05話.[勘違いしないで]
「朝か……」
体を起こして辺りを見回してみてもあくまでいつも通りの自分の部屋だった。
違う点は、
「ん……」
そう、私のベッドにもうひとり転がって寝ていることだ。
髪は結構短めなのに反して身長なんかは普通に高い存在。
「
「……まだいいじゃない」
「駄目、起きなさい」
彼女は上半身を起こしたもののすぐに転んでしまった。
まだ寝たいみたいだから仕方がなく放置して一階へ移動。
「ふぅ」
とりあえず少し時間が経過した程度じゃどうにかなる問題ではないらしい。
スマホを確認してみても星奈はおろか弥生からすらきてはいなかった。
用も済ませたから部屋に戻ったら涎をたらしながら寝ている翆が。
結構暑がりなのによく一緒に寝ることを選んだなあというのが正直なところだった。
「翆、起きて」
「……あんたは星奈か弥生でも連れてきなさい」
「自分で呼べばいいでしょ、起きなさい」
何度か繰り返している内に「ああもううるさい!」と言って起きてくれた。
それからこちらを睨みつけてきて「ゆっくり寝かせなさいよっ」と怒ってもきた。
まあ他県から来ているわけなんだから不満を抱いても仕方がないのかもしれないけど……。
「はぁ、朝から最悪な気分だわ」
彼女はこちらを再度睨んでから部屋から出ていった。
耳を澄ませてみると階段を下りた後に玄関の扉が開けられる音が聞こえてきたからいま言われた通り呼びに行ったのかもしれない。
安全ではあるけど鍵をしっかり閉めるために再度一階に移動。
戻るのも面倒くさいからソファに寝転んでいた。
まず間違いなく私に会いに来たのではなく弥生か星奈に用があったんだと思う。
それならそれでいい、でも、それならどちらかの家に泊まってほしかった。
正直に言うと苦手なんだ。
あの一方的な態度が怖くすら感じるときがある。
「っと、開けないと」
随分と早く連れてきたものだ。
開けたらまたもや不機嫌そうな翆と、いかにも眠たいといった感じの弥生と、
「星奈も来たんだ」
「……うん」
不安そうな顔をした星奈がいた。
みんなに飲み物を提供したら面倒くさいことにならないよう端っこに座る。
弥生は翆の足の上に健全的に座っていて、その横に星奈という構図だった。
「ん~……まだ早いよ~」
「文句を言わない、大体もう七時なんだから起きておくべきでしょ?」
起こさなければまだ寝ていた娘がよく言うよ。
まるでジャイ◯ンみたいな存在だから嫌なんだ。
いや、それではジャイ◯ンに失礼だからとにかく自分勝手の化身というところかな。
「……なんで桜の家にいるの?」
「それは私が桜の親戚だからよ、たまには確認しに行こうと思ってね」
「桜的には翆が来なくても大丈夫だと思うけど」
「だってやる気がない人間でしょ? 今年も不真面目なようならしっかり言っておかなければならないと思ったのよ」
ふたりに言われるならともかく翆に言われるのは納得がいかない。
昔からこっちの悪口しか言わない人間のことを信じられないのは当然だろう。
いま星奈が言ってくれたように翆が来てくれなくても構わない。
……昨日はあんな後だったからこそだ。
そうでもないなら、翆といるぐらいならひとりでいた方がいいからね。
「そういうことを言っちゃう翆は嫌いだよ」
「は? 喧嘩売ってんの?」
「私は毎日桜と一緒にいるんだよ? その私が問題ない、大丈夫って言ってんの。他県に住んでいて一年に一度ぐらいしか会うことのできないあんたになにが分かるのって話でしょ」
おいおい、味方をしてくれるのはありがたいけどやめてくれえ……。
星奈や弥生が誰かと喧嘩しているところなんて見たくないんだよ。
