そうしたらいきなりぐすっとし始めて困惑してしまった。


「私も寂じい!」

「そ、そっか、じゃあいまから来る?」

「行くっ、すぐに行くから待ってて……」


 しまった、当たり前のように来てもらうことを選んでしまった。

 こういうところが駄目だ。


「はやっ!?」


 インターホンが連打されたから出てみれば鼻水を垂らしている弥生がいた。

 とりあえず入ってもらって、私は拭くためのタオルを持ってくる。


「ぐす……昨日までがあんな感じだったから寂しくてぇ……」

「うん、気持ちは分かるよ」

「でも、すぐに甘えたら迷惑かと思ってお菓子を食べていたんだけど……」

「私が電話をかけてきたから?」

「うん……」


 涙や鼻水を拭きつつ頭を撫でていたらその手をぎゅっと掴まれた。

 その瞬間に星奈から言われていたことを思い出してなんか心臓が跳ねた。

 別に甘い雰囲気というわけじゃないけど意識を変えるとこうなるのかって学んだ。

 いや、私は絶対に相手が動いてくれてからじゃないと動くのは無理だけどね。


「大丈夫だよ、すぐに落ち着くよ」

「そうかな……?」

「うん、だってお祭りだってすぐにあるんだよ? 今年も三人で楽しく過ごそうよ」


 ちなみに一昨年は星奈と弥生が他の友達と過ごすということになったから行かなかった。

 自分ひとりだけで行くようなメンタルは持ち合わせていない。

 ふむ、ということはやっぱり人間らしさの塊だったんだなって。

 後からじゃないと気づけないこともあるとまたひとつ学ぶことができた。


「……一緒に行ってくれるの?」

「なんでそんなことを聞くの?」

「だって星奈とばっかり仲良くしているからふたりきりで行きたいのかなって」


 まさかこのパターンは……。

 いやいや、勝手に決めつけてはいけない。

 私はあくまで私らしくいればいいのだ。


「私は三人で楽しく行ければ――」

「……本当なら桜とふたりきりが一番いいんだけどね」


 おぅ、なんでこういうときって悪いイメージの方に流れるんだろう。

 いやまあ、私が彼女のことを好きならまず間違いなく悪いどころかかなりいい流れと言えるんだけど……。


「……温泉旅行前の星奈との喧嘩って同じことを言われたからなんじゃないの?」

「な、ないない、元はと言えば弥生の親友だったんだよ?」

「そうかな? それでも時間が経てば変わってきちゃうと思うけどな」


 ぐっ、手を掴まれているままだから逃げられない。

 ここにきてここまで手強い相手になるとは思わなかった。

 これはまた大変なことになりそうだと内で呟くことしかできなかった。

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