02話.[雨って好きだな]

「雨だね」


 横に座った彼女が窓の方を見つつそう言った。

 なんとなくこちらも視線を向けてそうだねなんて言ってみる。

 雨は嫌いでも好きでもなかった。

 いまいち好きになれない点は濡れてしまうからだ。

 反射装置でもついていてくれればいいんだけどと内で呟く。


「私、雨って好きだな」

「なにもかも意外な塊だ」

「桜の中の私のイメージ悪すぎでしょ」


 それも仕方がない話だ。

 だって胸はでっかいし、髪は染めてるし、胸元ゆるゆるすぎだし。

 弥生の教育によろしくないからやめろ、とも言いづらい。

 それに弥生は星奈のことを気に入っている。

 なにかを言おうものならこちらが敵視されて終わるだけだろう。


「ちなみになんで好きなの?」

「音かな、聞いているだけで落ち着けるんだよ」

「なるほど、だから一対一になると静かになるんだ」


 いつもは派手派手少女だけどこうなると全く違う。

 弥生の胸や身長が大きくなったバージョンみたいだ。

 にしても、髪を染める必要はないと思うけどねえ。

 

「それは桜の前では偽る必要がないからだよ」

「それはまた……信用してくれているということかな?」

「当たり前でしょ、信用できない人とふたりきりになんてなりたくないよ」


 なるほど、これはまた馬鹿な質問をしてしまったようだ。

 私だって信用できない人とふたりきりにはなりたくない。


「でも、弥生は星奈に甘えたがっているんだよ? 相手をしてあげなよ」

「十分してるよ、どこかの誰かさんは自分から来てくれはしないし」

「ぐうたらで自分勝手ですからね、用があるなら向こうがこっちに来いって思っているんです」


 それで駄目になったことなんてない。

 まあ、残ってくれたのは弥生だけだから失敗しているのかもしれないけど。

 でも、量より質という考えの自分にとってはそれでいいんだ。

 多ければ多いほど得するということでもないし。


「星奈はなにも分かってないね、私のところばかりに来たら嫌われるよ?」

「あ、弥生以外の友達のことを言ってるの? それなら余計に気にしなくていいよ」

「星奈はそうでも相手もそうだとは限らわないわけですよ」


 グループであるならなおさらなことだ。

 自分達をではなく私のような人間を優先していると絶対にそうなる。

 そのときに被害に遭うのは彼女ではなくこの私や弥生だ。


「嫌なの? 私が来るの」

「そうじゃないよ、仮に来るんだとしても弥生を優先しなさいよって言ってるだけだよ」


 相手が誰であっても弥生が楽しそうにしていてくれればいい。

 寧ろ私といるよりも気持ちのいい場面というのを何度も見られることだろう。

 ぶっちゃけ、彼女の友達のことはどうでもいいんだ。

 私の中では弥生が一番優先される対象だからあんたもしなさいよ、そう言いたいだけ。


「何度も言うけど弥生とは朝からいられてるわけ、でも、桜とはいられてない。理由は分かる? 何故なら桜が寝てしまっているからだよ」

「それは分かるよ、だって私のことだもの」


 自分のことを知らなかったら自分とはなんだとなってしまう。

 さすがにそこまで馬鹿じゃない、直視しないようにしているわけじゃない。

 なるべく考えて行動している、それぐらいは私にもできる。


「うん、だから放課後は相手をしてもらいたいわけ、私の言いたいこと分かった?」

「分かったよ」

「ならよろしい、桜は普通に私の相手をしてくれればいいんだよ」

 

 最初なんか気まずい状態にならないよう私の方から話しかけていたぐらいなのにねえ。

 心を開いてくれたいま、陽キャそのものになっていて若干追いつかないときがある。

 喋るのが大好きな彼女でもそうなるんだから私みたいな人間はそうなるのが当然で。

 私はまだ他者からの悪口とかを気にしない人間だからいいけど、そういう細かいことを気にしてしまう人間がいたとしたら……大変そうだ。


「それにさ、私は同性に興味があるんだよね」

「だろうね」


 もしそうじゃなかったら驚く。

 まあ、友達、同性だからこそできる触れる行為なのかもしれないけど。


「こうして触れ合ったりとかしたいわけ」

「……なんか触り方がやらしくない?」

「そういうのに興味があるお年頃なんですよ」

 