私だったらいくらでも悪く言われてもいいからさあ……。
「そもそもね、あんた達が桜に甘くするから駄目になると思うんだけど?」
「勝手に決めないで、寧ろそうやって会う度に悪く言う方が間違いなく悪影響だから」
驚きだったのは星奈がちゃんと味方をしてくれたことだろうか。
昨日のことを考えれば黙りを決め込む可能性だってあったから。
「翆ちゃん、桜のことを、というか、誰かのことを悪く言いたいだけなら帰ってほしい」
「はあ? ちっ、なんなのこいつら……」
それで出ていかないあたりが本当に強メンタルをしているものだ。
ここまでアウェーな感じなのに物ともせずに居座るんだからね。
「帰らないわよ、少なくとも明日まではね」
「じゃあ悪く言うのはやめてよ」
「はいはい、やめますよー」
この場はとにかく平和(多分)な感じで終わったみたいだ。
弥生は翆の足の上から移動して私の横に座っている。
星奈はこちらに来たりはしなかったものの翆とは距離を作ろうとしていた。
「なにこれ、まるで私が悪者みたいじゃない」
「さっきのだけで判断すれば間違いなくそうでしょ」
「はあっ? これでも一応ねっ、私はねっ、桜のことを考えてっ、あ」
ん? なんか空気が変わってしまったようだ。
翆は自爆してしまったのかどんどんとその顔を赤く染めていた。
「ふっ、素直じゃないわね」
「ま、真似すんなっ」
「はぁ、最初からそれでよかったじゃん」
「う、うるさいうるさいっ」
あー……これはまたなんとも、という感じだった。
結局、立場が逆転して大人しい翆とちょっと煽り気味な星奈なのだった。
なんだろうねこれと内で呟くことしかできなかったね。
「桜、あんたなんか少し痩せた?」
「え? そんなことはないと思うけど」
暑くなってからもご飯だけはたくさん食べてきた。
うん、やっぱり私は人間らしいところしかないなと気づく。
ご飯を食べるのは大好きだし、お風呂に入ることも大好きだし、寝ることも大好きだし。
「一年生のときの写真があるわ、ほら、痩せているでしょ?」
「ちょ、なんで裸なんですかね……」
まあ、お風呂から出てきたところだとは分かるけど。
寧ろベッドの上とか部屋で裸のところを撮られていたら怖いからいいか。
「それはあれよ、お風呂から出てきたときのところを盗撮したからよ」
「真顔で言わないでよ……」
「とにかく、夏なんかは特に食べた方がいいわ」
あ、翆って本当に分かりやすい子だ。
弥生や星奈がいると強がるというか自分勝手になるというか。
「翆こそ食べた方がいいんじゃない?」
「私は駄目よ、これ以上食べたら太ってしまうわ」
「え、そんなので?」
「うん、すぐに太るから制限しておかなければ駄目なのよ」
私なんかがつがつ食べてしまうからいつだってそういうリスクがあるわけで。
……気をつけた方がいいのかな?
太ってしまったら弥生も星奈も興味を抱いてくれなくなるかもしれない。
「……それより昨日はごめん」
「いいよ」
一方的に決めつけてしまっているところが私の中にはあった。
苦手という認識のままで遠ざけることばかり考えていた私のせいでもある。
「やっぱりもっと泊まってもいい?」
「喧嘩でもしちゃったの?」
「いや、家族とは仲がいいままよ」
「それならよかった」
もし喧嘩なんかをしたと聞いたら驚きすぎて飛び跳ねていた。
向こうへ行っても常に仲良さそうにしていたからね。
「あ、八月一日から他県に三人で行くんだ、だからそれまでならいいよ」
「なにしに行くの?」
「温泉旅行かな」
「おお、いいじゃない、ゆっくりしてきなさい」
結局、星奈とは仲直りできたということでいいのかな?
