04話.[おかしいだろう]

 七月。

 気温が高すぎて毎日うへえとなっていた。

 汗をかきやすいから髪が張り付いたりして気持ちが悪い。

 とにかく蒸れるから早く学校が終わってほしいぐらいだった。


「暑いねー」

「うん」


 文句を言ったところでみんな同条件なんだから仕方がないのは分かっている。

 それでもこうまで酷いと授業に集中どころではなくなってしまうのだ。

 だから少しぐらいは自重してほしいぐらいだった。


「弥生はテストで不安なところはないの?」

「うん。いつも真面目にやっていますし、困っているようならお姉ちゃんが教えてあげますよ」

「困ったら教えてもらおうかな」

「私に任せてっ」


 寧ろ私が教えられるぐらいのレベルでありたい。

 頼ってもらいたかった。

 だってそこぐらいでしか役に立てないから。

 他は一生懸命弥生と星奈が合わせてくれているだけだ。


「あ、桜が言っていたように海が見える場所にしたよっ」

「ありがとう」

「あんまりお高くないところだからお財布にあんまりお金が入っていなくても安心っ」

「ふふ、いいね」


 そうか、じゃあ決まったのか。

 じゃあそのときに楽しめるように勉強を頑張らないとな。

 優秀者ふたり組に負けないようにしたい、頼るばかりにならないようにしたい。


「星奈と考えて考えて考えてー! 考えた結果がいま決めた場所なんだ」

「おお、なんかよさそうだね」

「うんっ、行ってみないと分からないところもあると思うけど悪く考えてばかりじゃ駄目だし」


 なんか最近の自分に突き刺さった気がする。

 一気になんなんだろうね、随分と弱気になってしまった。


「いっぱいお喋りしようね」

「うん、もしかしたら眠くなって寝ちゃうかもしれないけど」

「それでもいいんだよ、夜まで桜や星奈といられるだけでね」

「うん、そうだね」


 両親にもたまにはそういう時間があっていいと思う。

 ただ、休みがかぶらないのと、休みだと家にいたい人達だから無理かな?

 私が貰ったお小遣いでばーんと行かせてあげられればいいんだけど。

 まあその際は親孝行ではなくただお小遣いを返しているだけ、になってしまうけどね。


「肩を揉んであげるよー」

「ん? うん、ありがと」


 おお、これはまたなんとも……弱い力だ。

 それでもほのぼのとした気持ちになってくるから癒やし効果がすごい。

 こういうところでも役立てる弥生はすごいな。


「いつもありがとね」

「なんで? お礼を言わなければならないのは私の方でしょ?」

「それこそなんで?」

「なんでって……」


 弥生の場合はいてくれるだけでこちらにとっては支えになるけど私は……? って感じだし。

 意識してしまうと申し訳ない気持ちしか出てこないんだ。

 じゃあなにかしろよって言われるだろうけど結局動いていないし……。


「私が肩を揉んであげるよ」

「いいの? じゃあお願いしようかな」


 うん、うーん、なんかふにゃふにゃで怖い。

 どれぐらい力を込めていいのかが分からない。

 先程の弥生のそれもこれに該当するのかな?


