06話.[黙ってしまった]
「晴れてよかったね」
「うん、そうだね」
はしゃぎすぎて既に弱っている弥生じゃなかったら、だけど。
小さいけど荷物も持っているから背負っているのはなかなか辛い。
あと、地味にどころかかなり暑いからそれも勘弁してほしかった。
それでも無事に現実に着いて、ある程度外で時間をつぶしてからチェックイン。
「おお、なんかいいね」
「うん、ふたりのチョイスがよかったんだよ」
まだまだ時間はあるからゆっくりしていられる。
「もう温泉に入っちゃう?」
「ちょっと海を見に行かない?」
「いいね、お風呂なんて後でもいくらでも入れるからね、さて」
ベッドで瀕死な状態になっている弥生の頬を突いていた。
数回突いたところで「痛いよ」と弥生が生き返る。
「弥生はどうする?」
「私は夕方に見に行きたいなあ」
「なるほど、それもありだなあ」
自分から提案しておいてなんだけどここは高いどころだしここから見られるだけでも十分だと言えてしまえるような感じだった。
弥生がまだ動きたくないということならここに残るのも悪くはない。
というか、いま出たら燃えてしまうからその提案をしたのが馬鹿だったかな。
「よし、いまは着いたばっかりだし休憩しようか」
「そうだね、弥生も一緒じゃないと嫌だし」
星奈だけでいいならそれこそふたりきりで来ている。
星奈には悪いけどそこだけは我慢してほしい。
やはり私にとってはどちらも大切なんだから。
「もー、桜って普通に嬉しいことを言ってくれるよね」
「自分が仲間外れにされたくないからだよ」
「それでもいいよ、私も一緒じゃなきゃ嫌だって言ってくれるのは嬉しいから」
なんとなくベッドに転ぶ気にはなれなかったから窓際で転んでみた。
転んだ状態でも窓の向こうが見られるというのもいい。
好きな子ふたりと落ち着ける場所で、邪魔が入らない場所でいられているというのも最高だ。
「普通の景色なはずなのに綺麗だよね」
「分かる、なんでだろうね」
ただの一日なのに非日常感がすごいというか。
別の世界に来たと言ったら大げさすぎるけど……うん。
「桜っ、ベッドは凄く柔らかいよっ?」
「うん、だけど汗をかいちゃったからね」
荷物を持ったうえに弥生を背負っていたわけだから当然だけど。
その状態で触れたくなかったからやっぱり私はこっちでよかった。
三つベッドがあるうえに多少の広さがあるからこの部屋はいい。
間違いなくMVPはこの大きな窓だった。
「すやぁ」
「寝ても起こしてあげるから大丈夫だよ」
「うん、夜遅くまで起きておきたいからそうする、おやすみっ」
「おやすみ」
ご飯やお風呂をしっかり味わえた方がいいからその方が間違いなくいい。
「ね」
「ん?」
っと、こちらはまたなんとも最初からフルスロットルというか。
私が弥生を選ぶと考えているからその前にってことなのかな?
「私の上に跨っていないで遠くでも見ておきなよ」
「……そんなこと桜と比べればどうでもいいよ」
「あと熱いよ? しっかり飲み物を飲んでおかなくちゃ駄目だよ」
「それは大丈夫」
考えていた通り窓を少し開けてみたら涼しい風、それに波の音が聞こえてきた。
それを目を閉じながら聞いていたら胸の辺りに重さを感じて目を開ける。
「なんだ、キス待ちじゃなかったの?」
「違うよ、いいから星奈もゆっくりしようよ」
「そうだね、じゃあ横に転んで」
でも、昔のそれとは違う気がした。
場所が違うから当たり前かもしれないけどふたりと来ているからかな?