 怖い怖い、下手をしたら弥生がやられてしまうわけか。

 想像することすらやばいからやめておくことにしよう。


「耳とか弱くないの?」

「んー、どうなんだろう」


 よく母に耳掃除をしてもらっていたけど単純な気持ちよさしかなかった。

 だから彼女が言いたいであろう性的な気持ちよさを感じるような場所ではないんだ。


「誰でもいいの?」

「なわけないでしょ」


 そりゃそうだ、これもまた馬鹿な質問だった。

 肉体関係でいたいだけなら――いや、それこそ見た目とか重視するかと片付ける。

 一応触れてきたりするということは候補の中には入れているということなのかな?


「首とかは?」

「ふふ、く、くすぐったいよ」

「ははは、そうだよね」


 そういうのを探りたいならもっと仲のいい人とやるべきだ。

 あと場所は学校ではなくどちらかの家とかでね。

 外でやって興奮するのは目撃した他者を不快にさせるかもしれないから駄目だ。

 それに相手のことを考えれば外でやるべきじゃない。


「こんなこと無垢なあの子にはできないからさ」

「ま、両想いになるまでしない方がいいね」

「それって桜にも駄目ってこと?」

「って、別に変なことはしてないからね、星奈の言い方じゃ意味深な感じになっちゃうよ」

「だから私は興味があるんだけど?」


 て、手強い。

 ひとつ言えるのは私で遊んだところで楽しくないということだ。

 胸があるわけでもないし、弱い部分があるわけでもない。


「きょ、今日はもう帰ろう」

「ふふ、そうやって少し慌てている桜が見れるのも新鮮で嬉しいよ」


 怖い怖い、食われてしまわないように気をつけようと決めた。




 まだまだ雨は降り続けるみたいだ。

 梅雨というわけじゃないのにこれだから本格的な時期になったら面倒くさそうで、はあ……。

 必要なことだとは分かっていても、他市や他県で降ってくれればそれでいいだろうとこれまた自分勝手な思考をしていた。


「桜桜桜ーっ」

「はいはい、ここにいますよー」


 雨でもやたらと元気なのが弥生という存在だ。

 最近明るい理由は両親の帰宅時間が遅くなっているかららしい。

 だからそれまで通話か直接一緒にいることが増えたから……なのかな?

 もしそうなら普通に嬉しい。

 だって自分が一緒にいるだけで嬉しそうにしてくれているんだからね。


「私には許せないことがあるの」

「言ってみなさい」

「それはね、大切な妹が裏でもうひとりの妹とこそこそしていることなの」


 そうかあ? というのが正直なところだった。

 確かにこの前の雰囲気は怪しかったけどあれからは弥生とばかりいる。

 逆に午前や放課後までの時間に星奈が来ることが増えたというだけだ。


「あ、片方は星奈のことでもう片方は後輩ちゃんということか」

「そんなわけがないでしょっ、私は特に桜に怒っているのっ」

「その割には弥生は星奈とばかりいるでしょ?」

「いないもんっ、桜とばかりいるもんっ」


 事実そうだから違うとは言えないのを分かっていながら口にしただけ。

 揶揄したかったわけでもない。


「はいはい、騒がしくしたら迷惑だから違うところに行きましょうね」

「……桜がいてくれるならいいよ」


 そういうことで目をつけられても嫌だから仕方がない。

 向こうも騒がしくしているけど棚にあげられる可能性はあるからなあと。


「弥生は最近元気だね」

「うん、元々暗い感じではないけど」

「いいことだよ、弥生が元気なだけでこっちも楽しく過ごせるからさ」


 雨が降っていてもそんなに嫌な気持ちにならないのは彼女と星奈のおかげ。

 想像以上にふたりのことを、人間のことを好いていて驚いた。

 去る者追わず来る者拒まずの精神でいたはずなのにどうしてこうなったのか。


「……触れてもいい?」

「え、いまさらそんなことを聞くの?」

「も、もしかしたら嫌な可能性もあるし……」


 問題ないと言ったら側面からがばりと抱きついてきた。

 彼女は温かいから正直眠くなる。

 ただ、こればかりは変わっていなくて安心するかな。


「なんで桜といるとこんなに落ち着くんだろう」

「自分で言うのもなんだけど悪口とか言わないからじゃない?」

「え?」

「え? ってなんで?」

「……私にばっかり冷たいときもあるよね」


 えぇ、どこの世界線の私だよそれは。

 星奈が相手のときは適当にしたときもあるけど彼女相手には絶対にそんなことしてないぞ。

 あ、もしかして両親とエンカウントするのを避けるために帰るから?

