63作品目

Nora

01話.[それでも萎えた]

さくらー、起きてー」


 目を開けて見上げてみたら見慣れた顔が目の前にあった。

 高校生だけど童顔すぎて小学生みたいに見える。


「ぎゅー」

「わっ!? ね、寝ぼけてるの?」

「……いま起きるよ」


 いたた……座って寝るといいことはなにもないな。

 ひとつ伸びをして改めて童顔少女を見た。


「それで? 小さい少女さんはどうして残っていたの?」

「小さいは余計だよ、ただなんとなく歩いていたからかな」

「んー、そうなんだ」


 いつまでも残っていても仕方がないから荷物を持って教室及び学校をあとにする。

 暖かいからすぐに眠たくなってしまうのが難点だ。


「桜はまた寝てたよね、そんなに寝られてないの?」

「いーや? ただなんとなく寝ていただけかな」

「ま、真似しないでっ」


 寝ることが大好きなのに寝られていないわけがない。

 寧ろ人より寝すぎて若干体が重いぐらいだった。

 そこも難点と言える。

 寝ることは必要なんだからバッドステータスにならなくてもいいのにね。


弥生やよいこそどうして歩いたの?」

「……なんとなくまだ帰りたくなかったの」

「そうなの? そんなときがあるんだね」


 寝ることを優先しないのであれば即帰る自分にとってそれはありえない発言だった。

 自宅のソファ、ベッドで寝る方がいいに決まっている。

 あの柔らかさは怖くなってくるぐらいだ。


「私、家があんまり好きじゃないんだ」

「なんで?」

「だって会話もないし、それに暗いんだよ……」


 物理的に……ではなく精神的にということか。

 私は落ち着けるのなら会話がなくてもいいと思っている。

 過干渉の親じゃないからこちらもそこそこでいいわけだ。

 ただ、弥生の場合は……。


「それなら学校に残った方がいいね、弥生も一緒に寝よう」

「そうしたら夜に寝られなくなっちゃうよ、寝られなくて暗闇の中起きているとか怖いし」


 小さくて童顔で暗闇が怖い。

 本人的には真剣なんだろうけど私からすれば可愛いとしか思えなかった。

 それで頭を撫でたら「なんで?」と聞かれてしまったけど。


「あーあ、家に桜がいてくれればいいのになー」

「私がいても寝てばかりだよ?」

「それでも桜がいてくれるだけで怖くなくなるし……」


 期待されても困る。

 私が仮に弥生の家に行っても置物が増えるだけだ。

 動かなくていいなら動きたくない性格だからぐうたら生活だし。

 それに弥生の両親は傍の私から見ても厳しいから無理。


「桜……」

「外でならいくらでも相手をしてあげるから」

「……うん、それじゃあね」

「うん、また明日」


 まあ、何事もほどほどがいいんだ。

 距離感を見誤るといいことはなにもない。

 同性の友達相手でもそう。

 薄情な人間なつもりはないが面倒くさいことになりそうだったら避けることを選ぶ。

 ……十分薄情で自分勝手かと苦笑した。


「たーだいま」


 そもそもの話、十九時を過ぎなければ両親が帰ってこないから仕方がない。

 弥生は極端にひとりでいることを恐れるものの、この方がいいのかもしれない。

 が、向こうの親の仕事場はかなりホワイトで十七時には帰宅してしまうからねえ。


「気楽だ」


 学校が毎日なければもっといい。

 別に学校外でも弥生とは会えるから無理する必要はないし。

 それでも学生だから通い続けるしかないんだよなあ。

 こんなことを考えでいるけど、真面目にやっている自分に違和感を覚える。

 本能に刻み込まれているからなのかな。


「さ、桜」

「どうしたんだい?」


 こうして別れた後も話すのが日課となっていた。

 もちろん、厳しい両親が帰宅するまでの間、ではあるが。


「へ、部屋に……」

「んー?」

「……部屋にゴキブリさんが死んでる」


 おぅ、それはまたなんとも萎える展開だ。

 そして弥生の言いたいことが分かってしまってそれでも萎えた。

 萎えたが、……まあ普段から世話になっているから行ってやらなければならない。


「いまから行くから待ってなー」

「うん、ありがと」


