第5話 狼を狩る獣⑤
「はい、どなたでしょうか?」
人狼が引き起こしたと思われる悲惨な現場を確認した後、今度は執事長のセバスを連れて殺されたジラモランの家族たちに話を聞くため、先ずはジラモランの母であるカリオの部屋へと赴いたが、部屋の中から返ってきた女性の声は随分と若々しく澄んだ声であった。
一言お詫びの言葉を掛けた後、セバスがカリオの部屋の扉を開けると、そこにはカリオと長女のロロピアー、それと彼女たちのお世話をする数人のメイドの姿があった。
流石長女と言うべきか、ジラモランの悲惨な事件後、夫に続いて他界した息子を思い悲しみに沈む母を気遣ってロロピアーは使用人にのみ母の面倒を任せることなく、自ら母に寄り添って彼女を心配していた様子である。
「あ、貴方…!?今度は一体何の用ですか!」
しかし、自室で心を落ち着かせていたであろうカリオは扉から入って来た汚らしい服装のティアを見るや否や、先程の無礼を思い返したのか椅子に座ったままの状態で言葉に敵意を露わにする。
そんな対応に対し、歓迎されていないことは百も承知のティアはこの手の対応には慣れた様子で淡々と話を切り出した。
「ジラモランさんの件で少々お話を…よろしいですか?」
「……」
「え、えぇ…私たちでお話しできることがあれば…どうぞ」
ティアとは顔も合わせたくないのかそっぽを向くカリオに対し、ロロピアーは少し戸惑った後にティアの聞き込みを了承した。ロロピアーが近くに控えていたメイドたちに指示を出すとすぐに3人分の紅茶が用意され、ミモリティの時同様セバスや他の使用人たちを部屋から退出させた後、ティアは一口だけ甘い紅茶を啜った後に口を開く。
「それでは手短に、ジラモランさんを殺害した人狼は誰だと思いますか?何か思い当たることがあればお話を伺いたい」
「…そ、それは…」
「私の息子を殺したのは何処か外から来た侵入者に違いありません!!」
少し考える素振りを見せたロロピアーと違い、カリオは怒りを言葉に載せてそう力強く主張した。
「外部からの侵入者…ですか」
「そうに決まっているでしょう!貴方は他所から来た部外者だから知らないでしょうが、この屋敷に住む者たちは使用人も含めて大切な家族なのです!『高貴なる者は使用人にも礼節を』。それが代々このガルオッシュ家を引継ぐ者たちの家訓でもあり、家族を殺すような心の無い者がこの屋敷に居ましょうか!!」
「成程確かに。…それではロロピアーさんの方はいかがです?」
「私は…」
ティアの振りにロロピアーは一度口を開きかけ、ちらりとカリオの方に目をやった。母カリオは元々老齢であるものの、ジラモランが殺されてからというものその生気が見るからに減退している様に感じられた。そんな母の前で彼女と相反する考えを口にするのは忍びない。それにあの夜、自分が見たものにこれといった確証があるわけでもなかった。
そこまで考えたロロピアーは喉まで出掛けた言葉をぐっと飲み込むと、ティアに嘘をつくことを決意した。
「…私も母と同意見です。残念ながら兄に恨みや怒りを覚えていた人物に…心当たりがありません。だから、兄を殺したのはこの屋敷に関係の無い人物だと思います」
「…成程」
ティアはロロピアーの言葉に秘められた優しい嘘を感じ取ると、まだ湯気の立つ紅茶をグイっと喉奥に押し込んだ後、椅子からゆっくりと立ち上がった。
「お二人とも、お話ありがとうございました」
「え?もうよろしいのでしょうか?」
思いの外にも早く話が終わったことにロロピアーは失礼をしてしまったのかと少し不安げな表情を見せたが、そんな彼女にティアは微笑んだ。
「十分です。貴重なお話をありがとうございます」
「え…えぇ、お力になれて良かったですわ」
「…ふん」
終始歓迎されない空気の中、ティアは軽く挨拶を済ませると扉から廊下へと進み、そこで待機していたセバスと合流する。
「おや?今回は随分とお早かったですな」
「有力な情報は無し。まぁ、ロロピアーさんの方は何やら思うことがあったようだけどな。あのお母さんの前ではどうも言いにくいらしい」
「そうでしたか」
「仕方がない。今日はこの辺で切り上げるとしよう。エルメールさんたちには明日だな。セバス、悪いが俺が今日借りられる部屋まで案内してくれ」
「畏まりました。しかし、人狼探しは長引きそうですな…」
再びティアの前をさっさと歩くセバスは少し不安な様子であったが、一方のティアは余裕の表情である。
「いや、そんなことはないさ。早ければ明日には方が付く」
「明日…ですか?私は人狼に詳しくはありませんが、ティア様にはもう人狼が誰なのか分かったのですか?」
「それは残った男兄弟たちの話を聞かないと何とも言えないが、今回の人狼が“素人”丸出しで助かった」
「素人…ですか?」
「いや、こっちの話だ。とにかく、今日また人狼の被害が出ることだけは絶対にないと保証する。だから食事の時にでもエルメールさんたちにそう報告しといてくれ。じゃなければ、あのお母さんは食事も喉を通らなさそうだからな」
「畏まりました。私はティア様を信じます」
「助かるよ」
「さぁ、着きましたティア様。こちら現在は空きの使用人の部屋になりますが日々手入れはしております。明日の朝にまたお迎えに参りますので、それまでお寛ぎください」
「どうも」
セバスに案内されるまま、ティアは屋敷の一階にある使用人たちの部屋、その一つへと案内された。そこには今まで見てきたジラモランやカリオの部屋のものとは違った質素な扉が付いており、そこを開けると必要最低限の物しかないこれまた質素な部屋が広がっていた。
「ははっ、これは高級宿屋だな」
皮肉なのか本音かは分からない台詞を吐くと、薄暗い小部屋へと足を踏み入れた。今はこの部屋を誰も使っていないのか、部屋からは生活臭はしなかった。だが、女性物と思われる小物が幾つか点在しており、しかも形は違うが同じ用途の物や見た目や柄に統一感の無い物まで並んでいた。
「…変わった趣味だな」
部屋に置かれた小物類を一瞥してそのような感想を漏らすと、ティアは手にした大きな旅行カバンを投げるようにしてベッドの上に置き、自らはいつも通りシーツを一枚だけ羽織ると部屋の隅で体を埋めた。
そして、時は過ぎて月は沈み、日は昇り、次の日がやって来る。
この屋敷に住む皆々が人狼のことを気に掛け、それぞれがあまりよく眠れない夜を過ごしたが、一方でティアの宣言通り人狼の被害どころかその気配すら感じないという何とも恐ろしい程に静かな一夜が明けた。
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