03話.[分からなくなる]

 六月。

 今年は珍しく晴ればかりの日々が続いていた。

 ただ、普通に暑いから七月になったらどうなってしまうんだ……という絶望があった。

 救いな点は暑かろうが寒かろうが元気でいてくれている弥生の存在だろう。


「桜は熱いねー」


 悪い点は最近接触が増えてきていることか。

 なんか小さい子を騙しているみたいで落ち着かない――とまで考えてこういう扱いをしないと決めたことを思い出してやめた。

 が、弥生がこうなっている原因、理由は明白で。


「お、今日もくっついてんねー」


 これ、間違いなく星奈のせいだった。

 触れられることは嫌ではないから別になにかを言ったりはしないけど……。


「なんかこう見ると姉妹みたいだね」

「姉の方が可愛くなくてそうは見えないでしょ」

「もう、桜はすぐ自分を下げるんだから」


 愛想笑いすら上手くできる自信がなかった。

 これまではぼんやりのんびり生きてきた人間だから普通なのかもしれないけど。

 小さい頃から一緒にいるとはいえ、弥生がここまで近くにいてくれるとは思わなかった。

 星奈なんて特にそうだ、最初は友達の友達だったんだからね。


「いまなんで自然と自分をお姉さんにしたの?」

「さすがに私が妹って感じはしないでしょ」


 こんな可愛げのない妹がいたらびっくりするよ。

 結構兄や姉に対して冷たい妹とかもいるのかもしれないけどさ。


「こうした方が姉妹っぽくていいよ、お姉ちゃんは派手だけど」

「ちょいちょい、派手じゃないでしょっ」

「髪を染めているだけで派手なんですよ、あと胸元が見ているだけで不安になるよ」


 相手が星奈な分には弥生が甘えていても構わなかった。

 上手く言えないから寧ろ見ている方が気楽でいい。

 私は教室で寝て過ごすような存在でいいのだ。

 それにどちらか片方といるとそのつもりはなくても贔屓しているとか言われてしまうから。

 だったら、うん、こうして見ることだけしかできない方がいいだろう。


「星奈はひんやりしてて気持ちいいっ」

「タイミングによって変わるけどね、私も一応人間ですから」

「黒髪に戻してくれればもっといいのになあ」


 まあそこは彼女なりのこだわりがあるんだろう。

 思っていても口にするべきじゃないことだ。

 友達でも知らないことというのは多くあるわけだからね。


「……これは舐められないためにしているんだよ」

「誰かに馬鹿にされちゃったの?」

「ま……似たようなものかな、校則的にもアウトじゃないから許してよ」

「……分かった」


 陽キャでも――違うか、偽っているって言ってたもんな。

 一対一だと途端に静かになるところを私は何度も見ている。

 そんな無理して合わせなきゃいけないグループなら抜けた方がいいと思うけど、それだけで終わるようなら苦労はしていないという話か。

 抜けた途端に悪口とか言われ始める可能性がある。

 じゃあやっぱり私ぐらいの過ごし方がいいってことだ。


「ちょいちょい、やけに静かじゃん」

「廊下に行こ」

「ん? うん、弥生も行くぞー」

「うん、行くー」


 それなら一緒にいられる内は自由にさせておきたかった。

 私に触れることで落ち着くということならいくらでも触ればいい。


「夏になったら弥生はどこに行きたい?」

「えーっと、沖縄!」

「はは、それはまた遠いところだねー」


 私だったら家にこもってゆっくりしていたい。

 冷房の効いた部屋でアイスを食べたりしてゆっくりとね。

 そこに誰かがいてもいいし、ひとりでも構わない。

 大事なのはいかに熱気に触れないかということだ。

 でも、それをできたことは一度もなかった。

 幸いなのか悪いことなのか、弥生や星奈が来てしまうからだ。

 それで海に行ったりプールに行ったりもした。

 夜には庭で花火で楽しんだりもした。

 全てはふたりが優しいからだろう。

 そうでもなければ私のところに来たりなんかしない。

 面白みもない人間のところに来てくれるのはそれぐらいしかないはずで。


「私は敢えて温泉かな。美味しいご飯を食べたり、いい景色を見たりできたら楽しいかなって」

「おお、それなら行っちゃう?」

「え、あ、お金はあるけど……」


 家族で旅行に行った際には窓の外に視線を向けていた。

 オレンジに染まっていくのも見ていて楽しいし、暗闇に染まってからも見ているとなんだかぞわぞわするから楽しんでいた。