「ふにゃふにゃだ」

「でも、疲れるんだよね」

「そうだろうね、暑いのも影響しているよね」

「でも、プールとかが開いてるから夏は好きっ」

「はは、いいね、それぐらい元気でいてくれないと嫌だよ」


 弱っていたらこちらの方が不安になってしまう。

 汗をかきながらも楽しそうにしている弥生を見るのが好きなんだ。

 それにちゃんと見ておけば最悪なことにもならない。

 水分補給だってちゃんとするし、ご飯だっていっぱい食べているし。


「桜……? なんか手が震えているけど」

「どれぐらい力を込めていいのかが分からないんだよ」

「思い切りぎゅっとしていいよ?」

「よし、じゃあやるかっ」

「いたたたたっ! や、やりすぎだよっ」


 ふーむ、加減が難しいな。

 これが星奈だったら恐らく余裕レベルなんだろうけど。


「ちょいちょい、なに教室ではしゃいでるの?」

「肩を揉んでたんだけど力加減が難しくてさ」

「任せて、こうやって~」

「おお、すっごく絶妙で気持ちがいいよ」


 ふむ、さすがスキンシップが激しい子だ。

 相手が不快にならないラインというのを理解しているのかもしれない。


「ふぅ、快適~」

「気持ちいいですか~?」

「うん、気持ちいいよ~」


 よしよし、そのままもっと仲を深めてほしい。

 ちょっととろけすぎていてやばい顔になっているけど多分大丈夫。

 後方側に顔を向けて座っているから見られる心配も恐らくない。


「よし、終わり」

「ありがと~」

「桜のもしてあげるよ」

「うん、よろしくね」


 お、おお、なんだこれは……と真剣に考えた。

 人が変わるだけでここまで違いが出るんだって初めて分かった。

 いいなあ、こういうところでも誰かのためになれるもんねと複雑な気持ちに。


「はぁ……はぁ……」

「え? うん?」

「……桜に触れてると興奮してきちゃう」

「いやいやいや、落ち着いて」

「ま、冗談だけど」


 よく考えてみたら無防備な体勢だった。

 下手をしたら首を絞められてしまうかもしれない。

 もちろん彼女はそんなことをしないけどがばっと抱きしめられる可能性はある。

 そうしたら色々な意味でドキドキしそうだから気をつけないと。


「気持ちよかった?」

「うん、ありがと」

「どういたしまして」


 いつか私もふたりのためになにかをしたかった。

 まあ、できるかどうかは分からないけど動こうとするだけでも違うからね。




 テスト最終日になった。

 もう終わるところまできている状態だ。

 星奈はともかく弥生はなんかときどき頭を傾けていたりもした。


「はい終了ー」


 答案用紙を渡して終了。

 今日はお昼で終わりだからのんびりゆっくりできていい。


「さーくら、ちゃんとできた?」

「できたよ、星奈は?」

「グーだよグー、ただ」


 星奈が見た方を目で追ってみたら弥生がまだ頭を抱えていた。

 もう終わったというのになにをしているのか。


「弥生、どうしたの?」

「さくらぁー!」


 もしかしたら本番になって頭の中から詰め込んだものが出ていってしまったのかもしれない。

 あれだけ真面目にやっていたからその反動でぶっ飛ぶ可能性はある。


「今回はやばいよー」

「そっか……」

「百点を取れる自信しかないよー!」

「そっ――なんでやねん」


 なんでそれで頭を抱える必要があるんだ。

 まあ赤点を取るような子ではないから心配はしていなかったけどさ。


「でも弥生、そうやって自信を持ってるとしょうもないミスで九十八点とかになるから気をつけた方がいいよ、ソースは私自身ね」

「そっか、よし、頑張って抑えようっ」


 待て待て、なんてレベルの高い話をしているんだ。

 こっちなんか赤点を取らなければセーフ程度にしか考えていないんだぞ。

 それなのに百とか九十八とか、遥か遠い話すぎて困る。


「しかももうちょっとしたら温泉っ、美味しいご飯っー!」

「それは私も楽しみだよ、ちょっと高いけどね」

「風邪を引いたりしないでよっ?」


 ああ、そこも気をつけておかなければならないのか。

 もし風邪を引いてしまった際にはかなり迷惑をかけることになる。

 そうなったら消えたくなるどころの話ではなくなるからしっかり管理しておかないと。


「しないよ、仮に熱を出しても行くから安心して、弥生を頼るから安心してー」

「任せてっ――って、風邪を引いたら駄目だよっ」


 このふたりって私と真反対って感じなのによくいてくれてるなと思った。

 優しさだけじゃ説明がつかない気がする。

 もしかしたら私のことが好きだとか? ぺたぺた触れてくるのもそういうこと?


「無事に終わったことだし今日はファミレスにでも行きますかっ」

「私は家がいいな、ふたりがいてくれればいいわけだし」


 これから複数の諭吉さんを使用しなければならないわけだから少しでも貯めておきたい。

 散財するにしても現地ですればいいだろう。

 確かに数百円払えばジュースは飲めるし、さらに追加で払えばご飯も食べられるから楽と言えば楽だけど、ねえ?