安心できるというのは家族と行ったときのそれと変わらないけど……。
「なんか修学旅行のときと違うよね」
「あー、それは安心できる相手と行けているからじゃない?」
「そうかもね、私にとってふたりは凄く大切な存在だし」
合わせるだけで、不快にさせないということに集中していたからその差もあるか。
まあいいや、こうして来られている時点でそれでいい。
細かいことを気にしていると楽しめなくなる。
「嬉しいことを言ってくれるねえ」
「そんなこといったらふたりはいてくれているだけで私にとって嬉しいことなんだよ?」
「じゃあいい関係ってことじゃん、あのとき話しかけてよかったよ」
「話しかけてくれてありがとう、ずっと一緒にいてくれてありがとう」
「……別にお礼とかいいから」
ふふ、こうやって言ったりするとすぐにうつむいたりしちゃうところが可愛いな。
普段は肉食系キャラなのに押されると狼狽えてしまうキャラというか。
そういうところも魅力のひとつだと言ってもいい。
どうせなら弥生との時間をもっと増やしてほしいところだけども。
「可愛いね」
「はっ? あんまり言っているとその口を塞がなければならなくなるんだけど?」
「別にいいでしょ、悪口を言っているわけじゃないんだから」
いまそんなのは、いや、いつもそんなのはいらない。
悪いことをしているつもりはないからこのままでいい。
私がいつも通りでいられないことの方が調子が狂うからしっかり意識しておきたかった。
が、星奈的には納得できないのか中途半端な顔をしていたけどね。
「こ、怖い……」
「弥生が行きたいって言ってきたんだよ?」
私達はいま砂浜の上を歩いていた。
街灯、照明なんかないからかなり暗い。
そして目の前には真っ暗な海となれば怖いと感じてもおかしくはないのかもしれない。
でも、いま星奈が言ったように弥生が行きたいと言ったのだ。
美味しいご飯を食べてさあこれから温かく気持ちがいいお風呂に~となったところでこれだったから少しだけがくりとしたのも事実。
「ちょっと座ろうか、あっちだと弥生が怖いみたいだし」
「べ、別に桜や星奈の手を握っておけば怖くないけどね」
「無理しないの」
建物側に寄っておけば完全に真っ暗ということもない。
少しだけ戻って段差に座ってからはこちらの手を掴む力も弱くなってきていた。
「……私は夕方の感じが一番好きだな」
「ま、いま来ても真っ暗なだけだからね、花火でもあったらまた違ったんだろうけど……」
「ごめんね、これなら星奈の言うようにお風呂に行っておけばよかったよね」
「謝らなくていいよ、夜に海の近くまで行けることなんかなかなかないんだからね」
確かにそう。
こんなことは相当の欲がなければできないこと――というか、普通ならなんにも用がないのに行こうとはならないから悪くない提案だった。
お風呂~というところで言われたからちょいと引っかかっているだけだ。
「明日もまだいられるんだよね?」
「うん、そのかわりにたくさんのお金を消費するわけだけど」
「でも、こういう形でなら私は構わないかな」
「だね」
うん、私も同じだった。
ファミレスとかに何度も通って消費するぐらいならこういうときにばーんと使ってしまった方がいい気がする。
この先私達の関係がどんなものになってもこれは間違いなく思い出として残るから。
案外こういう話をきっかけにずっと関係が続くかもしれない。
仮に離れ離れになっていたとしても集まるきっかけになるかもしれない。
そう考えたら無駄なことなんてやっぱりないんだなって。
「桜……? さっきから話してないけどどうしたの……?」
「私はふたりと来られたこと自体が嬉しいからね」
ここもここで落ち着くものだ。
ただ、誰かといられているから落ち着くんだと思う。
暗闇を怖がるような人間ではないけどさすがにひとりでここにはいたくない。
やっぱり相当昔からは変わってしまっているようだなと内で苦笑した。
「桜ってたまにこうだよね、黙ったりするから不安になるんだよ」
「でも、桜はこっちを悪く言ったりはしないから一緒にいて安心できるよ?」
「まあね、弥生にだけじゃなくて私にも優しくしてくれるわけだしね」
確かに優先しているところはあったけど星奈はなにを不安がっているんだろう?