 ご飯も美味しいし、お風呂も当然気持ちがいい。

 入りたいと思ったときにはすぐに入れるからそういう点もよかったな。

 もちろん悪いところもあって、帰るとなったら寂しくなってしまうことだった。

 それでもまた行きたいって思ってしまうところが人間らしい気がする。


「桜も行くよねっ?」

「ふたりがいるならね」

「当たり前でしょっ」


 物欲というのがあまりないからお金だけはしっかり持っている。

 たまにはそういう形で使うのも悪くはないだろう。

 それに家族以外と旅行に行くのなんて修学旅行ぶりだし。


「私が探してくるねっ」

「待って、それなら私も探すよ」

「おお、星奈が協力してくれればいいところに行けそうっ」

「どうせならいいところがいいからね」


 あんまり高い場所にしないでと言っておいた。

 いくらお金があると言ってもお金持ちというわけではないからね。




 ちゃんと雨が降り始めてきて少し安心している自分がいた。

 あのまま晴ればかりが、気温が高い日が続くことを考えたら怖かったから。

 私的には曇り程度に抑えてくれると助かるわけだ。


「雨だなあ」


 ついつい窓の向こうを見る度に呟いてしまう。

 なんか内側も静かというか……。

 今日は弥生も星奈も静かだから違う世界のように感じていた。

 違和感しかなかったから廊下に出てきているということになる。

 いいところが見つからないということなのかな?

 一生懸命に探しすぎて寝不足に、なんてこともありそうだ。

 私はふたりといられればどこでもよかった。

 まあ、汚い場所とかは嫌だけど……。


「さーくら」

「今日は静かじゃん」

「うん、前も言ったように雨が好きだから雨音を静かに聴いていたいんだよ」


 大して好きでもない私でもこの音を聞いてると確かにそういう気持ちになる。

 静かな感じなのは間違いなくここから影響を受けている。

 それにあれか、星奈のそれは偽物の可能性もあるのか。


「桜はどんなところがいいの?」

「ちょっと高いところがいいな、それが無理なら海が見えるところがいい」

「おお、確かに見ているだけでなんかわくわくするよね」

「うん、好きなんだ」


 修学旅行のときなんて慣れない子と班が一緒だったからずっと外を見ていたぐらいだ。

 ご飯はバイキング形式の方が嬉しい。

 決まったものだと食べられないものがある可能性があるから、うん。


「ま、ふたりがいてくれればいいよ」

「ほう、嬉しいことを言ってくれるじゃない、弥生だけじゃないってところがさ」

「当たり前でしょ、いまは星奈だって大切だよ」


 最初はこんな子が弥生の友達なの? とすら思ったぐらいだった。

 元気すぎるし、派手だしで弱みでも握られているんじゃないかと感じたぐらい。

 でもまあ、そんなことはなかったことになる。

 一緒に過ごしてみないと分からない子ばかりだから怖い。

 勝手な偏見でこんな子といられなかったのかもしれないからね。

 ……ちょっと過激で大胆なところはあるけど、うん、本当にそうだ。


「弥生ばっかり優先する子だからそう言ってもらえると嬉しいなあ」

「星奈は最近私のところによく来ているけど怒られないの?」

「怒られないよ、グループの子だって彼氏とかとよく行動しているわけだし」


 彼氏や彼女などといった単語は私には無縁だった。

 友達すら離れていくぐらいなんだから当然と言えば当然なんだけど。

 それに小中学時代の私はとにかくナマケモノみたいな過ごし方をしていたしね。

 授業は学費を払ってもらっているのと卒業しなければならないということで真面目にやっていたものの、そういう強制力がなかったら間違いなく寝てばかりだったと思う。


「それに同性の子が好きだって言ったでしょ? あの子達といても叶わないから」

「そっか」


 それを言ってくれるのは普通に嬉しいかな。

 信用していなければ恐らく無理なことのはずだから。

 ま、私が関わっているのは弥生ぐらいだからそのリスクも低いかと片付ける。


「彼氏かあ、すごいね」

「一部を除いてお互いに好きになったということなんだからね」


 片思いをするのは簡単でも両想いにするためには相当努力をしなければならないことで。

 多分、そこまで頑張らなければならないならいらないって私は片付けると思う。

 そこまでの熱量、やる気がないんだ。

 簡単に手に入るものにしか興味がないっていうのは……どうなんだろうね?