 それにしたって毎回来てくれればちゃんと相手をするって言っているんだけどな……。


「それに星奈といるときは友達らしくいる感じがするけど私のときは違うもん」

「どういう風に?」

「私が相手のときは妹を相手にしているときみたいな感じだから」


 んー、実際にそういうところはあるかもしれない。

 仮に弟や妹がいたとしても絶対に悪く言うつもりはないから似たようなものになる。

 そうか、小さくて可愛いと考えてしまっている時点でそれが出てしまっているのかも。

 彼女は友達らしく盛り上がれるかどうかを気にしているということだ。


「家族が相手のときみたいな感じじゃ嫌だよ」

「でも、仲がいいってことだよね?」

「駄目、変えて」


 なんでも合わせてあげなきゃいけないという考えが駄目なのかな?

 難しいな、指摘されてもすぐに変えられるようなことではない。

 それでも嫌われたくはないから努力はしようと決めた。


「あと、星奈となにをしてるの?」

「会話かな」

「嘘つき、それだけじゃないでしょ?」


 と言われても星奈がこちらに触れてきているだけだから嘘ではない。

 耳にこだわりがあるようで毎回さわさわさわさわと触れてきているわけだけど、やっぱりくすぐったいなぐらいにしか感じていなかった。

 いやまあ学校で別の意味で感じていたらやべーやつになっちゃうんだけど。


「言って」

「……星奈が触れてきているだけだよ」


 あーもうなんでこんなことを彼女に言わなければならないんじゃ。

 かなりの羞恥プレイだ、やべーやつみたいに思えてくるし。


「どんな風にっ?」

「どんな風にって、こういう感じ――」

「ひゃあ!?」


 星奈はこういうリアクションを望んでいると思うんだ。

 でも、さすがに彼女にはできないと言う。

 あとは単純にそういう感情を表に出さない私だからこそ変えたいのかもしれない。

 慌てたところを見られて嬉しいとか言っていたしなあ。


「……そういうのはよくないと思う」

「そだね、弥生の言う通りだよ」


 やっぱり私で遊んだところで有意義な時間とはならない。

 ゆっくり星奈を説得していこうと決めたのだった。




「たまにはひとりでお買い物ー」


 ぐうたら娘でもたまには両親のために動いたりもする。

 ご飯を作れるのも、家事をある程度のできるのもそこから影響している。

 でもね、ひとりで行くのもなんだか寂しいものなんだ。

 なので、


「今日は星奈さんに来てもらいましたー」


 彼女を巻き込ませてもらった。

 彼女もどうやら私といたいみたいだから悪くはないだろう。


「なんで?」

「ちょいちょい、なんかめっちゃ嫌そうな顔をしてくれるじゃん」

「いや、服とかを見に行くお買い物なら大歓迎だけどこれは違うでしょ?」

「ま、まあまあ、一緒に行っておくれよー」


 別にそれと違って長時間かかるというわけでもない。

 そんなに大金ではないお金を持ってスーパーに突撃してそこそこの必要な物を買って帰ろうとしているだけだ。

 荷物を持たせるつもりもない。

 私はただ話し相手として一緒にいてくれればそれでよかった。

 両親が稼いでくれたお金だけどアイスぐらいなら買ってあげられるからと説得。

 やはりメリットがなければ駄目だからね、ナイス提案とテンションが上がっていた。


「はぁ、こんなことに付き合わされるって……」

「そう言わないでよ、なんか私にだけ冷たくない?」

「弥生ばっかり贔屓している人に言われたくありません」


 今日の彼女は少し怖いからなるべく話しかけないようにしよう。

 あと、早く行動すればするほど早く解放させてあげられるから、うん、彼女のためだ。


「はい終わりっ、今日はありがとねっ」

「は? まさかこのままアイスだけを持って帰れって?」

「え、だって嫌なんでしょ?」


 あら、再度ため息をつかれてしまった。