あ、どうせそんなことを言っておきながらも弥生を選ぶんでしょって考えているのか。
どうなるんだろう。
踏み込みたいって思えば相手が弥生だろうが星奈だろうが一生懸命になるけど……。
「さて、そろそろお風呂に行こうか、このままだと桜が喋らないし」
「そうだね、怖いからお風呂に行こー」
「って、弥生が言い出したことなんだけどね」
「うっ、ごめん……」
「謝らなくていいって、普通に流してよ」
それはお風呂に入るときにするからいいだろうと寒いことを呟きつつ建物内に戻る。
しっかり着替えとかタオルとかを持ってお風呂へ。
幸い、人がたくさんいて体を隠さなければならないようなことにはならなかった。
だって貧相だもんなあ……あとは頑張って剃ったけどムダ毛とかあるかもだし。
「しっかり洗わないとっ」
「私が洗ってあげるよ」
「ありがとうっ」
あ……やべーやつの作戦にまんまとハマってる。
「終わりっと」
「えっ!?」
「ん? あれ、桜は全然洗えてないじゃん」
まさかそれだけで終わらせるとは……。
あれか、一応私達以外のお客さんもいるからか。
不快な気持ちにはさせてはならないと、そうやって考えたのかっ。
とにかくささっと綺麗にして大きな湯船に突撃っ。
「ふぃ~」
さすがのこれには自然と息が零れるぐらいだった。
効能とかは置いておくとしても気持ちがいい。
ちょっと熱めなのが逆にまたいいというか……。
「横、失礼します」
これはまたスタイル抜群の母親が小さい娘さんを連れて入ってきたようだ。
娘さんの方は珍しくどこか気恥ずかしそうな感じで落ち着かなさそうだった。
「綺麗ですね」
「そうですか?」
……なんなんだろうこの茶番は。
私よりもないことを考えるとちょっと悲しくなってくるぐらいだけど言ったりはしない。
「お肌が白くて羨ましいです」
「そんなこと言ったらあなたも――って、いつまで続けるの?」
「はははっ、だけど桜は白くていいねー、私なんかちょっと焼けてるからさ」
「健康的でいいでしょ」
私なんかここに来るまでずっと引きこもっていたんだから。
星奈はあの後ずっと泊まっていたけどたまに友達と遊びに行っていたりもしていた。
途中からは弥生も加わって旅行前から楽しかったわけだ。
「弥生はどうしたの?」
「だって……貧相だから」
「そんなことないよ、こっちに来なよ」
タオルをつけることは禁止だからなにもかもが丸見えなわけだけど……。
もし私が同性を本気でそういう目で見るような人間だったらここはやばかった。
大切で好きな子ふたりの裸体が目の前にと考えると、うん、やばい。
正直、目のやり場に困るぐらいだったから真横に座らせた。
「ただ、少し熱いね」
「それは私も同意見かな」
長くつかっていると調子が悪くなりそうだった。
弥生もまだまだ落ち着かなそうだからそこそこのところで出てもいいかもしれない。
「熱いっ、もう出るっ」
「分かった、弥生――おーい」
「きゅぅ……」
色々な意味で心配になる子なのだった。
「ん……あれ?」
起きたら真っ暗な場所にいた。
それがまた怖くて不安な気持ちになったけどすぐに桜がこちらの顔を覗きこんできてくれて安心することができた。
「ここは……?」
「部屋だよ、ここまでおんぶして連れてきたんだよ」
「ごめん……なんか迷惑をかけてばっかりで」
「気にしなくていいよ、ちなみに星奈はもう寝ちゃってるけどね」
彼女はこちらの頭を撫でてくれつつ「星奈も疲れちゃったみたい」と呟いた。
体を起こしたらいまさらになって涼しい風を感じてなんかいいなと思った。
「大丈夫? あ、水を買ってきておいたから飲んで」
「ありがとう」
喉が乾いていたことにも気づいて飲ませてもらったらさらに落ち着いた。
桜はそのまま床に寝転がって窓の向こうを見始めてしまったけど。
「ちなみに、星奈もさっきまですっごく心配してたんだよ?」
「そうなの?」
「うん、言わないでくれって言われていたんだけど口が軽い人間だからね、ふふふ」