「私も桜のお家に行けるだけでもいいけど」

「いやいや、たまには行きましょうよー」


 星奈的にはそっちの方が大切か。

 弥生を見てみたら「桜はどうする?」と聞いてきた。

 ま、いいか、たまには行くことにしよう。

 行くと言っただけで星奈はかなり喜んでいた。


「涼しい~」

「だね~」


 このふたりはふたりだけで盛り上がってくれるから気が楽だ。

 たまに振られたときだけ答えるようにしておけば問題も起きづらい。

 別に遠慮をしているわけじゃなく、ふたりが話しているところを見るのが好きだった。


「私はステーキっ!」

「私はグラタンっ!」

「「暑いときに敢えて熱いものを食べるのがいいんだよっ!」」


 迷惑がかからない範囲で調節していた。

 敢えて熱いものを食べるとかよくやるよ、というのが正直な感想。


「「いただきますっ」」


 こっちはジュースを飲んでふたりを見ていた。

 ただねえ、なんで私が真ん中でふたりが両端なんだろうね。

 なんでテーブルを挟んだ向こう側に座らないのかという話だ。

 おかげで見ることすら結構大変だったりもする。


「桜、あーん」

「あむ――あちちっ!」

「あ、ごめん」


 ……うん、だけど美味しいな。

 こうして少しだけ食べてしまうと注文してしまおうかという気持ちになってくる。

 でも、私はジュースだけでいいんだ。

 負けるな自分っ。


「桜、こっちも食べてー」

「あむ――ほっ……こっちも熱いなあ……」

「美味しいでしょ?」

「ふぅ、うん、それはそうだね」


 ジュースだけの代金で少しずつであったとしても食べられるって贅沢だ。

 なんかずるいことをしているみたい。


「ごちそうさまでしたっ、よしっ、次はパフェっ」

「私もっ」


 お昼から食べすぎだろう。

 温泉に行くことをちゃんと分かっているんだろうか?

 それともぽんとそれは別でお金を貰えたりするのかな?

 というか、弥生のご両親が許してくれるのかな?

 考えだしたらきりがない。

 私には気になることばかりだった。


「「ごちそうさまでした~」」


 このふたりは本当に姉妹みたいだ。

 ここまでテンションが高いのは夏休みが近いからだと思う。

 ただ、たまについていけなくなるときがあるからもう少しセーブしてほしかった。


「「ぎゅ~」」

「ジュース注いでくる」

「「ああっ」」


 無理やり通路側に星奈を押して機械がある場所を目指す。

 ちょっとケチくさいところもあって少しでも元を取ってやろうと行動している。

 昔見た動画でそれは絶対に不可能だと分かっているけど、ねえ?