 なるべくエンカウントしたくないから走って移動する。

 家に着いたら箒とちりとりを持って戦場へ。

 うぅ、私だって得意なわけじゃないのにと内で文句を言いつつ取って便器に放棄した。

 流してしまえばこっちのものだ。

 今日も私は黒い悪魔に勝つことができてよかった。


「帰る――そんなに嫌なの?」

「そうじゃなくて……桜といたいから」

「そう言ってもらえるのは嬉しいよ」


 不仲というわけじゃないけど両親からはぐうたら娘と言われている。

 そんな人間といたいって言ってくれる彼女は天使なのかもしれない。

 可愛いしね、この可愛さはどうやっても私には出せないレベルだった。


「でも、弥生の両親に会いたくないんだよ」

「……そうだよね」

「それに最大の敵は片付けたからさ」


 さすがに部屋にいれば文句を言われることもないだろう。

 苦痛かもしれないものの、多少合わせておけば勝手に満足してくれる。


「弥生、呼んでくれればいつでも行くから」

「うん……ありがと」

「うん、またね」


 これでも一応返そうとする脳がある。

 ぐうたら自由に生きているばかりではない。

 弥生が困っているなら例え苦手なことでもしてあげたいと思う。

 ふむ、私は弥生のことが好きすぎるのかもしれない。


「ま、いいか」


 誰かを好きになれることが悪いことだとは思えない。

 堂々といつも通りの私で居続けようと決めたのだった。




 唐突だが私は人参が嫌いだ。

 口に含むと涙目になってしまうぐらいのレベルだ。

 だが、親というのは嬉々として嫌いなものを彩り云々とかの理由で入れてしまうものだ。

 ちなみに、弥生は逆に人参が大好きな人間だった。


「うぇ、今日もいっぱい入ってるよ」

「食べなさい」

「弥生姉さんが食べておくれ……」

「駄目です、お姉さんだからこそ妹には食べさせなければならないのです」


 いいなあ、自分で作れるって。

 高校に入ってから自分で作っていたら何故か止められてしまったのだ。

 それから嬉々として「私(俺)が作るから」と両親が盛り上がってしまった。

 ただまあ、やはり家族仲は悪くないみたいでそこはいいんだけど……。


「弥生姉さん作の卵焼きをくれたら食べられるかも」

「はい、あーん」

「あむ、うん、好きな味だ」


 ……作ってもらっているんだから文句を言わずに食べるか。

 自分で作れるわけだからこれも微妙だけどさ。

 うぇ、こればかりは歳を重ねても慣れなさそうだ。

 まだまだ嫌いな食べ物というのはたくさんある。

 しかも食べず嫌いなものが多いから、うーんという感じだった。


「桜いえーい!」

「いたっ……」


 はぁ、こうして段々とダメージを受けていくんだな。

 ただご飯を食べているというだけで無意味な暴力を振られる。


「ありゃ、結構ダメージ入っちゃった系?」

「……暴力はやめていただきたい」

「やだなー、そんなことはないよー。弥生いえーい」

「いえーい!」


 ちなみに弥生は朝は元気で放課後が近づくと段々と暗くなっていく。

 露骨に態度に出すと余計に悪くなるからフラットな状態でいられるようにした方がいい。

 親が厳しいなら、口うるさいならなおさらなことだ。


「桜は弥生を見習った方がいいねー」

「私が弥生の真似をしていたら気持ちが悪いでしょ」

「そっかな? 別にいいと思うけど」


 よくないわい。

 弥生は容姿とか中身があれだから可愛いんだ。

 卑下するわけじゃないが私はうーんという感じだから無理。

 自分がとにかく明るく元気でいるところを想像すると違和感から吐きそう。


「それより弥生は今日も小さ可愛いね」

「小さいは余計だよ、成長したかったのに成長できなかった……」

「でも、そこがいいところっしょ、ねえ?」

「そうだね」


 元気で可愛いからなのかよくお菓子を貰っている。

 そうじゃないときはよく頭を撫でられたり抱きしめられたりされている。

 その点からも弥生の真似は不可能だと分かる。

 とにかく、みんなが一緒じゃないからこそいいんだ。

 だから私みたいなぐうたら娘がいても悪くはないということだ、うん。


「はい、今日も持ち上げようね」