 弥生といい難しい子がいっぱいいるものだ。


「もういい、このまま桜を連れ帰るか」

「食材をしまわなきゃ」

「それなら桜の家に行くよ、いいよね?」


 時間をつぶせるなら感謝しかないからそれでいい。

 家に着いたら食材をしまう前に飲み物を渡してしまうことにする。


「やっぱりやる気がないわけじゃないじゃん」

「んー? ああ、まーね、いつだって悪い状態のままじゃないんだよ」


 ただこれをしただけでやってあげた感が出てしまっているのが問題だ。

 普段お世話になっているんだから家事を全部やります! ぐらいでいなければならない。

 でも、面倒くさいと感じてしまう自分もいて……という感じだった。


「よしっと、これでおーけー」

「たまに手伝ってあげるだけでママとかも喜んでくれるでしょ」

「そうだといいけどね」


 積極的に邪魔をしてくる親だからどうかは分からない。

 単純に私の腕が信じられないのか、母が作ってくれたご飯が重要なのか。

 それか子は甘えるものだと考えて――それはないかと片付ける。

 もしそうなら冗談であったとしてもぐうたら娘なんて言わないだろうし。


「星奈の可愛いところはママ、パパ呼びなところだよね」

「い、いいじゃん」

「駄目とは言ってないよ」


 色々大きくなった弥生とも言える。

 肉体に興味があるわけではないけど人によっては最高と言うかもしれない。


「それよりどうしよっか、星奈はなにしたい――って、いきなり不健全だなあ」


 ソファに座った私の足の上に座ってくるムーブ。

 しかもこちらを向いているからこれからなにかをしますよと言わんばかりの距離感。


「ね、キスしよ」

「それはまたなにもかもふっ飛ばしましたな」

「冗談じゃないよ、ずっとしてみたかったんだ」


 相手を変えてみたらどうかと提案してみたものの届くことはなく。

 彼女の顔がどんどんと近づいてくる。

 もちろん間に距離がたくさんあるわけではないからすぐにくっつく――となったところでインターホンが鳴って「空気が読めないなあ」と言って彼女は玄関に向かった。


「うげっ、なんで弥生が来てるの……」

「それはこっちのセリフだよっ、なんで星奈が桜のお家にいるのっ」


 仮に名前が聞こえなくても声と大きさだけで分かるってすごいな。

 荷物とかも注文していないからこの家に来る人間なんて星奈か弥生ぐらいしかいないけど。

 回覧板とかも取っ手にかけていくだけだし、両親は鍵を開けて入ってくるし。

 うん、だから出ることにならなくてラッキーとも言える状態だった。


「「桜っ」」

「あー、星奈を呼んだのは確かに私だよ」

「なんで星奈を誘うのっ」

「弥生を利用するのは申し訳なかった――」

「なんで私は利用していいってなるのっ」


 こうなったら私が負けることは必至だから謝罪をしておく。

 ふたりには改めて飲み物と少量のお菓子を提供しておいた。


「私が来るまでの間、なにをしてたの?」

「お買い物かな」

「本当にそれだけ?」

「うん、星奈が足に座ってきたぐらいかな」

「それだけじゃないじゃんっ」


 もし弥生が来ていなかったら本当にしていたのだろうか?

 結局近づけるだけ近づけて冗談~というルートになりそうだったけど……。

 弥生はともかく星奈は怖いな。

 どういうつもりで私と選んでいるのかが分からないから。

 魅力とかないから他の子にすればいいのにと内で呟く。


「まあ落ち着きなさい」

「元はと言えば星奈のせいだから」

「ま、キスしようとしちゃってたしね」

「は」

「……どうせ弥生が来なくてもできなかったよ、私にそんな勇気はないし」


 あらま、意外なところから弱気な発言が。

 彼女はとにかく意外性の塊だった。

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