 つまり努力はしないということだから駄目なのかな。


「桜、好きって言ってみて」

「好きだよ」


 うん、いまなら簡単に言うことができる。

 ただ、自覚してしまったら駄目になりそうだ。

 意外と人間らしい、乙女らしいところがあるから間違いない。

 

「真っ直ぐだね。桜的には告白してもらえた方が嬉しい?」

「自分から言うのは勇気がいることだと思うからね」


 誰かから言ってもらえたらそりゃ楽だろう。

 相手の気持ちが分からない状態で言うから勇気がいるのであって、相手の気持ちが分かっている状態で言うのなら多少のドキドキぐらいで済ますことができる。

 ま、私を好きになるような男子や女子がいたら驚きすぎて腰を抜かすけど。

 冗談抜きで嵐とかになりそうだ。


「星奈はもっと他の人といた方がいいよ」

「またそれ?」

「事実でしょ? ぼけっとしていることだけしかしない人間といるよりもいいよ」


 怖いのかもしれない。

 昔とは変わってしまっているからこその行動だろう。

 踏み込みすぎてしまうと冷静ではいられなくなってしまう。

 これまで勉強以外は適当でいいというスタンスだったからこそだ。

 誰かに恋をして苦しさを感じている自分を見たくないのもあった。

 なんにも責任が発生しない傍観者で居続けたかった。

 でも、できれば知らない他の子じゃなくて弥生と仲良くしてほしいという気持ちがある。


「それに私といてもなんにも変わらないでしょ」

「……なんで桜ってそうなの?」

「なんでって言われてもちゃんと自分のことを分かっているからだよ」


 迷惑もなるべくかけないようにって動いているんだよ。

 大切な子の時間を無駄にしないようにって考えてるんだよ。


「星奈はそのまま続ければいいよ」


 授業を真面目に受けている時点で私的には高評価だ。

 そして話し合いの際なんかには積極的に意見を挙げてくれるからそこもいい。

 委員長ではないけどみんなを引っ張っていける力がある。

 私からすれば真似できない眩しい存在だった。




 体育の授業でバスケをやった。

 なにかと自己評価が低すぎると言われがちな私だけどそれはもう酷かったね。

 誰がどう見ても足手まといと言うであろうレベルだった。


「いてて……」


 それだけではなく取れなくておでこにぶつけるという逆神業も披露した。

 おかげでつるつるで綺麗なおでこが赤くなって悲しいぐらいだ。

 上手く動けないから体育の時間って嫌いだ。

 逆に活躍できる子ならかきかき書いている授業よりもいいのかもしれないけど。

 なんか恥ずかしいからトイレの個室にこもっておくことにした。

 間違いなく星奈からは笑われてしまうからね。

 予鈴が鳴ったらさすがに教室に戻って突っ伏していたけど。

 とにかく、それを繰り返して放課後まで過ごして。


「んー」


 まだじんじんと痛い感じがする。

 ぶつかったときの衝撃を鮮明に思い出せるというか……。


「大丈夫?」

「ちょ、ちょいちょい、触ったら痛いじゃん」

「まだ痛いの?」

「いや……そんなに痛くないけど」


 意外と笑ってきたりしないんだな。

 もう星奈が本当はどんな子なのかが分からなくなる。


「まだ赤いね」

「笑ったりしないんだ」

「するわけないでしょ? はぁ、桜って地味に酷いよね」


 これは馬鹿なことを考えてしまったのかもしれない。

 そういうところで笑ったりしない子だって分かっていたはずなのにね。

 こういう発言が側から離れていく原因になるのに馬鹿だ。


「ごめん、嫌な気持ちにさせたよね」

「いや……そこまでじゃないけどさ」

「こういうところが駄目なんだよ」


 昔だったら誰もいなくなったとしても構わないと思ってた。

 出会いがあれば別れもあることだし、踏み込むと面倒くさいことにもなるしということでね。