あ、実際に見えているわけではないけど悪い顔をしていそう。
普段は無表情なのにそういうところだけははっきりすることがある。
決して意地悪というわけではないけど……たまに意地悪な感じになることはあるわけだ。
でも、そんなのがどうでもよくなってしまうぐらいには彼女は優しい。
「実はこの前、終業式の日に星奈と喧嘩みたいになっちゃったんだ」
「え、それは聞いてない……」
「うん、悪い雰囲気を持ち込みたくなかったんだよ」
仮にそうなってもいいから教えてほしかった。
自分だけが仲間はずれになるのは嫌だ。
最近なんか特に桜とゆっくりいられていないから余計にそう思う。
「そこまで重い理由で喧嘩みたいになったわけではないんだけどね」
「どういう理由でなの?」
「……それは星奈と弥生のためにも言えないかな、口の軽い人間であってもラインぐらいはしっかり把握しているつもりだからね」
けど、泊まっていたぐらいなんだからとっくに仲直り済みだということだ。
私の知らないところで、そう考えるとなんだか寂しい、悲しい。
テストが終わってから早めに帰っていたのは全てはこの日のためだった。
両親は厳しいからある程度のことを頑張らなければならなかった。
それを頑張れたこそ今日いられているわけだけど……。
「とにかく、私は当たり前のように誘ってくれたことが嬉しかったよ」
「当たり前だよ、私達はずっと友達で居続けてきたんだから」
「仮にそうでもだよ」
星奈がああ言いたくなる気持ちは分かる。
彼女はたまに悪く考えるところがあるから。
翆ちゃんに指摘されてしまっていたからなのかな……?
「私にとってふたりがいてくれているだけで支えになっているんだよ。でも、私はふたりのためになにもできていないから――」
「そんなこと言わないでよ」
私は別になにかをしてほしくて一緒にいるわけじゃない。
単純に桜と、星奈と過ごしたいから一緒にいるだけだ。
たまに他の子を優先したり家のことで一緒にいられないけど意識はしっかりしている。
「……なにごちゃごちゃ言ってんの」
「ごめん、うるさくしちゃったよね」
「それは別にいいよ、気に入らないのは桜の言動だけだから」
昔はそんなことを一切気にせずにマイペースに生きていてくれたのにどうしてこうなってしまったのか。
「私はちゃんと自分のことを分かっているんだよ、これは決して卑下しているわけではなくて事実そうだから口にしているんだよ?」
「それって結局そうじゃないって言ってほしくて言っているだけなんじゃないの?」
「違うよ」
「それならいいけどさ」
いや、このままじゃ駄目だと思う。
このままじゃ桜とはいられなくなってしまう。
「この話は終わりね」
「駄目だよ」
「自分で口にしておいてなんだけどなにもいまじゃなくていいでしょ?」
そっか、確かにいまじゃなくていいか。
するにしても帰ってからふたりきりで話し合えばいい。
星奈の力を借りてしまっては駄目だからふたりが重要だ。
「本当に桜が言うなって話だよね」
「ごめん」
「も、もうベッドに転びなよ」
「そうだね」
彼女は窓側にあるベッドに転んで「おやすみ」と言って黙ってしまった。
私も中央のベッドに転んで彼女に対して背を向ける。
なんにもしてあげられていないのは私だった。
お世話になるだけなってこれでは駄目だろう。
「弥生、ちょっと飲み物を買いに行こ」
「え? あ、分かった」
寝られるような感じではなかったから地味に助かった。
「ふぅ、いつからあんな桜になっちゃったんだっけ?」
「えと、中学二年生の頃かな」
「あ、そうだよね、なんか近いようで遠いような感じがし始めたんだよね」
桜だけに原因があるとは思えない。
だからといって犯人探しをしても仕方がないわけで。
「ふぅ、冷たく美味しい」
「そうだね」
ただ、どうすればいいのかがまるで分からなかった。
分からないからとにかく楽しもうと決めたのだった。
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