「うひゃぁっ、こ、怖いよー」

「ああもう可愛すぎる、こんな子が誰かのお嫁さんになったときは……泣けるね」

「そんな遠い話はどうでもいいよっ、というか下ろしてっ」


 この先、私にではなく他の人に甘える弥生を直視することになるかもしれない。

 なんだかんだで私を頼ってくれる、いてほしいと言ってくれることに私は優越感を抱いていたのかもしれない。

 便利屋程度の存在なのかもしれないがどうでもよかった。

 でも、この学校は女子校というわけじゃないから彼女を狙っている人間は間違いなく存在しているはずで。

 もし上手くいくようだったら素直に応援できる自信がなかった。

 こういう点は意外と女らしくいられているような……。


「桜っ」

「はいはい、私はここにいますよ」


 来てくれている内は一番優先しておけばいいか。

 いつまでも友達のままでいられるわけじゃないから仕方がないことなんだ。

 どこかで折れるしかない。

 嫌な展開になってもそうなんだと片付けるしかない。


星奈せいな、それぐらいにしてあげな」

「へーい、泣かせる趣味はないからね」

「ちょっくら行ってくるよ」

「あーい、ちゃんと連れ帰ってきてよ?」

「当たり前でしょ、まだ授業はあるんだから」


 お弁当箱を片付けて廊下へ。

 裾を掴んだままでいてくれているから助かる助かる。

 ……嫌だなあ、他の人間にこうしだしたら。

 なるべく私が動いてあげるから私にだけ頼ってほしい。


「星奈は優しいのにああいうところが駄目なんだよ……」

「そう言わないであげて、星奈だって弥生と仲良くしたいんだよ」

「私だってそうだよ? でも、ああいうのは怖いから……」


 暗いところも高いところも人が多いところも苦手って生きるのが大変そうだ。

 私みたいにいられる人間の方がただただ生きる分には楽だと思う。

 周りから意見なんて気にならないし、大抵のことは怖くない。

 難点があるとすれば好き嫌いが多いことか。

 そのせいで高級食材が食べられない、ということが多くある。


「桜……」

「ん? こんな廊下でどうしたの?」


 便利屋程度の扱いでいいとか言ったけどそれだけじゃ満足できない。

 ぐうたら人間だけど、いや、ぐうたら人間だからこそわがままなんだ。


「星奈だったらお母さんやお父さんにも負けずに来てくれるかな?」


 確かに星奈だったら堅い雰囲気にも負けずにいられるかもしれない。

 私みたいにすぐに帰ったりはしないで明るくしてくれるかもしれない。

 弥生は星奈といた方がいいのかもしれないと揺らいでしまった。


「桜……?」

「そうだね、星奈だったら気にせずにいてくれると思う」

「だよねっ、よし、今度誘ってみようかな」


 あー、嬉しそうにしちゃって。

 まあいいか、弥生の笑顔が見られるなら別にいい。

 色々と星奈には頼んでおくことにしよう。


「……星奈に甘えても嫌な顔をされないかな?」

「されないでしょ、弥生に触れたくて触れたくて仕方がない子だよ?」


 スキンシップが激しい子だから甘えた際には……どうなるんだろうね。

 過去なんかには弥生が可愛さムーブを見せつけて鼻血を出したことすらあった。

 意外と同性が好きなのかもしれないね。

 星奈の意外な点は男子と全くいないことだ。

 ああいう子って勝手に男子といるものだと考えていたから、うん。


「いまから連れてきてもいい?」

「というか星奈と一緒にいればいいよ」


 私は静かでこの落ち着く空き教室で休憩だ。

 いつか絶対に起こることなんだからショックを受ける必要はない。

 このまま星奈に甘えまくっても複雑な心はともかく構わなかった。


「桜ー」

「あれ……? なんで星奈だけなの?」

「そっちこそなんで弥生といないの? 連れてくるって話だったよね?」


 なんか嫌な予感がした。

 嫌な予感がしたから珍しく俊敏に動いて弥生を探した。

 そうしたら二階にいたし、相手は女子だったから一安心。


「あ、この前もあの子は弥生と一緒にいたんだよね」

「そうなの? もしかしたら仲がいいのかもしれないね」


 明るい子というのはとにかく安心できる。

 なので、よく弥生の周りには人が集まる。