 でも、いまは同じようにはできない。

 私は星奈や弥生といるのが好きだから離れてほしくない。

 ただ、相手のことを考えれば一緒にいない方がいいんだ。


「ああもうすぐにマイナス発言するの禁止っ」

「うん」


 窓際じゃないから少し遠いけど窓の向こうに意識を向けた。

 灰色に染まっていていまの私の内側と似ている気がする。

 そこまで悪くは考えていないけど……余裕というのがなくなっているのかもね。

 これまでは直視しないようにしていただけなのかもしれない。


「星奈のことがよく分からなくなっちゃった」

「じゃあよく見ていてよ、それでまた知ってくれればいいから」

「うん、そうだね」


 ……大丈夫、悪く考えすぎて自滅するようなことはしない。

 私はいつも通りの感じで彼女達といればいい。


「ちょっと派手だけど優しい星奈のこと好きだよ」

「派手は余計、それより帰ろうよ」

「うん、帰ろう」


 遅くまで残っていても帰るのが面倒くさくなるだけ。

 まあでも、お風呂があるなら学校に泊まりたいぐらいだった。


「たまには私の家に来てよ」

「うん、分かった」


 まだまだ時間はあるからゆっくりさせてもらおう。

 やっぱり活発的に行動している自分なんてらしくないから。

 置物みたいな感じいいんだ。

 いいところを見せようとすると間違いなく逆効果になる。


「はい、オレンジジュース」

「ありがとう」


 水やお茶も十分美味しいのに甘い飲み物ってなんでこうなんだろう。

 がぶがぶ飲んだら体的にはよくないけどもっと欲しくなる感じだ。

 それでも最高に喉が乾いたときの水の美味しさはやばいというわけで。


「いいところは見つかった?」

「んー、いいところはいくらでもあるけどお金がね」

「あー、そうだよね」


 せめて他市がいいなあ。

 もしそうじゃないなら誰かの家でお泊り会でもすればお金もあまり使わずに済む。

 だけどたまには旅行なんてしてみたいという気持ちがあった。


「早く梅雨が終わってほしいな」

「雨が好きなんでしょ?」

「だって桜が暗いから、そんな桜を見たくないし」


 いやあ、仮に七月になっても今度は暑さを前に負けるだけだ。

 やはり春が一番だろう、ぽかぽかしていて眠るだけで気持ちがいい。


「それに早く旅行に行きたいんだよ、例え距離とかが短くてもね」

「夜遅くまでゆっくり話せるもんね」

「うん、帰らなくていいのはいいことだよね」


 質とかは普通レベルでいい。

 それよりも三人で行けたという事実がほしかった。

 これからどうなるのかは分からないからだ。

 いまはいてくれているけど離れてしまうかもしれない。

 これはマイナス思考じゃなくて実際そうだから間違ってはいない。


「それに弥生を一度洗ってあげたかったんだよね」

「いい匂いするよ?」

「分かってるよ? でも、隅々まで……ふへへって感じでさ」


 そこにお姉ちゃんみたいな感じは含まれていなかった。

 痴女とかビッチとかそういうやべー感じしかなかった。


「やべー子だ」

「ちょいちょい、そんな不審者を見たときみたいな反応をしないでよ」

「だってひーひー言わせそうだしね」


 耳をちょいと触っただけであの反応だから体の場合は……。

 まあ自分がしないのであれば悪く言われることはないから安心しておこう。


「弥生が駄目なら桜でもいいんだけど?」

「洗ってくれるなら楽でいいけどね」


 美味しいご飯を食べて温かいお風呂に入って部屋でゆっくりとする。

 その際は窓を少し開けて波の音とかを聞ければいいな。

 そうしたら間違いなく落ち着けるだろうからねと内で呟いたのだった。

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