 そこだけは譲れない点だった。




 終業式が終わって教室に戻ってきていた。

 いつも通りであれば聞き慣れたことをHRで聞くだけで終わるはずだ。

 そして、事実今回も同じようなことを言われて解散となった。

 急いで帰っても仕方がないから教室で休憩することに。


「桜ー、私はもう帰るねっ」

「ん? なにか用事でもあるの?」

「うんっ、年下の子と会うことになっているんだっ」

「そっか、気をつけてね」

「うんっ、桜もねっ」


 そうか、意外とあの子と関係が続いているのか。

 温泉に行けなーい、なんてことにならないといいけどと内で呟く。


「桜、今日も残るの?」

「うん、いま出たら燃えちゃうし」

「あ、そっか、じゃあ私も残ろっと」


 静かな教室で信用できる相手と一緒に過ごす。

 なんていい時間なんだろうか。

 これまでならありえないことだった。


「それにしても本当に複数百点を取るとはね」

「弥生の集中力はすごいよね」

「それ、今回は喋りもしなかったからね」


 一緒に勉強会的なことをしたものの話しかけられないようなレベルだった。

 だから私の家だったのに客間で星奈とふたり静かにやったことになる。


「仮に喋っていたとしても裏でかなり真剣にやっているからなあ」

「弥生も星奈もすごいよ、自分が情けなくなってくるぐらいだよ」

「はいそれ禁止ね、早めに止めておかないとすぐにマジな雰囲気を出し始めるから」


 そこまで卑下するような人間でもないけどまあいいか。

 友達といるときに敢えて面倒くさい方に足を踏み入れなくていい。

 しかもそうじゃないと言ってほしくて口にしているみたいだからね。


「八月一日からだからね」

「じゃあ前日は星奈の家に泊まろうかな」

「はい? やだよ、私が桜の家に泊まるから」

「私的には気楽でいいけどさ」


 いつも来てもらってばかりだからたまには自分から動こうとしたんだ。

 だけどねえ、自分から動こうとすると相手側からNOを突きつけられるんだよね。

 これは決して動かないことを正当化しようとしているわけではなく事実そういう風になっているからこちらも言いたくなるわけで。


「正直に言うとね、桜とふたりきりだったらもっとよかったかな」

「はい? そんなことを言うのも禁止」

「弥生のことは好きだけどさ、弥生と桜が集まると弥生ばっかり優先するから……」


 意外と寂しがり屋なのかもしれない。

 でも、そう言ってくれるのはありがたいけどさすがにそれをよしとはできない。


「星奈、もし私が裏で弥生とふたりきりがよかったとか言っていたらどう思う?」

「……分かってるよ、わがままだってことは」

「星奈か弥生が私がいない方がいいって言っていたら寂しいし悲しいよ」

「分かったってっ」


 私といたいって言ってくれるのは嬉しいけどなんか悲しいな。

 三人で、いや、最悪の場合は弥生と星奈のふたりが仲がよければよかった。

 でも、いまのを聞いていたらまず間違いなくふたりの間に溝ができていた。

 寂しいし悲しいけど私がいない方がいいと言うのなら納得ができる。

 けど、弥生と星奈のふたりはもっともっと前から仲良かったんだからおかしいだろう。


「……結局、桜にとって大切なのは弥生だけってことでしょ」

「はい? 星奈だって大切だよ」

「いいよ、どうせ無理やり合わせてくれているんだろうし」


 彼女はこっちの肩を手で触れてから「もう帰るね」と言って出ていってしまった。

 なんでそうなる。

 誰だっていなければよかったなんて言われたくはないだろう。

 弥生は迷いなく星奈を誘ったのにそんなわけがないじゃないか。

 弥生にとって星奈は大切だけど星奈にとって弥生はそうではなくなってしまったということなのだろうか?

 もしそうなら自分のことじゃないのに寂しいと思う。

 どうせ切るなら私を切ってくれればいい。

 もちろん三人で予約しているからそれには来てくれるんだろうけど……。


「はぁ」


 こういうことがあるから過去の私はああいうスタンスでいたんだ。

 なんでそうなったのかは分からない。

 両親が常日頃から喧嘩しているわけでも、自分の周りにいた人間達が喧嘩していたわけでもないのに何故かそうなっていた。

 他のことに興味がないのかと言われればそんなことはなかったし、意外と人間らしいところはたくさんあるわけで。

 楽しい楽しい温泉旅行の前にこんなことになるなんて思わなかった。

 彼女も本当は言うつもりはなかったのかもしれない。

 弥生が残っていたらまず間違いなく口には出してはいなかった。

 それかもしくは冗談混じりに言っていた可能性は……あるかもだけど。


「帰ろ」


 せっかくこれから夏休みってところなのにこれでいいんだろうか。

 電話とかかけても反応してもらえないだろうからそっとしておこうか。

 何度も言うけど切るなら私を切ってほしい。

 ふたりといたいけど邪魔者にはなりたくないからね。


「桜、久しぶり」

「あれっ、いきなりどうしたの?」


 これはまた珍しい来訪者だった。

 とりあえずあっついから家の中に入ってもらう。

 飲み物もいつも通りに渡して今日は床に座った。


「弥生と星奈は元気?」

「うん、暑かろうがなんだろうが元気だよ」

「ふっ、あのふたりらしいわね」


 そうだね、あのふたりらしいね。

 さっきのことはまあ言わなくてもいいだろう。


「それでどうして?」

「たまにはいいでしょ、あんたに会いたかっただけ」

「悪いとは言ってないよ」


 誰かといられる方がいまの状態には間違いなくいい。

 だからこの来訪には感謝しかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る