 その中で敢えて私のところに来てくれていたから自惚れていたわけだ。

 でも、それも崩れかかっているということ。

 いや、そもそも弥生からしたら……。

 駄目だ、悪い方に考えないのが私という人間だろう。


「あっ、桜ーっ、星奈ーっ」

「なんの話をしてたの?」

「それはナイショっ」


 へえ、ということはさっきの子のことを考えて、か。

 そういうところもいいところだと思う。

 だから誰か特別な人ができてもおかしくはないということで。


「おいおい、勝手にひとりで行動したら駄目っしょ」

「私も高校生なんですけどっ」

「とにかく知らない人に付いていくのはやめた方がいいよ」

「確かにそれはそうだね……」


 教室に戻ろう。

 笑顔を見られればいいって考えたがやっぱり見たくないから仕方がない。

 ふーむ、意外と人間っぽいところもあるんだと気づいた。

 教室の賑やかさがいまの私には落ち着く。

 どっちもいいところがあるということで損することもなかった。

 放課後になったら今日もすぐには帰らずに残っていた。

 すぐに家に帰りたいと考えていたのはなんだったのか。


「桜」

「……珍しいじゃん、いつもはすぐ帰るのに」

「今日は暇でね、よっこいしょっと」


 そんなお年寄りの人じゃないんだから。

 星奈は不思議なところがいっぱいだ。

 あ、ちなみに弥生がきっかけで知り合った子だった。

 それでも仲良くできているのは、そういう風に見えるのは彼女の生き方が影響している。


「弥生は早く帰らなきゃいけなくなったとかで帰っちゃったんだよ」

「そうなんだ」


 その話、聞いてないな。

 分かっていても簡単に受け入れられることじゃない。


「桜さ、なんか暗くない?」

「そう? そんなつもりはないけど」

「桜こそ残っているのがおかしいからね」


 そうか、地味にこの前のが初めてだったのか。

 弥生を待っていたわけじゃない、実際に口にしたように眠たかったわけでもない。

 なんだろう、何故かあの日はそうしたくなったんだ。


「もしかして弥生関連のこと?」

「いーや、やる気がない人間だからこんなものでしょ」

「やる気がないって桜が? そんなことはないと思うけど」

「優しいね」


 彼女は他人の悪口を言ったりはしない。

 ここも意外だった、私のそれがおかしいだけなのかもしれないけど。

 まあそうでもなければ一緒にいたいとは思えない。

 近づいてきたらなにか理由を作って避けているところだった。


「私は桜のそういう過ごし方、好きだよ」

「その点星奈は意外だよね、結構派手なのに男子といるわけでもないし」

「あ、それはよくない考えっしょ」

「うん、ごめん」


 授業中に騒いだりするわけでもないし、なにより人のことを考えて行動できる。

 能力が高いから赤点とは無縁だし、明るいのもあって人が集まるし。

 胸元が不安になる感じ以外は最高な感じだった。


「ん? 星奈?」

「あっ、なにか言った?」

「いや、じっと見てきていたから気になっただけ」


 私の顔なんて見ても得することはなにもない。

 あ、好きだったとしたら目の保養になるかな? というところ。

 

「帰ろうか」

「そだね」


 暑いわけでも寒いわけでもないから出ると決めたらすぐに動ける。

 しかも誰かが、星奈や弥生が一緒にいてくれればなおさらだ。


「自分を悪く言うのはやめなよ」

「悪く言うというか客観的に見えてるだけでしょ?」


 自分は自分なんだから自分のことを一番知っている。

 色々な面を直視する中で悪い部分もいい部分も見つかるわけだ。

 私の場合は後者の方が多かった、ただそれだけだ。

 全く理解せずに他者にとって嫌な行為をする人間よりはいいだろう。


「星奈、弥生と比べたら駄目な点ばかりだ」

「そんなことない」

「ありがと、私にも優しくしてくれて」


 マイナス思考をしているわけじゃないから安心してほしかった。

 大丈夫、私はいつだって私らしく近くにいるからと内で呟いたのだった。

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