昨日あの後ゆっくりと話すことができたけど……分からないな。
ふたりきりになったわけじゃないからまた同じような雰囲気になってしまう可能性もある。
「それにしてもあんたって地味だけど可愛い顔をしているわよね」
「地味は本当でも可愛いはないでしょ」
「はぁ、自己評価が低いわねえ」
いやいや、毎回ちくりと指摘してきていたのは彼女だ。
そうしたら謙虚にというか、なるべく不快にさせないように行動するのが普通だろう。
こればかりはそれに参ったからではなく冷静に見られている証拠だけど。
「あんたが照れているところが見たいんだけど」
「んー、それなら弥生が一番だと思うけど」
「弥生は駄目よ。すぐに表情に出るじゃない、あんたみたいにいつもは無表情な人間が赤くなったりするから面白いんじゃない」
星奈が照れても同じように可愛いからそっちに行けばいいと思う。
いくら私で遊んだところで変わらないことは星奈が知っているからだ。
「それにしても旅行ねえ、私なんか全く行けてないわ」
「私もそうだよ、だからたまにはってことでね」
「ま、家族と行けるよりもあんたがいてくれる方がいいけど」
「昨日の後半からどうしたの? 去年とかは結構冷たく言ってきているだけだったのに」
「……それは忘れなさい」
ちなみに翆はひとつ年上だ。
敬語じゃないのは本人が敬語なんか使うなって言ってきているから。
私なんかは敬語で距離を作りたかったんだけど願い叶わず、というところだけど。
「あんたって弥生と星奈のどっちが好きなの?」
「どっちも好きだよ」
「はぁ、そういう意味で聞いているわけじゃないのよ?」
そんなことを言われても困る。
いまはどちらかをではなくどちらも好きなんだ。
温泉に行く前に変なのを持ち込んでぶち壊しにしたくない。
私はいつだって中立な立場でいたかった。
「翆が考えているようなことはないよ」
「もったいないわねえ、どっちも魅力的なのに」
「それは同意かな、だけど三人でずっと仲良くしていたいんだよ」
できればそれがいいに決まっている。
でも、ふたりが喧嘩するぐらいなら私が消えればいいと思っている。
ずっと仲のいいふたりを見ていたかった。
「そんなこと可能なの? そもそもどちらかが離れていく可能性もあるじゃない」
「その場合は仕方がないよ、自分が魅力的じゃないことは分かっているし」
「……とにかく後悔しないようにね」
「うん、ありがとう」
自分が恵まれていることは分かっている。
だからもし離れたいと言ったらちゃんと切り離してあげるべきだ。
自分にばかり得なことがあってはならない。
なにも返せていないいまならなおさらそうとしか思えなかった。
「お邪魔します」
やたらと大人しい感じの星奈がやって来た。
ちなみに翆はまだ私のベッドで爆睡中となっている。
「翆は?」
「私の部屋で寝てるよ」
「はは、あの子らしいね」
あちらに行くだけではなく今回みたいに翆達の方が来たりするからふたりともある程度の仲でいられている状態か。
私には多少厳しい感じであってもふたりには優しかったからというのもある。
もしそうじゃなかったら……どうなっていたんだろうね?
「もうちょっとだね」
「うん、楽しみかな」
「珍しい、桜もそういう顔をするんだ」
そりゃそうだろう、私だって一応人間なんだから。
小さくても温泉というだけでわくわくするものだ。
家族以外と、それも親しい子達と旅行に行くなんて楽しみに決まっている。
「……それよりこの前はごめんね」
「うん」
「でも、私は桜ともっと仲良くしたいんだよ」
「うん、ありがとう」
一定の需要があるみたいだけどなんでだろう?
スタイルがいいとか容姿がいいとか頭がいいとか運動能力が高いとか、そんなことは一切ないのにどこにそう思ってくれているんだろうか。
来てくれるというのなら私からすれば感謝しかない。
だけどそこが分からない限りは心から喜べないというのも事実だった。
「別に弥生が大切で弥生を選んでもいいからさ、ずっと友達でいさせてね」
「友達でいてほしいのはこっちだよ」
「うん、ちゃんと私はいるよ」
所詮、口約束だ。
数年後には当たり前のように一緒にいないかもしれない。
高校を卒業したらどうなるのかなんて分からない。
それでもいまだけはこう言ってくれているんだから素直に信じておけばいい。
やはり悪い方にばかり考えたところでいいことはなにもないからだ。
「翆もいることだから今日から泊まろうかな、あ、ご飯とかはちゃんと家で食べるからさ」
「それでもいいよ」
いつまた翆が暴走するか分からないからいてくれるとありがたい。
って、やっぱりなにかをしてもらってばかりなのがちょっと情けないかな。
なにかで返せていければいいんだけど……。
「マッサージをしてあげるよ」
「えっ、あ、いま汗をかいてるから……」
「いいからいいからっ、はい、転がって」
客間に連れて行って布団の上に寝転がらせる。
特に知識はないけどそれっぽいやり方で力を込めたり弱めたりを繰り返していた。
「んー……」
「痛くない?」
「うん、それは大丈夫」
これも彼女のためにはなれていない気がする。
無理やりやらせてもらっているだけだから完全に彼女のためにはならない。
それでもなにかを返そうとしないよりはマシだと片付けて続けていた。
「次は私がしてあげる」
「え、駄目だよそれは、私が普段お世話になっている分を少しずつ返そうとしているんだから」
「そんなこと考えなくていいから、私は桜が一緒にいてくれているだけで嬉しいし」
うつ伏せになったら星奈がやり始めてくれたんだけどやっぱりなんか違う。
彼女の場合は絶妙な気持ちよさで、結局返すどころかどんどんと貯まっていってしまっているだけだった。
「ちょ、際どい場所じゃない?」
「そう? こういうところもやるでしょ」
だけど彼女の場合はすぐにやべー感じになるからちょっと困る。
救いなのはここに弥生がいないことと、私が困惑していてもあくまで普通レベルでいられているということか。
「ふぃ、どうだった?」
「普通に気持ちよかったよ、もちろん健全的にね」
「ならよかった、それに私がいつでもそういう風にしたいと思っているわけではないからね」
ふむ、でもなにかに活かせそうだ。
「そういう道に進んでみたらいいんじゃない?」
「え? えっちなことをする職業にってこと?」
「違うよ、マッサージとかをするのが上手なんだからさ」
自らそういう風に考えてしまっている時点で、という話ではないだろうか。
とにかく誰かにするのだとしても両想いになってからしてほしいと思った。
「ほー、そうか、おー」
「まあそれもありかもねってこと、上手だからさ」
「じゃあ桜や弥生でいっぱい練習しようかな」
「私ならいくらでも使ってくれればいいよ」
そういう理由なら少しずつ返していくことができる。
もちろん視野を狭めてほしくないから自由でいてほしいけどね。
もし、の話だからそこまで本気にならなくていい。
「わっ、これはまた熱烈なハグだね」
「……自分がしたことだけどあのまま駄目になっちゃうかと思った」
「私的には温泉に行くときに悪い雰囲気を出したくなかったからこれでよかったと思うよ」
楽しく過ごしたい。
ふたりが、だけでもいいからそれが一番よかった。
とにかくふたりが不安そうな顔をしていたら嫌だから。
「弥生だけじゃないよ、星奈だって大切だから」
「うん、ありがとう」
そこだけは勘違いしないでほしかった。
いまは少し前よりも変わっているのかもしれない。
弥生を完全優先主義から、うん、間違いなく変わっている。
というか、弥生の方が私といないようにしているというか……。
そこで星奈が来てくれているから一緒にいる時間を増やせているというわけだ。
「……たまには桜からも抱きしめてよ」
「はい、これでいい?」
「うん、できればもっと――」
「あんた達なにやってんの?」
「ひゃあ!?」
耳がっ!? な、なんでそんなに驚いているんだ。
たかだか翆に見られただけだというのに、いつも気軽に触れてくるのにさあ。
「起きたんだね」
「うん、ちょっと寝過ぎちゃったわ。で、なにやってんの?」
「星奈が甘えん坊だからよしよしってしてあげていたんだよ」
だってえ……とかって反応を見せたら露骨にがっかりしたような顔になりそうだったから。
これをするだけでそれを避けられるということならいくらでもするよ。
あ、もちろん信用できる相手のみだけどねと呆れたような顔でこちらを見てきている翆を見ながらそう内で呟いたのだった。
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